Go To Heaven…

GRATEFUL DEAD.jpg10日にボブ・ウィアが亡くなったという。
癌の治療をしていたそうだが、直接の死因は持病の肺疾患とのこと。
78歳。

2024年10月にフィル・レッシュが亡くなってから1年ちょっと。
GRATEFUL DEAD結成時には18歳、メンバー中でもとりわけ若くハンサムだったボブ・ウィアも、もう78歳だったか。
(最近の写真を見ると、確かに髪もヒゲも真っ白なおじいちゃんに)
往時のメンバーはとうとうドラマー二人を残すばかりとなった。
(歴代キーボーディストはほとんどが若くして逝ってしまっている)

ジェリー・ガルシアとの、2本のギターの柔らかく不思議な絡み。
本当に不思議な。
いわゆるギター・ヒーローではなかったとはいえ、ちゃんとギターのことがわかる人が奏法を分析したら、きっといろいろ興味深いのではと思う。
俺はギターのことはさっぱりわからんので言語化出来んのだが。
(ちなみにボブ・ウィアはマッコイ・タイナーのピアノ演奏に影響されていたのだそうで)

ギターだけでなく、ソングライティングの才も。
「Sugar Magnolia」や「Playing In The Band」「Let It Grow」「Feel Like A Stranger」「One More Saturday Night」他多数…。

そんなボブ・ウィアも、初期には演奏が未熟だという理由でGRATEFUL DEADをクビになりかかったことがあったというから驚きだ。
1968年の話というので、『ANTHEM OF THE SUN』の頃ということになる。

ともあれビル・クルツマンとミッキー・ハート以外、みんな天国に行ってしまった。

HANS-JOACHIM ROEDELIUS/PINK, BLUE AND AMBER(1996)

ROEDELIUS.jpgCLUSTERのハンス=ヨアヒム・レデリウス(ちなみにこのアルバム…というか彼のソロ作のほとんどではでは単に”ROEDELIUS”とクレジットされ、また本作でのカタカナ表記は”レデリウス”ではなく”ローデリウス”となっているが)、実に29枚目のソロ・アルバム。

1934年10月26日、ベルリン出身。
69年にコンラッド・シュニッツラー、ディーター・メビウスとKLUSTERを結成した時点で既に34歳であった。
CANやGURU GURUなど、いわゆるクラウト・ロックのバンドにはジャズや現代音楽のキャリアを持っていたメンバーが多く、バンド結成時点で30歳前後というのは珍しくなかったが、レデリウスは中でも飛び抜けて歳が行っていた。
ともあれ70年にシュニッツラーが脱退。
71年からレデリウスとメビウスの二人でCLUSTERとして活動。
そして75年からソロ活動開始。
レデリウスは40歳となっていた。

少し前に紹介したCLUSTERの『CLUSTER Ⅱ』(1972年:https://lsdblog.seesaa.net/article/519571813.html)から24年。
キャプテン・トリップ・レコーズからは初のリリース。
しかし、純然たる新作ではなかった。
半分は85年の録音で、残りは91~94年の録音。

レデリウスがピアノや各種キーボードを演奏する一方で、キーボード、ヴィオラ、ギター、ベース、サックス、ダルシマー、ヴァイオリンなど、多くのゲストが迎えられている。
特に1曲目「Poetry」から日本語の歌唱が聴こえてきて驚く。
コレは日本人の松崎裕子によるモノで、彼女は他にもフルートと琴で本作に大きく貢献している。

1曲目から日本語がフィーチュアされていることからも明らかな通り、このアルバムはレデリウスが日本をはじめとする東洋的な感覚に大きくインスパイアされての作品となっている。
レデリウスが日本的な侘び寂びを十全に理解しているのでは、と思われるような。
本作の邦題は”ジャパン(桃、青そして琥珀)”となっていた。
(原題の何処にも”JAPAN”とは書いていないのだが)

メビウスがCLUSTERでもソロでもコラボレーション作でも尖った印象を与えるのに対して、レデリウスは良く言えばわかりやすく、悪く言えば俗っぽい、みたいな感じ。
その俗っぽさを好きになれない人も一定数いるかも知れないが、レデリウス一流のロマンティックでアンビエントなセンスを気持ちよく聴く人も多いはず。

