ASIA/Don't Cry(1983)

ASIA.jpg俺が初めて聴いたASIAの曲が「Don't Cry」だった。
洋楽を聴き始めたばかりの頃、当時FMでやっていた「ベストリクエスト」という番組。
パーソナリティーは野沢那智だった。
(彼は番組で何故か毎週イタチの話ばかりしていたためか、間もなく神谷明に交代)
同じ日にRAINBOWの「Street Of Dreams」もかかったのを覚えている。

とにかくカッコいいイントロにカッコいいAメロにカッコいいサビにカッコいい声。
(すげえ頭の悪い表現)
前年の1stアルバム『ASIA』が全米1位、シングル「Heat Of The Moment」が4位に対して、「Don't Cry」が収録された2ndアルバム『ALPHA』は全米6位、シングル「Don't Cry」は10位。
しかしASIAで一番イイ曲は「Don't Cry」だと思っている。

当時は洋楽超初心者だったので、当然ASIAのメンバーが過去にやっていたバンドのことなど微塵も知らず。
その後KING CRIMSONやYESやEMERSON,LAKE & PALMERを聴いて。
YESやEL&Pはともかくとして、ジョン・ウェットン在籍時のKING CRIMSONとASIAの落差にはぶったまげた。
で、ASIAはあんな凄い音楽を演っていた人たちが売れ線を狙った志の低いバンドじゃないか…という、実に中二病的な感想を抱いて軽んじてみたり。

ずっと前にU.K.の『NIGHT AFTER NIGHT』(1979年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_299.html)を紹介した時にも書いた話だが、80年代に“産業ロック”的な方向に向かった元プログレの人たちを擁護していた友人は、ASIAや80年代のYESについて「プログレのエッセンスを維持しながら商業性にも対応して見せたのだ」と力説した。
しかし俺は納得出来なかった。
エッセンスなんて要らねえよ、俺はプログレが聴きたいんだ、と。

今では友人の言っていたこともある程度はわからなくはない。
前述の『NIGHT AFTER NIGHT』についての記事で、トリオになってからのU.K.を“ルックスが良くてもの凄くテクニカルなポップ・バンド”と書いた。
ジョン・ウェットンが後期のU.K.以上に割り切って、どプログレな面々を集めながらも思いっきりポップ方面に寄せて、結果的に大成功したのがASIAだった。
後期U.K.と違って全員がピンナップになるような見た目ではなかったにもかかわらず(笑)、ASIAがU.K.とは比較にならないほどの商業的成功を手に入れたのは、確かにプログレのわずかな“エッセンス”だけを残しながらその職人的なソングライティングの技量を3分間のポップ・ソングに押し込めることが出来ていたからだろう。
「Don't Cry」は(「Heat Of The Moment」も)プログレじゃないし、それで全然イイ。
10代の俺が素直にカッコいいと思ったポップでドラマティックなロック、それだけだ。

もっとも、上手く行ったのは最初の2作までだった。
バンドの商業的成功を見て、レコード会社は同一路線、あるいはよりポップな方向を望み。
一方メンバーは「Heat Of The Moment」や「Don't Cry」以上にポップな楽曲を作り続ける気はなかったようで。
スティーヴ・ハウが脱退し、後任ギタリストにマンディ・メイヤー(元KROKUS)を迎えたASIAは次作『ASTRA』(1985年)でややハードな方向に向かったものの、チャート・アクションは鈍り。
(全米67位。シングル「Go」は46位。ただ出来は全然悪くない)
結局バンドの顔であり声であるジョン・ウェットンが脱退、ASIAは消滅する。
(まあその後復活するワケだが)

この7inchはDJで使うために買った。
俺が初めて「Don't Cry」を聴いてから20年以上あとのこと。
B面の「Daylight」はLPには入っておらず、カセットだけに収録されていた曲。
コレもイイ曲だ。


追記:
この数年後、プログレッシヴ・アイドルXOXO EXTREMEが「Daylight」をカヴァーしようとは、この時点では想像もしなかったな。

(2025.10.20.)

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