NINE DAYS' WONDER/THE BEST YEARS OF OUR LIFE?(2001)

NINE DAYS WONDER.jpgかのバービーボーイズに「a nine days' wonder」という曲があり。
00年代に活動した日本のエモのバンドにnine days wonderというのもあるのだが。
ここで紹介するNINE DAYS' WONDERは70年代のドイツで活動していたバンド。

60年代に幾つかのバンドで活動していたヴァルター・セイファーがマンハイムで1966年に結成したTHE GRAVESが、70年2月にNINE DAYS' WONDERと改名。
フランク・ザッパや英国プログレッシヴ・ロックの影響を受けていたという。
71年にアルバム『NINE DAYS' WONDER』でデビューし、メンバー交代を重ねながら『WE NEVER LOST CONTROL』(73年)、『ONLY THE DANCERS』(74年)、『SONET TO BILLY FROST』(76年)と4枚のアルバムをリリースして解散。

『THE BEST YEARS OF OUR LIFE?』は一見するとベスト盤のようなタイトルだが、実際には1971~75年にかけてのアルバム未収録曲やライヴ・テイクを収録した未発表曲集。
71年・72年・74年・75年に録音された12曲が収められている。

1971年のバンドはヴァルター・セイファー(ヴォーカル、ドラム、パーカッション)、アイルランド人のジョン・アール(サックス、フルート、ギター、ヴォーカル)、ロルフ・ヘニング(ギター、ピアノ)、カール・マッシュレンチュナー(ベース)、イギリス人のマーティン・ロスコー(ドラム)という多国籍編成。
1曲目「North Pole」はヴァルターの暑苦しいヴォーカルとパーカッションをフィーチュアしたラテン・ロック風だが、3・4曲目のライヴ録音(特に13分近い3曲目「Drag Dilemma」)は、確かにフランク・ザッパの影響を感じさせる。
ジョンはアルバム『NINE DAYS' WONDER』1枚きりで脱退し、GNIDROLOG(!)に加入、その後GRAHAM PARKER AND THE RUMOUR、THIN LIZZY、ジョニー・サンダース、THE INMATES、イアン・デュリー、ジョーン・ジェット、デイヴ・エドマンズ、KATRINA AND THE WAVES、MIKE + THE MECHANICS、ロリー・ギャラガー…と、ジャンルを問わず活躍。

1972年の2曲は『WE NEVER LOST CONTROL』の前、ヴァルター・セイファー(ヴォーカル、パーカッション)、ハンス・フラウエンシュー(ギター)、ミヒャエル・ブント(ベース)、フレディ・マンスター(サックス、キーボード)、カール=ハインツ・ヴァイラー(ドラム)の5人による。
ヴァルターの歌唱の暑苦しさが多少後退しつつ、サックスをフィーチュアしたプログレッシヴ/ジャジーなテイストは健在。

1974年の4曲は『ONLY THE DANCERS』当時の録音で、ヴァルター・セイファー(ヴォーカル、パーカッション)、出戻ったロルフ・ヘニング(ギター、ベース)、マイク・ブント(ベース)、シダッタ・ゴータマ・シュヴィツキ(ドラム)の4人編成。
管楽器と鍵盤がいなくなった。
この時点でもヴァルターのパーカションをフィーチュアしてアフロ/ラテン的にしてポリリズミックかつファンキーな印象ながら、初期に較べるとかなりシンプルでキャッチーなハード・ロック。
(とはいえかなりひねった感じ)
マイクはその後ソロに転じ、現在も現役らしい。

そして1975年の2曲は『SONET TO BILLY FROST』の前年。
(ライヴ録音)
ヴァルター・セイファー(ヴォーカル、パーカッション)、ベルント・ウンガー(ギター、ヴォーカル)、ペーター・オーラー(ギター、ヴォーカル)、ライナー・サーム(ベース)、シダッタ・ゴータマ(ドラム)の5人。
初めてツイン・ギター編成となった。
この時点では初期の長尺曲やプログレッシヴ/アヴァンギャルドな展開とはまったく無縁な、シンプルなハード・ロックとなっているが、シダッタのドラムをはじめとして随所でテクニカルさを聴かせる。

