次々消える紙の本

TV Bros.jpgかなり前の話だが、「TV Bros.」が定期刊行を終了。
今後は別冊などの不定期刊行と、デジタル媒体に移行するとのこと。
俺自身が20年近く前からTVを見なくなっているし、当然ながらもう何年もTV Bros.は買っていなかったのだけど、昔は知っている人が表紙で仕事したり、仲のいいバンドが掲載されたりした時などに買っていた。
かつて全盛を極めたFM情報誌が今では完全に絶滅していることと現在のTVの凋落(って、見てないんだから簡単に言うべきではないとも思いつつ)を考えれば、仕方のないことではあるか。
創刊は1987年。
バブルの時代のことであった。

「東京ウォーカー」も休刊。
こちらもWEBに移行するような形。
俺は流石に(?)一度も仕事したことないし、買ったことも一度もないが。
昔の彼女が仕事してたのは東京ウォーカーだったかなあ。
記憶がおぼろげだ。
創刊は1990年。
バブル経済の末期。
休刊の理由として”生活様式の変化”が挙げられている…確かにこの30年で何もかもが変わってしまったな。

そして、「劇画ローレンス」も休刊なのだという。
38年続いたというから、創刊は1982年か。
劇画ローレンスよりむしろ漫画ローレンスの方が通りがいいだろう。
これまた、読んだことはあっても買ったことは一度もない。
今の世で、いわゆる”劇画”の読み手が何処にいるのか、正直言ってもうわからない。
コレも世の流れか…。

そう、WEB全盛の世の流れを考えれば、紙の本がなくなるからといって別に活字文化がなくなるワケでもなんでもないのだが。
俺自身も仕事は紙媒体中心とはいえ、こうして毎日のようにブログを書いていたりするのだし。
それでもやっぱり寂しい心持ちになりますね…。


(2025.12.24.改訂)

10 Years

363.jpgこのブログ、10年経ってしまいました。
10年…そんなに続くなんて予想してなかった。
そもそもいまだに生きてるというのが予想外だった(笑)。

10年、振り返ってみればいろいろなことがあり過ぎた。
10年、振り返ってみれば(あくまで振り返ってみればなんだけど)あっという間だった。

連載を持っていたDOLL誌が潰れて1ヵ月後にブログをスタート。
ってか、その時は当時の妻が全部拵えてくれたんだけど。
その妻と離婚し。
(ガーン)
東日本大震災があり。
長引いた心身の不調で激やせし。
(このブログを始めた時80kg以上あった体重が一時期60kgを切った)
音楽以外の文章仕事も受けるようになって本格的に稼ぎ始め。
(遅いわ…)
会社勤めをやめてしまい。
(今更…)
生活のためにいろいろな文章を書きまくりながら、その一方で一銭にもならないブログをほとんど毎日書き続け。
昨日までに3148本の記事。
10年間3650日だから、大体1.2日に1本のペースになる。
そしていまだにネタが尽きることがないという。
一時期は半引退状態だったDJも、月1~3本のペースに戻っている。

実際このブログ自体は一銭にもならないし(まあブログ記事をきっかけに仕事が入ることがないワケではない)、本当に自分が日々書きたくて書いてるだけなんだけど。
とはいえ読んでくださっている皆様にはもちろん感謝しております。
とりあえず電気とパソコンが使えて、脳みそと手が動く間はまだしばらく続くと思います。
お付き合いいただける皆様は今後もよろしくお願いします。


追記:
そして今や10年どころか16年続いている…。
DJはコロナ禍以降かなり減ってしまったが。

(2025.9.12.)

日本語って難しい

画像会社員をやってた頃、上司に対しては「ご苦労様です」ではなく「お疲れ様です」と言う、みたいなのが“常識”となっていた。
「ご苦労様」は目上の人間が目下の人間にかける言葉である、みたいな。

ところが日本では昔から目下の人間が目上の人間に「ご苦労様」と言うのは当たり前だったんだそうで。
例えば宮中の人が天皇に対して「ご苦労様」ということもフツーだったんだとか。
日本語ってややこしいね。

同じく会社員時代、上司に対して了解の意を伝えるにはどう言うのが正しいか、というので職場内で議論になったことがあった。
結論は「了解しました」や「了解いたしました」ではなく「承知しました」が最も適切だろう、ということになった。
コレもどーでもいいような気もするけど、日本語って難しいねえ。