このアルバムがリリースされた30年前、レデリウスは61歳だった。
メビウス亡き今、レデリウス91歳。
いまだ現役である…。

50 Years

LA DUSSELDORF.jpg毎年のように、今年は19XX年から40年とか50年とかいう話を書いているが。
今年は2026年。
1976年から50年であります。


1976年。
ロックの名盤がドカドカ出た72年あたりとか、パンクが爆発した77年あたりに較べると多少地味なような気がするかも知れない。
いやいや、それが案外そうでもないですぜ。



AEROSMITH『ROCKS』
AGITATION FREE『LAST』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_292.html
AMON DUUL Ⅱ『PYRAGONY』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202210article_10.html
ASH RA TEMPEL『NEW AGE OF EARTH』
BLUE OYSTER CULT『AGENTS OF FORTUNE』
CAN『UNLIMITED EDITION』
CLUSTER『ZOWIESOSO』
COLLOSSEUM Ⅱ『STRANGE NEW FLESH』
DAVID BOWIE『STATION TO STATION』
DEEP PURPLE『MADE IN EUROPE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/505921201.html
FRANK ZAPPA『ZOOT ALLURES』
GENESIS『A TRICK OF THE TAIL』
IAN GILLAN BAND『CHILD IN TIME』
IGGY AND THE STOOGES『METALLIC K.O.』
JANE『FIRE, WATER, EARTH AND AIR』
JEFF BECK『WIRED』
JEFFERSON STARSHIP『SPITFIRE』
JUDAS PRIEST『SAD WINGS OF DESTINY』(https://lsdblog.seesaa.net/article/507258333.html
KISS『DESTROYER』『ROCK AND ROLL OVER』(1年に2枚も!)
KLAUS SCHULZE『MOONDAWN』
LA DUSSELDORF(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201908article_18.html
LED ZEPPELIN『PRESENCE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201711article_18.html
LOU REED『CONEY ISLAND BABY』
LYNYRD SLYNYRD『ONE MORE FROM THE ROAD』
MERRELL FUNKHAUSER『MAUI』
THE MODERN LOVERS『THE MODERN LOVERS』
NAZARETH『CLOSE ENOUGH FOR ROCK'N'ROLL』『PLAY'N'THE GAME』(1年に2枚も!)
NOVALIS『SOMMERABEND』
QUEEN『A DAY AT THE RACES』(https://lsdblog.seesaa.net/article/505537705.html
OUTLAWS『LADY IN WAITING』
PARIS『PARIS』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2230.html
PATTI SMITH GROUP『RADIO ETHIOPIA』
POPOL VUH『AGUIRRE』
RAINBOW『RISING』
RAMONES『RAMONES』
ROBIN TROWER『LONG MISTY DAYS』(https://lsdblog.seesaa.net/article/498474774.html
ROXY MUSIC『VIVA! ROXY MUSIC』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2102.html
THE RUNAWAYS『THE RUNAWAYS』
RY COODER『CHICKEN SKIN MUSIC』
SANTANA『AMIGOS』『FESTIVAL』(1年に2枚も!)
SFF『SYMPHONIC PICTURES』
STATUS QUO『BLUE FOR YOU』
STRAPPS『STRAPPS』
SWEET『GIVE US A WINK!』
TANGERINE DREAM『STRATOSFEAR』
THIN LIZZY『JAILBREAK』『JOHNNY THE FOX』(1年に2枚も!)
TODD RUNDGREN『FAITHFUL』
T.REX『FUTURISTIC DRAGON』
THE TROGGS『THE TROGG TAPES』
V.A.『MAX'S KANSAS CITY 1976』


うはあっ、ちょっと思い出しただけでこれだけあるよ…。
(実際にはもっともっとある)
まだこのブログで紹介していないアルバムも多いなあ。
今はLA DUSSELDORFを聴いてます。
この後PARIS行ってみよう。

