波流乱満(はるらんまん、と読みます)。自身のギターとヴォーカルによるソロ、しゃあみん(チェロ、ベース)と二人での睡蓮ノ弦、ハード・ロック的なトリオ:吉原炎上の三つをメインに、ゲスト参加的なユニットも多岐にわたる、美貌のワーカホリック。変幻自在のヴォイスと、闇の中にキラキラと弾け飛ぶ光の破片のような独特のギターを武器に、今日もゆく。
インタヴューは2009年3月16日、中野で行われた(あんまりにも美人さんなんですげー緊張した)。
(Photo:名鹿祥史)
―吉原炎上に睡蓮ノ弦、ソロ…それ以外にもいろいろやってますよね。ソロは、基本的にヴォーカルとギター…。
「意外と、ギターの音色にこだわってる。出来るだけ表に音が出るように。強く出るように、印象に残るように」
―吉原炎上は、乱満さんと、ベースがしゃあみんさんと、ドラムがかおるさん。睡蓮ノ弦は、乱満さんと、しゃあみんさんがチェロで。
「チェロと、ヴァイオリンを時々」
―ソロ、吉原炎上、睡蓮ノ弦は、それぞれいつ頃からやってるんですか?
「吉原はちょうど3年くらい。睡蓮は4年ぐらい。ソロを今の形でやってるのは…今のスタイルになったのは10年前。原型があったのは13年前、ソロでやり出したのは。その頃は、もうちょっとフォーク調の…森田童子とか、ああいう、歌がもっとしっかりしてて、ギターがそれに備わってる感じ」
―基本、歌と伴奏みたいな。
「歌の世界に合わせた効果音、だったのが、今は効果音に合わせた詩の朗読、っていう形で」
―以前のキャリアは?
「その前は、QUEEN BEEっていうバンドをやってて、ずっとツアーばかりやってて」
―どんなバンド?
「3コードの美学っていうか」
―R&R?
「ロックンロール。和製ロックみたいな感じの、ちょっとハード・ロックみたいな感じの。ずっとやってきて、2枚リリースしてるんだけど…自分とこのレーベルから。3枚目を作るときに、ちょっとよそのレーベルさんっていうか、何軒かが一緒になって、インディーズ・ユニットっていうか、インディーズのオムニバスみたいなのを出して、それが、メジャーレーベルなんやけどインディーズレーベルみたいな。そのときに一緒にどうですかっていう話があって、それで、音源の発売をちょっと止めてくださいって。で、止めたんだけど、結局、そのあとすぐに「フルアルバム出すから、曲を8曲用意して欲しい」って言われて。そのとき4曲で出そうと思ってたから…8曲っていうことで、追加したこの4曲が駄作で(苦笑)。「もうやっていけない!」と」
―それでQUEEN BEEはやめちゃったんですか?
「一応、休止っていう形にして、私だけ「東京に行きます、もっと自分の世界観について考えたい」ということで。それが28歳くらい」
(註:QUEEN BEEは徳島市を中心に活動していた。1996年に『からくり人形』、97年に『深緑の隙間風』と2枚のアルバムをリリースしている。波流乱満は当時“TAKA”というステージネームで、ヴォーカルとギターを担当。かなりカッコいい)
―その後、ソロ、吉原炎上、睡蓮ノ弦と、音源はどれくらい出てるんですか?
「睡蓮は年に1回だけ。“○○年版”ってことで1年に1回しか出さない。吉原はDVDを、プロモーション用に1枚、最初に作った。で、今回、メンバー同士の一体感が出てきたから、この形でとりあえず行きます、っていう形の、ライヴ盤で今回出そうかと」
―吉原炎上は、公式リリースは今回初めて?
「…公式じゃないの(笑)」
―(笑)ソロは何枚?
「自分でも把握出来ない(笑)」
―全部CD-R?
「ソロは…うん、そうだね、全部CD-R」
―プレスのCDとかは?
