遂にこの時が

LARRY WALLIS.jpgMOTORHEAD及びヘヴィ・メタル文化研究家の長谷川修平くんより連絡。
ラリー・ウォリスが亡くなった、と。

19日のことらしい。
死因は不明。
奇しくもレミーと同じ70歳。
遂にこの時が来てしまった。
MOTORHEADのオリジナル・メンバーで存命なのは、今やルーカス・フォックス(現PINK FAIRIES)一人になった。

最初に参加したバンドはTHE SAINTS。
(オーストラリアのバンドとは同名別バンド)
THE ENTIRE SIOUX NATIOを経て、SHAGRATでスティーヴ“ペレグリン”トゥックと活動し。
その後BLODWYN PIG~LANCASTERとUFOに参加。
PINK FAIRIESの3代目フロントマンとして活躍。
そしてレミーとMOTORHEADを結成。

俺が初めてラリー・ウォリスのプレイを聴いたのはMOTORHEAD『ON PAROLE』(1979年)だったが、彼はSHAGRAT時代から非凡なギターを聴かせていた。
そして何よりもPINK FAIRIES『KINGS OF OBLIVION』(73年)での豪快な歌とギター。

70年代後半はPINK FAIRIES再結成からのソロ活動。
スティッフ・レコーズのパッケージ・ツアーではニック・ロウやイアン・デューリーとも共演し。
元MC5のウェイン・クレイマーともライヴ活動を行ない、ミック・ファレン(元THE DEVIANTS)のソロ活動にも協力。
スティッフではTHE ADVERTSをはじめとするパンク・バンドのプロデュースも務め、本人曰くクレジットされていない仕事も多いという。

スティッフで予定されていたソロ・アルバムはお蔵入り。
それを機にシーンからフェイドアウトするも、80年代にはTHE DEVIANTS再編ライヴで再びウェイン・クレイマーとのツイン・ギターを聴かせ。
(Dr.FEELGOODへの楽曲提供もあった)
ソロ活動からまたしてもPINK FAIRIES復活。
90年代に入るとCANVEY ISLAND ALLSTARSへのゲスト参加からTHE REDBIRDSへと、またまたパブ・ロック界隈でも活動。
(というかこの人、基本的にずっとパブ・ロックの周辺でやっていたと言うことも出来る)

それにしてもすべての活動が本当に短期間しか続かない人だった。
MOTORHEADに在籍したのも半年余りで、その間にアルバム1枚分の録音が出来ていたのは、今考えれば奇跡的なことだったと思う。

THE REDBIRDS解散から唯一のソロ・アルバム『DEATH IN THE GUITARFTERNOON』(2001年)までは、10年近くギターに触れることもなく酒浸りだったというし、それ以降もオムニバスに参加したりポール・ルドルフの再編PINK FAIRIESに楽曲提供した程度で。
自身が熱望していた『KINGS OF OBLIVION』続編:PINK FAIRIESの正統なラスト・アルバムを制作することもかなわずに逝ってしまった。

ちゃんとしたソロ・アルバムが1枚しか残されていないのは残念としか言いようがないが、それでもPINK FAIRIESをはじめとして彼が歌ったり演奏したりした作品をかなりたくさん聴けるのはありがたい。
インタヴューすることが出来たのも貴重な経験となった。
(インタヴューしたミュージシャンがまた一人いなくなってしまった…)

SHAGRATから順に、彼のプレイを聴き直そう。
RIP.


(2025.10.15.改訂)

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック