コレをPINK FAIRIESの”オリジナル・アルバム”と呼んでイイのだとしたら、とりあえず87年の『KILL 'EM AND EAT 'EM』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202007article_23.html)と『PLEASURE ISLAND』に続く6thアルバムということになるのだが。
実際にはこのアルバムをPINK FAIRIESの6thアルバムと呼ぶファンは少ないに違いない(苦笑)。
『PLEASURE ISLAND』同様、ポール・ルドルフが住んでいるヴァンクーヴァーでレコーディングされている。
ポールとトゥインクがプロデュース、ポールがエンジニアリングを担当したとあるだけで、楽器のクレジットは皆無なのだが、ポールがギターとベースとヴォーカル、トゥインクがヴォーカルとドラム、そして二人のどちらか(あるいは両方)が打ち込みを手掛けたと思われる。
もちろん(?)、トゥインクが当時主宰していたトゥインク・レコーズからのリリース。
1曲目「People Helping People」は、いきなりエレピをフィーチュアした似非ジャズ・ヴォーカル・ナンバーみたいな曲。
(トゥインクは70年代のTWINK AND THE FAIRIESでもコレに近いような感じのことをやっていた)
しかし2曲目「Love Punks」は、アレンジこそ「?」となるものの、ギター・リフ自体はいかにもポール・ルドルフらしい=PINK FAIRIESらしい1曲。
トゥインクのフィル・インもいかにもと言った感じ。
「Love Punks」という曲名には、同時期のクラウス・ディンガーが”Hippie Punks”を標榜していたことを思い出したりも。
続くタイトル曲「No Picture」は、アルバム中最長で、10分半ある。
しかし前作で最長だった31分(!)の「Cargoe In Jamaica」がかなりカッコよかったのに対して、「No Picture」はユルめのリフと”No picture”というサンプリング・ヴォイスがひたすら反復するだけの、正直かなり期待外れな曲だった。
4曲目「You've Got A Problem」では再びトゥインクらしいドラムが前面に出た、「Love Punks」とトゥインクの『MR.RAINBOW』(1990年:https://lsdblog.seesaa.net/article/505650088.html)に入っていた「Seize The Time」を足したような(?)曲。
5曲目「Going Down To The City」もわりとトゥインクがリードしたっぽい曲調。
アルバム中で一番カッコいいのは、「No Picture」に次ぐ長尺曲(約10分)「'67」だろう。
そっけない曲名は、もちろんサイケデリック華やかなりし1967年のことと思われる。
打ち込みビートとトゥインクの生ドラムがシンクロし、「Cargoe In Jamaica」同様にポール・ルドルフのギターがうねるインストゥルメンタル。
シタールのような音や、変調した声らしきモノも聴こえる。
そしてラストは「Rokon」。
(曲名が意味不明。多分”Rock On”の意)
ユルめの歌モノだけど、ポール・ルドルフのヴォーカル(昔と随分声が違うが)とギター・ソロが前面に出ていてなかなか悪くない。
スリーヴの内側にはアンディ・ガリバルディという人による短いスリーヴノーツがあり。
"MOTORHEADが90年代最後の”オールド・スタイル”ロックバンドとして語られている今日、PINK FAIRIESが帰ってきたことを忘れるべきではない”みたいなことが書いてある。
うーん、それはどうかな(苦笑)。
『PLEASURE ISLAND』同様、初めてPINK FAIRIESを聴く人にこの二人編成時代から聴けと言うことは、絶対ない(苦笑)。
しかし90年代にPINK FAIRIESが復活したことは、当時のファンには大事件だった。
『NO PICTURE』は1998年にキャプテン・トリップ・レコーズから国内配給されているが、その際には音楽ライターの白谷潔弘氏がえらく気合の入ったライナーノーツを寄せていた。
ところで、女性と馬があしらわれたジャケット。
このアルバムがリリースされた直後、俺は当時勤めていた会社の後輩の部屋で、卓上カレンダーの中にこの女性と馬の姿を見たのだった。
もちろんそのカレンダーでは、女性にも馬にも黒い”目線”は入っておらず。
ついでに女性は衣類もまったく着けていなかったのだが(笑)。
(このアルバムには表ジャケットの写真を撮ったカメラマンの名前もモデルの名前も一切クレジットがない)
あのカレンダー、もらっておけばよかったな…。
PINK FAIRIESの長い歴史の中で、とりあえず同じ編成で2枚続けてアルバムが制作されたのは、コレが初めてだった。
ともあれ二人PINK FAIRIESは2作で打ち止めとなり。
(白谷潔弘氏のライナーによれば3rdアルバムも予定されているということだったが…)
21世紀に入ってダンカン”サンディ”サンダーソンとラッセル・ハンターによるPINK FAIRIESとポール・ルドルフを中心とするPINK FAIRIESがそれぞれにアルバムを出すという事態に至ったりも。
(そしてポール率いる現行PINK FAIRIESは、20年以上ぶりに再度同じ編成でアルバムを2枚出すという”偉業”を成し遂げている)
しかし…少し前にPINK FAIRIESのライヴ盤『FINLAND FREAKOUT 1971』(https://lsdblog.seesaa.net/article/517061468.html)を紹介した時に”ラッセル・ハンターはどうしていることか”なんて書いたんだけど、ラッセル2023年12月19日に77歳で亡くなってたのな。
(いかん、つい最近まで全然知らんかった)
ダンカン・サンダーソンとラッセルが世を去ったということは、”そっちの”PINK FAIRIESは完全に終わったということだろう。
(トゥインクに代わってツイン・ドラムの片割れを務めていたジョージ・バトラーも既に亡く)
つまり往時のPINK FAIRIESのメンバーは、今やトゥインクとポール・ルドルフという、この二人PINK FAIRIESをやっていた人たちしか残っていないワケだ…。
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