職場は大丈夫だったが(…と思ったら天井が破損していたことが13日に判明)、帰宅に5時間かかり(普段は約1時間)、部屋に着いた時には12日になっていた。
マンションに帰り着いたものの、エレベーターは止まっていた。
階段を昇って部屋に入ると、食器の破片が散乱、冷蔵庫の中身も飛び出し、熱帯魚の水槽の水が半分こぼれ(転倒は免れた)、床に広がった水の上にCDやカセットや本が落ちて、相当数がダメになっていた。
便器の中の水が地震でトイレの床に飛び散り、こちらも水浸しに。
パソコンと机のある奥の部屋は、御想像つくことだろう…CDはじめモノがやたらと多いことが災いし、悲惨なありさま。
埼玉でこの状態、もっと北の方の惨状たるや…無辜の誰かの代わりに神は何故俺を殺さないのだ、と本気で思った。
12日、出勤出来たものの、帰宅には2時間。
たどり着いたスーパーに、パンも米も牛乳も野菜もない。
ガソリンが残り少なく、いつも利用しているスタンドに行くと…閉店していた。
市内のガソリンスタンドは何処も品切れ、走り回ってようやく給油を済ませる。
帰宅し、破片やらなんやらを無理矢理どけて、12時半までかかってパソコンのある机と、一番奥にある元妻の部屋への“道”を付ける。
(奥の部屋は今では誰も使っていないのだが)
13日も仕事。
ようやく1時間で帰れるようにはなったが、やはりスーパーには水も缶詰も、ポテチすらなく。
肉だけはふんだんにあったので、夕食は2日続けて肉。
滞っていた原稿仕事を無理矢理再開。
あちこちからメールがあり、多くの友人たちの無事を確認。
しかし、石巻の知人の安否がまったくわからない。
14日は停電があるというが、ネットで調べても自分の住んでいる地域が何時に停電なのかまったく把握出来ず。
問合せ先の東京電力には当然ながら電話つながらず。
しかし、少なくとも今この部屋では、水道もガスも電気もすべて生きている。
何より怪我もせず俺はこうしてここにいる。
“Stand”とは一般に“立つ”ことだが、“耐える”ということでもある。
11日まで普通に暮らしていて、今は失われてしまった、多くの人たちの命に、そして家もなく、水も電気もガスもない、今生きている人たちのために、どうか祈らせてください。
明日か明後日あたり、どこかで募金に協力しよう。
追記:
東日本大震災後、初めて書いたこの日記が、このブログの500本目の記事だったということに、最近になって気が付いた。
あれから1年半以上経っているが、放射能の問題をはじめとして、解決していないことはあまりにも多過ぎる。
祈りだけでなく、必要なモノやコトはまだ多い。
(2012.10.14.)
(2023.5.14.改訂)