前回読み返したのが10年前の2014年だったのは、このブログに書いていたことで明らかになった。
(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1716.html)
もっと昔、それまでに持っていた分を読み返すと同時に、その時点で持っていなかった分を改めて買い集め始めたのが2003年頃だったようなので、大体10年周期でH.P.ラヴクラフトを読み返していることになる。
手元にある第3巻(画像)は、2003年の第23版。
巻末に「履歴書」というのが載っている。
H.P.ラヴクラフトが亡くなる約3年前、43歳だった1934年2月に書かれた書簡から抜粋されたモノという。
10年前にも書いたことだが、この「履歴書」を読むと、H.P.ラヴクラフトが残念ながらかなりの人種差別主義者だったことがよくわかる。
”さまざまな民族はそれぞれ性向や習癖が異なっているものですが、そのなかでわたしが生物学的に劣っていると考えるのは、黒人とアウストラロイド(アボリジニ―など、オセアニアの原住民)だけです”ですって。
無知と偏見のなせる業。
ただ、個人的には、たとえばラヴクラフトがこの21世紀に生きていたとしても、けっこうそういう考え方を持ちがちな人物だったのでは、などと思っていたりする。
ところでこの、人種に関する見解は、H.P.ラヴクラフトがヒトラーの人種政策を批判するくだりからつながっているモノで。
つまり、黒人とアウストラロイド以外は劣等な民族などではないのだから、ユダヤ人の差別や弾圧は良くない、ということですね。
で、アーリア民族の人種的優越を説くヒトラーを”ロマンティックな構想と擬似科学に惑わされているのです”と批判する一方で、”わたしはムッソリーニに敬服していますが”とあるのは、どういうことだったんだろうか。
(ヒトラーのことは、ムッソリーニの”きわめて劣悪なコピー”と呼んでいる)
多分、黒人に対する嫌悪や、ムッソリーニのいわゆる”選択的全体主義”に共感していたんだろうな。
(H.P.ラヴクラフトは”修養を積んだ少数者による全体主義的な支配”を説いていた)
ラヴクラフトがムッソリーニに敬意を抱いていたことは、Wikipediaにも書いてある。
試しに”ラヴクラフト ムッソリーニ”で検索してみたら、H.P.ラヴクラフトがかなりキツい人種差別主義者であることに言及するサイトがけっこう出てきた。
ラヴクラフト、俺は今でも大好きなんだけど、もし彼が現代に生きる作家だったとしたら、間違いだらけの日本史本を書いた百田ナントカみたいに嫌悪していた可能性はかなり高いと思っている。
ところで、小学生(9歳)の時にそれと知らず読んだH.P.ラヴクラフトに、10代以降改めて関心を持つようになったきっかけは、多分BLUE OYSTER CULTの影響だった、と以前書いたのだが。
(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2137.html)
いやいやいや、違うよ。
高橋葉介の「触覚」だよ。
そのことも、このブログを始めて間もない頃に書いていたんだった。
(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_285.html)
記憶は遠い…。
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