JUDAS PRIESTを初めて聴いたのは、『DEFENDERS OF THE FAITH』(1984年)でだった。
(40年前!)
前年にラジオでIRON MAIDEN「The Trooper」を聴いてヘヴィ・メタルに開眼した俺は、「Freewheel Burning」を聴いて「うひょおおおお」となった。
遡って聴いたのが『SIN AFTER SIN』。
その次に聴いたのが『SAD WINGS OF DESTINY』だったはず。
メタル・ゴッドな『DEFENDERS OF THE FAITH』とは全然違い。
メジャー感ある王道ハード・ロックだった『SIN AFTER SIN』ともまた違い。
格段に暗い。
「Victim Of Changes」なんかいっそドゥーミーだし。
(この曲と「Dreamer Deceiver」には前任ヴォーカリスト、アル・アトキンスの名前がクレジットされている)
「Ripper」は猟奇的だし、やっぱり暗い。
「Tyrant」も暗い。
当時はIRON MAIDENとかQUEENSRYCHEとかACCEPTとかのリアルタイムな作品と一緒に、さも当然の様に聴いていたのだが。
今改めて聴くと、改めていろいろ凄い。
ハイトーンのヴォーカルが速い曲を歌うハード・ロックなら、1976年の時点でまったく珍しくなかったとはいえ。
「Island Of Domination」みたいにジャカジャカとかザクザクとか、そんな風にリフを刻みながら疾走する、つまりその後のヘヴィ・メタルそのものな演奏スタイルは、76年当時にはかなり珍しかったはずだ。
(「Deceiver」もそれに近いスタイルだけど、こちらのリフはバーミンガムの先輩BLACK SABBATHの「Children Of The Grave」あたりを意識していたような気がしないでもない。あと刻み系リフということではDEEP PURPLE「Fireball」とかLED ZEPPELIN「Communication Breakdown」なんかが先駆だったかも知れないとも思う)
前作『ROCKA ROLLA』(74年)ではまだ加入間もなかったグレン・ティプトン(ギター:元FLYING HAT BAND)が『SAD WINGS OF DESTINY』では全曲のソングライティングに関わるようになったことは、やはり大きかったに違いない。
よく言われるように、初期に在籍して脱退していたのが出戻ったアラン・ムーア(この後また脱退)のドラミングはちょっと弱い。
(このアルバムを初めて聴いたメタル初心者の俺はそんなことまったくわからなかったけどね)
そして80年代以降に較べると、ギターをはじめとする全体の音がペラペラ。
(これまた10代の俺はそんなこと全然思わなかったが)
全曲ではないもののロックフィールド・スタジオで録音が行なわれ、エンジニアとして若き日のクリス・タンガリーディスが参加していることを思えば、単に時代のせいというワケでもないような。
マイナー・レーベルゆえの予算の問題だったか。
(もっとも”観賞用のハード・ロック”などと揶揄されることもあったJUDAS PRIESTのアルバムは、1978年の『STAINED CLASS』あたりでもまだかなり軽い音に感じられる)
あと、これまたよく言われるように、ピアノとコーラスをフィーチュアした「Epitaph」はモロにQUEENっぽい。
多分意識していたはず。
(その後こういう曲は聴かれなくなるばかりか、80年代に入るとバラード風の曲自体がまったく作られなくなるのだが。それとアレだ、2ndアルバムの時点でメンバーがミュージシャンとして食えなくて他の仕事をしていた…というのも、QUEENと共通する)
ちなみに「Epitaph」はロブ・ハルフォードのピアノ弾き語りではなく、ピアノはグレン・ティプトンが弾いている。
そして。
『SIN AFTER SIN』以降のアルバムで尽きぬJUDAS PRIEST愛をダダ漏れにしてライナーノーツを綴り続けた伊藤政則御大は、『SAD WINGS OF DESTINY』が初めて国内発売された1977年の時点ではまだライナーを担当していない。
ここでのライナーは大貫憲章氏と渋谷陽一氏のお二人。
(それはそれでなかなか凄い…けど、渋谷氏は当時BLUE OUSTER CULTとかのライナーもけっこう書いてたんだよね)
大貫氏は「今はまだ本国イギリスでも、第一級にランクされてはいないけれど、近い将来、彼らは何らかのセンセーションを引き起こすだろう」と予言している。
(ズバリ的中)
一方渋谷氏のライナーは大貫氏の半分くらいのヴォリュームで、「僕としては音のスピード感、それに明るさという点でまだジューダスには満足いかない点もあるが、その未知数が楽しみでもある」と書いている。
ライナーの中でURIAH HEEPやMOUNTAIN(!)を暗い、重いと言って拒否反応をあらわにし、QUEENを「何かあっけらかんとした音はすごく新鮮だったし」と評価している渋谷氏は、JUDAS PRIESTには明るくなってほしかったようだが。
QUEEN的なモノから多分意識的に離れていったであろうJUDAS PRIESTが”明るく”なることはなかった。
(2024.12.24.改訂)
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