活動初期から曲名も歌詞も英語で、多分インターナショナルな展開を意識していたと思われるが、結局知る人ぞ知る存在として終わってしまった。
バンド解散後、ヴァルター・セイファーはベルント・ウンガーとWINTERGARDENを結成。
次いでELSKALTE ENGELで80年代初頭まで活動。
ELSKALTE ENGEL以降は80年代を通してプロデューサーとして活動し、その後引退した模様。
『ONLY THE DANCERS』からNINE DAYS' WONDERに参加したシダッタ・ゴータマは、バンド解散後にELECTRIC SUNの『FIRE WIND』で叩き、現在はEDMのプロデュースをしているという。

THE FINAL SOLUTION@東高円寺二万電圧

20221204.jpg4日。

日中にトラブルがあり、東高円寺への到着がギリギリとなる。
少々重い気分で、3年ぶりの二万電圧へ。
100%ハードコアのライヴは、13年ぶりぐらいか。

ほぼ定刻に、一番手・TERROR SQUADの演奏がスタート。
メタリックなギターと整合感のない突進ドラムに乗せて、宇田川(ヴォーカル)がフロア後方まで突入していく、熱いパフォーマンス。
(MCしながらロング缶の黒ラベルをぐいぐい飲む)
新曲も披露。
化学物質過敏症に悩まされている大関(ギター)も絶好調だった様子。
25分ほど演奏。

BGMもなく15分ほどで転換が終了し、二番手はIDORA。
チリチリ歪んだギターと、往年のGRAND FUNK RAILROADもかくやというゴンゲン鳴りまくるヘヴィなベース。
そして狂気の叫びが響き渡る。
速い曲には独自のグルーヴがあり、遅い曲になると一転してドゥーミーですらある。
こちらも25分ほどのステージ。
この頃になるとフロアがいっぱいで、何処に立ったモノか困るようになってくる。
そのフロア、それにしても年齢層が高い…とはいえ、俺も人のことは言えない。

三番手にROCKY & THE SWEDEN。
他のバンドもそうだが、このバンドもようやく観ることが出来た。
全員がロン毛で、見た目だけならハード・ロックみたいな5人(実際リフやソロがNWOBHMっぽく聴こえる部分も)が、豪快にすっ飛ばすロッキン・ハードコア。
THE FINAL SOLUTIONのKAN曰く、現在の編成が最高、と。
客もメンバーも暴れる。
実際のところフロアの雰囲気はコロナ禍以前に戻ったかのよう。
(まあ、みんなマスクしてるんだけど)
30分ちょっと演ったと思う。

トリ前がFVK。
結成35年を記念しての期間限定復活とのこと。
(あと3回しか演らないらしい)
ラスタカラーのバックドロップにパーカッションがポコポコ鳴るツイン・ヴォーカルの陽性なハードコアは、何処か和んでしまうような、ピースフルな雰囲気を醸し出す。
25分くらいのステージだったと思う。
ともあれ人が多過ぎて、1バンド終わる毎に外に出て煙草吸ったりしていた。
いろいろな人に会う。
みんなこの日を楽しみにしていたのだな。


その後、前方の壁際にどうにかスペースを見つけ、ビール片手に壁にもたれる。
そしてトリはTHE FINAL SOLUTION(画像)。
ASBESTOSのオリジナル・シンガーKAN(現MONE¥i$GOD)が、ASBESTOSのドラマーKENJIと共に、RATCH(ギター)、OIKAWA(ベース)を迎えて1989年当時のASBESTOS楽曲を演奏するという、一夜限りのユニット。

俺は”高円寺界隈でよく会う愉快なKANちゃん”としてKANと仲良くなり、MONE¥i$GODを観た後になって、彼がASBESTOSのヴォーカリストだったと知り、「うおおKANちゃんってジャパコアの怖い人だったのか!」(笑)となったのだが。
ともあれMONE¥i$GODのライヴを初めて観てから既に10年以上…まさかKANが再びASBESTOSの曲を歌う日がこようなどとは想像もせず。

