12月・レミーを偲ぶ(2巡目・その3)

MOTORHEAD HAMMERED.jpg2001年、MOTORHEADはアルバム『HAMMERED』(画像)の制作に入る。
フィル・キャンベルとミッキー・ディーが飛行機でLAに来たのは、01年9月10日だったという。
そう、あの”9.11”の前日だ。

”9.11”は大きな悲劇だったが、レミー自伝『ホワイト・ライン・フィーヴァー』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1867.html)でレミーは”あんまりパニックにならずにおこうぜ―きっと乗り越えられるからさ。何だって、乗り越えられないことなんかないんだ”と語っている。
アレから24年…世界は当時以上に憎悪と流血と分断にまみれているように見える。
レミーがまだ生きていて、今の世を見たら、何と言っただろうか。

ともあれ2002年にリリースされた『HAMMERED』は、レミー曰く1ヵ月と経たずに『SNAKE BITE LOVE』と『WE ARE MOTORHEAD』を合わせた売上を上回るセールスを記録したとのこと。
しかしレミーには、『ACE OF SPADES』までのアルバムに較べてそれ以降のアルバムが十分に聴かれていないことが”憂鬱の種”だったという。

『ホワイト・ライン・フィーヴァー』の原書『WHITE LINE FEVER』が刊行されたのは、『HAMMERED』リリースと同じ2002年のことだ。
なので、レミーの語りも02年までで終わっている。
(日本語版では、先日『モーターヘッド全曲ガイド』を上梓した長谷川修平が02年以降のレミーについての”補章”を寄稿した)
俺は『HAMMERED』リリースに合わせてDOLLでMOTORHEADの特集記事を執筆し。
12月には「BEAST FEAST」でMOTORHEADのライヴを観た。
(MOTORHEADだけ観て、Tシャツ買ってすぐ帰った)
そして「BEAST FEAST」が、MOTORHEADをナマで観た最後の機会となった。
レミーはもういないが、俺はあちこちでレミー関連のイヴェントが開催されるこの12月以外にも日々レミーを偲びながら、もう少し生きようと思う。


音楽についてのあらゆるあれこれ(くだらない話の方が多い)をただつれづれに書いてきた”音楽夜話”、コレが1000話目になります。
そしてコレが2025年最後のブログ記事です。
毎度このブログを御覧の奇特な皆様、ありがとうございます。
また来年(つまり多分明日)お目にかかりましょう。

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