「いや…プレスは、やんないと思う。随時求めてるのが新しいものだから、どんどん変えていくから。一番新しい音源を、現在に近いものを。少数を、種類を変えてっていう感じで、ライヴで売って。古い音源を探してる人にはもう全部(中野の)「タコシェ」に任せてあるから」
―音楽性についてですけど…ソロと睡蓮ノ弦は、比較的近いような気がするんですけど、吉原炎上は…睡蓮ノ弦とメンバーかぶってるのに、全然違いますね。
「方向性がまったく違ってて。睡蓮の方は、音の完成形。睡蓮は…しゃあみんさんのこと私尊敬してて、初めて「この人について勉強しよう」とか、その音に惹かれて…。どこまでも深い。そこで、学びたい。それで、一緒にやらせてもらってるっていうか。まあ、こういう機会があって、一緒に睡蓮やってきて。…で、吉原って、しゃあみんさんが2代目(ベーシスト)なんですよ。歴代おかっぱ(笑)。一番最初は、踊りをやってた人。で、かおると私が、昔からけっこう二人でちょくちょくユニットをやってるような状態で。それで、いつまでもモノにならんままダラダラやっててもしょうがないから、いっそのこと表に出してみようか、っていうことで、それでライヴを…でも舞踊の人が入ってるとき「コレはアカン…」と思って、すぐ切って。それで、考えてる時にしゃあみんさんが「よかったらベース弾こうか?」って言ってくれて、試しにやってみたら手ごたえがよくて、「コレで行こう!」となって、それでしゃあみんさんをメンバーとして迎え入れて、3人でやっていこうと。…“音響系”なんですよ、波流乱満と睡蓮ノ弦は。吉原は、エンターテインメント系」
―ロックですよね。
「体動かして表現したり、お客さんと絡んでみたり、客席と舞台との一体感、っていう感じの演出力。で、ソロと睡蓮というのは、どっちかというたら音の真髄、みたいな感じで。お客さんは、それでよかったら聴いてください、みたいな(笑)」
―ソロと睡蓮ノ弦は、音楽性は似てますけど、しゃあみんさんとの化学反応みたいなモノを追及して、ソロが自分自身の…。
「自分の世界観、崩したくない世界観」
―吉原炎上の方は、和風ハード・ロックっていうか…連想したのは人間椅子とかなんですけど。
「私も人間椅子、好きなんですけど。詞とかがけっこう気に入ってた」
―元々、ハード・ロック好きなんですか?
「や、音楽、元々聴かないんですよ。聴くのは歌謡曲…昭和歌謡しか聴かない(笑)。スナックで、みんなが歌ってるような曲。仕事場でも有線でそういうのがずっと…。日本の情緒があって、ロマンチックで。歌メロの抑揚が好きで。今聴かれてる音楽って、リフで何とかっていう感じだけど、昭和歌謡は、歌の物悲しいところでは、物悲しくギターが鳴る…“鳴り”がある。それが好き。ホントに詞の世界がちゃんと表現されてる楽器のアレンジになってるところが好き」
―それぞれに音楽性は違うけど、表現しようとしてることの根底は、自分の中で共通したモノが?
「音楽活動に懸ける意気込みみたいなのは、みんな同じ。(吉原炎上の衣装を)誰かが着物にしようって言ったわけでもなくて、見た目に派手な方が楽しいって、どんどんみんな重ね着になってきてる感じで…アレも3kgぐらいになってきて(笑)。ギターは重いわ衣装は重いわで。ステージにいるときはあんまり感じんけど、降りたらもう歩けない(笑)」
―もろ肌脱ぎになったところなんて、ステージ上に花が咲いたような。
「(笑)ありがとうございます。グッピーみたいなシルエット(笑)」
―そんなにいろいろバンドやユニットをやっていて、ライヴもやってるし…その原動力はどこから?
「なんだろう?…わかりません(笑)」
―ああそうですか(笑)。
「わかりませんけど、そこに誰かが待ってくれている…ホントはもう、表にも出たくないし、引きこもってたいぐらいな気分なんだけど…“仮面”が変わる、やっぱり、出て行くと。プライヴェートの自分と、“波流乱満”っていう肖像、そういうのがはっきりと変わる」
―ソロとか睡蓮ノ弦で見せるシャーマニックな面と、吉原炎上でのハードな女ロッカーのイメージと、MCとか普段しゃべってるときの素の自分…の変わりっぷりが凄いですけど、自然なモノですか?
「そのときそのとき、自分が今何をやらなければいけないのか、っていうのが…染み付いてる?…意識してるんじゃなくて、そうしようと思ってるんでもなくて、何かが“オン”に入るっていうか。吉原やってるときは、意外と飲んだくれてたりする。でも、睡蓮とかソロやるときには、お祈りしてたりする(笑)。それも、決まってるからそうじゃなくて、自然と。あと、しゃあみんちゃんが環境管理もしてくれて、私がやりよいようにやってくれるんで」
―祈り、というキーワードが出たんですけど…何に対して?
「生に対して、かな。魂、命。ここに生かされている意味っていうか。一刻一刻を無駄にしちゃいけない。それが、一人でも多くの人に伝われば」
―既にある“神”じゃないですよね。…ライヴを観てびっくりするのがパフォーマンスなんですけど、ギターは、特に…どうしてああいう音が出るのかな、っていう…ギタリストとして影響を受けた人は?