久々に金髪モヒカンをビシッと立てたKANが、MONE¥i$GODとはまるっきり違うメタル・クラストないで立ちで登場。
サイドをきれいに流したリーゼントで、職人のように淡々としたたたずまい…なのに怒濤のビートを叩き出すKENJIのドラムに乗せて、これまたMONE¥i$GODとはまるっきり違う、極悪なクラストコアを聴かせる。
うおおかっけえ。

フロアの真ん中へんはもう大暴れ。
特にMのHくんとか、MのHくんとか、あとMのHくんとか。
みんなこの日を待っていたのだな。
俺も充分に楽しんだけど、正直に言うと「30年以上前の音楽だけじゃなくてKANちゃんが今やってるMONE¥i$GODも同じくらい熱心に聴いてあげようよ…」とか思いながら、わりと冷静に観ていた。

短く言い切るような歌詞同様、楽曲もAABAじゃなくてAABみたいな展開でスパっと終わるモノが多い。
そしてライヴ自体が、25分ぐらいでスパっと終わってしまった。
すぐにアンコールになったが、アンコール含めても35分に満たないステージだったはず。


もう一度言うけどみんなMONE¥i$GOD観ようぜ!

ジョリッツ@新宿LOFT

20221202.jpg2日。

7月のDOMMUNE出演(https://lsdblog.seesaa.net/article/202207article_10.html)でかのサエキけんぞう氏と知己を得たDJ漫画家・ムラマツヒロキ先生のお誘いで、サエキ氏のバンド・ジョリッツのライヴに出かける。
ゲストが何とプログレ・アイドルXOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ・エクストリーム、通称キスエク)。
ジョリッツの新作にXOXO EXTREMEの小嶋りんがゲスト参加した縁らしい。

先月末から忙しくなってブログも休みがちなところ、電車の中で仕事しながら新宿に向かう。
はなまるうどん(←吉野家ホールディングス)で腹ごしらえして、2年ぶりのLOFTへ。
驚いたことに、ムラマツヒロキ先生は初のLOFTなのだという。
LOFT系列のお店に出演もしているのに。


定刻近くなって、サエキけんぞうと、ジョリッツの新作『妖しいビルディング』のジャケットを担当した画家・MASAHITO HIRANUMAが登場して前説。
そしてXOXO EXTREMEの4人が現れる。
初めて観た。
現在は一色(ひいろ)萌、小嶋りん、浅水るり、小日向まおの4人。
オリジナル・メンバーは一色のみ。
フロア前方は椅子席でみんな座っているので(観客の年齢層は高い)、一番後ろの方にいた俺にもステージの様子はよく見えた。

白を基調にした衣装は最新版らしい。
まず、予想以上の歌の上手さに驚く。
何よりみんなかわいいわねえ。
特に、写真では「ちょっとヴィニー・ヴィンセントに似てるなあ…」とか思っていた(←失礼)浅水るりが、ナマで観ると何とも小動物ちっくなかわいらしさ。
声は細いが、下手というワケではなく安定した歌唱。
(それにしても本当に笑わない)
歌唱の安定感ではやはりというか一色萌が一番。
リーダーらしい貫禄(?)のようなモノさえ感じさせる。
出戻った小日向まおは元気いっぱいのパフォーマンスで、歌唱は4人の中で一番不安定に聴こえる一方、かなりエモい。
そしてメンバー中一番大人っぽくセクシーな小嶋りん。

…で、その4人がEL&PやらYESやらFOCUSやら、往年のプログレッシヴ・ロックへのオマージュ感バリバリな曲で、随所に炸裂する変拍子リフとかに合わせて歌って踊るのです。
(時々指を折って拍数を数えながら聴いていた)
コレは凄いね。
更に小嶋りんのヴァイオリン・ソロに合わせて他の3人が踊るなど。
インストゥルメンタル・パートがこれだけ多いアイドルというのも、そうないだろう。
40分という、オープニング・アクトとしては長めのステージ。
大変面白かった。