当時の職場には言葉遣いにやたらうるさいお局様みたいなのがいて、曰く、社内のメールでも「致します」「頂きます」ではなく「いたします」「いただきます」とするのが正しい、とか。
どうでもええわそんなもん。

大体言葉というのは世につれて変わっていくモノであるからして、昔の用法や本来の言葉遣いだけが絶対で今の言葉遣いはおかしい、なんてことはあり得ないワケで。
それ言い出したら口語体の文章なんて邪道だみたいな話にもなりかねない(笑)。

それにしても、最近はネットを見ていると「マナー講師がこう言ってた」みたいな触れ込みで“〇〇〇と言うのは失礼にあたる”とかいう、真偽不明な話がよく転がっている。
そのマナー講師とやら、頭おかしいんじゃねえのかとしか思えないようなのが多いが。

で、個人的にはどーしても許せないのがある。
「耳ざわりがいい」ってやつだ。
「耳触りがいい」ということになるんだろうけど、“みみざわり”ってのはそもそも“耳障り”、つまり耳に障るということであって、耳に触ることじゃないからねー。
なので俺は絶対「耳ざわりがいい」なんて言葉は使わない。
(それに類する言葉を使いたい時は「耳あたりがいい」と言っている)
しかしコレも何十年かのうちにはフツーに「耳ざわりがいい」で定着してしまうのかもね。


画像は日本語にこだわりを持つ男・ゲルチュチュのハッチ。
彼はよく、巷間で言う“壮絶”ってのは違うだろう、それは“凄絶”と言うところだろう、と言う。
試しに辞書引いてみて下さい。


(2025.8.24.改訂)

17.9%のブルーズ

画像俺が煙草を吸い始めたのは高校生の時で。
当時ハイライトが170円だった。
受験で小樽に行って(…と書くと、何処の大学を受けたか即座にわかる人も多いでしょう。ちなみに落ちました)、帰路の坂道を下りながらSLみたいに煙を吐き出し続けて、電車に乗る頃に具合悪くなっちゃった…なんてこともあった(苦笑)。

大学時代にはハイライトを1日3箱近く吸っていた時期もあったが。
何十年もずっと煙草を吸い続けていたワケではない。
90年代にバンドをやっていた頃(結局リハーサル・スタジオから一歩も出ずに終わったバンドだった)、「歌わなきゃならないのに風邪ばっかりひいていたりするんだから、タバコやめるべきでは?」と思って、実際何年も吸わなかった時期があった。
バンドをやらなくなってからオールナイトで遊ぶことが多くなって、なんとなく間が持てない感じだったりで、また吸い始めて現在に至る。

いつの間にやらハイライトからわかばになっていた。
(ほんの一時期ラッキーストライクだったこともある)
俺が吸い始めた時のわかばが何円だったかよく覚えてない。
確か270円ぐらいじゃなかっただろうか。
今では360円。
ハイライトは今410円だったっけ?

若い人たちは、電車や飛行機の座席に灰皿が備え付けられていたという事実が想像も出来ないんじゃないだろうか。
ジブリの映画『風立ちぬ』で、登場人物たちがのべつ煙草を吸いまくってて批判が集まったことがあったけど、あんな戦前じゃなくて、俺が大人になってからでも実際あんな感じだったよなあ、何処でも。
電車内って、いつから禁煙になったんだっけ?
俺が群馬に住んでいた頃(20年ちょっと前)にはまだ座席に灰皿があったと記憶する。
煙草を吸おうとしたおっさんが若い女性からやめてくれないかと言われて逆ギレしたのを見たことがあった。
駅のホームから喫煙所が撤去されたのは、俺が今の住所に住み始めてからのことだと思うんで、10年ぐらい前だったはず。

で、今の日本って喫煙者の割合が17.9%なんですって。
大人が誰でもみんな煙草吸ってた昔は、別に理由もなくただみんなが吸うモノだったのかも知れない。
吸ってる人間が2割を切った今となっては大多数の人にとって、あんな臭くて毒性の強いモノ吸ってるなんて信じられないってところだろうな。
俺は煙で他人様に迷惑はかけたくないと思う一方、自分が肺癌になるのは一向に構わないんで、多分今後もちまちま吸うだろう。
ただ、今以上値上がりしたらわからんねえ。

画像はイギー・ポップだけど、ジャケットで煙草吸ってるのはMOTORHEADの方が全然多い。
今思い出すだけでもシングル「White Line Fever」、アルバム『OVERNIGHT SENSATION』『UNDER COVER』で吸ってたはず。


追記:
その後わかばは500円に。
煙草を吸うことは以前よりも減った。
これ以上値上がりしたら、やめるかもしれん。

(2022.10.17.)


