1日にイアン・ミッチェルが亡くなった。
死因は不明。
62歳。
まだ62歳だったのか。
何しろ1976年にBAY CITY ROLLERSに加入した時点で17歳だったそうで。
元BAY CITY ROLLERSで済まされがち(?)な人だが、実際には半年余りしか在籍していない。
(再結成にも参加しているものの)
ROSETTA STONEなどがパワー・ポップとしてきちんと評価されるようになったのは随分経ってからのこと。
イアン・ミッチェルと同じ1日にマモル・マヌーが。
心筋梗塞とのこと。
71歳。
ザ・ゴールデン・カップス…ドラマーとしてはもちろんのことながら、むしろヴォーカリストとしての印象が強い人が多いのでは。
(再結成以降はヴォーカルに専念していた)
デイブ平尾にケネス伊東、アイ高野、柳ジョージ…歴代メンバー中もう5人が物故者となってしまった。
そして8日に”シメオン”ことシメオン・オリヴァー・コックス3世。
死因は不明。
82歳。
82歳というと、SILVER APPLESの1stアルバム『SILVER APPLES』(1968年)の時点で既に30歳だったことになる。
俺が初めてSILVER APPLESの名前を知ったのは、1988年のFOOL'S MATE誌上でだった。
実際に音を聴いたのは94年にアルバムがCD化された時。
一気にドハマリした。
すぐにLPでも買い直し、その後の再発CDも買い増し。
(マイナー・レーベルからだけではなく、97年にはMCAからCD化されていた)
鍵盤などひとつもなく、9台の発振器を計86個のつまみやスイッチで操作する(!)恐怖の音響システム”ザ・シメオン”から生み出される、およそ60年代のロックとは思えないようなイカレた、しかも浮遊感に満ちてもの凄く気持ちいいエレクトロ・サウンド。
その電子音にリコーダーやバンジョーを合わせる狂ったセンス。
本当にショックを受けた。
1996年に活動を再開した時にはびっくりした。
再結成後の作品は60年代のモノには遠く及ばなかったが、しかし最後のアルバムとなった『CLINGING TO A DREAM』(2016年)はえらく良い出来で、その年の年間ベストにも入れたはず。
その時点でもシメオンは自作の機材を使っていた…。
2009年の来日を観られなかったのは残念。
そして相方のダン・テイラーも既に亡く。
今や異形のサウンドは音盤の中だけに刻まれている。
(2026.1.19.改訂)
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