HERE@渋谷Spotify O-Crest

20220930.jpg9月30日。
実に3年半ぶりのHERE。
ワンマン・ツアーの初日。

3年半ぶりに観るHERE。
つまり、コロナ禍以降彼らのライヴを観ていなかったというワケだ。
正確には一度配信ライヴを観ているのだが、このブログでそれについて触れることはなかった。

ともあれ、多分6年ぶりとなるO-Crest。
(前回来たのがやっぱりHEREのワンマン)
いつの間にやら、Spotify O-Crestなんて名前になっている…。
5階まで階段で上がるのは相変わらずしんどい。

渋谷の街には人出が戻っているようにも見えたが、実のところまだまだ。
誰もがマスクをしているし。
そしてコロナ禍はHEREの活動にも少なからぬ影響を与えた模様。
俺が最後に観た頃には1000人級の会場でライヴをやっていた彼らが、ずっと小さい会場でワンマンをやるというのだから、超満員でもおかしくないはず。
実際にはそうではなかった。
HEREが活動を始めた頃には小学生だったのでは、と思うような若いファンが増えているように見える一方で、年かさのファンの姿が少ないような。
多分それらの人たちの何割かは職場や家族との関係、そして自身の健康への不安を抱え、現場に戻れていないのではないかと。

閑話休題、定刻を5分ほど過ぎてライヴが始まると、HEREの相変わらずのハイテンションにたちまち熱くなる。
キーボードもダンサーもいない、フロントの正式メンバー3人にリズム・セクションのサポート二人という、シンプルな5人編成のHERE。
現在のサポート・ドラマーは→SCHOOL←の角谷正史。
俺がこの編成のHEREを観るのは初めて。
レギュラー・グリップ(ANVILのロブ・ライナーみたい)のドラミングは故・宮野大介やユージ・レルレ・カワグチに較べるとやや軽いが、充分上手いし、随所でツイン・ペダルも存分に炸裂。
そして壱(ベース)はブリブリ弾きまくる。
お客さんは声出しを自粛し、代わりにそれぞれ持ち込んだタンバリンやでんでん太鼓(!)や拍子木(!!)で盛り上げ。

尾形回帰(ヴォーカル)、武田将幸(ギター)、三橋隼人(ギター)のフロント3人は、貴族風(?)のジャケット姿。
よく見ると色使いこそ統一されているものの、3人のデザインはかなり違う。
そしてその3人が隙あらばステージ前方のお立ち台に駆け上がる、相変わらずの暑苦しいステージング。
「ゾッコンROCK ON」では演奏の途中で尾形と三橋がマイクとギターを交換したりも。
曲間で暗転したり妙に間が空いたりすることは少なく(昔のHEREはそれがよくあった)、ワンマンならではの長いMCも含めて、テンポよく進んで行く。
以前はすぐにジャケットを脱いでしまっていた尾形が、この晩は最後まで着込んだままだった。
(暑そう…)

その尾形回帰、以前に較べると歌唱の安定ぶりが著しい。
高音がやや苦しげなところもあったものの、それでも外すことなく歌い上げる。
既に不惑を超えている尾形だが、恐ろしいことにまだまだ成長していると思わされる。
武田将幸の奇抜なリフ・メイカーぶり、三橋隼人のオールド・スクールなギター・ヒーローぶりにも改めて感じ入る。

そして連発される新曲の数々。
「気が触れてロマンティック」とか、あの(?)インビシブルマンズデスベッドを前身とするHEREならではのセンス。
近年は黒っぽくかつポップになってきた印象があったHERE、実際には今も多様だし、ライヴではやっぱりグラマラスかつハード。

「この世界からこんにちは」「死ぬくらい大好き愛してるバカみたい」(本当にイイ曲だなあ)と続くエモいセクションを経て、更にハイテンションな終盤へ。
初めて聴いた時は「HEREも随分ポップになっちゃったなあ…」とか思った「LET'S GO CRAZY」さえも、異様なハイテンションでぶちかました。
ワンマンではアンコールがないのがお約束なHERE、約1時間45分にわたってぶちかましにぶちかました。


コロナ禍以降日付が変わる前に寝てしまうことの方が圧倒的に多い俺は、ライヴ終了と同時に余韻を楽しむこともなく退出。
帰りの電車の中でビール飲んで、帰宅して即寝ました。
ともあれHEREの感情超常現象は続行中。

老いと病

VENOM.jpg元NIGHT RANGER他のジェフ・ワトソンが脳の手術を受けたという。
幸い経過は良好とのこと。
ネット上では生々しい手術跡の写真もアップされている。
https://amass.jp/160927/
ジェフも11月で66歳なのか。

元VENOMのアバドンはリンパ腫とのこと。
首に出来たしこり、虫刺されかと思ったらそうじゃなかったって。
そして検査の結果、腸にも癌があることがわかったという。
ネット上に見られるアバドンの声明は、最後”Fuck cancer”で締められている。
https://loudwire.com/abaddon-ex-venom-drummer-cancer-diagnosis/
アバドンももう62歳。
かつてのバンド・メイト、マンタスも心臓発作に倒れたことがある。
クロノスは元気かしら。

THE ALARMのマイク・ピーターズは、慢性リンパ性白血病が再発。
00年代にいったん寛解していたというが。
これまたネット上では点滴しながら歩いているマイクの写真を見ることが出来る。
https://amass.jp/161152/
彼は90年代には癌も患っている。
かつてTHE CLASHの弟分(?)などと呼ばれたALARM…しかしマイクも63歳か。


俺も今年は(多分)10年ぶりの特定検診を受けなければ。
(昨年もそう思ったけど行く暇がなかった)

10月は武蔵境

RETURN OF THE LIVING DOLLS OCT 2022新.png2ヵ月ぶりのDJは武蔵境STATTOです。
コロナ禍による延期で、何年越しかの実現となってしまい、最早いろいろなアニヴァーサリーが積み重なったイヴェント。











Hurtin’ Records & Mind Warp Corp. Presents
Return Of The Living Dolls Vol. 3
『ジョニー・サンダース コンプリート・ワークス』& 『An Imperfect Life… Tribute to Johnny Thunders』CD
The Golden Rat 『We Got A Right』CDリリース・パーティー

2022年10月29日(土)
武蔵境 STATTO
Open & Start 17:30
前売り 2,000円、当日 2,500円
ドリンクチャージ 500円
★入場者全員に Courageous Cat Club Volume 6 を無料配布(会場特典)

バンド :
The Golden Rat
Lily & Gen with Friends
Guests : Dannie(Dannie B. Good)& Little Johnnie(ex-The Hong Kong Knife)
Naruzy Suicide
Riot Missile
ジョニー・ダンサーズ

DJ :
大越よしはる
Kadoi The Heartbreak
白谷潔弘
Akira 13th Avenue


ジョニー・サンダースのファンによるジョニー・サンダースのファンのための狂熱の集い、久々の開催が遂に実現。
俺の出番は2回あります。
皆様、是非お越しください。

THE SONICS/Busy Body(2006)

SONICS.jpgTHE SONICS、1stアルバム以前の(!)ライヴ音源。
ガレージ発掘の牙城ノートン・レコーズより。

1964年11月27日、彼らの地元ワシントン州タコマの、TACOMA SPORTS ARENAでのライヴ。
THE SONICSって、デビュー前の時点でアリーナでライヴやるぐらい人気あったのか!…と思ったが、実際には幾つかのバンドが出演したフェスティヴァル形式のライヴだったらしい。
タコマのラジオ局KTNTで放送された音源とのこと。

