JAMES LUTHER DICKINSON/DIXIE FRIED(1972)

画像ジェイムズ・ルーサー・ディッキンソン。
一般的には、ジム・ディッキンソンと言った方が、通りがイイですね。

この話は以前にも書いたと思うけど、俺が初めてジム・ディッキンソンの歌を聴いたのは、THE CRAMPSと共演した「Red Headed Woman」でだった。
ビッグ・ビートからリリースされてたオムニバス『ROCKABILLY PSYCHOSIS AND THE GARAGE DISEASE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_849.html)のB面トップに、“JIMMY DICKINSON & THE CRAMPS”名義で収録されている。
(CRAMPSとしては最初期の録音らしい)
CRAMPSの性急な演奏に乗せてガナる、凄まじい悪声。
テンガロンハットにサングラスの小さい写真を見て、そのオムニバスに収録されているヘイゼル・アドキンスやリジェンダリー・スターダスト・カウボーイみたいな、昔の狂ったロカビリアンに違いない…と、英文ライナーをよく読みもしないで思い込んだ。

…したら、ライ・クーダーとか多数手がけてる、有名プロデューサーの人じゃないですか。
俺がそれを知ったのは、かなり後になってからだったけど。
そして、ジム・ディッキンソンが南部サウンドの大プロデューサー/セッションマンと知ってからも、彼自身の音楽活動については長い間知らずにいた。

さて、ジム・ディッキンソンの1stソロ・アルバム。
1972年リリースで、その後ジムが自分名義の活動を再開したのが25年後という。

このアルバムが、DMZのオリジナル・アルバムをCD化したのと同じアトランティック傘下のレーベル、セピア・トーンから再発されたのが、2002年のこと。
ヴィヴィッド・サウンドから国内発売されたのが05年。
俺がコレを買ったのは更に遅くて…ジム・ディッキンソンが“キャプテン・メンフィス”(笑)を名乗ってSPECTRUM(ソニック・ブーム)と共演したアルバム『INDIAN GIVER』がリリースされた08年(録音は03年だが)に、一緒に買ったんだったと思う。
(俺が持ってるのはセピア・トーン盤だけど、初CD化は1998年のワーナー盤だったそうで)

その頃までには、ジム・ディッキンソンといえばメンフィスの大プロデューサーでセッションマン、という知識が一応備わっていて、むしろ「Red Headed Woman」での絶叫はなんかの間違いだったんでは、とか思ってたんだけど、SPECTRUMと共演、と聞いて、やっぱりこの人なんか変だぞ、と。
やっぱり変でした(笑)。
(実際、ライ・クーダーのアルバムで聴けるデリケイトなピアノに反し、本人はワイルドな人だったらしい)

メンフィスのスワンプ系セッションマン集団、DIXIE FLYERSで中心的な役割を担いつつ(ショーケンのメンフィス録音にももちろん参加)、そのDIXIE FLYERSの面々をはじめ、ドクター・ジョンやらテリー・マニングやらの豪華メンバーで録音されたこのアルバム。
1曲目の「Wine」から…渋くない!
あのフランティックな悪声によるR&Rだ!

…まあ、速いR&Rは「Wine」だけなんだけど、スワンプ系の隠れた名盤とか言われるわりに、このアルバム、渋くない。
名うてのセッションマンたちによる鉄壁の演奏(もちろん本人のピアノも素晴らしい)に乗せて、実に何とも言えない下手さ加減のヴォーカルが炸裂する、実に怪しげで楽しい1枚。
ボブ・ディラン作曲ながら当時ボブ自身は発表していなかった「John Brown」(コレがまた怪しいアレンジ)とか、GRATEFUL DEAD他いろんな人が演ってる古いブルーズ「Casey Jones」とか、ナイスな曲と演奏が詰まってます。

ずんぐりした体を父親の婚礼用スーツに包み、祖父のトップハットと杖を手にして、なのに何故か裸足で、アーカンソーの農園で見つけてきた“DICKINSON”と刻まれた石の上に立ってドヤ顔(?)で銅像を気取る、馬鹿過ぎるジャケットも最高。
90年代後半以降にいきなりソロ活動を再開して、精力的にやってたんだけど、心臓を患っていたそうで、俺がこのアルバムを買った翌年に他界。
残念。


コレで1114本目の記事です。
1114、個人的にはキリのいい(?)数字。
ここでまた小休止。


(2023.10.17.改訂)

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