HAWKWINDの本・その7

HAWKWIND THE ILLUSTRATED COLLECTORS GUIDE.jpgHAWKWIND本『THE ILLUSTRATED COLLECTOR'S GUIDE TO HAWKWIND』。
まずポスターなどのページがあり、目次に続いて”INTRODUCTION”が2ページ。
著者のロバート・ゴドウィンは1971~75年にかけて、毎週ライヴに通っていたのだという。

当時のイギリスの話だから、ロバート・ゴドウィンが目にしたというバンドの顔ぶれはかなり強力だ。
THE SPIDERS FROM MARSを従えたデイヴィッド・ボウイ。
『THE DARK SIDE OF THE MOON』を演奏したPINK FLOYD。
EARL'S COURTのLED ZEPPELIN。
AC/DCのライヴでは、観客の誰もがアンガス・ヤングを本当に子供だと思ったという(笑)。
そしてピーター・ゲイブリエル在籍時のGENESIS。

1972年夏、ロバート・ゴドウィンはHAWKWINDを体験する。
それはロックであり、ジャズであり、フォークであり、レゲエであり、ファンクであったと。
当時のHAWKWINDにレゲエ成分そんなにあったっけ…。
ともあれ、キューブリックやアシモフやトールキンやムアコックを愛していたロバートは、HAWKWINDのパフォーマンスに持っていかれたのだという。
この本は92年に書かれているが、72年から20年経った時点でも、当時の記憶は鮮明だ、とロバートは語っている。
そして”INTRODUCTION”の最後を、ロバートは”I'm looking forword to the next 100 albums.”(!)と締めくくるのだった。

続いて”23 YEARS ON - A BRIEF HISTORY OF HAWKWIND”というページがあるのだが、コレが2ページ(!)。
タイトル通り、この時点で1969年にHAWKWINDが結成されてから23年。
それから更に33年が経過している。
今だったら2ページじゃ収まらないねえ…。

ロバート・ゴドウィンはHAWKWINDの存在をGRATEFUL DEADになぞらえ、デイヴ・ブロックとジェリー・ガルシアをそれぞれバンドの”guiding lights”と位置付けている。
ああ、この頃はまだジェリーが存命なんだった…。
そしてロバート曰く、レミーのプレイを”hard pounding funk”と。
ああ、何となく納得な感じ。

膨大なアルバムを出し続けているHAWKWINDだが、一方でリリース元のレーベルは多岐にわたる。
ユナイテッド・アーティスツからカリズマ、ブロンズ、RCA、フリックナイフ、GWR。
その間、HAWKLORDSになったりHAWKWINDに戻ったりと活動に波があったHAWKWIND…ブロンズ、RCA時代のアルバムは北米ではリリースされていなかったんだそうで。
あっ、そうなのかあ。
レミー在籍時に何度も北米ツアーを行なっていたHAWKWIND、その後1978年から89年までは北米をツアーする機会はなかったという。
なるほど…。

GROBSCHNITT/SOLAR MUSIC-LIVE(1978)

GROBSCHNITT.jpgGROBSCHNITTは1966年にドイツのハーゲンで結成された学生バンド・THE CREWを直接の母体とし、そこに幾つかのバンドのメンバーが合流する形で70年に結成されたという。
72年にアルバム『GROBSCHNITT』でデビュー。
74年の2ndアルバム『BALLERMANN』はいきなりLP2枚組の意欲作。
75年に『JUMBO』を、そして77年にはあのコニー・プランクのプロデュースで、一般に代表作とされることの多い『ROCKPOMMEL'S LAND』をリリース。
サイケデリック、プログレ、ハード・ロックからの影響を独自に混ぜ合わせたサウンドと、平和や反原発を訴えるメッセージ性、その一方にあるファンタジックさ、そして寸劇や花火をフィーチュアした秘教的かつシアトリカルで楽しいライヴで、バンドは人気を高めて行った。

