映画『冬時間のパリ』

冬時間のパリ.jpgフランス映画なんて何十年ぶりに観たなあ…。

原題は『Doubles Vies』(直訳すると“二重の生活”)。
“冬時間のパリ”という、原題とまったく関係ない邦題になっているのは、本作の監督であるオリヴィエ・アサイヤスが監督した『夏時間の庭』にひっかけたのだろう。
映画の内容はまさに原題通りと言える。

老舗出版社で働く敏腕編集者のアラン(ギョーム・カネ)は、旧友であり担当する作家でもあるレオナール(ヴァンサン・マケーニュ)の訪問を受ける。
自身の爛れた(?)女性関係しか書かない私小説作家であるレオナール(彼自身は“私小説”ではないとはぐらかし続けている)は新作に自信を持っているが、レオナールと友人関係でありながら彼の赤裸々な作風を内心で嫌悪しているアランは、レオナールの新作の出版を断ってしまう。
ところがアランの妻であり、そこそこの知名度を得ているヴェテラン女優セレナ(ジュリエット・ビノシュ)はレオナールの新作をプッシュする。
実はセレナはレオナールと6年に渡って関係を持っていたのであった。
一方レオナールの妻であるヴァレリー(ノラ・ハムザウィ)はレオナールの新作よりも自身が秘書を務める新進政治家・ダヴィッドの行く末に腐心し。
そしてセレナに浮気されているアランも会社のデジタル部門を担当する、若く美しいロール(クリスタ・テレ)と不倫していて…。
みんなが原題通り“二重の生活”を送っているのだ。

…と、ややこしい関係がただただ会話劇で進行していく。
とにかく会話が続く。
日本人の会話劇とまったく違う。
大半は議論だ。
政治について、文化について、文学について。
どうしてこんなに考え方や意見が違う人たちが結婚してたり付き合ってたり友人関係だったりするのだろう…と、日本人なら疑問に思ってしまうぐらいの議論が展開する。
電子書籍の時代に順応しようと努めるアランも、デジタルの申し子的なロールとはまるっきり考え方が違うのに、一方で付き合ってたりとか。
正直よくわからん。
しかしお互いが思うことを主張しつつお互いを尊重するのがヨーロッパの彼らの流儀なのだろう、多分。

若いクリスタ・テレだけでなく、撮影の時点で54歳だったはずのジュリエット・ビノシュも、惜しげもなく裸身をさらす。
それが実に美しい。
色恋沙汰とか性愛とかが20代や30代だけのモノじゃないということを、名優たちが“身体を張って”というのではないさりげないレベルで示してくれている。
(ジュリエット凄くキュート!)

あまりフィーチュアされない音楽の使われ方がまた心憎い。
スマホを使いまくる現代のお話なのに、室内で流れているBGMがハインツ・バート「Just Like Eddie」(ギターはリッチー・ブラックモア)だったり、テーマ曲(?)での聴き覚えのある間の抜けた歌声がジョナサン・リッチマンだったり。
そしてお話はなんとなくイイ感じに着地する。
(それもけっこう謎に思う人が多いかも知れないが)

いかにもフランス映画らしいフランス映画とも言える一方、ウディ・アレンっぽいテイストを感じる人も多いかと。
残念ながらBunkamura(←これまた何十年ぶりに出かけた)ル・シネマでの公開は30日まで。
気になる方は是非。


(C)CG CINEMA/ARTE FRANCE CINEMA/VORTEX SUTRA/PLAYTIME


(2025.11.24.改訂)

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック