ALAN LEE SHAW:SO FAR…SO LOUD!

MANIACS.jpg 以下は、DOLL誌2009年2月号に掲載されたMANIACS(アラン・リー・ショウ)についての記事に、大幅に加筆訂正したモノです。









 アラン・リー・ショウ。元MANIACS。PINK FAIRIES人脈。一方でTHE DAMNED人脈、またはSEX PISTOLS人脈ともいう。そして、話はパンク・ムーヴメント以前の70年代前半から始まったりする。人に歴史あり。

 アラン・リー・ショウ。70年代半ばに、ケンブリッジのアート・スクールを卒業。…ケンブリッジと言えば、2枚のソロ・アルバムを残した後にシド・バレット(ヴォーカル、ギター:元PINK FLOYD)が生活していた街だ。シドはそこで元PINK FAIRIESのトゥインク(ドラム、ヴォーカル)、ジャック・モンク(ベース:元DELIVERY)と共にSTARSを結成するが、3回のライヴで解散(ちなみに当時のライヴ音源はトゥインクが所有していると言われるが、世に出ることはまずないだろう)。
 STARS解散後、トゥインクはケンブリッジで知り合ったアランと一緒に活動することを決め、1973年にトゥインク(ドラム、ヴォーカル)、アラン(ギター、ヴォーカル)、ロッド・ラッター(ベース)の3人でバンドを組むが、それは長続きしなかった。

 1975年の末、アラン・リー・ショウとロッド・ラッターはロンドンに移り、MANIACSを名乗って二人で活動を開始する。ロッドはドラムに転向していた。TYRANNOSAURUS REXの影響があったらしいが、75年といえばSEX PISTOLSが結成された年だ。時代はもの凄い勢いで動いていた。当然というか(?)MANIACSの楽曲はTYRANNOSAURUS REXとは似ても似つかないファストでラウドなモノだった。そして77年、そこに再びトゥインクが参加することになる。しかもヴォーカリストとして。
 その後パンクのルーツのひとつとして讃えられるPINK FAIRIES、その中でもキテレツなキャラクターは群を抜いていたトゥインクだ。一方のアランもこの頃にはSEX PISTOLSやなんかの影響をモロに受けていたしで、新バンドTHE RINGSは更にパンク方面へと突き進む。メンバーはトゥインク(ヴォーカル)、アラン(ギター)、デニス・ストウ(ベース)、ロッド(ドラム)の4人。

 THE RINGSは1977年6月にチズウィックからシングル「I Wanna Be Free / Automobile」をリリースしている。しかしその後デニス・ストウが脱退。新ベーシストとしてドイツ人のロバート・クラッシュが参加したが、結局バンドは上手く行かなくなり、解散…というかトゥインクがバンドを飛び出し、残る3人は再びMANIACSを名乗って活動することになる。
 シングル1枚しか残さなかったTHE RINGSだが、95年にリリースされたトゥインクの編集盤CD『ODDS & BEGINNINGS』に7曲のライヴ音源が収録されている(残念ながら現在は入手困難)。PINK FAIRIESのレパートリー中心の演奏の中で、その後MANIACSで録音される「Shoot You Down」がプレイされているのは興味深い。77年6月にRINGSのシングルがリリースされたあと、8月にはもうMANIACSとしてライヴ活動をスタートさせているし、アラン・リー・ショウの方向性はこのとき既に固まっていた。

 ともあれ、ここに強力なパンク・ロック・トリオ、MANIACSが誕生する。WARSAW PAKT(同じくPINK FAIRIES人脈であるアンディ・コルホーンがやっていたパンク・バンド)の前身がR&Bバンド、THE ROCKETSだったように、あるいはTHE CLASH以前のジョー・ストラマーにTHE 101ersでのキャリアがあったように、MANIACSもパンク・バンドとして成立するまでにはいろいろあったというワケだ。
 …これまでにもいろいろなところで何回か書いたとおり、パンクとは必ずしも昨日楽器を持ったガキ共だけのモノではなかった。もちろんそういうプリミティヴさはパンクの重要な本質のひとつだったが、パンク・ロックにはもっともっと幅広い要素が含有されていたと言える(特に一部のサイケデリック・ロックとの人脈的・音楽的つながりは無視出来ない)。

