QUEEN/A DAY AT THE RACES(1976)

QUEEN.jpg制作コンセプトの面でも評価の面でもポピュラリティの面でも、前作『A NIGHT AT THE OPERA』(1975年)と対を成す、QUEENの5thアルバム。
代表曲中の代表曲「Bohemian Rhapsody」(全英1位、全米9位)を含む前作が全英1位、全米4位、オリコン9位だったのに対して、こちらは全英1位、全米5位、オリコン1位を記録している。
ってか『A NIGHT AT THE OPERA』の時点でまだオリコンチャート9位だったのね。
QUEENが日本で遂に”伝説のチャンピオン”と化したのは、この『A DAY AT THE RACES』だったワケだ。

まあ俺ごときが今更言うようなことはぶっちゃけそんなにないッスわ。
何しろ「Tie Your Mother Down」で始まって、B面の頭に「Somebody To Love」があって、最後「Teo Torriatte」で終わるって、もう文句なしだよね。

その「Tie Your Mother Down」、のちにトリビュート・アルバム『DRAGON ATTACK』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202004article_25.html)でレミーが歌っただけあって(?)、改めて聴き直すとずっしり重く。
ハード・ロックにもプログレッシヴ・ロックにもグラム・ロックにも分類されない、まさにジャンルがQUEEN、としか言いようのないQUEEN、ハード・ロックとして聴いても超一級…というのを改めて実感する。

『A NIGHT AT THE OPERA』と対になる…と言いつつ、『A NIGHT AT THE OPERA』までをプロデュースしたロイ・トーマス・ベイカーと離れ、セルフ・プロデュース。
『A NIGHT AT THE OPERA』が大成功したことで、メンバーには確たる自信が生まれていたに違いない。
たった2年前の『QUEEN Ⅱ』(1974年:https://lsdblog.seesaa.net/article/498410878.html)の時点でまだメンバーの半分が学生、半分が服屋の店員だったことを思えば、かなり凄まじいスピードの成功劇だった。
そしてこの頃には、批判的…と言うよりはほとんど中傷まがいのアンチ勢はねじ伏せられていた(はず。実際のところはわからんけど)。
まあ21世紀の今、例えばLED ZEPPELINに較べたらQUEENなんて…とか言うような人がいたとしたら、ただのポンコツ野郎としか思われまい。

ゴスペルの顕著な影響を感じさせる「Somebody To Love」は全英2位、全米13位。
4人の貴公子に目を輝かせていた日本のロック少女たちは、この時点では既に9年も前のJEFFERSON AIRPLANEによる「Somebody To Love」=”あなただけを”など眼中になく、「Somebody To Love」=”愛にすべてを”であったことだろう。
それにしても、JEFFERSON AIRPLANEもQUEENも、”愛すべき誰か”という原題からはるかに遠い”あなただけ”とか”すべてを”とかいう邦題になっていたのは何故だろう?

で、ついつい「Tie Your Mother Down」「Somebody To Love」「Teo Torriatte」ばかりに注目してしまうんだけど。
ジョン・ディーコン作の「You And I」も良いよ。
分厚いコーラスや緻密な音作りの一方で、前作ほどカチッとしてなくて、非シングル曲はけっこう実験的だったりするし。
その後のポップ化の萌芽も、この時点で見えていた気がする。

1976年当時の国内盤LPのライナーノーツは大貫憲章氏。
”クイーンは、パープルにもイエスにもツェッペリンにも似ていない。彼らはいたってオリジナルな個性を備えている。唯一似ていると言えるのは、かの偉大なビートルズくらいのものだろう。クイーンもビートルズも、目指すところは、アップ・トゥ・デイトな感覚みなぎるコンテンポラリー・ポップ・ミュージックの創造という点にあったのだ。”と書いてある。
半世紀近く前の論評だけど、今でもその通りと思う。
そして大貫氏は”きみはきみを信じ、きみ自身の道を歩みなさい”と書いている。
それはロックを聴く者として、この翌年のパンク・ムーヴメント大爆発にもそのまま対応する言葉だったはずだ。
(AEROSMITH来日公演で興奮してネクタイを引きちぎったという大貫氏は、パンク・ムーヴメントが起きると即座に現地に飛んでいた)

俺自身は当時小学生。
ロックのロの字も、QUEENのQの字も知らなかった。
クラスの女子たちが休み時間毎に教室でBAY CITY ROLLERSをかけまくるようになったのが、この頃だったはずだ。

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