ANDY COLQUHOUN:ミック先生の懐刀

WARSAW PAKT.jpg以下はDOLL2008年2月号に掲載されたアンディ・コルホーンについての記事に、大幅に加筆したモノです。
アンディ・コルホーン…長いキャリアのわりにはソロ・アルバムは1枚だけで、はっきり言って非常に地味な存在ではあるんだけど、THE DEVIANTS/PINK FAIRIES周辺のことを考える際に、抜きにして語ることの出来ない、けっこう重要な人物でもあり。
なお、オリジナルの原稿執筆時には、白谷潔弘氏に資料面で多大な協力をいただきました。
ここで改めて白谷氏に感謝の意を表します。


 アンディ・コルホーン。ぽんと名前出しただけでは、「誰?」となる人が多いような気がするが、このブログを御覧の皆様の中には「ああ」となる人も多いだろう。
 アンディ・コルホーン。カタカナ表記は“アンディ・コルクホーン”となっていることも多いが、“コルホーン”の方が正しいと思う(発音としては“コルホーン”と“コルフーン”の中間みたいな感じ)。ノッティングヒルゲイトの超強力R&Rバンド、PINK FAIRIESのローディーをしていたアンディは、その縁で元PINK FAIRIESのドラマー、トゥインクが新たに結成したバンド、GLIDERにギタリストとして参加する。70年代半ばのことだった。
 GLIDERはトゥインク(ドラム、ヴォーカル)にアンディ・コルホーン(ギター)、ロジャー・デリア(ギター、ヴォーカル:あのレミーがHAWKWIND以前に参加していたバンド、SAM GOPALのメンバー)、チャス・マッケイ(ベース)というメンバーで、録音はあるものの、当時はリリースされていない。トゥインクのレア音源集とかで何曲か聴けるが、ブルーズ・ロックをベースにサイケデリック色を加えた感じで、PINK FAIRIESにもSAM GOPALにも特に似ていない、言ってしまえばわりと地味な音。

 GLIDERの活動は長続きせず、アンディ・コルホーンは自身のバンド、THE ROCKETSを結成する。このバンドではR&Bを演奏していたということだ。70年代半ばにR&Bというと、つまりはパブ・ロックということになると思うが、当時のフライヤーを見るとTHE CLASHの前座をやっていたりするので、パンクに移行するのは時間の問題だったといってイイだろう。かくて1977年3月、アンディはROCKETSのヴォーカリストだったジミー・コウルと新バンドを結成。それがWARSAW PAKTだった。
 WARSAW PAKT。…当時WARSAWと名乗って活動していたバンドが、WARSAW PAKTとの混同を避けるためにバンド名を変更した。それがJOY DIVISION。…といった具合に、WARSAW PAKTといえばかつてのロック史では“JOY DIVISION物語”の端役に過ぎなかったバンドながら、70’sパンクのマイナーどころが次々に発掘・再評価されるようになった90年代以降、その存在は見直されるようになっている(…といいんだが。実際のところ21世紀に入っても、JOY DIVISIONについての記事ではWARSAW PAKTのことを“ハード・ロック・バンド”と書いてあったりで、いまだ認知度は低い)。アンディの活動の中でも、最もアグレッシヴなR&Rを演っていたのがWARSAW PAKT時代だ。
 WARSAW PAKTのメンバーは、ジミー・コウル(ヴォーカル)、アンディ・コルホーン(リード・ギター)、ジョン・マンリーことジョン・ウォーカー(リズム・ギター)、クリス・アンダーヒル(ベース)、ウルフ(ドラム)の5人。ドラマーがウルフって、ドラムウルフかい!…と突っ込みたくなるが、その後ドラマーはルーカス・フォックス(MOTORHEADの初代ドラマー)に交代している(で、ウルフの次がフォックスって…)。

 ルーカス・フォックス加入後、WARSAW PAKTはシングル「Safe & Warm / Sick n’ Tired」でレコード・デビューを果たす。そして1977年11月27日にアイランド・レコーズからリリースされたのがWARSAW PAKT唯一のアルバム『NEEDLE TIME』(画像)。…コレがなかなかに変わったアルバムだった。録音は77年11月26日、ロンドンのトライデント・スタジオに客を入れてのスタジオ・ライヴ形式。それだけならばまだいいが、レコーディングされた音源はその日のうちにプレスされた(!)。そしてジャケットともいえないような厚紙で梱包されて、バンド名のスタンプが押されて、“割れ物注意”のステッカーが貼られて、ライヴに来ていた客やレコード店に発送された。ライヴが終了してからレコードが発送されるまで、24時間かかっていなかった(!)という…。
 レーベルとバンドがどうしてそんなことをしたのかよく知らない。レコード制作の最短記録でギネスブック入りでも狙ったんだろうか。少なくとも“パンクの初期衝動をダイレクトにカッティング!”とかいう感じじゃなかったことは確かだ(レーベルもスティッフとかじゃなくて大手アイランドだし、多分に話題作りの匂いがする)。ともあれリリース形態がそんな感じで特殊だったんで、当然そんなにあちこち出回っていたはずもなく、『NEEDLE TIME』は長い間入手困難なアルバムだった。2000年になってキャプテン・トリップ・レコーズから限定でCD化されたが、それも今では中古盤でしか手に入らないと思う。