タイムテーブルを10分ほど過ぎて、今夜の主役・ジョリッツが登場。
2015年末結成、17年夏から本格的な活動を開始。
メンバーはサエキけんぞう(ヴォーカル)、吉田仁郎(ギター)、亀(ギター:ぐしゃ人間)、オカジママリコ(ベース:カストルファンクラブ)、泉水敏郎(ドラム)の5人。
”NEOニュー・ウェイヴ”を標榜。
あのハルメンズの衣鉢を受け継ぐ存在、なのかも知れない。
(ちなみに俺は「昆虫軍」は今でも歌える)

前半は発売前の新作『妖しいビルディング』から全曲を順番通りに演奏するという趣向。
で、小嶋りんはゲストとしてちょこっと参加するのかと思ったら、全曲出ずっぱりでヴァイオリンをバリバリ弾きまくる。
亀と小嶋はミニスカートなのにモニターに片脚を乗せて演奏する場面が多く、最前列のお客さんには何が見えていたのだろう…と思ってしまった。
(実際にはスコートを着用していた様子)

ユーモアを漂わせながら、何処か尖っている音楽。
ポップでありつつ、ニュー・ウェイヴ/ポスト・パンクの時代をリアルタイムで通過してきた人ならでは、な感じ。
上手いシンガーではないのに、何とも言えない魅力を醸すサエキけんぞう。
飄々としていながら、毒も棘もある。

そして、一時期演奏活動から引退していたとは信じられないタイトなドラムを叩きながら、徹底的にクールな泉水敏郎。
(遂に最後までジャケットを脱がず)
凄くカッコいい。

長いMCを挿みながら1時間ほどで『妖しいビルディング』全曲を演奏。
旧レパートリーが演奏されたステージ後半でも、小嶋りんがヴァイオリンを弾きまくる。
アンコールではXOXO EXTREME全員とMASAHITO HIRANUMAもステージに勢ぞろい(画像:撮影はムラマツヒロキ先生)。
最後に『妖しいビルディング』タイトル曲をもう一度演奏して、ライヴが終了した。
とても楽しいイヴェントでした。


しかし帰りの電車が遅延。
ぐったりして帰宅、ほどなく就寝。
最近都内に出る度に、行きか帰り、もしくは両方の電車が遅れることがほとんど。
勘弁してください…。

MANDRA GORA LIGHTSHOW SOCIETY/LUCILE'S GROTESQUE DIARY OF HER INTERSTELLAR JOURNEY TO THE INFAMOUS PAISLEY DUNGEONS OF THE PSYCHOTIC LEATHERNUNS: (2003)

MANDRA GORA LIGHTSHOW SOCIETY.jpg「長いタイトルだなあ」と思った人は、まだ甘い(笑)。
実は上に挙げただけでもタイトルの一部で、本当は『LUCILE'S GROTESQUE DIARY OF HER INTERSTELLAR JOURNEY TO THE INFAMOUS PAISLEY DUNGEONS OF THE PSYCHOTIC LEATHERNUNS: 2000 AND 10 FAIRYTALES FROM THE ACID DRENCHED BRAIN OF THE MANDRA GORA LIGHTSHOW SOCIETY, DEDICATED To ALL THOSE WHO ONLY FLY BY NIGHT AND DIE BY DAYLIGHT, BROTHERS AND SISTERS, WE MUST NOT DESERT ONE ANOTHER, OUR TIME WILL COME AGAIN AND WE SHALL RULE THIS EARTH AND RISE TO THE STARS IN GLORY AND TRIUMPH, SPREADING INTERGALACTIC CHAOS UND PSYCHOTIC LOVE THROUGHOUT THE GALAXY…』という。
(寿限無じゃねえんだからさ…)
ちなみにキャプテン・トリップ・レコーズから国内配給された際の邦題は『グロテスク・ダイアリー』とバッサリ(笑)。

MANDRA GORA LIGHTSHOW SOCIETYは1992年に結成されたドイツのバンド。
93年に1stアルバム『MANDRA GORA LIGHTSHOW SOCIETY』を、95年に2ndアルバム『OVID'S GARDEN』を、99年に3rdアルバム『BEYOND THE MUSHROAM GATE』をリリースしている。
最初の2枚はLPのみのリリースで、その後もCD化されなかった模様。

