コレはオフィシャル盤。
しかもDOORS活動中にリリースされた唯一のライヴ盤『ABSOLUTELY LIVE』(1970年)+80年代に出た『ALIVE, SHE CRIED』(83年)+その後のミニアルバム『LIVE AT THE HOLLYWOOD BOWL』(87年)からの抜粋+αという全部乗せ状態。
68~70年にかけて、LA、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ピッツバーグ、デトロイト、コペンハーゲン…と、各所でのライヴ音源を詰め込んである。
ディスク1が1970年7月リリースの『ABSOLUTELY LIVE』。
69年8月~70年6月にかけて、アメリカの各地で録音されたとのこと。
(そしてすぐにミックスしてリリースされたのか。ポール・ロスチャイルド大変だったろうなあ)
かつてはLP2枚組のヴォリュームなのに「ヒット曲が入っていない」と悪評だったらしい(?)が、個人的には「いや、それがイイんじゃねえか!」となる。
晩年のジミ・ヘンドリックスが「Foxy Lady」を、70年代のアリス・クーパーが「I'm Eighteen」をライヴで演奏し続けることに飽き飽きしていたと伝えられるのと同様に、69年以降のジム・モリスンは「Light My Fire」を繰り返し歌うことにうんざりしていたのではないかと思う。
既にオリジナル曲が山ほどありながら、ボ・ディドリー「Who Do You Love」、クルト・ヴァイル/ベルトルト・ブレヒト「Alabama Song(Whiskey Bar)」、ウィリー・ディクソン「Backdoor Man」といったカヴァー曲をフィーチュアしているのは、その現れと捉えても間違いないのでは。
15分近い「When The Music's Over」で、”間”を活かした間奏中に無邪気に(?)騒ぐ観客に向かって「Shut Up!」と一喝するジム・モリスン。
フランク・シナトラのカヴァーをしっとりと歌おうとしても客に騒がれてしまっては恫喝(?)していた80年代のイギー・ポップを思い出したり。
そして「Who Do You Love」を聴くと、ああ、こういうセンスがTHE STOOGES「1969」に影響したのかもなあ、と思う。
一方で、当時のジムは「Who Do You Love」を変奏した組曲を聴かせたQUICKSILVER MESSENGER SERVICE『HAPPY TRAILS』(1969年:https://lsdblog.seesaa.net/article/504478977.html)を聴いていたのだろうか…と思ったりも。
(聴いていたとして、「あんなのはクソだぜ」と言っていたような気がしなくもない)
ディスク2の1曲目は『AN AMERICAN PRAYER』(1978年)からの「Roadhouse Blues」。
それに続くは『ALIVE, SHE CRIED』(83年10月リリース)。
ジム・モリスンの死後10年以上経っていたが、ポール・ロスチャイルドが各国でのライヴ音源から『ABSOLUTELY LIVE』とは1曲もダブらない曲目でまとめ上げた労作。
しかしここでもTHEM「Gloria」にウィリー・ディクソン「Little Red Rooster」(ジョン・セバスチャンがハープでゲスト参加)と、目立つのはカヴァー曲だ。
「Gloria」はサウンド・チェック時の音源とのこと。
ほとんどスタジオ録音のように聴こえる端正な演奏。
ブルーズの演奏をバックにポエトリー・リーディングを披露する「Texas Radio & The Big Beat」も然り。
ところでここでの「Little Red Rooster」を聴くと、ジム・モリスンはTHE ROLLING STONESとかまともに聴いていなかったのではと思われてならない。
ちなみにジムはTHE BEATLESとかもあんまり聴いていなかったらしい。
もちろん旧レパートリー、特に10分近い「Light My Fire」とかも素晴らしいけどね。
(まったく余談だが、俺のカラオケのレパートリー)
