輸入盤屋通いを始めた80年代半ば。THE STOOGESを聴いてみたいなー、と思っても、札幌のTOWER RECORDSの“IGGY POP”のコーナーには、『CHOICE CUTS』とかいうソロのベスト盤しか置いてなかった。
なんとなく、手が出なかった。
前にも書いたけど、IGGY AND THE STOOGESの『RAW POWER』を見つけて買ってぶっ飛ばされたのはもうちょっと後。
同じ頃、札幌のU.K.EDISONの“NEW YORK DOLLS”のコーナーには、『RED PATENT LEATHER』しか置いてなかった。
(TOWER RECORDSも同じだったと思う)
ジャケットを見たら…やっぱり何だか手が出なかった。
今になって考えてみると、この『RED PATENT LEATHER』がフランスのニュー・ローズからリリースされたのは、1984年。
マーキュリーからベスト盤『NIGHT OF THE LIVING DOLLS』がリリースされたのは翌85年、オリジナル・アルバム2枚が国内盤でCD再発(2in1)されたのは88年。
すると、『RED PATENT LEATHER』は当時NEW YORK DOLLS関連の最新リリースだったんだな。
…結局、オリジナル・アルバムをCDで順番に2枚買って、この『RED PATENT LEATHER』を買ったのは、1990年にテイチクから国内CD化された後だった。
結果オーライだったと思うけど。
で、『RED PATENT LEATHER』。
1975年5月2日、ニューヨークのクラブでのライヴ音源。
後期NEW YORK DOLLSの生々しい姿が捉えられている。
音質はブート並み。
マルコム・マクラーレンがマネージメントしていた時期…当時の新曲「Red Patent Leather」にちなんで、赤いレザーのコスチュームを着ていた時期だ。
プロモーション用にそういう格好をさせられただけ、と思っていたんだけど、この頃のライヴ写真を見たら、ライヴも実際にこのコスチュームでやってたんで、びっくりした。
窮屈そう。
1975年5月というと、もうジョニー・サンダース(ギター、ヴォーカル)とジェリー・ノーラン(ドラム)が脱退する本当に直前で。
アーサー“キラー”ケイン(ベース)はドラッグ中毒でまともに演奏出来ず、ローディーだったピーター・ジョーダンが“2ndベース”(二塁かよ!)としてクレジットされていて、末期的な感じがするものの…意外とそうでもない。
全11曲中、オリジナル・アルバム2枚からの曲は3曲だけで、残りの曲はカヴァー含めてもオリジナル・アルバム未収録ということで、この頃のNEW YORK DOLLSが間違いなく次を見据えて活動していたことが窺われる。
まあ…結局、ここで演奏されている新曲のうち「Girls」はデイヴィッド・ジョハンセン(ヴォーカル)の、「Pirate Love」はジョニーの、「Teenage News」はシルヴェイン・シルヴェイン(ギター、ピアノ)の…それぞれその後に持ち越すことになってしまうんだが。
(マーキュリーで3rdアルバムを録音する構想だけあったのは、先日「HUMAN BEING LAWNMOWER」絡みで書いたレ二ー・ケイの話でも出てたけど、レコーディング自体はなかったらしい)
ともあれ間違いなくバンド崩壊寸前の時期ではありつつ、少なくともこの時点では、まだやる気が感じられます。
実際、コレは“末期”じゃなくてあくまで“後期”なのだった。
このライヴの直後にジョニー・サンダースとジェリー・ノーランはNEW YORK DOLLSを脱退してしまったが、バンドは(というかデイヴィッド・ジョハンセンとシルヴェイン・シルヴェインは)アーサー・ケインもクビにしてラインナップを立て直し、この3ヵ月後には日本に行っちゃったりするんだから。
オリジナル・メンバーがデイヴィッドとシルヴェインだけになってからが、このバンドの本当の“末期”だろう。
その後、1976年末までバンドは存続していたという…。
余談だけど、2005年にシンコーミュージックから出た『グラム・ロック』というムックに、NEW YORK DOLLSで来日した時のデイヴィッド・ジョハンセンのインタヴュー(昔の「ミュージックライフ」誌に載っていたもの)が再掲載されていて。
その時点でデイヴィッドがRAMONESに言及しているのが非常に興味深い。
本文とは関係ないけど。
ジョー・ストラマーの命日が過ぎ去り。
日付が変わってレミーの誕生日となりました。
そして、IRON BUTTERFLY~CAPTAIN BEYONDのリー・ドーマン(ベース)が21日に亡くなったそうです。
(2023.10.22.改訂)
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