CD2枚組で計130分を超えるヴォリュームだが、実際のライヴは休憩をはさむ2部構成で、MC(アルバムではほぼすべてカットされている)なども含めると、開演から終演まで3時間以上に及ぶモノだったそうで。
ステージには遠藤賢司一人。
楽器はギターにハープにピアノ、それにウクレレ、全てアコースティック。
たった一人、生楽器と声だけで3時間以上純音楽魂を見せつけたエンケン67歳(当時)の実況盤。
ディスク1は第1部。
意表を突いて(?)『満足できるかな』から「今日はとってもいい日みたい」のピアノ弾き語りでスタート。
ギターに持ち替えたと思ったら、『黎明期LIVE!』(1989年)でしか聴けなかったオリジナル・アルバム未収録曲「僕の歌を聞いてくれるあなたに」が!
そして次々に披露される名曲・代表曲の数々。
ウクレレに持ち替えて「寝図美よこれが太平洋だ」も。
それにしても衰えることのない声。
先日インタヴューした際、声の維持に秘訣などない、練習と気持ちだと遠藤賢司は言い切った。
叙情、哀愁、ユーモア、狂おしい恋慕、執念。
人間が持てる感情のすべてを、遠藤賢司はたった一人ですべて表現しようとするかの如く。
それは右側から見た構図と左側から見た構図を1枚の絵の中に同時に描き込んだピカソの営みにも似て。
そして熱気と激情。
「ハローグッバイ」で一気に噴出した熱気と激情は、「またいつか会いましょう」でほんのちょっとクールダウンした後、「踊ろよベイビー」「満足できるかな」「東京ワッショイ」の3連発で最高潮に達する。
しかしコレで終わりではないのだ。
ディスク2が第2部。
『嘆きのウクレレ』から「歓喜の歌」も歌われるものの、第2部は大半が00年代以降のレパートリー、そして多くは最新作『恋の歌』から歌われる。
往年の名曲もさることながら、67歳にして新しいレパートリーをこれほど確信に満ちたパフォーマンスでライヴの後半に集めることが出来るミュージシャンが、遠藤賢司以外にどれほどいることか。
大体、「フォロパジャクエンNO.1」とか「天使の歌」とか、60歳過ぎてから作った曲がこんなにハードでやかましいって、一体どういうことだろう。
本編ラストに歌われる、というか叫ばれる「夜汽車のブルース」も、オリジナルの15倍はハードでラウドだ。
確かにレミーと勝負出来るぜ。
(いや、今ならレミーに勝つかも知れん)
これまたオリジナルの13倍はパンクな「不滅の男」に続くアンコールの最後は「夢よ叫べ」。
さっきと同じようなことを言うが、遠藤賢司の世代で、90年代末にリリースした曲がアンコールで歌えるような代表曲になったなんて、他にどれだけいるだろう。
そしてエンケンはいまだに新しい名曲や代表曲を生み出し続けている。
たった今の自分を歌う、というその気持ちだけで。
ただ自分のために自分を歌う、裸の大宇宙・遠藤賢司。
そのパーソナルな歌が、俺を含め大勢を打つ/撃つ普遍の響きに。
至宝だ。
いや秘宝か?
『遠藤賢司デビュー45周年記念リサイタル in 草月ホール』、8日リリース。
(2024.8.15.改訂)
この記事へのコメント