編成はかなり流動的だったようだ。
バンドというよりもプロジェクトだったのかも知れない。
このアルバムが出た時点でのメンバーはティモ・ロマッツシェ(ヴォーカル、シンセサイザー)、ヴィレム・クッチャルジック(ギター)、アンダース・ベッカー(オルガン、ローズ)、マルティン・クーニッヒ(ドラム)、カクタス・クーパーことラルフ・ノイエンドルフ(キーボード)、ヴィリ・ダンメイアー(ダブ・エフェクト、プロデュース他)を中心に、ヴォーカルやドラムなどでゲストも加わっている。
同時期のバンドのHPではライティング担当者や”スピリチュアル・アドヴァイザー”なんかもクレジットされていたので、やはり堅固なバンドというよりもスタッフ含めて出入りのあるプロジェクトだったのだろう。
ティモは2004~05年にかけて各国のサイケ/スペース・ロック・バンドを集めて制作した、『ペリー・ローダン』シリーズにインスパイアされたスペース・ロック・オペラのプロジェクト・THE PSYCHEDELIC AVENGERS(MARBLE SHEEPも参加していた)の中心人物でもある。
また、彼らはダモ鈴木と共演したこともあるという。

このアルバムはオリジナル・アルバムではなく、2001年のEP「Space Rave」収録曲を中心に、シングル曲、オムニバス参加曲、以前のアルバムのアウトテイクなどを集めた、レア音源的な編集盤。
「Space Rave」からの2曲に続いて、51秒しかない「Perry Rhodan's Smoke In Hallucination Theme」で「何だこりゃ」となる。
『ペリー・ローダン』シリーズのテーマ曲のカヴァー、と言われたら信じそうなオルガン・インストゥルメンタル。
カヴァー?
ともあれ、アンダース・ベッカーのハモンド、ワーリッツァーそしてフェンダー・ローズと、ヴィレム・クッチャルジックのファズ・ギターを前面に出したサイケデリック・ロック/サイケ・ポップが続く。
アンダースのオルガンをはじめとして、チープではあるがバンド名やジャケットやタイトルからイメージするほどにはドグサレでも垂れ流しでもない。
しかし、何処か人を食ったような感覚が濃厚。

オムニバス参加曲と未発表となったシングル用の曲(7inch用の曲なのに9部構成8分半の組曲…)の後に、これまたオムニバス参加曲「Point Me At The Sky」。
PINK FLOYDのレアなシングル曲のカヴァー。
デイヴィッド・ギルモア加入後間もない時期の曲だが、このカヴァーを聴くとまるっきりシド・バレット時代の曲みたいに聴こえる(笑)。
続く「Song Of A Baker」は、結局リリースされなかったというSMALL FACESのトリビュート・アルバムのために録音されたという『OGDEN'S NUT GONE FLAKE』収録曲のカヴァー。
こちらもオリジナル以上にサイケデリックな仕上がり。

ラスト2曲には大物ゲスト参加。
10曲目「Big Store」は英国のサイケ系ファンジン・PTOLEMAIC TERRASCOPE誌のオムニバスに収録されたJACOBITESのカヴァーで、ニッキー・サドゥン本人が歌っている。
そして11曲目「Floating At The Gate Of Dawn」はコレもオムニバス参加曲で、先日亡くなったニック・ターナーがフルートを吹く。
この曲のみライヴ録音で、15分にわたって展開。
ハンブルクでの「GERMAN HAWKFAN MEETING」のステージで、突然ニックが飛び入りしたのだとか。

このアルバムは、オリジナル・リリースの翌年、2004年に国内配給されている。
ライナーノーツは俺が書いた。
売れなかったんじゃないかなあ。

その後バンドは2005年に4thアルバム『MORE TALES FROM LUCILLE'S COSMIC TRIPS AND X-TERRESTIAL SEXPERIENCES + GEM > A < DELIC BUBBLES FROM THE FLUX OF LIVE』(だから、長いっての!)をリリース。
以降はニュースがない。
多分解散したのだと思う。