『BALLERMANN』のC・D面を占めていた大曲「Solar Music」はTHE CREW時代の1968年から演奏されていた「Sun Trip」(『GROBSCHNITT』に収録されている)の拡張ヴァージョンで、「Sun Trip」あるいは「Solar Music」は、GROBSCHNITTとしての初ライヴから89年の解散まで、すべてのライヴで必ず演奏されてきた曲なのだという。
(時期によって30分だったり1時間だったり)
で、『ROCKPOMMEL'S LAND』に伴うツアーから、78年4月17日ルール地方のミュルハイムでのライヴの後半に演奏された「Solar Music」の更なる拡張ヴァージョンをアルバム1枚に収録したライヴ盤が『SOLAR MUSIC-LIVE』。
CDでは続くアンコールもボーナス・トラックとして収録され、約66分となっている。
当時のメンバーはヴィルトシュヴァインことステファン・ダニエラク(ギター、ヴォーカル)、ルポことゲルト=オットー・キューン(リード・ギター)、ミストことヴォルカー・カーズ(キーボード)、ポポことヴォルフガング・イェガー(ベース)、エロックことヨアヒム・ハインツ・エーリッヒ(ドラム、エレクトロニクス、プロデュース、エンジニアリング)の5人。

『BALLERMANN』では2部構成だった「Solar Music」に第3部を付け加え、三つの「Solar Music」の間を即興主体と思われる楽曲/演奏でつないだ、アルバム1枚を丸ごと費やす組曲。
ライヴで演奏されたままではなく、エロックが電子音などをオーヴァーダビングしているという。
(そしてインプロヴィゼーションが肝であり、この曲が同じアレンジで演奏されたことはないとのこと)
ユーモラスで牧歌的な感のあるリフとメロディ、馬鹿テクとは言えないまでも確かな演奏力、シアトリカルにして猥雑な雰囲気。
シンセサイザー、オルガン、メロトロン、ピアノも存分にもフィーチュアされ、シンフォニックでもあり、スペース・ロック的でもあり。
1時間以上をあっという間に聴き通させる。
ステージ上で派手に火を使っていたことは、ジャケットからも明らか。

それにしても、アルバム1枚通した組曲…既にプログレが冬の時代に入っていた1978年にコレか、という気もするのだが。
78年のドイツの音楽雑誌の読者投票では、ニナ・ハーゲンやSCORPIONSを向こうに回してGROBSCHNITTが1位を獲得したのだという。
続く79年のアルバム『MERRY-GO-ROUND』に伴うツアーでは、10万人以上の観客を集めることもあったのだそうで。

バンドは80年代も活動を続ける。
70年代に較べるとポップにはなったものの、1980年から87年までに6枚のアルバムをリリース。
エロックは83年に脱退し、ソロ活動以上にプロデューサーとして有名になる。
そしてGROBSCHNITTは89年12月6日のライヴを最後に解散。
90年にはライヴ盤『LAST PARTY LIVE』がリリースされている。
(アルバム以上にライヴこそが彼らの売りであり、解散までに1356回のライヴが行なわれたという)
更に90年代以降も、ライヴや未発表曲の編集盤が多数リリースされた。

その後2006年から12年にかけて単発の再結成が繰り返され。
その間、06年7月にミストが55歳で、07年5月にポポが54歳で亡くなっているが。
11年にはドイツの音楽雑誌の読者投票で10年のベスト・バンドとベスト・ライヴに選出されたというから、根強い人気ぶりであった。

そして2019年、GROBSCHNITTはヴィルトシュヴァイン、ルポ、ヌキ(ヴィルトシュヴァインの息子)のアコースティック・トリオとして活動再開。
現在も活動中らしい。

color TV

JANIS JOPLIN★.jpg車を運転しながらラジオを聴いていて。
PET SHOP BOYSの「Suburbia」がかかった。
その瞬間、昔のことを思い出したのだった。


20年以上前。
当時の彼女と、酒を飲みながらジャニス・ジョプリンの『PEARL』(画像)を聴いていた。
「Mercedes Benz」まで来たところで、彼女が言う。
コレは昔の曲のカヴァーなのか、と。
いや、「Mercedes Benz」はジャニスの自作曲だ。
彼女は言う、”Oh Lord won't you buy me a color TV”と歌っているが、この頃のアメリカでは既にカラーTVが普通だったのではないか。
何故わざわざ”color TV”と歌うのだろう、と。
なるほどそう言われてみればそうかもな、と思ったものの、その場はそれだけで、その話題は終わったと記憶する。


