初めてイギー・ポップの名前を知ったのは、弟が買ってきたROCK SHOWで、鳥井賀句氏が紹介しているのを読んだ時。
1984年初頭のことだったはず。
…というのは、以前書いたかも知れない。
(記憶が定かでない)
とにかく、なんか凄そうだぞ、と思った。
デイヴィッド・ボウイが前年に大ヒットさせた「China Girl」の作詞がイギー・ポップで、「China Girl」は元々イギーが歌っていた、というのは、ROCK SHOWの記事で知ったのだと思う。
そして1984年にリリースされたボウイの『TONIGHT』(タイトル曲はやはりイギーのレパートリーだ)に収録された「Dancing With The Big Boys」で、初めてイギーの声を聴いたのだった。
(正直イギーの声はあんまりよく聴こえなかったが)
イギー・ポップ自身のレコードを入手したのは、もう少し後。
札幌市内のTOWER RECORDSには当時『CHOICE CUTS』という変なジャケットのベスト盤しかなく。
結局初めて買ったアルバムが、札幌のDISC UPにあったIGGY AND THE STOOGES『RAW POWER』だった…ということは、間違いなくこのブログで書いたはず。
それはもの凄い衝撃だった。
「うおお、もうSEX PISTOLSいらねえ!」と言ったら、友人に「じゃあSEX PISTOLSくれ」と言われたが、断った(笑)。
ただ、俺が『RAW POWER』を買ったのは、ソロ・アルバム『BLAH-BLAH-BLAH』がリリースされたのと近い時期だったはずで。
TVで「Cry For Love」のPVを観たのと、『RAW POWER』を聴いたのと、どっちが先だったのか…今では記憶がおぼろげだ。
(何しろ40年近く前の話なので)
『RAW POWER』を買ったのは1985年だったか86年だったか。
85年だったとすると、86年リリースの『BLAH-BLAH-BLAH』より先だったことになるのだが。
『RAW POWER』を買ってしばらくしてから、これまた札幌市内のCISCOで『THE STOOGES』を、少し後に『FUN HOUSE』を買った。
『THE IDIOT』を買ったのも同じ頃、コレは札幌のU.K.EDISONでだったはず。
俺の手元にあるLPは1984年頃のドイツ盤で、表ジャケットに大きく”PRODUCED BY DAVID BOWIE”と書いてある。
『RAW POWER』と『BLAH-BLAH-BLAH』でも、『FUN HOUSE』と『THE IDIOT』でも、音楽性もイギー・ポップの歌い方もまるっきり違うのだが。
『BLAH-BLAH-BLAH』にしても『THE IDIOT』にしても、『RAW POWER』や『FUN HOUSE』みたいにハードでもやかましくもないからがっかり、ということにはならなかった。
今考えると不思議な気がする。
ともあれ以降の俺はイギーという沼にはまっていくのだった。
で、イギー・ポップのソロ・デビュー・アルバム『THE IDIOT』。
名作過ぎて、俺なんかが今更書くこともないんだけど。
ただ、イギー自身が”ジェイムズ・ブラウンとKRAFTWERKの出会い”と呼び、いわゆるクラウト・ロックからの影響ばかりが取り沙汰されるこのアルバム…改めて聴いてみると、特に「Tiny Girls」などで聴かれるサックスやピアノをはじめとして、随所にジャジーなテイストがちりばめられているのが、けっこう印象深い。
アルバムには”Iggy Pop and his Band”としかクレジットがなく、参加メンバーは長いこと謎だったが、サックスもピアノもデイヴィッド・ボウイによるモノだったのだそうで。
ドラッグ禍でどん底にあったイギー・ポップのキャリアをデイヴィッド・ボウイが救った、友情の証のようなアルバム、と見せて、実はボウイが同じようなメンバーで直後に録音した『LOW』の習作/試金石だったのでは…というのは、今では誰もが認めるところ。
(ボウイ、ギターのカーロス・アロマー、ベースのジョージ・マーレイ、ドラムのデニス・デイヴィスが『THE IDIOT』と『LOW』の両方で演奏し、またどちらもトニー・ヴィスコンティがミックスを手掛けている)
ともあれ『THE IDIOT』は全米72位、全英30位を記録し、イギー・ポップは裸で暴れるだけの人ではない(?)、深みある声を聴かせるソロ・シンガーとしてのキャリアを開始したのだった。
(もっとも、ステージでは相変わらず裸で暴れる人だったんだが)
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