訃報止まず

MINISTRY.jpgこのブログを始めて11年近く経つが、誰それが亡くなったという話を2日続けて書くのは初めてではないかと思うのだ。


昨夜のブログを書いた直後に、マヌ・ディバンゴの訃報を知る。
まさにその当日、24日に亡くなっていた。
しかも死因は新型コロナウイルスによるという…。
遂に著名ミュージシャンからも新型コロナウイルスの犠牲者が出てしまった。
もう86歳だったのか。
いわゆるワールド・ミュージックのブームにより日本で知られ始めた時点で、既に50代後半ぐらいだったことになる。
もう世界中の何処でいつ誰から感染するかわからない状況、高齢のミュージシャンはみんな危ないと言っても過言ではないのかも知れない。


そして今朝になって驚愕したのが、ビル・リーフリンの訃報。
ロバート・フリップの奥方であるトーヤ・ウィルコックスの25日付のツイートでは「今日この世を去った」とある。
まだ59歳だった。
死因は公表されていないが、癌だったらしい。

俺が初めてビル・リーフリンのプレイを聴いたのは、このブログでも紹介したLARDのアルバム『THE LAST TEMPTATION OF REID』(1990年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2216.html)だったと思う。
続いて1000 HOMO DJSのミニアルバム『SUPERNAUT』(90年)とMINISTRYの『ΚΕΦΑΛΗΞΘ』(92年)だったはず。
LARDと1000 HOMO DJSでは1~2曲の参加だったので、ビルが全面的に参加しているアルバムではMINISTRYが初めてだったことになる。
他にもKMFDMやSWANSやNINE INCH NAILSなどで叩いてきた彼がKING CRIMSONに加入したと聞いた時には唐突な感じがしたモノだったが、ロバート・フリップとは90年代から共演の経験があり、かと思えばエクトール・ザズーとも活動していたり。
(一方でなんとテイラー・スウィフトのバックまで務めている)

KING CRIMSONではトリプル・ドラムの一角とあって、正直言ってビル・リーフリン自身のプレイの個性を意識させられたことはあまりなかった。
個人的には何と言ってもMINISTRYでの、プログラミングされたビートと並走する剛腕ぶりを思い出す。
ところがKING CRIMSONを一時離脱していたビルは、2017年にキーボーディストとして復帰。
意外なことに、彼がバンド史上初の(!)専任キーボード奏者となったのだった。
しかしその後のツアーにビルが参加しておらず、昨年のツアーは7人編成で回っているというニュースが伝わってきたり。

今にして思えば、ビル・リーフリンがKING CRIMSONから一時離脱したのも、ドラマーではなくキーボーディストとしてバンドに復帰したのも、癌の影響があったのかも知れない。
管楽器など他の楽器との兼任ではない専任のキーボード奏者として、今後どのような展開が…と思うと残念でならない。
KING CRIMSON歴代メンバーの中では、ボズ・バレル、イアン・ウォーラス、グレッグ・レイク、ジョン・ウェットンに続く5人目の物故者となった。
(何故か全員リズム・セクションなのはどういうワケなのか)


86歳でも59歳でも、等しく悼まれる。
そんなに次々逝かないでくれよ、とも思うが、死だけはいつか必ず誰にも訪れるのだ。


追記:
2日続けて訃報について書くというのは、実際にはコレが初めてではなかったのだが。

(2025.12.5.)

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