 閑話休題。MANIACSは、1977年11月にユナイテッド・アーティスツからシングル「Chelsea ’77 / Ain’t No Legend」をリリースする。何しろ「Chelsea ‘77」が最高だ。鋭角なリフに、いきなりひっくり返るアラン・リー・ショウのシャウト。スピード感溢れるタイトなリズム・セクション。曲名も含めて、完璧なパンク・ロック・シングルのひとつと言える名曲(曲名も含めて、というか何より曲名が素晴らしいですね)。
 更に、77年12月にはMANIACSのライヴ音源「You Don’t Break My Heart」「I Ain’t Gonna Be History」が収録されたライヴ・オムニバス『VORTEX 203 WARDOUR St.LONDON W1 VOLUME ONE』がNEMSからリリースとなる。ところが、MANIACSの活動は、続かなかった。バンドは翌78年1月には解散となってしまう。実質的な活動期間、約半年(それにしても忙しいな…)。

 活動期間中にはほんのわずかな痕跡しか残せなかったMANIACSだが、1998年になって英国のレーベル、オーヴァーグラウンドから編集盤CD『SO FAR…SO LOUD』がリリースされる。シングル曲やVORTEXでのライヴ音源に加えて、未発表音源もたっぷり入ったナイスな1枚だ。
 シングルの2曲と同じ1977年9月にレコーディングされたスタジオ音源はどれもグレイトなパンク・ロック。マイケル・モンロー(HANOI ROCKS)にちょっと似ている感じのアラン・リー・ショウのヴォーカルは、よく聴けばマイケル同様、デイヴィッド・ジョハンセン(NEW YORK DOLLS)からの多大な影響に根差していることがわかるだろう。デモ音源8曲でのパブ・ロック的ともいえるシンプルなサウンドにも、MANIACSというバンドの本質を窺うことが出来る。ライヴやデモを含む全曲がオリジナルというところにも、アランの才能と気合が見て取れる。あと、ブックレットの写真に見るアランの立ち姿の、なんともカッコいいこと!

 2000年にはキャプテン・トリップから国内配給もされた『SO FAR…SO LOUD』だが、現在では残念ながら入手困難(中古で探すとけっこう高価い)。しかしその代わりというか今では『AIN’T NO LEGEND』というLPがリリースされている(俺持ってない…)。
 MANIACS解散後、ロッド・ラッターはTHE ADVERTSに加入し、アルバム『CAST OF THOUSANDS』で演奏している。一方のアラン・リー・ショウは次なるバンド、PHYSICALSを結成。1978年9月に自主制作のEP「All Sexed Up」をリリース。その後元SEX PISTOLSのポール・クックをドラムとプロデュースに迎えてシングル「Be Like Me / Pain In Love」をレコーディングするが、それが実際にビッグ・ビートからリリースされたのは「All Sexed Up」から1年以上経った80年のことだった。

 …ポール・クック参加のシングルが発売されないまま時間が過ぎるうちに、アラン・リー・ショウはTHE RINGS時代から親交のあったブライアン・ジェイムズ(元THE DAMNED)に誘われ、1978年12月にBRIAN JAMES ALL STARS名義のギグに参加する(ドラムはTHE POLICEのステュアート・コープランドだったという)。アランはそれを機に、79年3月からはブライアンのバンド、BRIAN JAMES AND THE BRAINSで活動するようになる(ブライアンがその前に組んでいたTANZ DER YOUTHにはアンディ・コルホーンと元HAWKWINDのアラン・パウエルがいたし、このブライアンという人もよくよくHAWKWIND~PINK FAIRIES人脈に絡んでる人だなー)。メンバーはブライアン(ギター、ヴォーカル)、アラン(ギター、ヴォーカル)、キッド・ロジャース(ベース)、マルコム・モーティマー(ドラム:元KILBURNS)の4人。
 ブライアンは79年6月にソロ名義のEP「Ain’t That A Shame」をリリースするものの、その後リズム・セクションが脱退。ここで、後にU.K.SUBSに参加するアルヴィン・ギブス(元THE USERS)とジョン・トウ(元CHELSEA~GENERATION X)という強力なリズム隊が参加。7月には新バンド、HELLIONSが誕生する。残念ながらこのときのメンバーでの音源は出ていないが(デモ音源は存在するらしい)、ブライアンが11月からイギー・ポップのバンドでツアーに出ている間に、アランを中心にPHYSICALSとしてのレコーディングが行なわれた。

 …PHYSICALSはMANIACS同様アルバムをリリースしないままにうやむやになったものの、これまたMANIACS同様2000年にはオーヴァーグラウンドから編集盤CD『SKULLDUGGERY』がリリースされて、その全貌が知れるようになった。1979年冬のアルヴィン・ギブスらとの録音もここで聴くことが出来る(02年にはキャプテン・トリップから国内配給されたが、残念ながらコレも今は入手困難)。
 PHYSICALSのサウンドは、MANIACSでは見えづらかったNEW YORK DOLLSやイギー・ポップといったアラン・リー・ショウのルーツにより忠実なモノになっている(イギー、MUSIC MACHINE、ELECTRIC PRUNESのカヴァーも収録)。MANIACSに較べると全体にルーズな、グラム・ロック寄りのR&R/パンク・ロックで、アランのヴォーカルも更にデイヴィッド・ジョハンセンっぽくなっている(っていうかMANIACSと全然違うぞ)。79年の録音ではよりメロディアスになっていて、コレはコレで素晴らしい。