レイ・マンザレクが歌う未発表音源「Close To You」(またしてもウィリー・ディクソン楽曲…どれだけ好きなんだ!)を挟んで、『LIVE AT THE HOLLYWOOD BOWL』(1987年夏、俺がレコードコレクターズ誌を読み始めてすぐに発掘リリースされた作品で、当時かなりの話題になったのを記憶している)からの「Unknown Soldier」。
この2枚組の中で最も古いのではと思われる、68年7月5日の演奏。
途中で観客の笑い声が聞こえるのは、寸劇風のパフォーマンスがあったらしい。
しかしアメリカの全国民は、この後すぐに無名の兵士の死を笑えなくなるのだが…。
そしてラストはこれまた未発表、15分半以上に及ぶ「The End」。
クレジットはないが、多分…いや間違いなく、1969年3月にジム・モリスンがマイアミで逮捕されて以降の音源ではないかと思う。
ブートCD『THE LIVE DOORS』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201710article_23.html)に抜粋として収録された「The End」での絶叫からはほど遠い、それなりにアレンジと即興を加えながらも基本的にはスタジオ・ヴァージョンをなぞるような演奏と歌唱。
(ジムは”Mother……I want to…”とダルそうに歌い、その間に観客からは時々笑いが起きている)
初期の熱量を失った、あるいは失いつつあったジムの姿が透ける。
元々映画青年だったジム、”マイアミ事件”以降は初期の熱量どころか、音楽活動自体に興味を失っていたとも言われる。
一方でここに見えるのは、ロックをただロックとして演奏するだけでなく、詩や演劇と統合しながら総合的なアートとして提示しようとするかに見えるジム・モリソンの姿。
もしジムがそれを本当に推し進めていったとして、彼はロック・スターからどんどん遠ざかっていったのではと思われてならないが。
このアルバム、購入してから何度も聴いたが、聴きながら興奮した記憶がない。
今もぶっちゃけ「ふむ」と思うのみ。
例えば”マイアミ事件”以前のライブ音源だけで(これまでにこのブログで紹介したブートではなく)”ちゃんとした”ライヴ・アルバムが編まれていたとしたら、それは凄いことになっていたのでは…と思ったりする。
とはいえ、ここでもジム・モリスン、もの凄いカリスマ性。
まったく稀代のパフォーマーであった。
(個人的には、この人は”本来歌っちゃいけなかった、歌ったから長生き出来なかった”人物の代表例だ)
ジムの歌唱だけでなく、ベースレスのキーボード・トリオというバンドによる演奏のヘヴィさも特筆しておきたい。
THE DOORSはアルバム『L.A.WOMAN』録音のため、1970年12月12日を最後にライヴ活動を休止。
そして『L.A.WOMAN』リリース直後の71年7月3日、ジム・モリスンはパリでこの世を去った。
このアルバムは全米50位を記録。
本作がリリースされた1991年、アメリカでは3月1日からオリヴァー・ストーン監督の映画『ドアーズ』が公開されている。
(映画の構想はジム・モリスン存命中からあったのだという)
このライヴ盤、正直言ってもっと話題になっても良かったのでは…と今でも思う。
ちなみに映画『ドアーズ』の主演は御存知の通りヴァル・キルマー。
しかし当初はジョン・トラボルタが構想されていたという。
このライヴ盤の国内盤ライナーノーツを書いた東郷かおる子さんは「お願いだからやめてくれと当時思った」と書いているが、今思えば仮にトラボルタが主演だったとしても、彼はそれなりに頑張ったのではないかと思ったりする。
また、東郷かおる子さんは「ドアーズがロック・シーンに登場し、そしてジム・モリソンが死ぬまでの間を、私位の年代のロック・ファンなら、ほとんどの人が実体験として覚えているはずだ」と書いているが。
それも何しろ34年前の話。
ジム・モリスンが亡くなった時、俺は生まれてたんだけど、ぶっちゃけ全然知らんのですわ。
このブログを御覧の皆様の大半にとっても、ジム/THE DOORSは伝説上の存在だろう。
時代は変わる。
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