しかし、1971年の「Mercedes Benz」だけでは済まなかった。
今日カーラジオから流れてきたのは86年の「Suburbia」…ニール・テナントは”To blame the colour TV?”と歌っているではないか。
(ニールはイギリス人なので”color”ではなく”colour”)

すぐに思い出した。
DIRE STRAITSの大ヒット曲「Money For Nothing」(85年)でも”We got to move these color TVs”と歌われていたぞ。
(マーク・ノップラーはイギリス人だが、”colour”ではなく”color”となっている)

流石に80年代だと、もう白黒TVの方が珍しかっただろう。
何故律義に(?)”color”が付くんでしょうね。
詩作上のリズムに合うように、というのもあるのかも知れないが。
(上記いずれの曲でも”color/colour”を抜いたら、何か補わないと変な感じになっちゃうよね)
ひょっとしたら単に”TV”と言うのではなく”color TV”とするのが、慣用的な何かになっているのかも、とも思う。

英語圏の文化に詳しい人なら、答えを知っているのかも知れない。
残念ながら俺は全然詳しくないので、今後も謎だ。

秘された訃報

HIGH RISE.jpgHIGH RISEのギタリスト・成田宗弘が亡くなっていたという。
それも、2022年7月3日に。
3年半以上前に亡くなっていたのか…。
癌による短い闘病の末だった、とのこと。
1959年11月生まれだそうなので、62歳だったはず。
遅れてきた訃報としては、裸のラリーズ・水谷孝以来のショックだ。

以前にも書いたが、俺が初めて成田宗弘の演奏を聴いたのは、HIGH RISEの1stアルバム『PSYCHEDELIC SPEED FREAKS』(1984年)だった。
それは知人から送られてきた、複数回のダビングを経たと思われるカセットテープで。
アルバムのリリースから10年後ぐらいだったはず。
とんでもない衝撃だった。
ぶっ飛んだ。

HIGH RISE以外にも、兇悪のインテンションやGREEN FLAMES、そしてソロなど。
強烈に歪みまくった成田宗弘のギターは、まさに”Psychedelic Speed Freaks”としか言いようのない爆音と加速感で。
素面でも強制的にトリップさせられる、極悪極まりない演奏。
飲んで聴けばなおさら。
(今夜も酒を飲みながらHIGH RISEを聴き続けている)

本人は、爆音ギタリストだけで片付けられる(?)つもりはなかったのかも知れない。
HIGH RISE以外での、自ら歌ったりヴォーカロイドをフィーチュアしたりといった試みに、それが顕れていたような気がする。

ともあれ軽々しく唯一無二などというのも憚られるような存在だったと思う。
HIGH RISEが最後にオリジナル・アルバムをリリースしてから既に30年近く、ライヴ盤『PSYCHOBOMB-U.S.TOUR 2000-』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202107article_14.html)からも25年以上が経過…解散したという話は聞いたことがないものの。
成田宗弘の死を以て、HIGH RISEは終わったと考えるしかないのだろう。

FRUMPY/ALL WILL BE CHANGED(1970)

FRUMPY.jpg女性ヴォーカルをフィーチュアしてギターレス、という特異な編成で独特なハード・ロックを聴かせたFRUMPYの1stアルバム。
2009年に国内配給された時は俺がライナーノーツを書いていたのだが、半分忘れてた(苦笑)。
(そして今読み返すとあちこち間違いがある…)

一応の母体となったのは、1965年にハンブルクで結成されたフォーク/フォーク・ロック・バンドCITY PREACHERS。
バンドは3枚のアルバムをリリースして68年に解散していたが、インガ・ランフ(ヴォーカル)はダグマー・クラウゼ(ヴォーカル)、フランス人のジャン=ジャック・クラヴェッツ(キーボード、サックス)、カール=ハインツ・シュロット(ベース)らとCITY PREACHERS名義で活動していたという。
ってかインガとダグマーって同じバンドにいたんですか…。

1969年春、CITY PREACHERSにカーステン・ボーン(ドラム)が加入する。
しかしダグマー・クラウゼはカーステンと上手く行かず、結局ダグマーが脱退。
その後バンドは70年1月(3月とも)にFRUMPYとして再スタートする。
”Frumpy”というのは”薄汚い”とかそういう意味だが、実は”Rumpf”にひっかけているのだという。

