2023年を振り返ってみたりみなかったり

20231224-4.jpg昨日ライヴに行こうと思っていた。
今日はその感想を書くはずだった。
しかし夕方になって急激に腰痛が悪化し、ほとんど歩くこともままならない状態に。
大森のさくら整骨院(ゴッドハンド)の御尽力で、どうにか歩けるようにはなった。
ともあれこの年末年始は安静にして様子を見るしかない。
これまた花岡歯科(名医)の御尽力で餅が食えるコンディションだし(いまだ通院中だが)、餅もあるしで、明日は雑煮が食える。
(冷蔵庫に鮭があるので、実際には雑煮の代わりに三平汁を作って餅を入れて食おうと思う)

そんなわけで年末もバタバタしていますが。
いや、1年ずっとバタバタしていたな。
ジタバタかも知れん。

で、今年の一字は…「窮」か。
いや、毎年そんな感じだが…。
経済的には本当にダメダメで、実際酒と煙草を減らさなければならない程度にはダメだった。
一方で周囲には本当に助けられた。
(コレも毎年のことなんだけどね)
おかげさまで冷蔵庫には肉も魚も米も野菜も酒もあるんで、とりあえず年が越せる。
(年越しそばもしっかり食った)

ともあれまっかっかだった家計も、年末が近づいてからようやく上向いてきた。
(来年更に上向いてくれるとよいのだが…)
今年も貧乏なりにいろいろな仕事をしたし、幾つかの仕事を抱えたまま年を越す。
来年もまた新たな仕事があるはずだ。
(一応、予定としては…)
某友人が言ったとおり、捨てる神あれば拾う神ありみたいな1年間だった。
あと、先週丸1日一緒だった人が家族全員コロナ陽性になったけど、俺は陰性だった。
しぶといね…。


このブログは今日の時点でSeesaaブログの音楽/ポッドキャスト部門の16位、総合では382位。
音楽部門だけで5万近くあるブログの中で16位とか…ありがとうございますありがとうございます。
とりあえずコレが2023年最後の投稿になります。
来たる新しい年もよろしくお願いします。
このブログを御覧の皆様も、年末年始をつつがなく過ごされますよう。

NAZARETH(1971)

NAZARETH.jpgNAZARETHについては、このブログを始めて間もないころに1977年のアルバム『EXPECT NO MERCY』を紹介したが。
https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_261.html
次はあのアルバムを取り上げるかな、それともアレかな、とか思っている間に、13年も経った(…)。

で、1971年の1stアルバム。
俺の手元にあるのは1988年にアメリカのA&Mから初CD化された時の盤で。
昔前橋にあった輸入盤屋(わりとすぐ潰れた)で、新品で500円だったと記憶する。

スコットランドで1968年に結成されたNAZARETH。
メンバーはその後90年まで不動の4人、ダン・マカファーティ(ヴォーカル)、マニュエル・チャールトン(ギター)、ピート・アグニュー(ベース)、ダレル・スウィート(ドラム)。
(その間にギタリストがもう一人入ったり抜けたりしているが)

ゲスト陣がナニゲに豪華、かつ異質な感じ。
ピアノが当時KEEF HARTLEY BANDにいたピート・ウィングフィールド。
パーカッションに元THE SPENCER DAVIS GROUPで、当時HARDIN & YORKで活動していたピート・ヨーク。
スライド・ギターは当時何処にでも顔を出していた(?)名手B.J.コール。
オルガンが当時EGGで、のちにHATFIELD AND THE NORTHに参加するデイヴ・ステュアート。
そしてストリング・アレンジは、THE TROGGSのプロデューサーとして知られるコリン・フレッチャー。
プロデューサーは当時EAST OF EDENやCARAVANを手掛けていたデイヴィッド・ヒッチコックで、エンジニアは当時まだ無名だったロイ・トーマス・ベイカー。
更にストリングスのオーヴァーダブに当たって、のちにROXY MUSICやDOCTORS OF MADNESSやJAPANのプロデューサーとして活躍するジョン・パンターが参加している。