EURO-ROCK PRESS Vol.95

EURO-ROCK PRESS Vol.95.jpgはい、EURO-ROCK PRESS最新号、明日30日発売です。
表紙はMAGMAだが、巻頭はYESのライヴ・レポート、CARAVANのライヴ・レポート、玲里のインタヴュー、XOXO EXTREMEのライヴ・レポート、BANCO DEL MUTUO SOCCORSOのインタヴューと続いて、それからMAGMAのライヴ・レポート。
遂に来日バンドのライヴ・レポートをばんばん載せられる日々が戻ってきたのであります。
(コロナ禍はいまだ収束していないとはいえ)

で、今回もレヴューどっちゃり書きました。

ACID MAMMOTH
ALPHOENIX
BORIS
DAIDA LAIDA
デキゴコロ
DREAM THEATER
ED WYNNE AND GRE VANDERLOO
FALLUJAH
HELLOWEEN
IRON MAIDEN
JUDAS PRIEST
KLAUS SCHULZE
KRAFTWERK
LETITOUT -lelia-
LUGNET
MICHAEL SCHENKER GROUP
OZZY OSBOURNE
PATTO(×4)
PORNOSTATE
PURPENDICULAR
SCORPIONS(×2)
SIGH
TALAS
TI-THO
TWINK(×2)
VANGELIS
VIRTUAL SYMMETRY
WITHIN TEMPTATION

33枚。


その他にも、10月14日にCLUB CITTA'で行なわれたOSANNAのライヴ・レポートと、そして来年50周年を記念する来日公演を行なうCAMELのバイオグラフィを書いています。
CAMELのバイオなんて、何を今更…という感じかも知れませんが、『STATIONARY TRAVELLER』推しという奇特な(?)ファンの観点から書いた1本、是非読んでみてください。


他にもニコ・ディ・パーロのインタヴューとか、今回も濃い内容です。

嗚呼

WILKO JOHNSON BEST.jpg仕事が忙しくてブログ2日休んだ。
で、すっかり出遅れた。
更にPCの調子が悪く、さっきまで書いてた文章全部消えた。
気を取り直してもう一度。
ウィルコ・ジョンソンのこと。

21日に亡くなったという。
死因は不明。
75歳。

8年ぐらい前に膵臓癌で死んでいたかも知れないことを思えば、随分長生きしたモノだとは思うが。
それでもショック。

初めて聴いたのはDr.FEELGOODの『STUPIDITY』。
それも好きだったが、少し後に聴いたDr.FEELGOODの1stアルバム『DOWN BY THE JETTY』のイントロ一発で倒れた。

初めてライヴを観たのは1988年の札幌BESSIE HALL。
コレがまた凄まじいカッコよさで。
ソロ・アルバム『BARBED WIRE BLUES』にメンバー全員のサインをもらったのは、翌89年の再来日の際だったと思う。
その後91年2月の川崎CLUB CITTA'(対バンがDr.FEELGOOD!)、ずっと空いて2011年4月の渋谷CLUB QUATTRO(東日本大震災の直後)。
計4回観た。
いつも素晴らしかった。

R&Bに根差した、シンプルにもほどがあるR&R。
一方でリズムとリードを同時に弾くようなノコギリ・ギターは、実は全然シンプルじゃなかった。
Dr.FEELGOOD脱退後、ライヴがいつも最高な一方で、その真価をスタジオ作できちんと結実させることがなかったのだけは残念。


さて、今頃はあっちでリー・ブリローと和解の握手をしていてほしいのだが。
あとノーマン・ワット=ロイが長生きしますように。

大森で祝賀

20221124.jpgはい、24日(木)「CLUB-D」@大森AIN'T NO#、御来場の皆様ありがとうございました。
CREAM PANDA他のベーシストとして活躍するHORI-CHOの生誕イヴェント。
数年ぶりに再会した人も。

俺は一番手で回すはずだったのだが、三番手の予定だったDJ Zが体調不良とのことで交代。
Zさん20時から回して帰ってしまった…。
(ホリくんには会えたので良しとしよう)

