漫画家も監督もプロデューサーも

BLUE OYSTER CULT CULTOSAURUS ERECTUS.jpg相変わらず続く訃報。

7月2日に桑田二郎(桑田次郎)が亡くなっていたという。
85歳、老衰とのこと。
代表作は『8マン』や『まぼろし探偵』ということになるが、いずれも俺が生まれる前の作品。
個人的にリアルタイムで読んで衝撃を受けたのが『カワリ大いに笑う!』だった。
(俺が小学生になる前だったはず)
その少し後、雑誌(少年キングだったらしい)の予告ページに「発狂トンネル」という読み切りの掲載予告があり、「あっ、この絵は『カワリ大いに笑う!』の人だ!」となったものの(当時は『8マン』も『まぼろし探偵』も知らず)、結局その作品自体は今に至るまで読めていない。

31日にはアラン・パーカーが。
死因は不明だが、病死とのこと。
76歳。
原作と脚本を務めた『小さな恋のメロディ』やアカデミー賞受賞作『ミッドナイト・エクスプレス』などが有名と思われるものの、個人的には俺がジョディ・フォスターを知るきっかけとなった『ダウンタウン物語』(もの凄く面白かった)、そして俺が初めて女の子と観に行った(つまりデートだった)『フェーム』。
もちろん『ピンク・フロイド ザ・ウォール』や『ザ・コミットメンツ』も。

8月に入り、2日にスティーヴ・ホランド。
MOLLY HATCHETのオリジナル・ギタリスト。
死因は不明。
66歳。
『FLIRTIN' WITH DISASTER』(1979年)など、バンドが勢いに乗り、一番売れていた時代を支えたメンバーだ。
84年にMOLLY HATCHETを脱退しているが、近年も自身のバンドで活動を続けていたという。

スティーヴ・ホランドと同じ2日には轟二郎が。
大腸癌とのこと。
65歳。
俺が彼を知ったのは、『びっくり日本新記録』の”逆立ち相撲”の優勝者・三浦康一としてだ。
その後”レギュラー挑戦者”としてほとんど毎回出ていたが、アレはいつの段階から一般枠ではなく出演者として出ていたのだろうか。
一般的にはやはり”翔んだシリーズ”での怪演だろう。
ものすげえウザくて暑苦しかったなあ。
90年代に入って、某金融機関の”轟ローン”というローンのキャラクターとして広告に出ているのを見て「ああ、まだ頑張ってるんだなあ」と思ったのがもう30年近く前だ。
「まだ頑張ってるんだなあ」どころじゃない…その時点で彼はまだ30代半ばだったのだから。

9日にジャイアント・キマラ(カマラ)ことジェイムズ・ハリス。
新型コロナウイルスの感染症だったという。
糖尿病で両脚を切断し、人工透析も受けていたということなので、コロナにかかってはひとたまりもなかったのだろう。
70歳。
古典的な”怪奇派”がめっきり少なくなってきた時代のプロレス界にあって、グレート・カブキあたりと並んで突出した個性の持ち主だった。
(キマラに転向した時点で既に30代)
しかしただのキワモノではなく、身体能力は高かった。
WWFで少しの間抗争相手だったアンドレ・ザ・ジャイアントもキマラの実力を認めていたらしい。

ジャイアント・キマラと同じ9日にはマーティン・バーチが逝ってしまった。
死因は不明だが、まだ71歳だったとは。
WISHBONE ASHやDEEP PURPLEにエンジニアとして関わり出した時点でまだ20歳そこそこ、IRON MAIDEN『KILLERS』(1980年)の時点でもやっと30歳だったことになる。
俺が初めて聴いたマーティンのプロデュース作が『KILLERS』だったはず。
92年に引退していたというのは、訃報で初めて知った。
(その時点でもまだ43歳!)
DEEP PURPLEにRAINBOWにWHITESNAKE、ロニー・ジェイムズ・ディオ期のBLACK SABBATHにSILVERHEADの1stアルバム『SILVERHEAD』(72年)。
個人的には何と言ってもBLUE OYSTER CULT『CULTOSAURUS ERECTUS』(80年:画像)と『FIRE OF UNKNOWN ORIGIN』(81年)。
我が家のCD棚とレコード棚に、マーティンがプロデュースしたアルバムが何枚あることだろう。
メタルを聴き始めて間もなかった頃の俺の耳に決定的な影響を与えた一人ということになる。


今日はさっきから、マーティン・バーチのプロデュース作を聴き続けている。


(2026.1.7.改訂)

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