OLEDICKFOGGY、フルアルバムとしては2018年の前作『Gerato』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201803article_7.html)から実に5年ぶりとなる7thアルバム。
21年のミニアルバム「夜明け来ず跪く頃に」からでも2年ぶりとなる。
15日にリリースされているので、聴きまくっている人も多いのでは。
で、メンバーが交代しているので、ジャケットに見たことない人が写っているのは当然なのだが。
真ん中に映っている人からいきなり「誰だコレ」となってしまった。
他でもない伊藤雄和(ヴォーカル、マンドリン)でありました…。
髪が短くなっているうえに、ヒゲもない。
誰かと思った。
(しかしこの人やっぱり団時朗系の顔だな…)
右端に写っているTHE TOURISTSのエディ・チン(誰も覚えてないか…)みたいな人は大川順堂(ドラム)だった。
いきなり”うぉっうぉっうおっお”という超キャッチーなコーラスから始まる「消えて行く前に」から、コロナ禍の鬱屈を反映していたような「夜明け来ず跪く頃に」と雰囲気が違う。
そして”だから今を生きるんだ/誰にも気付かれず消えて行く前に”という、なけなしの前向きさ。
それは”悲しみや孤独痛みも昨日に置いて来た/摩天楼を越えて夜の彼方へ旅立て”と歌われる「夜光虫」にも引き継がれる。
”生きてる間に生きようぜ””終わりが来たら 始まりの歌を 唄えよ”という「また今日が終わる」にもグッとクる。
一方『Gerato』のタイトルが”Jアラート”から来ていたというOLEDICKFOGGY。
新作のタイトル曲「残夜の汀線」は…やはりというか、直接的にそれ風な言葉を一切使わずに、ロシアのウクライナ侵攻後の不穏な世界を反映している、ように聴こえる。
「少し飲んで帰ろう」「仄灯 -HONOAKARI-」などにちらつく孤独の影も伊藤雄和節というか。
そして「さよならセニョリータ」や「デリバリーヘルスィング」に顕著な、特有のユーモア。
特に歌詞カードを見たら確かに日本語なのに、聴いてみるとスペイン語みたいに響く「さよならセニョリータ」にはびっくり。
(愛知のLIPSTICK KILLERSの名曲「Dance On/No Vision~男装の美女」を思い出した…って誰も知らねえか)
あと、『Gerato』の「薄荷煙草とギムレット」に出てきた”陪堂(ほいと)”にも驚いたけど、今回も「満月とポイズン」の”躄(いざり)”とか…何処からそんな言葉や字が出てくるんだろう、と。
ラストに収められているのは「デリバリーヘルスィング」だが、前作のラスト曲「ベターエンド」に対応するような形になるのは「デリバリーヘルスィング」の前に入っている「エンドロール」だろう。
ただし「エンドロール」でアルバムが終わってしまうと、締めの雰囲気が前作と似通ってしまうし、「デリバリーヘルスィング」から謎の実況録音(?)で終わるのが今回のアルバムらしい幕切れということか。
外野(?)からは「ラスティックの楽器編成の必然性がない」みたいに言われたりもする近年のOLEDICKFOGGYだが。
彼らの曲名を引き合いに出せば「いいえ、その逆です。」といったところだろうか。
バンジョーやアコーディオンやマンドリンを前面に出した編成で、ポップかつ幅広い楽曲を演ってみせ、ジャンルを押し広げていくことこそ、OLEDICKFOGGY流のラスティックの行き方なのだと思う。
その点、エレキ・ベース(「満月とポイズン」のイントロのカッコいいこと)を導入し、相変わらずシンセ・ソロが鳴らされたりする新作の方向性は、まったく奇を衒った印象なくナチュラルに響く。
前任のyossuxiとはまったく違う声質の三隅朋子のヴォーカルをフィーチュアした「ゆらゆら」もとても良い。
今回も、紛れもない傑作。
我が家ではヘヴィ・ローテーション中です。
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