 その後イギー・ポップのバンドを離れたブライアン・ジェイムズが戻り、HELLIONSは活動を再開。バンドは1980年の「READING FESTIVAL」にも出演を果たしたが、結局80年9月に解散してしまう。その後ブライアンがスティーヴ・ベイターズ(ヴォーカル:元DEAD BOYS)らとのスーパー・グループ、THE LORDS OF THE NEW CHURCHで活躍する一方、80年代のアラン・リー・ショウの活動はなかなか上手く行かなかった。
 81年、アランはカースティ・マッコールと活動し、ルー・エドマンズ(ギター:元THE DAMNED)やジュールス・ホーランド(キーボード:SQUEEZE)やピノ・パラディーノ(ベース)らと録音を行なう。しかしこの時に仕上がった5曲は、ポリドールの判断(カースティのイメージに合わない、ということだったらしい)により、お蔵入りに(そのうち数曲は後にジュールスがアレンジし直して彼のソロ名義でリリースしたという)。

 1983年、アラン・リー・ショウはクリス・ソル(ベース)、クリスピン(ドラム)とのトリオで新バンド、HUSH HUSHを結成。その後ドラマーはスティーヴ・ファイパーズに交代し、ライヴ活動の傍らデモ録音も行なわれたが、84年には解散。
 86年になるとアランは再びクリスと組み、クリス・ナヴァロ(ドラム)を迎えてHEAVEN AND THE ANGELSを結成する。バンドは英国やヨーロッパをツアーし、5曲入りミニ・アルバム『ANGELFISH AND MUSTANG WINGS』をリリースするが、このバンドも長続きせず、87年には解散となる。
 その後80年代末、アラン・リー・ショウはディー・ディー・ラモーンが構想していた新バンド、DEE DEE RAMONE’S DEAD LINEに参加し、リハーサルを行なう。このバンドは英国ツアーとEPのリリースを予定していたというが、結局何も形にならずに頓挫。
 …結局アランがシーンに再浮上(?)したのは、腐れ縁ともいうべきブライアン・ジェイムズがソロ活動に乗り出した時だった。ここで再びアランに誘いがかかり、ブライアン1990年のソロ・アルバム『BRIAN JAMES』で、アランはギターとベースを担当。90~91年にかけてはブライアンのバンドで英国とヨーロッパをツアーしている。

 …そんなこんなでブライアン・ジェイムズのヒキがあったのか、アラン・リー・ショウは1993年にTHE DAMNEDへと参加。95年のアルバム『NOT OF THIS EARTH』(その後『I’M ALRIGHT JACK & THE BEANSTALK』として再リリース)ではギターとバッキング・ヴォーカルを担当するだけでなく、ほとんどの曲をラット・スキャビーズ(ドラム)と共作して、その才能を存分に発揮している。しかしその後DAMNEDに留まることはなく、ブライアンが元FLAMIN’ GROOVIESのポール・ザール(ドラム)なんかと結成したTHE DRIPPING LIPSが98年にアルバム『READY TO CRACK?』をリリースすると、そっちにゲスト参加していたり(本当に落ち着かない人だね…)。
 00年代に入ると、アランはポール・グレイ(ベース:元EDDIE & THE HOT RODS~THE DAMNED~UFO他)、ジム・シンプソン(ドラム:元MAGNUM他)と新バンド、WICKED GRAVITYを結成。2006年にはアルバム『WICKED GRAVITY』をリリースしている。
 その後アランは、THE DRIPPING LIPSのヴォーカリストだったロビー・ケルマンと活動する一方、07年にはテキサスのフェスティヴァル「SXSW」にも出演したらしい(MANIACS名義での活動の構想もあるとか)。


 …最近は目立ったニュースのないアラン・リー・ショウだが、英国サイケからSEX PISTOLSにTHE DAMNED、と節操なく伸びる周辺人脈を思えばただ者ではない。長いミュージシャン生活の中でほんの数年間存在した彼のリーダー・バンド、MANIACSとPHYSICALSの音を聴くと(HEAVEN AND THE ANGELSとWICKED GRAVITYは未聴)、まだまだ埋もれて欲しくない存在だと思う。


(2023.5.31.改訂)

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