A面はオリジナル・アルバム未収録曲「Busy Body」。
THE BEATLESがカヴァーした「Mr.Moonlight」の作曲者として知られるジョージア州のR&Bシンガー、ロイ・リー・ジョンソンの1963年のシングル曲。
(ちなみにこの人、90年代末までアルバムのリリースがあった)
俺はこの曲を、同じくノートンから再発されたTHE JOLLY GREEN GIANTS(これまたワシントン州スポケインのバンド)のシングルで先に聴いていた。
THE SONICSのヴァージョンは、イントロでジェリー・ロズリー(ヴォーカル、キーボード)の”Here we go!”という叫びが聞こえる以外は何故かインストゥルメンタルになっている。
興味深いのは、ジェリーがどうやらオルガンを弾いていること。
SONICSがオルガンをフィーチュアするようになるのは67年あたりになってから、と思っていたので、意外だった。
音質はかなり悪いものの、ジョンソンのオリジナルともJOLLY GREEN GIANTSともまるで違う、リズム・セクションのヘヴィな突進は流石SONICSというべきか。

B面はTHE SONICSの代表曲「The Witch」。
こちらもやはり音質はよくないが、ともあれ貴重な記録。

それにしてもよくこんな音源残ってたなあ、と思ったら、翌2007年には『BUSY BODY!!!(LIVE IN TACOMA 1964)』としてアルバムまで出てしまった。
そしてTHE SONICSは07年に再結成を果たしている。

新曲なき大御所

EAGLES.jpgティモシー・B・シュミット曰く、再結成して今も活動を続けるEAGLESが何故新曲を作らないのかというと、新曲を聴きたがる人がいないから、と。
おおう、ぶっちゃけましたね。
しかし、本当だろうか。
再結成後の新作アルバムがまったく売れなかったというのなら理解も出来るが…実際には、EAGLESが再結成後にリリースしたアルバムは、2枚とも全米1位を獲得している。

ティモシー・B・シュミットとまったく同じことを、KISSのポール・スタンレーも言っていた。
KISSの新曲なんぞに需要はない、と。
コレも実際には疑わしい。
KISSがオリジナルの4人に戻ってリリースした『PSYCHO CIRCUS』(1998年)は全米3位の大ヒットだし、オリジナル編成が再び崩れてからリリースした『SONIC BOOM』(2009年)は全米2位、『MONSTER』(12年)も3位を記録している。
『PSYCHO CIRCUS』以降のアルバムは、70年代に一番ヒットした『LOVE GUN』(77年:全米4位)よりもチャート的には成功しているのだ。

もっとも、チャートの順位と売り上げは、実際には全然比例していない。
EAGLESやKISSの近作がチャートでは成功したとしても、かつての名作群に較べて枚数は売れていないというのは、事実だろう。

そして…ティモシー・B・シュミットもポール・スタンレーも、新曲は望まれていない的な言い方をしているが。
現在のEAGLESがもう「Hotel California」や「One Of These Nights」を超えるような曲を書けない、KISSも「Detroit Rock City」や「Love Gun」を超えるような曲を書けない…ということを、メンバーも自覚しているからではないか…という意地の悪い(?)見方をしてしまうのは、俺だけではないのでは。

ビリー・ジョエルも、ライヴ活動は続けているが、アルバムはもう20年以上出していない。
彼も、もう「The Stranger」や「Just The Way You Are」を超えるような曲は書けない、と思っていたとしても不思議はない。
ティモシー・B・シュミットもポール・スタンレーもビリーも、もう全員70代だ。

死ぬまで現役だったレミーも、いまだ現役のイギー・ポップもBLUE OYSTER CULTも、60代以降に「Ace Of Spades」や「Search And Destroy」や「(Don't Fear)The Reaper」を超えるような曲は書いていない。
仕方のないことではあると思う。
EAGLESやKISSが、いっそ新作を出さずに、体の動くうちは(?)ライヴで昔の名曲を聴かせ続けよう、と思ったとしても不思議はない。
実際、新作を出さずにライヴ活動だけ続けているヴェテラン・バンドは幾らでもいる。


ところで何歳になっても、新作をリリースする毎に必ず新たな代表曲になりそうな楽曲を生み出していた稀有な例は、遠藤賢司だったと思う。
(Wikipedia、晩年のアルバムがまるっと抜けてるぞ)

