前作『NURSERY CRYME』(71年)が39位だから、大躍進であった。
ところでその『FOXTROT』。
イタリアのチャートでは、1位!
イタリアでは『NURSERY CRYME』も4位だったということで。
しかもその頃イタリアのチャートで1位に輝いていたのは、VAN DER GRAAF GENERATOR『PAWN HEARTS』!
(本国イギリスではまったく振るわなかった)
いや~、そりゃ70年代のイタリアからプログレ・バンドがどっかんどっかん湧いて出たワケですわ。
やっぱりオペラの本場は違うというか…。
『NURSERY CRYME』の好評を受けてイタリアをツアーしたGENESISは、初めて4000~5000人の観客の前で演奏する機会を得て、バンドにとって大きな自信になったという。
そして『FOXTROT』に伴うイタリア・ツアーでは、観客数は万単位に膨れ上がったのだった。
次の『SELLING ENGLAND BY THE POUND』(1973年)はイギリスでも3位の大ヒット、そしてアメリカでも70位と健闘。
もちろんイタリアでは1位であった。
ことプログレッシヴ・ロックの理解と受容という点では、大英帝国もアメリカ合衆国も、イタリア共和国よりもはるかに遅れていた、ということになる。
KING CRIMSONの『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』(1969年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201808article_1.html)がTHE BEATLESの『ABBEY ROAD』を蹴落として全英1位に!…という話がずっと流布されていたが、それはいわゆる都市伝説(?)みたいなもんで、実際にはかのアルバムは全英5位だったというし。
いやまあ5位でも充分凄いけどね。
ちなみに『NURSERY CRYME』の前の『TRESPASS』(1970年)がイタリアでどれほど人気だったのかは知らないのだが。
このアルバム、ベルギーのチャートで1位だったのだという。
うーむ、ベルギーも侮れん…。
あと『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』は当時オリコンチャート96位で、かなりの健闘だったと思う。
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