Raised On Radio・その2

HOWARD JONES.jpg先日「ロンドン発ピーター・バラカン」の話をしたが。
そもそもラジオを聴く習慣は、洋楽をほとんど全く知らなかった頃から始まっていた。
当時の俺が何を聴いていたかといえば、これまた何度も書いた通りYMOだ。

なので、毎週聴くようになった最初のラジオ番組は坂本龍一の「サウンドストリート」だ。
渋谷陽一のを聴くようになったのは洋楽を聴くようになった数年後のこと。
俺がその頃YMO以外で聴いていたのはと言えば、大貫妙子や加藤和彦だった。

「サウンドストリート」に続いては「高橋幸宏のオールナイト・ニッポン」。
「オールナイト・ニッポン」で育った、という人はこのブログを御覧の皆様にも相当多いのではと思うが、俺が「オールナイト・ニッポン」を聴いていたのは、ユキヒロがパーソナリティをやっていた時期だけだった。
谷山浩子のも聴いてない。

谷山浩子については、彼女が「オールナイト・ニッポン」とほぼ同時期にやっていた「谷山浩子のニャンニャンしてネ!」を聴いていた。
そもそもそれで谷山浩子を知ったのだったと記憶する。
何故その番組を聴き始めたのかといえば、同じニッポン放送の「サウンド・イブ・ミュージック」の前だか後だかに放送していたから。
「サウンド・イブ・ミュージック」は伊武雅刀とデビュー当時の三田寛子がやっていた番組で、当然ながら(?)『スネークマンショー』の伊武雅刀の番組ということで聴き始めたのだった。
(ここで話がYMO方面に戻る)

それで、三田寛子の1stアルバムを買ったりしていた。
(当時はレコードプレイヤーを持っていなかったのでカセットを買った)
三田寛子と言えば2ndシングル「夏の雫」の編曲が坂本龍一で。
(再び話がYMO方面に以下略)


洋楽を聴くようになってからは、ラジオを聴く時間が数倍に増えた。
よく聴いていたのは、以前にも書いたが「サンデー・ミュージック」。
パーソナリティは襟川クロ。
毎週DURAN DURANやハワード・ジョーンズ(画像)がかかっていたような記憶がある。
そういうフツーのヒット曲だけ聴いていたなら、ひょっとして今のような生活は送っていなかったのかも知れない。
(どうかな)


(2026.1.2.改訂)

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