「ホントに好きだったのは、山口冨士夫」
―全然似てないよ(笑)。
「山口冨士夫が最初で最後だったのかもしれない。それで、凄く練習したんです。ギターが上手くならなくて。3年くらい山口冨士夫ばっかりをコピーしてて」
―上手くなんないよそれ(苦笑)。
「ホンットに上手くならなくて(笑)、力尽きそうになってたときに、エフェクターをお誕生日プレゼントでもらって。それが、ファズと…クライベイビーをもらって。それをちょっといじり出して。そしたら、スタジオでバイトしてたときにそこの師匠っていうかオーナーが、「コーラスなんか入れてみたらどうだ?」っていって、コーラスをもらったんです。しばらくその三つでやってて。それで…私、きちんとギターが弾けないんで、“弾く”のをやめよう、と。どこでどの音が鳴るっていうのはわかるから、それだけわかればいいや、と。それで、ちょっと日差しが差してきて、楽しくなってきて「コレは幾らでも出来る」と。それで、シモーヌ深雪のアルバム聴いてたら…娼婦が、物悲しく、好きな男と別れていきますって、一人で埠頭を歩いていくのに、ヒールの音と船の汽笛の音が鳴る…それで、「コレが要る!」と思って。「音楽の世界にこの雰囲気を作る、コレが要るんだ」と思って。何とかギターでそれを作ろうと四苦八苦して10年(笑)」
―じゃあ音響系のアプローチも、完全に独学というか…。
「そこからなんか、うにゃうにゃしながら(笑)。みんな、「エフェクター何使ってる?」って訊くんですけど、エフェクター同じの使っても、ほとんどっていうくらい同じ音は再現出来ない」
―でもステージ上では、完璧にコントロールしてますよね、一音一音を。
「そのつもりなんだけど、かおるは「ゴチャばっかり弾いて」って言うから(苦笑)。今はコレ、って思いながら弾いてて、あとは無駄が嫌いだから、雑音を鳴らしたくない。そこは神経質にやってる。でも「ゴチャばっかり弾いてる」って言われる(苦笑)。挙句の果てに最近「弾いてないだろう」って言われる(苦笑)。弾いてるって!」
―ヴォーカルも、影響受けたヴォーカリストとかがいるわけじゃなくて?
「ヴォーカルは…私、かなり珍しい声色で、人が親しみにくい声をしてる…って、大阪へツアーで行ったときに、(ハコの)ブッキングマネージャーに言われた。それが耳についてしまえば、“フリーク”はいっぱい出来るけど、それまでの道のりは長いよ、って言われて。ガッカリしてた時に割礼が(ツアーに)来て。そのときサポートで一緒にやって。打ち上げで「いい声してるよね」って言われたのが初めてで、それをきっかけに、(唱法を)自分で研究したん」
―宍戸さん(割礼)がキーだったと(笑)。…山口冨士夫以外に、日本のアンダーグラウンドといわれてるものは、聴いてない?
「全然聴いてないんだけど、村八分は大好きで。村八分のヴォーカルの人(チャー坊)は、能か歌舞伎か何かを土台に詞を作る…それ、素晴らしい。人間椅子の歌詞もカッコいいなあ、と。日本語にこだわるのも、日本情緒とか、郷土系とか、伝統芸能とか、そういうのが絡んでいって…今は、ちょっと能の勉強をしようかなと」
―さっきシャーマニックという言い方をしたけど、シャーマンというのは“降ろす”モノでしょう?…実際は、降ろすというより自分の中から出てくるモノ?
「(波流乱満のキャッチフレーズ的な)“宇宙神秘”っていうのは、私が思ってるのは“中”での宇宙、人間が持ってる無限大の力…そういうものに対して。…だから、神秘主義者なんです(笑)。5年ぐらい前はシャーマンになりたいと思ってたん。でも、(それは)あとから付いてくるもんだから、やりたいことをまっとうしよう。やりたいことをやってれば、何かはあとから付いてくる。だから、自分のやりたいことを重視していって、どんどん変わってもいい」
―なるほど。コレで少し謎が見えてきた気が。
「私、謎だったんだ?(笑)」
―謎だよ(笑)。…では最後に、皆様にメッセージを。
「今最近、凄く強く思ってるのは、人が持ってる力っていうのは無限大であって、もし限界を感じたとしたら、それは自分が知らず知らずに自ずと決めた限界であって、それを断ち切ることが出来たら何でも出来るよ…という、力を持ち合わせて生まれてきてる。…ゴニョゴニョしとらんとバリバリやった方がいい(笑)。…という感じでやって行きたいと思います。…(かわいらしい声で)ライヴ観に来てください」
…ってなワケで、音源はライヴ会場と中野のタコシェで入手可能です。よろしければ是非ライヴをチェックしてみてください。
(2023.1.16.改訂)
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