映画『All the Streets Are Silent:ニューヨーク(1987-1997)ヒップホップとスケートボードの融合』

ALL THE STREETS ARE SILENCE.jpgやたらと長いタイトル通り、1987~97年のニューヨークにおける、ヒップホップとスケートボードという黒人と白人のユースカルチャーが融合していった様を見せるドキュメンタリー映画。
俺はヒップホップもスケートボードもてんで門外漢だが、大変興味深く観ることが出来た。

同時期に勃興しながら、それぞれ黒人の若者と白人の若者のカルチャーだったヒップホップとスケートボード。
しかしスケートボードにハマった若者たちの一部がヒップホップを聴き始めることなどにより、両者は徐々に接近していく。

象徴的なのが、1988年末にオープンしたクラブ・MARSだった。
当時ハウスばかりだった界隈のクラブにあって、暴力的とみなされて遠ざけられていたヒップホップをいち早くフィーチュア。
そこに関わっていたのは白人と黒人だけでなく、ラティーノも日本人も。
MARSの運営を巡って、白人のイーライ・ゲスナー、黒人のダマニー・ビーズリー、日本人のユウキ・ワタナベという3人が議論する場面が特に印象的だ。
ワタナベの発言だけ、大半に英語字幕が付いていたりする。
実際80年代のワタナベの英語はかなりカタカナ英語な発音なのだが、そんな日本人の若者がNYのディープなシーンで臆せずに活動していたのだなあと。

それらをはじめとして、MARSなどのクラブや、Zoo YorkやSupremeなどのブランドなどに関わっていた人たち、そしてラッパーやスケートボーダーなどの若き日の姿と現在の姿が次々に映し出される。
まだ誰も知らなかったバスタ・ライムスがラジオ番組で飛び入りパフォーマンスするところとか、のちに有名になるスケートボーダーたちがそこらへんで滑っているところとか、よくこんな映像が残っていたもんだなあと思うが。
当時のストリート・カルチャーでは、何でもヴィデオで撮っておくのがポピュラーだったらしい。
(スケートボードやってて車にぶつかりそうになる場面が何度も出てくる…)
伝説的に語られるスケートボーダー、ハロルド・ハンターの生前の姿も大々的にフィーチュアされている。

一方、単なる友達の集まりから始まった諸々が、しばらくすると商業化し、変質していく様子も捉えられている。
MARSも長くは続かなかった。
それでも多くの人たちが、30年以上経った今も様々な形でシーンに関わり続け。
映画ではイーライ・ゲスナーやユウキ・ワタナベの現在の姿を見ることも出来る。
(イーライはこの映画のナレーター役でもある)

音楽を担当したのはラージ・プロフェッサーで、画面では彼の若き日の姿もちらっと見られる。
それにしてもファヴ・5・フレディ(映画監督)やハロルド・ハンターをはじめ、黒人勢の語る様子がとんでもなくリズミカルで、ほとんどラップみたいなのには驚かさせる。
特にハロルド、どのシーンでも素でしゃべっているのかラップなのか、にわかにわからないぐらい。

この映画、字幕がわりと簡素化されているので(何しろみんなしゃべりまくるから致し方なし)、登場する単語やミュージシャン名なんかを、よーく聴きながら観ることをお勧めする。
ともあれヒップホップまったく詳しくない俺が観ても興味深かったんだから、このへん好きな人とかは俺の数倍楽しめるはず。


『All the Streets Are Silent:ニューヨーク(1987-1997)ヒップホップとスケートボードの融合』
監督:ジェレミー・エルキン
ナレーション:イーライ・ゲスナー
音楽:ラージ・プロフェッサー
製作総指揮:デヴィッド・コー
原題:All the Streets Are Silent: The Convergence of Hip Hop and Skateboarding(1987-1997)
2021年/アメリカ/89分 ©2021 Elkin Editions, LTD. All Rights Reserved.
日本語字幕:安本熙生
配給:REGENTS
公式HP:atsas.jp
Twitter/Instagram:@RegentsMovie

10月21日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

ROT SHIT/The Worst Kids Ever!!!(2006)