で、俺の出番。
「CLUB-D」で一番手・二番手じゃなかったのは久しぶり。


SET LIST
Sundelite/HAWAII MUD BOMBERS
Another Girl, Another Planet/THE ONLY ONES
I Don't Wanna Grow Up/RAMONES
Sex Machine/IGGY POP
White Riot/THE CLASH
Chinese Rocks/HEARTBREAKERS
地下で/OLEDICKFOGGY

はい、バンド名の頭文字をつなげてみてください。
”H・O・R・I・C・H・O”となります(笑)。
そのためだけに考えた選曲でした。


大いに盛り上がる中、俺は途中で退出。
日付が変わる前に帰宅する予定だったのだが、大森から京浜東北線に乗った時点で「遅れてるじゃねえか」となり。
品川で乗り換えようとしたら上野東京ラインが動いてない!
再び京浜東北線に乗って上野まで移動し。
(こんなことなら品川で降りずに大森から上野まで京浜東北線で行きゃよかった、と思ったけど後の祭り)
どうにか高崎線に乗り、日付が変わってから帰宅。
すぐ寝ました。


ともあれ今年のDJはコレで終わり(の予定)です。
来年も既に予定入ってきてますが、来年の話はまた来年。

11月の訃報更に

DOCTORS OF MADNESS 1st.jpg12日に大森一樹が亡くなったという。
急性骨髄性白血病。
70歳。
『オレンジロード急行』『ヒポクラテスたち』『ゴジラvsビオランテ』…と振り幅の大き過ぎる映画監督で、好きな作品は人によってまるっきり分かれそうだが。
個人的には『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』との同時上映(!)で観た吉川晃司のデビュー作『すかんぴんウォーク』に尽きる。
俺が山田辰夫を初めて見たのがこの映画だった。

大森一樹と同じ12日には、河口仁も亡くなっている。
誤嚥性肺炎。
72歳。
一般には『愛しのボッチャー』以外ほとんど知られていないが、週刊ゴングなどのプロレス専門誌でずっと描いていたのか。
その『愛しのボッチャー』、なんとネット上で全話が無料公開されている。


そしてDOCTORS OF MADNESSのドラマー、ピーター・ディレンマも亡くなってしまった。
昨日あたりのことだったらしい。
死因は不明。
リチャード”キッド”ストレンジが71歳なので、ピーターもそれぐらいだったはず。

DOCTORS OF MADNESSの1stアルバム『LATE NIGHT MOVIES, ALL NIGHT BRAINSTORMS』(1976年:画像)での、同時代の他のどんなバンドとも感覚を全く異にするスピード感(並ぶモノがあるとすればイーノの「Third Uncle」ぐらいか)…は、ピーター・ディレンマのドラムあってのモノだった。
あと、無造作な金髪のいかにも酷薄な感じの(?)ルックスも、バンドのイメージによく合っていた。
残念ながらバンド解散後はシーンに残ることなく、70年代末以降の彼がどうしていたのかは知る由もなかった。
(2014年10月にオリジナル編成でのライヴを行なっていたが)

ストーナー(ベース)も2014年に亡くなっていて。
(なんと再結成ライヴのたった1ヵ月後)
DOCTORS OF MADNESSは今もリチャード・ストレンジによって存続しているが、オリジナルのリズム・セクションはこの世からいなくなってしまった。
オリジナル編成の4人が残した3枚のアルバム、何度聴いたか知れない。


さっきからずっとDOCTORS OF MADNESSを聴いている。

静岡ロックンロール組合/永久保存盤

静岡ロックンロール組合LP.jpg9月21日のリリース。
紹介が遅れた。

静岡県静岡市の高校生たちが静岡ロックンロール組合として1973年5月に100枚限定(!)でリリースしたアルバム『永久保存盤』は、知る人ぞ知らない(?)カルトな名盤だったが、オリジナル・リリースから35年を経た2008年11月にまさかのCD化。
そしてこの度、CD化から14年、オリジナルLPのリリースから実に49年経って、アナログ再発が実現したのだった。