で、1970年にリリースされたのが『ALL WILL BE CHANGED』。
ジャケットにカメレオンが描かれているのは、アルバムのタイトルに込められたメッセージを、体色を変えるカメレオンに託したのかも知れない。
メンバーはインガ・ランフ(ヴォーカル、パーカッション)、ジャン=ジャック・クラヴェッツ(オルガン、ピアノ、メロトロン、パーカッション、サックス、スピネット)、カール=ハインツ・シュロット(ベース、パーカッション)、カーステン・ボーン(ドラム)の4人。

インガ・ランフのソウルフルでゴスペル・フィーリングまで漂わせるヴォーカルが看板。
マヘリア・ジャクソンやニーナ・シモンあたりに影響を受けたというインガ、声質自体は時々カルメン・マキとかを思い出したり。
そしてインガの歌唱を自在に盛り立てるジャン=ジャック・クラヴェッツの鍵盤類とサックス。
ブンブン突っ走るカール=ハインツ・シュロットのベース。
ドタバタ(?)叩きまくるカーステン・ボーンのドラム。
(「Floating Part Ⅰ」ではドラム・ソロを聴かせる)
そしてA面にもB面にも組曲形式の連作。

それにしても、1970年のドイツでコレですか。
ギターレスのオルガン・ハードというと、ATOMIC ROOSTERとQUATERMASSの1stアルバムが同じ70年。
(オルガン・ハードではないが、EMERSON, LAKE & PALMERも70年デビューだ)
同時期に英国ロックとはまったくテイストの違う、いわゆるクラウト・ロック勢が出てきていたとはいえ。
この手のストレートなブルーズ・ベースのハード・ロックというと、ドイツのバンドは英国勢の後塵を拝し続け、大半がまだ後追いや物真似だった頃だ。
(もちろん同じ70年デビューのLUCIFER'S FRIENDSをはじめ、例外は幾つもあるものの)
そんな時期にこんなオリジナリティのある、エネルギッシュでカッコいいバンドがいたというんだから。
もちろんFRUMPYは歌をより前面に出したバンドだし、ジャン=ジャック・クラヴェッツの鍵盤もオルガン・ハードというとちょっと違うんだけど。

このアルバムにはリッチー・ヘヴンスのカヴァー「Indian Rope Man」が収録されている。
「Indian Rope Man」というと、60年代にBRIAN AUGER & THE TRINITYもカヴァーしていた。
女性ヴォーカルとキーボードを前面に出した編成…なるほど、FRUMPYのロックはただATOMIC ROOSTERやQUATERMASSなんかと同時多発的に出てきたのではなく、THE TRINITYあたりの影響をドイツで独自に醸していたのかも知れない。
ブライアン・オーガーの影響があったとすれば、一部に聴かれるジャジーなテイストも納得。

ともあれFRUMPYはこのアルバムのリリース後、SPOOKY TOOTHとドイツ国内をツアーして好評を博す。
しかしFRUMPYがギターレスだった時期は短く。
(このへんもATOMIC ROOSTERあたりに共通するか)
1971年にはライナー・バウマン(ギター)を迎えて5人編成となり、『FRUMPY 2』をリリースする。

1972年初頭にはジャン=ジャック・クラヴェッツが脱退するも、72年3月には復帰し、同年『BY THE WAY』をリリース。
しかしバンドは7月に解散してしまう。
ギターレスだった時期が短い…というか、バンド自体約2年半という短命だった。
解散翌年の73年には『LIVE』がリリースされている。

インガ・ランフとジャン=ジャック・クラヴェッツとカール=ハインツ・シュロットはATLANTISを結成し、1976年1月まで活動。
(結局この3人はCITY PREACHERSからここまでほぼずっと一緒)
ソロに転じたインガは80年代にはブルーズ/ソウルを歌っていたという。
(納得)
カーステン・ボーンはウリ・トレプテ(元GURU GURU)とのKICKBIT INFORMATION(https://lsdblog.seesaa.net/article/505612571.html)をはじめ、その剛腕であちこちで大活躍。