ROT SHIT.jpg実態がよくわからないバンド…のデビューEP。
2006年から10年までに3枚のEPを出しているが、リリース毎にメンバーのクレジットが違っていて、単に名前が違うのかそれともメンバー自体違うのか。

どうやらピッツバーグのポップ・パンク/R&Rバンド、THE RADIO BEATSのスティーヴ・アンダーソン(ギター、ヴォーカル)とダン・マクネリー(ドラム)が友人らを迎えた別バンドだったらしい。
このEPの時点でのメンバーのクレジットは、セックス(女性ヴォーカル)、ブーズ(男性ヴォーカル)、パイプス(ギター)、シングス(ベース)、スピード(ドラム)の5人。
セックスって…。

バンド名もひどいし、スリーヴのデザインもかなりひどい。
ベルギーのTHE KIDSに怒られそう…。

で、7inchに12曲(!)も入っている。
もちろん(?)33回転じゃなくて45回転。
最も速くておバカなパンク・ソングを書くことを目指して結成されたらしい。

実際、30秒~1分未満ぐらいの超ファストでデタラメなパンク・ロックが次々と放たれる。
LOLI AND THE CHONES「Rumble In My Pants」とTHE QUEERS「I Spent The Rent」のカヴァーもアリ。
オリジナル曲のタイトルがまたかなりひどくて、「Lil' Bitch」とか「I Can't Wait To Hate You」とか「I Dislike You」とか「I Wanna Fuck Right Now」とか「Kill You Till You're Dead」とか「Fat Fuckin' Idiot」とか…。

この後2008年にEP「Have You Ever Seen Rot Shit?」、10年にEP「Dead I」をリリースしている。
いずれも7inchのフォーマットだが、収録曲数は7曲→3曲と、リリース毎に減少。

本体(?)であるTHE RADIO BEATSも、アルバム1枚しか出していない。
ダン・マクネリーは現在も活動している模様。

ドラマーたちの退場

DOOBIE BROTHERS.jpg21日にアントン・フィアが亡くなったとのこと。
死因は不明。
66歳。

THE LOUNGE LIZARDSでMATERIALでTHE GOLDEN PALOMINOS。
更にTHE FEELIES、THE ELECTRIC EELS、PERE UBU、AMBITIOUS LOVERS、SWANS。
そしてミック・ジャガーにSION。
他にももっと。
このブログで紹介したアントン・フィアの参加アルバムにはINAZUMA SUPER SESSIONとx_xがあった。

それにしても、もう66歳だったとは。
このへんのポスト・パンク世代の人たちも、軒並み60代後半か…。


そして、今日明らかになったニュース。
ジョン・ハートマンが亡くなったという。
昨日のことだったらしい。
死因は不明。
72歳。

THE DOOBIE BROTHERSのオリジナル・ドラマー。
このブログで紹介した大ヒット・シングル「What A Fool Believes」(画像)も、ドラムはもちろんジョン(とキース・ヌードセン)だ。
DOOBIE BROTHERSというとツイン・ドラムというイメージがあるものの。
歴代ドラマーの中でも結成から1979年の脱退までという、バンドが最も輝いていた時期に在籍したのがジョン。
つまり70年代のヒット曲は全部ジョンが参加していたワケだ。
(再結成後も90年代初頭まで参加)

それにしても…THE DOOBIE BROTHERS、来日の話も出ている一方で、マイケル・ホサックにキース、チェット・マクラッケンそれにジョンと、歴代のドラマーは現任のエド・トスを除いて全員が鬼籍に入ってしまった。
もっともエドはライヴでしか叩いておらず、サポート扱いの模様。
だとすると正規のドラマーは全滅ということか…。

