俺が初めてロビン・トロワーの名を知ったのは、80年代半ばのことだった。
BURRN!で『BEYOND THE MIST』(1985年)のレヴューを読んで、なんとなく気になったのだ。
その時点ではロビンが元PROCOL HARUMだとか、そんなことも知らずにいた。
直後にNHK-FM「クロスオーバー・イレブン」で「Bridge Of Sighs」「In This Place」を聴いた。
ブルージーというかサイケデリックというか、とにかく幽玄な感じのギター・サウンドに、これまたブルージーというか、えらく激渋なヴォーカル。
一発で気に入った。
WHITESNAKEのブルージーでソウルフルなハード・ロックの良さがようやくわかるようになった頃だった。
(それまではJUDAS PRIESTとかQUEENSRYCHEとかALCATRAZZみたいなハイトーン絶叫系メタルが大好きで、70年代のTHIN LIZZYもあんまりよくわからなかった…というのは以前にも書いたと思う)
ロビン・トロワーを聴くのがもう少し早かったら、その魅力は理解出来なかったに違いない。
ジェイムズ・デュワーのヴォーカルはよくポール・ロジャースと比較されるが、当時の俺はデイヴィッド・カヴァーデイルに共通するモノを感じ。
(なるほど、タイプとしてはみんな同系統だ)
「Bridge Of Sighs」と「In This Place」はカセットテープにエアチェック(←死語)してあったので、早速俺に執拗にWHITESNAKEを布教し続けていた先輩の家に持って行って聴かせた。
あんまり反応がなかった。
「こんなにカッコいいのに何故…」と思った。
その先輩はその後BLUES 'N' TROUBLEを聴かせた時も薄~い反応しかしなかったので、どうも俺とはツボがかなり違っていたようだ。
(もちろん先輩はMOTORHEADもMETALLICAもVENOMも一切認めなかった)
ともあれクリサリス時代のロビン・トロワーのLPは当時中古盤屋で大体780~980円ぐらいだったので、早速『BRIDGE OF SIGHS』を手始めに買って行ったのだった。
結局『BRIDGE OF SIGHS』がベストだと、今でも思う。
派手なところはほとんどないので、コレが当時全米7位の大ヒット作だったというのは少々驚きでもあるが。
商業的には次作『FOR EARTH BELOW』(75年)が全米5位、全英26位と最も売れているものの、内容的には『BRIDGE OF SIGHS』に及ばない。
むしろ『FOR EARTH BELOW』よりかは、それほど売れなかったその次の『LONG MISTY DAYS』(76年)の方が出来が良いと思う。
ってか『TWICE REMOVED FROM YESTERDAY』(73年)と『BRIDGE OF SIGHS』の初期2作が全英チャートに入っていないということが信じ難い。
PROCOL HARUMを脱退してフランキー・ミラー(ヴォーカル)、ジェイムズ・デュワー(ベース、ヴォーカル)、クライヴ・バンカー(ドラム:元JETHRO TULL)というなんだか濃い顔ぶれでJUDEを結成したロビン・トロワーだったが、バンドは短命に終わり。
ジェイムズと共に新しいバンドを組むことにして、ピーター・バーデンスのバンドにいたレグ・イサドア(ドラム)を引き入れ。
『TWICE REMOVED FROM YESTERDAY』に続く2ndアルバムが『BRIDGE OF SIGHS』。
意味不明な感じのジャケットは初期のアルバムに共通するセンス。
プロデューサーは前作に続き、PROCOL HARUM時代の盟友マシュー・フィッシャー。
イントロからジミヘン・マナー全開という感じの「Day Of The Eagle」から始まる。
しかし確かにジミ・ヘンドリックスっぽくはあるものの、ジミとはなんだか随分違い。
間違いなくブルージーではありつつも、ブルーズとかブルーズ・ロックともまた違い。
ジミヘンっぽくてブルージーなはずなのに、黒っぽさ皆無のなんとも言えずもっさりした、かつ幽玄で湿ったロックが展開する。
ロビン・トロワー自身、自分が黒人でもアメリカ人でもなく、それでもジミやブルーズ/R&Bがいかに素晴らしく、自分がいかにそれらを愛しているか、そしてそれを自分自身の音楽としてどのように表出するか、ということを当初から意識して活動していたらしい。
結果として実にオリジナルなサウンドが生まれた。
ジミ・ヘンドリックスを敬愛しながらランディ・ハンセンのようなコピーには進まず、黒人音楽に入れ込みながら単なるホワイト・ブルーズにもブルー・アイド・ソウルにもならず。
ハード・ロックと呼ぶには何処までも丸っこくもっさりした音。
一方で時にスペーシーでもサイケデリックでもあり。
中でもやはり「Bridge Of Sighs」、そしてそこから風の音のSEでつながる「In This Place」、この2曲に尽きる。
あまりに渋く侘しい演奏と歌。
(しかも両曲とも中盤にギター・ソロらしいソロがないという)
ちょっとシュールな感じもある歌詞。
「Bridge Of Sighs」…”ため息の橋”というほとんど演歌なタイトルがまた何とも。
その後『FOR EARTH BELOW』ではドラマーがビル・ローダンに交代。
レグ・イサドアはリチャード・ライトやピーター・グリーンのバックを務めた後、ロビン・トロワーとジャック・ブルースの連名作『TRUCE』(1981年)やロビンの97年作『SOMEDAY BLUES』でしれっと復帰していて驚かされた。
ロビンとジャックの活動を経て、ジェイムズ・デュワーは『BACK IT UP』(83年)を最後にバンドを離れ、同時にバンドはクリサリスからドロップ。
しかしロビンのアメリカでの人気は根強く、『BRIDGE OF SIGHS』のヒット以降、レーベルを移ったりロビン以外のメンバーがすべて入れ替わったりしても、『TAKE WHAT YOU NEED』(88年)までのアルバムはすべて全米200位以内に入り続けたのだった。
『TAKE WHAT YOU NEED』と同じアトランティックからリリースした『IN THE LINE OF FIRE』(90年)も内容に遜色なかったが、以後のアルバムがチャート入りしなくなったのは時代の流れというモノか。
あれほどの素晴らしい歌を聴かせたジェイムズ・デュワーはその後何故か表舞台で活躍することなく、1998年にようやくソロ・アルバムをリリースしたものの、2002年に死去。
レグ・イサドアも09年に亡くなっている。
一方のロビン・トロワーはマイペースと言ってもイイ活動ぶりをキープ。
自身のアルバムをリリースし続ける傍ら、PROCOL HARUM再編に参加したり、ジャック・ブルースとまた共演したり。
(ジャックと一緒に演った回数ではレズリー・ウエストより多い)
現在も活躍中のはず。
ちなみにROBIN TROWERというのはギタリストの個人名であると同時にバンド名でもあり。
(まれに”ROBIN TROWER BAND”と表記されることもある)
このブログではバンド名をアルファベット、個人名はカタカナで表記しているので、文中でもバンド名としてはROBIN TROWERと書くのが本来なのだが。
(初期のALICE COOPERがヴォーカリストの名前でもバンド名でもあったみたいに)
ところでバンドとしての”ROBIN TROWER”では、大抵の場合リーダーであるはずのロビン・トロワーの名前は一番最後に記されている。
(例外アリ)
奥ゆかしいというかなんというか。
(2025.12.29.改訂)
この記事へのコメント