ところが、オリジナル・リリースは84年だという(!)。
そんな頃にあのダモ鈴木が参加していたレコードがあったのか、と。
全然知らなかった。
国内配給されたCDにはライナーノーツの代わりに、97年当時のダモのインタヴューが添付されていた。
DUNKELZIFFER(ドンクルツィッファーと読むそうです)は、ヤキ・リーベツァイトとロスコー・ジーというCAN後期のリズム・セクションがやっていたPHANTOM BANDのメンバーを中心に、1981年に結成されている。
CAN脱退と前後してエホバの証人に入信していたダモ鈴木は長いこと音楽から離れていたが、77年にCANがノイスという街にツアーに来た時にセッションし、その時にのちのPHANTOM BAND~DUNKELZIFFERのメンバーとも知り合い、PHANTOM BANDのライヴに参加したこともあったという。
DUNKELZIFFERは不定形な編成による即興中心のセッション・バンドだったようで、ダモ鈴木によれば多い時には12~13人のメンバーがいたという。
1983年に1stアルバム『COLOURS AND SOUL』をリリースした後、ヴォーカルを務めていたリーバップ・クワク・バー(これまた元CAN)が亡くなったため、ダモに声がかかったということらしい。
この2ndアルバム『IN THE NIGHT』の時点で、メンバーはダモ鈴木(ヴォーカル)、ドミニク・フォン・センガー(ギター:元PHANTOM BAND)、リケ・グラット(ベース)、マティアス・コウル(ベース、ピアノ、シンセサイザー、ツィター)、ヘルムート”ジャンピー”ツァーレット(ピアノ、シンセ:元PHANTOM BAND)、ヴォルフガング・シューベルト(オーボエ、サックス)、ステファン・クラッチテン(ドラム、コンガ)、オレク・ゲルバ(コンガ他)、ライナー・リンケ(ティンバレス他)の9人。
”Dunkelziffer”を意味する”未知数”という漢字が大書されたジャケットはダモによるモノかと思ったら、違うのだそうで。
当時のDUNKELZIFFERはSTOLLWERCKという巨大なチョコレート工場跡のスクワットを拠点に活動していたというが、『IN THE NIGHT』のレコーディングは1984年8月にケルンのスタジオで2週間行なわれたという。
このアルバムも、スタジオ入りの時点でまったくアイディアもコンセプトも用意されておらず、ほとんどが即興だという。
2分半から13分半までのさまざまな尺で、ジャズやサイケデリック、アフリカの各種民族音楽、レゲエ/ダブ、ファンクなど雑多な要素が次々に顔を出すジャム・バンド風な演奏。
メンバー9人中3人が打楽器奏者でリズム・コンシャスな上に、ピアノのフレーズもカリンバみたいだったり。
ヴォルフガング・シューベルトの管楽器も、時にアフリカの笛のように響く。
一方で時々各メンバーのジャズ/フュージョン的素養が顔を出すところも。
そんな演奏に乗せて、ダモ鈴木が日本語と英語で自在に歌を紡いでいく。
特に”君の言うことなどどうでもいい/君のことなどどうでもいい”という日本語詞で始まる、無常感に満ちた「Sunday Morning」はこのアルバムの白眉だろう。
一方で歌詞にアルバム・タイトルの”In the night”が歌い込まれるレゲエ・ナンバー「I See Your Smile」(英詞)は、メロディ、アレンジともアルバム中で最も完成した楽曲として作り込まれた、ポップとも言える1曲で、シングル・ヒットも見込めるぐらいにキャッチー。
(ダモ曰く、このアルバムは当時ドイツのインディ・チャートで3ヵ月間1位だったのだという)
即興中心と言いつつ、全7曲中10分以上の長尺曲は2曲のみ。
2分半~5分弱の5曲は歌モノとして非常によくまとまっている。
ダモ鈴木は次作『Ⅲ』(1986年)を最後にバンドを離れ。
DUNKELZIFFERは続く『SONGS FOR EVERYONE』(89年)を最後に解散。
97年にはキャプテン・トリップからダモ参加時の85年ライヴを収録した『LIVE』もリリースされている。
その時点では、そのすぐ後にダモさんが来日してライヴをやるなどとは想像もつかなかった。
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