初めてそれ以外のやつ。
スタジオ・アルバムとしては6作目。
ロン”ピッグペン”マッカーナン(キーボード)死去後最初のスタジオ作。
(ピッグペンが亡くなったのが1973年3月で、このアルバムのリリースは73年10月)
バンドの自主レーベル、グレイトフル・デッド・レコーズの第1弾リリースでもある。
また、ミッキー・ハート(ドラム)が離脱していた頃でもあった。
メンバーはジェリー・ガルシア(ギター、ヴォーカル)、ボブ・ウィア(ギター、ヴォーカル)、フィル・レッシュ(ベース)、ビル・クルーツマン(ドラム)のオリジナル・メンバーに、新加入のキース・ゴドショウ(キーボード)、ドナ・ジーン・ゴドショウ(ヴォーカル)。
そして大勢のゲストが参加している。
マーティン・フィエロ(アルト&テナー・サックス)、マシュー・ケリー(ハープ)、フランク・モリン(テナー・サックス)、ベニ・ヴェラード(ティンバレス)、パット・オハラ(トロンボーン)、ビル・アトウッド(トランペット)、ジョー・エリス(トランペット)、ダグ・サーム(12弦ギター)、ヴァッサー・クレメンス(ヴァイオリン)、サラ・フルチャー(ヴォーカル)。
1曲目「Mississippi Half-Step Uptown Toodleoo」から、名手ヴァッサーのヴァイオリンが冴える。
全7曲中5曲がジェリー・ガルシア/ロバート・ハンターの手になるモノ。
最後の組曲「Weather Report Suite」はボブ・ウィア作。
「Let Me Sing Your Blues Away」をキース・ゴドショウ(デイヴ・メイスンのバンドにいた人)とロバートが手掛けているのが目を引く。
前のスタジオ作『AMERICAN BEAUTY』(1970年:全米30位)から3年開いていて、収録曲の大半はライヴでじっくり練られてきたらしい。
新加入とは言っても、キースがGRATEFUL DEADに加わったのは71年秋のことで、この頃にはすっかりバンドに馴染んでいた。
カントリーやブルーズをベースにした、サイケデリックでゆったりしたアメリカン・ロック…という基本線は不変ながら、ピッグペン在籍の初期に較べるとR&B的な要素が後退し、キース・ゴドショウの貢献によると思われるジャジーなテイストが増している。
元々専門的に音楽を学び、対位法的なベースの組み立てを得意としていたフィル・レッシュには嬉しい変化、だったかも知れない。
(GRATEFUL DEADの代表曲のひとつとなった「Eyes Of The World」終盤での”引き算のリード・ベース”と言いたくなるようなフィルのベース・ソロが素晴らしい)
一方でそれまでのアルバム以上にポップさが目立つアルバムでもある。
ガルシア作「Stella Blue」での哀感とゴスペル的なスケールもたたえたバラードの美しさ。
ボブ・ウィア作の「Weather Report Suite」も、組曲と言いつつ大仰なところは皆無で、特に後半「Let It Grow」は、これまたGRATEFUL DEADの代表曲のひとつとなった。
ドナ・ゴドショウ(マッスル・ショールズ・スタジオでボズ・スキャッグスなどのアルバムに参加していた)&サラ・フルチャーのコーラスも随所で効果を上げている。
「Let Me Sing Your Blues Away」「Eyes Of The World」と2枚切られたシングルはチャート入りせず。
一方アルバムは全米18位と、かなりのヒットを記録。
次の『FROM THE MARS HOTEL』(74年)が16位、その次の『BLUES FOR ALLAH』(75年)が12位…と、この頃のGRATEFUL DEADはチャート的には60年代には見られなかったような成功を収めている。
しかしメンバーたちに、バンド及びレーベル運営をビジネスとして成り立たせる才は乏しかったらしい。
グレイトフル・デッド・レコーズは76年に倒産し、バンドはアリスタに移籍することになるのだった。
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