 音楽的には初期パンクが好きな人の多くにアピールすると思うWARSAW PAKTだが、そのサウンドは若い野郎どもの初期衝動炸裂、という感じだけでもない。デビュー・シングルA面の「Safe & Warm」からして、いかにもR&Bからの転身、というのがうかがえる感じ。アルバム『NEEDLE TIME』もいきなりTHE WHO「It's Not True」のカヴァーから始まるし、「Hello Angel」後半なんかは60年代オランダのTHE OUTSIDERSや、当時復活していたDOWNLINERS SECTあたりを思わせたりも。
 ジョー・ストラマーやTHE VIBRATORSのノックスみたいにR&B/パブ・ロックのキャリアを持つ人たちが70年代後半になってパンク・ロックに“参入”してきたというのがあったワケだが、アンディ・コルホーン/WARSAW PAKTもそんな存在のひとつだったということが出来るだろう。一方には昨日楽器を始めたようなガキ共のバンドがあり、もう一方には経験を積んだミュージシャンによるパンクへのアプローチがあり…そういう様々な要素が、当時のパンク・ロックに裾野の広さや音楽的な豊穣さを与えていたと思う。ジョーもノックスもウィルコ・ジョンソンも(あとTHE POLICEとかも)パンクの時代を潜り抜けて自分たちのロックを追求して行ったし、当然アンディにも彼自身の道があった。

 1978年3月、WARSAW PAKTはたった1年の活動で解散。アンディ・コルホーンは元THE DAMNEDのブライアン・ジェイムズ(ギター、ヴォーカル)と78年5月にTANZ DER YOUTHを結成する。メンバーは他にアラン・パウエル(ドラム:元CHICKEN SHACK~HAWKWIND他)、トニー・ムーア(キーボード:元IRON MAIDEN、後にCUTTING CREW)。しかしバンドはシングル「I’m Sorry, I’m Sorry / Delay」1枚をリリースしただけで9月に解散となる。
 アンディはPINK FAIRIES/HAWKWIND人脈の親玉ミック・ファレン(元THE DEVIANTS)のソロ・アルバム『VAMPIRES STOLE MY LUNCH MONEY』のレコーディングに参加。元PINK FAIRIESのラリー・ウォリスと共にギターとベースを担当している。他にウィルコ・ジョンソン(元Dr.FEELGOOD~SOLID SENDERS)やPRETENDERSでデビューする直前のクリッシー・ハインドなんかも参加していて、WARSAW PAKTのレパートリー「Fast Eddie」(作詞はミック)も再レコーディングされた。MICK FARREN & THE GOOD GUYS名義でツアーも行なわれ、この時のメンバーはミック(ヴォーカル)、ラリー(ギター)、アンディ(ギター)に、ウィリー・ストーリーブラス(ハープ)、ゲイリー・ティブス(元THE VIBRATORS)、アラン・パウエル(ドラム)。その後アンディはラリーと共に、イギリスにやってきたウェイン・クレイマー(元MC5)のバックも務めている。この時の演奏はウェインのライヴ盤『COCAINE BLUES』(2000年)、『LIVE AT DINGWALLS』(00年)で聴くことが出来る。ウェインとラリーがギターで、アンディはベースを担当し、ドラムはLIGHTNING RAIDERSのジョージ・バトラーだった。

 ギターもベースも弾けるし歌も歌うしプロデュースも出来る、そんなアンディ・コルホーンだったが、基本的には職人というか裏方タイプだと思う(器用貧乏ともいう)。ともあれ活動は続く。1981年8月にはサイモン・キング(ドラム)&サイモン・ハウス(ヴァイオリン、キーボード)という元HAWKWINDのメンバーに加え、トム・ジャクソン(ヴォーカル)とイアン・ヘンダーソン(ベース)を迎えた新バンドTURBOを結成するも、音源を残さずに解散。アンディはラリー・ウォリスの新バンド、LOVE PIRATES OF DOOMに参加したものの、このバンドも長続きしなかった。
 その後はTV用の音楽を作ったり、まさに裏方仕事という感じの生活をしていたアンディだったが、87年になって再結成PINK FAIRIESに参加、アルバム『KILL‘EM AND EAT‘EM』をリリースしている。アンディ以外のメンバーはラリー・ウォリス(ギター、ヴォーカル)、ダンカン”サンディ”サンダーソン(ベース)、ラッセル・ハンター(ドラム)、そしてトゥインク(ドラム)。メンバー5人の中で、アンディだけが元々PINK FAIRIESのメンバーではなかったものの、作曲にギターにヴォーカルにと活躍していて、独特のユルいヴォーカルとサイケデリックなギターはかなりの聴きモノだ。この時期のライヴも2005年に『CHINESE COWBOYS』としてCD化されていて、ややユルめな『KILL‘EM AND EAT 'EM』と違って、PINK FAIRIES往年の名曲が連発される興奮のライヴが堪能出来る。