ところが1989年、インガ・ランフ、ジャン=ジャック・クラヴェッツ、カーステン・ボーンによってFRUMPY再結成。
90年に『NOW』、91年に『NEWS』をリリースする。
ただ、92年頃には再度解散状態だったようで、95年のライヴ盤『LIVE NINETYFIVE』が最後の作品となった。
『LIVE NINETYFIVE』には、83年のATLANTIS再結成ライヴ以降は音楽活動から離れていたカール=ハインツ・シュロットも参加している。

FRUMPYが再度解散して以降、インガ・ランフはゴスペルを歌っているという。
(納得)
そしてジャン=ジャック・クラヴェッツとカーステン・ボーンも現役で活動しているはず。

血糖値は体のためのみならず

TOMMY BOLIN.jpg以前、血糖値がいきなり上がらないようにするには、炭水化物をはじめとして食うもんはよく選んだ方がイイみたい、という趣旨の話をした。
https://lsdblog.seesaa.net/article/505612571.html
で、血糖値の乱高下は(当然だけど)体の健康だけじゃなくってメンタルにも影響するんですってよ。

食べた後に血糖値が急上昇しやすい食品かそうでないかというのは、「GI値」(グリセミック・インデックス値)で表されるという。
GI値が高い食品を食うと血糖値爆上がり、低い食品だとゆるやかに、と。

血糖値が爆上がりすると、膵臓からインスリンが分布されて血糖値を下げようとする。
しかし大抵は適切な値にならずに下がり過ぎ、体は下がり過ぎた血糖値を上げようとする。
そこで分泌されるのがコルチゾールやアドレナリンなど。
いわゆるストレスホルモン。
つまり下がり過ぎた血糖値を上げるために、体は交感神経が緊張したストレス状態に持っていかれる。
うん、こんな調子だとイライラするでしょうね…。

なのでメンタルを安定させてイライラしないようにするには、GI値の低い食材を選べ、ということになる。
玄米だとかライ麦パンだとか全粒粉パンだとかオートミールだとか麦飯だとか
以前、血糖値を急上昇させないためには出来るだけ精製されていないモノがイイ、と書いたが。
そういうのはGI値低いんですね。
逆にGI値が高いのは白米とか食パンとかうどんとかインスタントラーメンとか。
ああ、食パンも白米もインスタントラーメンも今日食ったよ…。

あと、血糖値を急激に上げないためには、しっかり咀嚼してゆっくり食べろってよ。
俺早食いなんだよな…。

とにかく体のためにも心のためにも、血糖値スパイクには気を付けなきゃイカンらしいです。
健康は大事。

…とか言って、今はドラッグで早死にしたトミー・ボーリンを聴いてるんだけどね。

大昔のラジオ・テレビ欄(その6)

BEATLES RUBBER SOUL.jpg年をまたいでも相変わらず仕事の合間に「朝日新聞写真館since 1904」(のラジオ・テレビ欄)をガサガサやっている。

1965年6月1日(火)。
NHKテレビでは21時40分から『事件記者』。
日本テレビでは18時から『ウッドペッカー』。
TBSテレビでは17時10分から『スーパーマン』、19時から『宇宙少年ソラン』。
フジテレビでは19時から『ザ・ヒットパレード』。
出演は倍賞千恵子、ザ・ピーナッツ、スリーファンキーズ、中尾ミエ他。
NETテレビでは21時から『ペイトン・プレース物語』。
おお、コレ俺が子供の頃に再放送してたよなあ。
東京12チャンネルでは19時半から『腕白デニス』。

TBSラジオでは21時から「ザ・ピーナッツ対こまどり姉妹」。
”対”って言われてもな…。
そして21時半から「ビートルズとプレスリー・ショー」!
おお、遂にTHE BEATLESの名前が出てきましたよ。
1965年か…。
『RUBBER SOUL』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201910article_1.html)が出た年である。
深夜12時10分からは「コニー・フランシス特集」。

文化放送では22時15分から『全米ヒットパレード』。
しかし15分番組なので、何曲もかからなかったはず。

FM東京では23時20分から「デル・シャノン特集」。
人気あったのねえ。


1965年=昭和40年。
THE BEATLESが来日するのは翌年のことである。