1986年、あのチェルノブイリ原発事故の年に制作された映画。
それから30年。
俺は今まで観たことなくて、初めて観ることが出来た。
タイトル通り、本当に不思議な映画。
上映が終わり、客電がついて立ち上がる時、最初に口をついて出た一言が「わかんねえ~…」だった(笑)。
しかし、帰路頭の中で反芻するうち、じわじわ沁みてくる何かがある。
冬のモスクワ。
建築技師・マシコフ(スタニスラフ・リュブシン)は、仕事から帰るなり妻からパンとマカロニを買ってくるよう頼まれる。
街に出たマシコフは、ジョージア(グルジア)から出て来た音楽大生・ゲデバン(レヴァン・ガブリアゼ)に声をかけられる。
聞けば「あっちに、自分のことを異星人だと言っている男がいる」と。
通報しろ、と即答したマシコフだったが、男が裸足で寒そうにしているからと言われて、男に話しかける。
男は、この星の座標がわかれば“空間移動装置”ですぐに自分の星に帰れる、と意味不明のことを話す。
男の言うことをまったく信じないマシコフは、その空間移動装置とやらのボタンを押してしまい。
マシコフとゲデバンは、一瞬にしてキン・ザ・ザ星雲の砂の惑星・プリュクに移動してしまったのだった…。
(なのでタイトルは『不思議惑星キン・ザ・ザ』よりも、本来なら『不思議星雲キン・ザ・ザ』か)
砂漠で途方にくれる二人の前に、釣鐘のような形をした謎の飛行物体が現れる。
その飛行物体から降りてきた男二人は、何を話しかけても「クー」としか言わない。
結局マシコフとゲデバンを置き去りにして飛び去った飛行物体だったが、マシコフが気を取り直そうと煙草に火をつけた瞬間、いきなりUターンして戻って来たのだった。
プリュクではマッチ(“カツェ”)がとんでもない貴重品として珍重されていて。
かくてマシコフとゲデバンは釣鐘型の宇宙船=ペペラッツに乗せてもらい、謎の文明と風習を持つプリュク星人たちに翻弄されながら、地球に帰る方法を模索するのだった…。
ざっくりこんな話。
以後、物語は目まぐるしく展開するワケでもないのに、一方でまったく先が読めないというのが最後まで続く。
監督(ソ連では大家として知られたゲオルギー・ダネリヤ)が何を言わんとしているのか、今ふたつか三つぐらいわかりづらい。
朴訥な青年・ゲデバン(レヴァン・ガブリアゼは当時17歳だったという)が時々激怒する、その怒りのポイントも何だかわかりづらい。
必要なモノを手に入れるために単にカネが要るだけではなくあれこれ苦労させられるあたりや、権力者“エツィロップ”の横暴がまかり通っているあたりや…といったディストピア描写は、当時のソ連社会を暗喩的に皮肉っているのではと思われる。
(だとしたらこの映画、よく検閲にひっかからずに公開されたもんだ)
支配層であるチャトル人が被支配層であるパッツ人を差別しているのも、当時のソヴィエト連邦内の格差を反映しているのかも知れない。
(ダネリヤ監督はジョージア共和国出身)
最高権力者“PJ様”が浴槽で下僕と戯れる様には何処かホモセクシュアルな匂いを感じずにはいられないし…この映画、巷間よく言われるような“脱力系”に留まらない、危険な匂いがあちこちに感じられる。
(オフビートな笑いのセンスには、フィンランドのカウリスマキ兄弟に通じる部分もあると思う)
一方で注目すべきは、その特異な映像美。
ほぼ全編が砂の惑星プリュクで展開…その荒涼たる光景のほこりっぽさは、『スター・ウォーズ』のタトゥイーン星もかくや。
宇宙船ペペラッツをはじめとするメカ類の錆びつき感やアナログ感は、後のスチーム・パンクに先駆けていると思う。
そして衣装がアヴァンギャルド。
20世紀前半のドイツ表現主義やロシア構成主義とも趣を異にするそのセンスは、ほとんどパンク。
何より印象的なのは…当然のことではあるんだけど、当時の共産圏にも、普遍的な人間の営みがあった、というのを改めて認識させられること。
プリュクから地球に電話がつながり(!)…マシコフは現状を伝えるよりも、妻への愛を口走る。
異星の文物を地球に持ち帰らなければという意識があるとしても、ゲデバンの“手癖の悪さ”には苦笑。
旧共産圏にはサービス業の概念がなかったとか言われるが、マシコフは帰宅後にも同僚に業務の連絡を取ろうとし。
マシコフの妻は黒パンとボルシチではなく、マカロニを茹でようとしている。
TVでは“流行歌”が流れ。
(その流行歌は、偶然にもプリュクでマシコフの身を助けることになる)
コメディでありながら爆笑は起こらず、ちょっとしたクスクス笑いに終始するのは、やはりカウリスマキ兄弟の映画にも似て。
コレといった盛り上がりもないまま、135分(!)にも渡って物語は続くのだが。
不思議と、長い気はしない。
本当に、不思議な映画だ。
『不思議惑星キン・ザ・ザ』、8月20日より新宿シネマカリテにてレイトショウ。
(C)Mosfilm Cinema Concern, 1986
追記:
2008年8月にゲオルギー・ダネリヤ監督の母国ジョージアに侵攻したロシアは、14年にはクリミアを占拠。
そして22年、ロシアは再度ウクライナに侵攻。
戦争は終わっていない。
しかし今もロシアには、戦争など望まぬ民衆の営みがあるはずなのだが。
かつてスティングは”ロシア人も子どもを愛しているのなら”と歌った。
(2022.6.20.)
(2024.11.20.改訂)
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