 しかし再結成PINK FAIRIESは長続きせず。アンディ・コルホーンは旧知のミック・ファレンとデモを録ったりする一方で、1988年にはダンカン・サンダーソン(ベース)、ラッセル・ハンター(ドラム)との3人で新生PINK FAIRIESともいうべきFLYING COLOURSを結成するが、コレもリリースのないまま解散(音源自体はTHE DEVIANTS/PINK FAIRIES周辺のレア音源集『HAMS』シリーズで聴ける)。
 90年前後はバイアス・ボッシェル(キーボード)とのユニット、MEN OF DESTINYをやっていたアンディは、その後アメリカに移り住む。そして同じくアメリカに移住していたミックやジャック・ランカスター(サックス:元BLODWYN PIG)らとLUNAR MALICEを結成。シングル「Gunfire In The Night」(92年)をリリースしている。そしてLUNAR MALICEは、90年代版THE DEVIANTSに結び付いていくことに。
 95年にはMICK FARREN & JACK LANCASTER名義でアルバム『THE DEATHRAY TAPES』がリリースされる。アンディもウェイン・クレイマーと共に参加し、そしてここには後にDEVIANTSでプレイするダグラス・ラン(ベース)も参加している。一方でこの頃アンディは元MOTORHEADのフィルシー・アニマル・テイラー(ドラム)とのFAIRYHEAD名義でも活動している。

 そして1996年、遂にミック・ファレンとアンディ・コルホーンの活動はTHE DEVIANTS名義のモノとなり、99年には来日も果たしている。俺はその時にインタヴューをしているが、ミックの話に集中してしまって、アンディにはあまり話を聞かなかった。今思えばWARSAW PAKTの話とか訊いておけばよかったな。
 新生DEVIANTSとしては『EATING JELLO WITH A HEATED FORK』(96年)、『THE DEVIANTS HAVE LEFT THE PLANET』(99年)、来日ライヴ盤『BARBARIAN PRINCES』(99年)、『Dr.CROW』(02年)とアルバムをリリース。作品ごとにドラマーがフィルシー・テイラーだったりリック・パーネル(元ATOMIC ROOSTER他)だったりとリズム・セクションは入れ替わっているが、ギターは一貫してアンディ。87年のPINK FAIRIESと違ってギターがアンディ一人ということもあって、アンディの個性がグッと前に出るようになっている。正直言って派手さはないものの、ソリッドでシャープなプレイとサイケデリックなフレージングにはアンディの秘めたる才能が垣間見える。この頃にはSKOOSHNYというバンドにゲスト参加したりも。

 そして2001年、アンディ・コルホーンは遂に初のソロ・アルバム『PICK UP THE PHONE AMERICA!』をリリース。FLYING COLOURS以降の録音を寄せ集めた感じのアルバムでまとまりはないし、当時ニッチ・ポップ的な語られ方をしていたのもどうかなあと思うが、今のところアンディ自身の音楽が聴けるのはこのアルバムだけだ(あとはオムニバスに収録されたFLYING COLOURSとFAIRYHEADか)。
 その後しばらくはあまりニュースのなかったアンディだが、地味に活動を続けていた様子で、09年にはナッシュヴィルのTHE WAILIN' CANESというバンドのデビューEPでエンジニアとしてクレジットされている。10年にはオムニバス『PORTOBELLO SHUFFLE』に、久々にミック・ファレンとのコラボレーションで参加(ドラムはフィルシー・テイラー)。

 アンディ・コルホーンと最も長い間パートナーシップが続いたミック・ファレンは残念ながらこの夏に亡くなってしまったが、前後してTHE DEVIANTS名義の7inch「Fury Of The Mob」がリリースされ、このブログでも紹介した。
https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1397.html
そして先月、MICK FARREN & ANDY COLQUHOUN名義のアルバム『THE WOMAN IN THE BLACK VINYL DRESS』がリリースされている。…実はまだ買っていない。そのアルバムと、そしてミック亡き後のアンディ自身の活動に期待したいところだ。


(2024.2.11.改訂)

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