…特にTHE ELECTRIC EELS周辺。プロト・パンク期から活動していた異形のバンド群の中で、ELECTRIC EELSとTHE STYRENESとMIRRORSの三つは、ほとんど同じようなメンバーたちが、誰がリーダーかでバンド名を使い分けていたんじゃないかというくらい、パーソネルが錯綜している。そしてその人脈はTHE CRAMPSやPAGANSにまでつながっているのだった。
ってなワケで、以下はDOLL誌2008年6月号に掲載された連載「LUCIFER SAM’S DINER」の記事を手直ししたモノです。
オハイオ州クリーヴランド。DEAD BOYS、PAGANS、THE CRAMPS、PERE UBU etc…と、米国パンク/ニュー・ウェイヴ史上の重要なバンドを輩出し続けている都市だ。パンク・ムーヴメント以前からも多くのバンドが活動していたようではあるが、やはりというかデトロイトのロック同様、工業都市のビートを刻むキテレツなバンドばかり。その中にTHE ELECTRIC EELSがいた。
…そのクリーヴランドの、更に郊外の街・レイクウッド。高校の友人だったジョン・モートン(ギター)、デイヴ・マクマナス(ヴォーカル)、ブライアン・マクマホン(ギター)の3人がTHE ELECTRIC EELSを結成したのは、1972年のことだった。3人そろってCAPTAIN BEEFHEART & HIS MAGIC BANDを観に行ったのがきっかけだったらしい。他にもALICE COOPERやKISSといったデトロイト・ロック~グラム/ハード・ロック勢、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスなんかのブルーズ、サン・ラやアルバート・アイラー他のアヴァンギャルドなジャズからの影響もあったという。
ベースもドラムもなしに3人でリハーサルを始めたELECTRIC EELSだったが、工場労働者ばかりが住み、60年代にヒッピーが一人もいなかったとさえいわれるおカタい街クリーヴランド(近年は観光産業とかにも力を入れているらしい)の郊外で、3人は当然のように周囲から浮いていたし、いつだってトラブルの種だった。特にプロレスラーのような巨漢ジョン・モートンはフラストレーションを暴力として表に出すことが度々で、乱闘騒ぎは日常茶飯事、ツレであるデイヴ・マクマナスとブライアン・マクマホンでさえぶちのめされたことがあったらしい。ELECTRIC EELSは“アート・テロリズム”を標榜していたという。その一方で(約1名は)とんでもなく武闘派/肉体派でもあった。
その後レイクウッドを出て同じオハイオ州のコロンバスに移り住み、1973年6月には初めてリハーサルでの演奏を録音したりもした3人だったが、ジョン・モートンに殴られて嫌気が差したブライアン・マクマホンがバンドを脱退(気持ちはわかる)。残されたデイヴ・マクマナスとジョンは新メンバーとしてダニー・フォーランド(ドラム)を迎えて、とりあえずバンドとしての体裁を固める。その後、これまた学校の友人だったポール・マロッタ(ギター、ピアノ)を加えて、初ライヴも敢行。
ポール・マロッタ。THE ELECTRIC EELS結成と同じ72年には、THE STYRENESとして活動を始めていた男。ELECTRIC EELSがライヴ活動を開始した頃のポールはジェイミー・クリメック(ギター、ヴォーカル)を中心とするMIRRORSでも演奏していたが、初期のMIRRORSにはジョン・モートンも参加していたし、一方でジェイミーがELECTRIC EELSで演奏していたこともある。このあたりの人脈はかなり複雑に入り組んでいて、クリーヴランド周辺の極めて狭いシーンの中で、メンバーの組み合わせを入れ替えつつそれぞれのバンド名義で活動していたらしい。
実際、当時MIRRORSもTHE STYRENESもTHE ELECTRIC EELSの曲を演奏していた。特にブライアン・マクマホン作曲の「Jaguar Ride」は3バンドすべてが録音を残していたりする。同じようなメンバーの組み合わせの中で、ジョン・モートン、ジェイミー・クリメック、ポール・マロッタの誰がリーダーシップを取るかで違うバンド名を使っていた、といってもイイかもしれない。
人脈図の枝を伸ばしていくとPAGANSやPERE UBUやTHE CRAMPSにつながっていく、そんなシーンの中でも特にELECTRIC EELSとMIRRORSとSTYRENESの3バンドはまとめて語られることが多かった(いや、そもそも語られること自体多くはなかったが)。俺がELECTRIC EELSを初めて知ったのは1997年にスキャット(PRISONSHAKEのメンバーが主宰するレーベル)からリリースされたオムニバス・アルバム『THOSE WERE DIFFERENT TIMES』だった。そしてこのアルバムがまさにELECTRIC EELSとMIRRORSとSTYRENESの3組を収録していたのだ。
それにしてもこの『THOSE WERE DIFFERENT TIMES』というアルバム、紙製のジャケットとブックレットがぶっといネジとナットで留めてあるという、もの凄い装丁だった(CDは1枚だがアナログは10inch3枚組)。3バンドとも80年代末~90年代前半にはそれぞれ編集アルバムがリリースされていたものの、当時の俺はそんなことも知らず、数年後にレコード屋で見かけた『THOSE WERE DIFFERENT TIMES』のアートワークにぶっ飛んで買い込み、中身のフリーキーな音にまたぶっ飛んだというワケだ。
そんな風に密接に絡み合っていた3バンド、本来なら包括的にまとめて紹介するべきなのかもしれないが、俺にとってTHE ELECTRIC EELSは別格だった。もちろんTHE VELVET UNDERGROUNDの強力な影響を感じさせるMIRRORS、ジャーマン・ロックに通じるネジレたポップさを前面に出したTHE STYRENESも素晴らしかった。中でもELECTRIC EELSのTHE STOOGESにも通じるようなキレ具合、歪みまくったイビツなリフ、つんのめるポンコツなリズム…はまさにパンクのプロトタイプというに相応しい。