LIVING WRECKAGE/LIVING WRECKAGE

LIVING WRECKAGE.jpgキャリアのあるメンバーによる東海岸の新バンド…の1stアルバム。

LIVING WRECKAGE。
2021年、マサチューセッツ州西部のイーストハンプトンで結成。
メンバーはジェフ・ガード(ヴォーカル:DEATH RAY VISION)、ジョナサン・ドネイズ(ギター:ANTHRAX、SHADOWS FALL)、マット・レブレトン(ギター:DOWNPOUR)、マット・バッチャンド(ベース:SHADOWS FALL、ACT OF DEFIANCE)、ジョン・モランシー(ドラム:LET US PREY)の5人。
ジョン・ドネイズをはじめとして、ある種スーパー・グループと言える編成。
SHADOWS FALLのギタリストであるマットは、ここではベースを弾いている。

レーベル宣材には”メタルコア”とあり。
確かに随所でスクリーモ的な叫びを聴かせるジェフ・ガードはハードコア・バンドのヴォーカリストで。
ニュースクール・ハードコア的なビート・ダウンもあちこちで聴かれる。
しかし全体的にはジョン・ブッシュ在籍時のANTHRAXや全盛時のPANTERAあたりにも通じるメタル・サウンド。
ジェフのヴォーカルもガナる、叫ぶよりかはきちんとメロディを追う部分の方がずっと多い。
コーラスもギャング風掛け声系、とかじゃなくて充分にメロディアス。
跳ねるリズムも多い一方で、ギター・ソロはテクニカルにして流麗・美麗。
本来ギタリストであるマット・バッチャンドのベースもグイグイ前に出る。

…といった具合で、メタルコア、と聞いて身構えてしまう人が安心出来る程度には、オーソドックスなメタルに近い。
いわゆるグルーヴ・メタルの類が苦手な人に無理にお勧めはしないが、メロディアスさもキャッチーさもちゃんとある。


国内盤にはボーナス・トラックとしてAUDIOSLAVEのカヴァー「Show Me How To Live」(ライヴ・ヴァージョン)収録。
『LIVING WRECKAGE』、23日リリース。

PATTI SMITH GROUP/Because The Night(1984)

PATTI SMITH Because The Night.jpgアリスタ傘下の再発専門レーベル、フラッシュバック・レコーズから出た7inch。
パティ・スミスが活動していなかった1984年のリリース。
A面が『EASTER』(78年)からの「Because The Night」で、B面が『WAVE』(79年)からの「So You Want To Be(A Rock 'N' Roll Star)」。
レーベル両面にはAFS-9173-SA及びSBと小さく書かれていて、どうにかAB面の区別がわかる。
もちろんそんなのを見ないでも、大ヒットした「Because The Night」がA面と思う人がほとんどだろう。
(「So You Want To Be(A Rock 'N' Roll Star)」も元々シングルA面だったんだけどね)

渋谷のRECOfan(もうない)あたりで安く買ったんだと思う。
DJ用に。
もちろん(?)お目当てはA面じゃなくてB面。
実際、B面はDJでよく回した。

A面は説明不要だろう。
全米13位の大ヒット。
ブルース・スプリングスティーンとの共作。
プロデュースはそのブルースを手掛けたジミー・アイオヴィン。
ピアノに乗せて静かに始まり、ドラマティックなバンド・サウンドに移行…というのは、ある意味「Gloria」あたりに通じなくもない。

B面「So You Want To Be(A Rock 'N' Roll Star)」。
プロデュースはパティ・スミスと親しかったトッド・ラングレン。
言わずと知れたTHE BYRDSのカヴァーだが。
俺が最初に聴いたのはTOM PETTY & THE HEARTBREAKERSのヴァージョン。
後になってBYRDSのカヴァーだと知り。
その後BYRDSのオリジナルを聴いて、更に後になってからPATTI SMITH GROUPのヴァージョンを聴いたと記憶する。
パティのヴァージョンもどっしりヘヴィで、えらくカッコいい。
ドカドカ叩きまくるジェイ・ディー・ドーハティがナイス。

A面もB面も、当時既にパンクという枠組みには到底納まりきらなくなっていたパティの音楽を伝える。
ドラマティックなバラードを聴かせるA面、字義通りのハード・ロックという感じのB面。
それ以前、『RADIO ETHIOPIA』(1976年)のプロデューサーがAEROSMITHを手掛けたジャック・ダグラスだったことを思い出したりも。