手塚先生のミッド70's

三つ目がとおる.jpg死ぬほど忙しい、とかいう時に限って、PCの調子が悪かったりする。
特に、その日初めてPCを立ち上げてからしばらくが調子悪い。
再起動を繰り返すことになったり。

動かない画面をただ見つめていても仕方がないので、本棚から漫画を取り出して読んでみたりする。
今日は手塚治虫『三つ目がとおる』⑩。
”手塚治虫漫画全集”、1980年の初版。
少し前に、MONE¥i$GODのKANちゃんにもらったやつ。

収録されているのは、1975年夏~76年春にかけて少年マガジンに掲載された10編。
半世紀近く前の作品だが、今読んでも面白いねえ。

…で、手塚治虫、作中にけっこう時事ネタを突っ込んでくる。
それらを見ると、1975~76年、ああ、そういう時代だったか、となかなか感慨深い。

「まず最初は布施明のシクラメンのかほり」「つづいてポール・マッカートニーーとウイングスの演奏!!」なんて。
1975~76年というと、手塚治虫当時39~40歳。
(若い!)
ポール・マッカートニーとか聴いていたのかなあ。
そして写楽たちがテレビ局に行けば、野口五郎やキャンディーズが。
TVの画面の中には西城秀樹、桜田淳子、郷ひろみ、殿さまキングス、更にアラン・ドロンが「ダーバン」と言っている。

本屋に並んでいるのはギャートルズやたいやきくんの絵本や、『天才バカボン』の単行本。
(小さい絵だが、ちゃんとバカボンの絵やあのロゴが描き込んである。アシスタントの手になるモノか、それとも本人か)

金を巡る会話では、「わかった、おじさんね、ロッキードの人?」なんて台詞が。
少年マガジン1976年5月2日号掲載の「ガイコツ・ショー」。
ロッキード事件が明るみに出たのは76年2月のことであった。
7月には元内閣総理大臣の田中角栄が逮捕されている。
当時の総理大臣・三木武夫も登場。
(彼は12月に辞職)

和登サンが大暴れすると、「マッハ文朱の中学生版みたい」と。
1976年はマッハ文朱が17歳(!)の若さで引退した年である。
巨人・広島戦で打席に立つのはもちろん(?)王貞治。

時事ネタというか…作中に登場するバキュームカーは適当に描いたモノではなく、ちゃんと三菱ふそうのキャンターが描かれていたりも。
これまた時事ネタではないが、同業者の名前も登場する。
「梶原一騎なのだっ」とか。
水木しげるは名前だけでなく、本人が出演(?)。


一方で、当時ならではというか、今見るとアウトではと思うようなところも。
写楽が「ハイルヒットラー」と言ってたり。
コレ、後の版では修正されたんだろうか…。
手塚治虫が『アドルフに告ぐ』の連載を始めるのは、7年後である。


俺の手元にある1冊は1980年の版なので、カバーの裏にはもちろん存命・現役の漫画家として紹介されている。
(当時51歳)
更に、なんと住所まで記載されていたりして。
(コレもこの時代ならではだなあ)


奇しくも昨日・11月3日は手塚治虫の誕生日であった。
60歳の若さで逝った手塚先生(水木しげるによれば、ちゃんと寝てなかったからだということに)、存命であれば96歳。

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