12月・レミーを偲ぶ(2巡目)

MOTORHEAD SACRIFICE.jpgこのシリーズ予想通り1年越しになりましたわ…。

アメリカのレーベル・CMCと契約した結果、『SACRIFICE』(1995年:画像)以降のアルバムのディストリビューションは飛躍的に向上したという。
気を良くしたレミーはツアーに勤しんでいたが、もちろん(?)イイことばかりではなかった。

1995年のカナダ・ツアー中、レミーの頭痛のタネになったのはレーベルの広報担当の女性だったという。
レミー自伝『ホワイト・ライン・フィーヴァー』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1867.html)には、件の女性広報がレミーから性的侮辱を受けた、と主張した…とある。
一方レミー曰く、彼女に対しては「キミみたいに美人のレコード会社の担当者には、俺たちもう随分長いことお目にかかってなかったね」と言っただけだ、と。

続けてレミーは言う。
”もしキレイだって褒めることがハラスメント(いやがらせ)になるって言うなら、この世界は本当にどうかしちまったってことだろうさ”

うん…。
『ホワイト・ライン・フィーヴァー』の原書が出たのは2002年。
それから既に23年が経過している。
残念ながら(?)、現在では女性のルックスを褒めるというのも非常にナイーヴというかデリケイトなお話になっているんだよね。
件の女性は、単にそのへんに早くから敏感だったのかも。
もっともレミーが今も存命だったとして、今月80歳(!)になるはずだったレミーは、そんなことには納得しなかったのでは、と思うが。
レミーが頑迷だったのか、それとも本当に世界はどうかしちまったのか。

そして1995年12月、レミーは50歳を迎える。
マネージャーのトッド・シンガーマンは盛大な誕生パーティーを開催したが、レミーには居心地が悪かったのだそうで。
レミー曰く”俺自身が招待したいと思ってたゲスト全員が入場出来たわけじゃなかったし”云々。
このパーティーにはイギー・ポップも顔を出していたというが、レミーにとってイギーはどうだったかな。
俺にとっては夢の顔合わせだけどね…。

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