静岡ロックンロール組合については、以下を御覧ください。

https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_439.html

LP両面に11曲52分半が無理矢理詰め込まれていたオリジナルに対して、今回は音質向上のためにリマスター+45回転の12inchの2枚組という、PUBLIC IMAGE LIMITEDもびっくりの仕様。
(CDに収録されていたボーナス・トラックはないが)
静岡ロックンロール組合のバンマスだった鷲巣功(キーボード)がずっと抱いていた、演奏はともかくとして音質はもっと何とかなったはず…という想いが、半世紀近くを経て現実のモノとなった。

かつてCDを聴いた時には、技術的な拙さを凌駕するプロト・パンク的な勢い、みたいな部分に耳が行きがちだったのだが。
改めて聴き直すと、全然違う感想が出てくる。
当時高校生だった彼らの、オリジナリティと作詞・作曲の能力は、けっこう凄いぞ、と。
いや…演奏力にしても、1973年当時の(聴くべきお手本もそんなになかったはずの)地方都市の高校生にしては、ギターやハープのソロなんかも凄くちゃんとしていると思う。

村八分やRCサクセションと比較する向きに対しては、幾ら何でもスキルが違い過ぎるとは思うものの。
しかし、スタジオ内にモニターもない状態(!)での一発録りでこんなモノが出来たというのは、ある種奇跡的としか思えない。

シャン(ヴォーカル)をはじめとして今やこの世にいないメンバーをも含む静岡ロックンロール組合が、今後復活して活動する見込みは限りなくゼロに近い。
しかし作品は残り、しかも複数回の再発。
組合の魂よ、永遠なれ。

LA! NEU?/BLUE(LA DUSSELDORF 5)(1999)

LA NEU.jpg先日紹介したKLAUS DINGER + RHEINITA BELLA DUSSELDORF『NEONDIAN(LA DUSSELDORF 4)』の続きみたいになるが。

クラウス・ディンガーがDIE ENGEL DES HERRNを経て1996年にスタートしたLA! NEU?は、00年代初頭にかけて9枚のアルバムをリリースしているが、その中では番外編的な1枚。
LA! NEU?としての新録ではなく、クラウスが84~86年にかけて、タイトル通りLA DUSSELDORFの5thアルバムとして録音し、87年にミックスも済んでいたという音源。
その後クラウスが『NEONDIAN』に参加していたスピネロことルディガー・エルゼと98年に再会を果たしたのを機に、改めてのリリースが決定したのだという。
リリースに際して、リマスターが行なわれている。

「America」以外の5曲は、ほぼクラウス・ディンガー一人で演奏されている。
タイトル曲「Blue」のみ、クラウスの義理の娘イヴィことイヴォンヌ・パースが作詞とヴォーカルで参加。
やはりというかタイトル通り、LA DUSSELDORFの延長線上にある音。
全体に不気味なエコー感。
クラウス一人だけでの録音ということで、ひょっとすると正式にリリースするための音源ではなく、デモとかだったのかも知れないと思ったりも。
(キャプテン・トリップ・レコーズに確認したワケじゃないが)

で、39分という短めのアルバムの中で、18分近くを占めるのがラストの「America」。
『NEONDIAN』に収録された「America」は約5分半だったが、ここでは3倍以上の尺。
この曲のみ、『NEONDIAN』同様スピネロ(ギター)、ラウル・ウォルトン(ベース)、チャーリー・Tことマンフレッド・テルスタッペン(ドラム)が参加している。
1984年の録音ということで、『NEONDIAN』制作当時の音源だったのではないかと。

一番の聴きモノは間違いなく「America」だろう。
『NEONDIAN』のレヴューでも「America」がハイライトと書いたが、ここでの「America」はヴォーカルも演奏も、『NEONDIAN』のヴァージョンよりも更にワイルドでヘヴィ。
”ヒッピー・パンク”などとも呼ばれたクラウス・ディンガーの本領が炸裂している。
絶叫気味の歌唱だけでなく、恐ろしくドライヴするラウルのベースがまたカッコいい。

LA! NEU?は『BLUE』以外にスタジオ作4枚、ライヴ4枚をリリースし、2001年まで活動。
そしてクラウス・ディンガーは08年に亡くなっている。
4時間近くに及んだ1996年の来日公演での、全身白ずくめのクラウスの姿…を、今でも思い出す。