元々1963年にアメリカで出ていた有名な黄色っぽいジャケットの同名ベスト・アルバムを、一部曲順を入れ替えて、何故かジャケットも差し替えて日本で再リリースしたモノ。
先日紹介したCARPENTERSと一緒に買ったんだった。
(もの凄く安かった)
俺が初めてハンク・ウィリアムズを聴いたのは、80年代半ばだったと思う。
FMから流れてきた「Hey, Good Lookin'」だった。
なんか、イメージしていたカントリーと違う…と思った。
イントロのギターとか、なんかハワイアンみたいだし。
その後やはりラジオで流れてきた「I'm So Lonesome I Could Cry」なんかを聴いて。
ロック(それもヘヴィ・メタルやらパンクやら)を聴き慣れた耳には何とものどかなんだけど、悲しい系の曲から漂ってくる、なんとも言えない寂寥感みたいなモノに惹かれた。
このアルバムも、全12曲中3分の2が悲しい感じ。
ハンク・ウィリアムズの音楽の、なんとも言えない侘しさ。
シンプルな楽器編成や録音のせいもあるかも知れないが、やはりそれ以上にハンクという人の数奇な人生から醸し出されるテイストであるように思う。
ハイラム・キング・ウィリアムズ、1923年9月17日生まれ。
病身の父親はほとんど入院したきりで、下宿屋を営む母親の下、兄弟姉妹と靴磨きなどをしながら貧困の中で育つ。
そんな彼がギターを教わったのは黒人ブルーズマンから。
(何しろまだロバート・ジョンソンが生きていた時代の話だ)
ハンクの音楽の哀愁成分は、ブルーズ由来の部分もあったのだろう。
実際「Honky Tonk Blues」なんて曲を歌っている。
(このベスト盤には「Honky Tonk Blues」や「Move It On Over」といったモロにブルーズっぽい曲は入っていないが)
1937年、地元アラバマ州モンゴメリーのラジオ局で番組を持つようになったのはなんと14歳の時。
早熟な才能の持ち主でありながら、生まれついての背骨の病気による激痛に悩まされて過度の飲酒と鎮痛剤の乱用に走り。
飲酒癖が原因でラジオ局を解雇されたのが42年、この時点でまだ19歳…。
ともあれ戦後の1946年に初のレコーディングを経験し、翌47年にMGMと契約。
49年に「Lovesick Blues」がビルボードの全米カントリー・チャートで1位を獲得し、以後はヒットを連発。
今でも続いている(!)カントリーの人気番組「Grand Ole Opry」にも出演するようになる。
一方、酒と鎮痛剤の過剰摂取で、20代にして体はボロボロになり。
1952年には「Grand Ole Opry」も降板。
前後して離婚と再婚。
そして運命の1952年大みそか。
ハンク・ウィリアムズはライヴ会場に向かう車の中で心臓発作を起こしたとされている。
運転手が気付いた時には、ハンクは既にこと切れていたという。
死亡が確認されたのは53年1月1日だった。
まだ29歳…メジャー・デビューから5年余りしか経っていなかった。
さてこのベスト盤。
ハンク・ウィリアムズはカントリー・チャートで実に11曲ものNo.1ヒットを出していて。
LPのサイズならその11曲を全部収録するだけでもベスト・ヒット集となったはずなのに、実際にはそのような選曲ではないのが興味深い。
例えばカントリー・チャートで2位だった「Half As Much」(1952年)なんかは、ローズマリー・クルーニーのカヴァーがポップ・チャートで全米1位になっているのでハンクのどのオリジナル曲よりも有名だったのだろう。
A面ラストに「Hey, Good Lookin'」(51年に1位)、B面ラストに「Honky Tonkin'」と陽気な曲が配されているのも、考えた末の選曲と思われる。
この国内盤LPでB面の曲順が入れ替えられ、「Your Cheatin' Heart」「Kaw-Liga」とハンク・ウィリアムズの死後にカントリー・チャートの1位になった曲がそれぞれA・B面の1曲目に位置しているのは、国内盤リリース元のポリドールによる意図的なモノだろう。
それにしても。
CARPENTERSでも有名な「Jambalaya(On The Bayou)」(1952年)や「Hey, Good Lookin'」はともかく…「Why Don't You Love Me」(50年)とか「Cold Cold Heart」(51年)とか「Your Cheatin' Heart」とかの悲しい系の曲も当時のカントリー・チャートで続々と1位。
1位とかではないがやはり彼の代表曲である「I'm So Lonesome I Could Cry」(49年)なんか、曲名からして”超寂しくて泣ける”って。
死後にリリースされた「Ramblin' Man」(53年)で聴ける、さすらう男の寂しさ全開な歌唱とサウンドも。
ハンク・ウィリアムズの悲しい系楽曲の吸引力たるや(←マッド矢野さん風)。
一方で「Why Don't You Love Me」あたりに聴ける軽快とも言える演奏と歌唱は、思うように愛を得られない自分を笑い飛ばすようでもある。
ハンク・ウィリアムズが自身のラジオ番組を持つようになった翌年にロバート・ジョンソンがこの世を去り。
そしてハンクが亡くなった1953年には、エルヴィス・プレスリーが初レコーディングを行なっている。
(2025.12.22.改訂)
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