遠藤賢司/歓喜の歌 遠藤賢司リサイタル(1973)

遠藤賢司.jpg『嘆きのウクレレ』(1972年)と『KENJI』(74年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_876.html)の間。
遠藤賢司初のライヴ・アルバム。
(もっと初期のライヴ音源もその後発掘されているが)

1973年4月30日、神田共立講堂でのライヴ。
(観客2000人とのこと)
参加メンバーの豪華さで知られる1枚。
キャラメル・ママ:鈴木茂(ギター)、細野晴臣(ベース)、松任谷正隆(ピアノ、シンセサイザー)、林立夫(ドラム)に、はちみつぱいから駒沢裕城(スティール・ギター)、武川雅寛(ヴァイオリン)、更に井上陽水(ギター)他と。
(あと寝図美ちゃんも)

まだ「東京ワッショイ」も「不滅の男」もない70年代前半の遠藤賢司。
この時点では多くのリスナーがフォーク歌手という認識で聴いていたはずだし、バンド編成での演奏を聴かせると言ってものちの遠藤賢司バンドのような爆音でもなく。
しかし、それでも既に随所でフォークをはみ出す純音楽家の姿が垣間見られる1枚。
それはむしろバンド編成以上に、一人で弾き語る「カレーライス」での、何処かへさまよい出ていくようなアコースティックの間奏や、タイニー・ティム唱法とか言って曲の前の”発声練習”からロバート・プラントかイアン・ギランを意識したみたいな(?)「歓喜の歌」に顕著だったり。
(その後タイニー・ティム同様に、あるいはそれ以上に異形の存在であるクラウス・ノミが出てきた時にエンケンさんがすぐにピンときたであろうことは想像に難くない)
もちろん女性コーラスやホーンズを従えてはっちゃける「Hello Goodby」とかも素晴らしいんだけど、歌詞を変えたりしてお客を笑わせる一方で随所で鬼気迫るというか冷気のようなモノをまとう弾き語りの緊迫感は、エレキも多用するようになった後年ともまた違う。

武川雅寛のむせび泣くプレイが冴える「ほんとだよ」なんて、ほとんど弾き語り+ヴァイオリンによるプログレじゃねえか。
(ってかコレ本当にギター1本か、とか思ってついクレジットを見直してしまう)
そしてその後『KENJI』ではメロトロンが炸裂し、『東京ワッショイ』(1979年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201710article_26.html)では四人囃子を迎えるのだった。

あと「今日はいい日みたい」で聴かせるピアノも、この頃から上手いので驚く。
(「松任谷正隆じゃないんだよね?」とまたクレジットを見直してしまう)
才人であった。


遠藤賢司のライヴ盤としては、『不滅の男 遠藤賢司バンド大実況録音盤』(1991年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202103article_22.html)の他に、『遠藤賢司デビュー45周年記念リサイタル in 草月ホール』(2015年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1926.html)も紹介したことがある。
70年代、90年代、10年代、どれも素晴らしい。
20年代、70代後半のエンケンさんも聴きたかったと改めて思う。


昨日Seesaaブログの音楽/ポッドキャスト部門で2位だったこのブログ、今日は1位!
(2回目。Seesaaブログ全体でも46位)
うわああ。
Seesaa、音楽系だけでも5万以上もブログあるのに。
皆様ありがとうございますありがとうございます…。

この記事へのコメント