死因は非公表。
78歳。
言わずと知れたQUEENを手掛けた人、だが。
それだけではとても済まない。
敢えてQUEENを除いたプロデュース作の一部(ほんのごく一部)を挙げると、
FREE『FIRE AND WATER』(1970年)
ロバート・カルヴァート『CAPTAIN LOCKHEED AND THE STARFIGHTERS』(74年:うあっ、そうだよ、コレも彼だったんだ…)
JET『JET』(75年)
LONE STAR『LONE STAR』(76年)
ルイス・フューレイ『THE HUMOURS OF』(76年)
STARCASTLE『FOUNTAINS OF LIGHT』(77年)
イアン・ハンター『OVERNIGHT ANGELS』(77年)
JOURNEY『INFINITY』(78年)
FOREIGNER『HEAD GAMES』(79年)
ロン・ウッド『GIMME SOME NECK』(79年)
アリス・クーパー『FLUSH THE FASHION』(80年)
THE CARS『SHAKE IT UP』(81年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201910article_4.html)
DEVO『OH, NO! IT'S DEVO』(82年)
CHEAP TRICK『ONE ON ONE』(82年)
MOTLEY CRUE『TOO FAST FOR LOVE』(82年:うはあっ、コレもだ)
リンジー・バッキンガム『GO INSANE』(84年)
DOKKEN『TOOTH AND NAIL』(84年)
ジョー・リン・ターナー『RESCUE ME』(85年)
ジョン・アンダーソン『3 SHIPS』(85年)
THE STRANGLERS『10』(90年)
ブルーズ・ロックにサイケ、モダン・ポップ、プログレ、産業ロック(?)、ニュー・ウェイヴ、LAメタル…。
中には迷作もあったものの、まさに偉人としか言いようのない業績の持ち主。
そして23日にはデイヴィッド・トーマスが亡くなったと。
こちらも死因は非公表。
71歳。
これまた言わずと知れた、ROCKET FROM THE TOMBS/PERE UBUのヴォーカリスト。
まだ71歳だったのか。
すると70年代のROCKET FROM THE TOMBS当時はまだ20歳そこそこだったことになる。
(信じられない)
ROCKET FROM THE TOMBSのプロト・パンクから、PERE UBUの”アヴァン・ガレージ”へ。
偉人だらけの(?)クリーヴランドのシーンを代表する、偉人中の偉人であった。
このブログではROCKET FROM THE TOMBSの発掘音源『THE DAY THE EARTH MET THE ROCKET FROM THE TOMBS』(2002年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202108article_21.html)、シングル「I Sell Soul」(10年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_459.html)、再結成オリジナル・アルバム『BARFLY』(11年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_717.html)、PERE UBUの『390 DEGREES OF SIMULATED STEREO』(1981年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201609article_15.html)と『WORLDS IN COLLISION』(91年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_411.html)を紹介したが。
もっともっと紹介しなければならない偉人である。
それにしても、デイヴィッド・トーマスがいなくなったということは、ROCKET FROM THE TOMBSもPERE UBUも終わってしまったということだ。
残念。
まったく別種の偉人二人。
合掌。
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