STOOGESに通じる…とはいったものの、そこはクリーヴランド。同じ工業都市でも、デトロイト勢のモーターシティ・サウンドとは明らかに違うノリ。なんというか、廃液サウンドとでもいう感じの気持悪いビートがそこにある。
パンクのプロトタイプ…といえば、ジョン・モートンは70年代前半には既にコートに安全ピンを付けていたという(ステージ写真を見るとどうにもヘヴィ・メタル/ハード・ロックっぽいルックスだが、全身にアルミホイルを巻いてステージに出たこともあったとか)。デイヴ・マクマナスはでっかいアフロ・ヘアに革ジャン、マンボズボンというかズートスーツ風の太くて白いパンツ…というよくわからない格好で、しかもその衣装のいたるところにゴツいネズミ捕りがくっついている、というムチャクチャなスタイル。
他にも、70年代半ばに既にメタル・パーカッションらしきモノを使っていたとか、ステージ上で芝刈り機をバリバリいわせたりしてた…とか、THE ELECTRIC EELSというのは当時の常識からかなり外れたバンドだった(当時のフライヤーを見ると、思いっきりナチスのカギ十字が描き込んであったりも)。1974年にはダニー・フォーランドをコロンバスに残してクリーヴランドに拠点を移し、再びヴォーカルとギター2本だけの編成で活動を再開したELECTRIC EELSだったが、やはりというか周囲の理解は得られなかったらしく、ライヴ活動の場はかなり限られていたようだ。そうこうするうちにポール・マロッタが脱退して、75年春にはブライアン・マクマホンがバンドに復帰。新ドラマーとしてニック・ノックス(そう、THE CRAMPSに参加するあの人)も加入する。
かくて再びバンドらしい形態を取り戻したTHE ELECTRIC EELSだった。現在聴くことが出来るELECTRIC EELSの録音の大半は、ジョン・モートン(ギター)、デイヴ・マクマナス(ヴォーカル、クラリネット)、ブライアン・マクマホン(ギター)、ニック・ノックス(ドラム)というこの頃のメンバーによるモノだ。
しかし、当時の編成によるライヴは、ほとんど行なわれていないらしい。ELECTRIC EELSは、本当に早過ぎた存在だった。ジム・ジョーンズ(ベース:後にPERE UBU)やアントン・フィア(ドラム:後にTHE FEELIES~LOUNGE LIZARDS他)なんかを迎えてのセッションも行なわれたが、ライヴよりリハーサルの方が多いバンドだったといって差し支えないだろう。1978年にはあのラフ・トレードからシングル「Agitated / Cyclotron」がリリースされているが、その2曲がレコーディングされたのは75年5月のことだったし、バンドは76年を迎えることなく消滅してしまっていた…。
活動期間中にオリジナル・アルバムなんぞは出していないTHE ELECTRIC EELSだが、音源自体はかなり残っていて、先に書いたとおり編集アルバムは何回かリリースされている。まず1989年にティニタスというレーベルからリリースされたLP『HAVING A PHILOSOPHICAL INVESTIGATION WITH THE ELECTRIC EELS』。次いで91年にホームステッドからCD『GOD SAYS FUCK YOU』。そして97年にスキャットから出た先述のオムニバス『THOSE WERE DIFFERENT TIMES』。更に98年に英国のオーヴァーグラウンドからリリースされた『IN THERE ORGANIC MAJESTY’S REQUEST』(画像)と、2001年にスキャットから『THE EYEBALL OF HELL』。
このうち『IN THERE ORGANIC MAJESTY’S REQUEST』は、02年にCAPTAIN TRIPから『恐怖の電気鰻』というもの凄いタイトルで国内配給されていた(現在は品切れとのこと)。あとはG-Modern誌に記事が掲載されたくらいで、日本ではほとんど評価されたことがないと思われるELECTRIC EELSだが、90年代以降の海外での評価は、編集盤の数からしても明らかだ(今回この記事を見直す際に改めてネットで検索してみたら、いつのまにやら立派なホームページも出来ていた)。
「Agitated」「You’re Full Of Shit」「Cold Meat」「Accident」etc…と並んだパンクな曲名、そしてそれに見合ったフラストレーション全開の元祖パンク・ソングス。THE STOOGES~DEAD BOYSの流れやPAGANSなんかとの共通性を感じさせるフリーキーで不穏なR&Rが詰まっている。THE CRAMPS時代同様、ほとんどオカズを叩かないニック・ノックスのぶっきらぼうなリズムも聴きモノだ。
THE ELECTRIC EELS解散後も元メンバーたちはそれぞれに活動を続け、相変わらずMIRRORS、THE STYRENESとメンバーを取り替えながら今もあれこれやってるらしい(ちなみに90年代以降のSTYRENESにはPAGANSのマイク・ハドソンが参加していたりする)。2002年にはAMOEBA(raft boy)というバンドがSMOG VEILから『BAD FUGGUM FROM THE MYSTERIUM』というアルバムをリリースしたが(録音は96年)、コレもジョン・モートンがSTYRENESをバックにしたような編成だった。ELECTRIC EELSのレパートリーに加えて、PAGANSやビリー・チャイルディッシュのカヴァーを演っているのが実に興味深い1枚。
かくてクリーヴランドの電気ウナギたちは今も放電を続ける…。
追記:
アップ後7ヶ月も経ってから、ROCKET FROM THE TOMBSのことをROCKET FROM THE CRYPTと書いていたことに気付く。
あわわわわわわわ。
(2010.7.16.)
(2023.1.16.全面改訂)
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