70年代の諸作は全部持っているのだが、このブログで紹介したことは一度もなかった。
で、俺が最初に買った1枚であり、最も思い入れが深く、またバンドの最高傑作ともされているこのアルバム。
…で、「このジャケット画像は何?」と思う人も多いかも知れない。
コレは80年代のアメリカ盤です。
1989年頃だったか、俺がそれなりの金を出して札幌のU.K.EDISONで買ったのがコレ。
あとからオリジナルのジャケットを知って「ええっ、全然違うやん!」となった。
このブログを御覧の皆様の中にも、このアメリカ盤で初めてPOPOL VUHに接したという人がいるのでは。
(ピルツ・レーベルからの美麗なジャケットのオリジナル盤は、当時激レア中の激レアだった)
1944年2月23日にミュンヘン郊外で生まれ、10代前半からクラシックを学んでいた首魁フローリアン・フリッケは、オーネット・コールマンの『FREE JAZZ』を聴いて世俗的な(?)音楽に開眼したらしい。
アラブやアジア、アフリカを放浪し、音楽や映画の評論を行なう一方で自身も映画を制作していたというフリッケは、69年にPOPOL VUHを結成。
不思議なバンド名はマヤ文明の経典に由来するという。
70年に1stアルバム『AFFENSTUNDE』、71年に2ndアルバム『IN DEN GARTEN PHARAOS』をリリース。
その時点ではシンセサイザーを用いた電子音楽だったが。
しかし3rdアルバム制作に際し、フリッケはシンセを捨て去り、一気にアコースティックなアプローチに舵を切る。
そうして出来たのが『HOSIANNA MANTRA』だった。
(ちなみにフリッケが手放したモーグ・シンセサイザーはクラウス・シュルツェが譲り受けたという)
当時のメンバーはフローリアン・フリッケ(ピアノ、ハープシコード、プロデュース)、朝鮮系のヨン・ユン(ヴォーカル)、コニー・ファイト(ギター:GILA)、アメリカ人ロバート・エリスク(オーボエ:BETWEEN)、クラウス・ヴィーゼ(タンブーラ)。
更にゲストとしてフリッツ・ソンレイトナー(ヴァイオリン)が参加している。
ヨンは北朝鮮出身でドイツで活動していた作曲家イサン・ユンの娘だった。
この上もなく美しく、スピリチュアルなアルバム。
内省と瞑想。
聖書に題を取った宗教的なテーマを持ちつつ、アンビエント/ニュー・エイジの走りとも言える。
まさに天上の音楽。
フローリアン・フリッケはPOPOL VUHの初期2作でシンセサイザーの限界を悟ったとも、宗教的な音楽にアプローチするうえでシンセを使いたくなかったともいうが。
しかしこのアルバム、単にアコースティックなだけではなく。
ピアノとオーボエとタンブーラとヴァイオリンという室内楽的にしてインド音楽的でもあるアンサンブルの中で、コニー・ファイトの歪まないデリケイトなエレキ・ギターが完璧にフィットしている。
ヨン・ユンのヴォーカルも含め、すべてが奇跡的なバランスで成り立っているとしか思えない1枚。
引き算の美学というか。
その後POPOL VUHはドラムを導入したり、ヨン・ユンに代わってAMON DUUL Ⅱのレナーテ・クナウプを迎えたり。
アルバム毎に方向性の違いはあるものの、少なくとも70年代のアルバムに駄作は1枚もない。
しかしフローリアン・フリッケは2001年12月29日に57歳の若さで逝去。
POPOL VUHは終わってしまった。
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