ゲスト陣や制作陣の顔ぶれからも想像出来る通り、この時点のNAZARETHのサウンドは、のちのけたたましいハード・ロックではない。
確かにハード・ロックっぽい曲もあるんだけど。
ダン・マカファーティは、1曲目「Witchdoctor Woman」あたりを別とすると、この時点ではあまり声を張らず、80年代以降アクセル・ローズなんかに影響を与える人とは思えない歌唱スタイル。
そして、ストリングスをフィーチュアしたソフトな曲が目立つ。

一方この時点で後々まで変わらないのは、アメリカ志向。
何しろバンド名自体、THE BAND「The Weight」の歌詞に由来するという…いわゆるハード・ロックには珍しいですね。
その後ジョニ・ミッチェルのカヴァー「This Flight Tonight」がヒット、THE EVERLY BROTHERSのカヴァー「Love Hurts」が大ヒットするし、『EXPECT NO MERCY』でもランディ・ニューマンの「Gone Dead Train」、ハーラン・ハワード/レイ・チャールズの「Busted」をカヴァーしていたが。
この1stアルバムではティム・ローズの「Morning Dew」を取り上げている。

…で、ラストの「King Is Dead」は、イントロから壮麗なストリングスがリードする。
方向性が定まっていなかったNAZARETHは、続く2ndアルバム『EXERCISES』(1972年)ではロイ・トーマス・ベイカーをプロデューサーに迎え、ストリングスを更に大々的にフィーチュアしたソフト・ロックを演ってしまうのだった。
ロジャー・グローヴァー(当時DEEP PURPLE)のプロデュースによるエネルギッシュなハード・ロックでバンドのスタイルを完全に確立するのは、その次の『RAZAMANAZ』(73年)まで待つことになる。


その後、マニー・チャールトンが1990年に脱退し、99年にはダレル・スウィートが死去。
2013年にはバンドの顔だったダン・マカファーティが健康を害して脱退(引退)。
そしてマニーとダンは昨年相次いで亡くなっている。
現在のNAZARETHでは元PERSIAN RISK(!)のカール・センタンスがシンガーを務めている…というのは以前も書いた通り。
バンドは唯一のオリジナル・メンバーとなったピート・アグニュー(77歳)を中心に、結成から55年を経た今も活動を続けている。

WINGSとPIRATESの間に

PIRATES.jpgポール・マッカートニー率いたWINGSのオリジナル・ドラマーは、ポールのソロ作『RAM』にも参加していたセッションマン出身のデニー・シーウェルだった。
デニーが1973年夏に脱退して、それからしばらくして加入したのが、EAST OF EDENとかにいたジェフ・ブリットン。
しかしジェフがWINGSに在籍したのは半年ほどの短い間だったという。
アルバム『VENUS AND MARS』の録音に参加してWINGSを脱退したジェフは、その後ROUGH DIAMONDに加わる。

俺が初めてジェフ・ブリットンという人を意識したのは、以前このブログでも紹介したTHE PIRATES、1988年のアルバム『STILL SHAKIN'』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_676.html)。
で、ジェフはPIRATES在籍も短い期間だったんだけど。
『STILL SHAKIN'』リリースの翌年にはスペインに移住したんだとか。
80歳の現在もスペイン在住で、健在らしい。

一方でTHE PIRATESの首領、ミック・グリーンが、ずっと後になってポール・マッカートニーと活動していたり。
いろいろつながってんなあ。
アレは1999年だったので、俺がまだ多少はTVを観ていた頃。
画面に映ったポールのバンド…ギターがミックとデイヴ・ギルモアで、ドラムがイアン・ペイスだったもんだから、ぶったまげました。
ミックとポール、お互い「お前のバンドにジェフ・ブリットンいたよな?」なんて話には…ならなかった、かな。
何しろどっちのバンドにもちょっとしかいなかったし。


ちなみに、ジェフ・ブリットンの後任としてWINGSに加入したのが、ジョー・イングリッシュ。
この人はその後3年近く在籍していた。
WINGSを脱退した後、ジョーが参加したのが…SEA LEVEL?
あっ、この人ジョージア州出身のアメリカ人なのね。
名前はイングリッシュなのに(笑)。