追記2:
2023年のデータでは、喫煙者の割合は15.7%と、更に減少している。
先日1970年の『サザエさん』を見たら、マスオが残業しながら煙草を吸っていた。
今では仕事しながら煙草が吸えるオフィスは皆無だろう。

(2025.5.26.)

5.6 Miles High(Hiroshima)

画像車を走らせていて、急に思ったこと。
「広島と長崎に原爆を落としたB29に対して、迎撃の動きはまったくなかったのか?」
幾ら大編隊ではないとはいえ、都市の上空にまんまとB29の侵入を許すほど、当時の日本の防空体制はダメだったのだろうか、と。

帰宅して検索してみた。
いろいろな人がいろいろなことを書いているので、正直言って何が本当のことなのかを完全に把握し切ることは出来なかったが。
それでも疑問に対して幾多の情報が得られるのだから、インターネットというのはやはり便利なモノだ。
(その分、こっちのリテラシーも大事になって来るとはいえ)

いろいろなサイトの情報から総合して考えると、結局のところ組織立った迎撃はほぼ皆無だった、ということになるようだ。
広島の場合でいうと、飛んで来たのは原爆を積載した“エノラ・ゲイ”と随伴機、合計3機。
通常の空襲と違い、小編成で護衛の戦闘機も連れず、しかも約9000mの高高度を飛行。
四国上空で1機だけ上がった陸軍の戦闘機(二式複座戦闘機「屠龍」)があったという話もあるが、B29に損害を与えることは出来なかったらしい。

一般的な空襲の際には大編隊がやって来るし、高度も2000~5000m。
それに対して9000mの高高度をたった3機で飛んで来たエノラ・ゲイたちは、偵察目的と判断されたようで。
当時、爆弾を落としたりすることのない偵察機に対して迎撃機を編隊で上げるような余裕は、もう陸軍にも海軍にもなく。
そして高度9000mを飛ぶ敵機を撃墜出来るような高射砲もなく。
(ほぼ唯一その能力を持っていたのは当時最新鋭の五式15センチ高射砲だったが、コレとて杉並区久我山に2門配備されていたのみ)

組織的な、そして有効な迎撃の可能性が低いと判断したからこそ、米軍もB29をたった3機で日本の都市の上空に送り込んだのだろう。
もちろん迎撃の可能性はまったくゼロじゃなかったし、真偽は知らないが屠龍と遭遇したという話もあるワケだから、乗組員たちは肝を冷やしたかも知れない。
それで結局どうなったかは、多くの人が知るとおりだ。

都市の上空に飛んで来た敵機を迎撃することも出来ない。
日本軍、とっくに終わってたと思う。
原爆投下がなければ米軍の本土上陸でもっと悲惨なことになったはず、みたいな話もあるが。
しかし、当時の日本軍の末期的な戦力低下や、日本の国力自体の低下を思えば、原爆投下なんて雑なダメ押しをしないでも終われたんじゃないだろうか。

いろいろなことを考えるが、結果は変えられない。
そんな今日は広島原爆忌。
世界に平和を。


追記:
長崎については、当初小倉が第1目標だったのが、流石に広島の件があり、陸海軍とも迎撃機を上げ、結果として長崎に原爆が投下されることになったのだという。
小倉では(軍ではなく)八幡製鉄所の従業員たちがコールタールを燃やして煙幕を張ろうとしたという話もあるが、それがどれだけ有効だったかはわからない。

(2025.5.26.)

2017年を振り返ってみたりみなかったり

画像どっちだよ(笑)。

ともあれ今年も明日で終わりだ。
気が付きゃあっという間。
トシをとる毎に時間の経過は速くなる、仕方ないが。

今年もいろいろあった。
楽しいこともつらいこともあった。
新しい出会いもあれば、悲しい別れもあった。

昨年同様、大きな変化があった1年だった。
で、暮らし向き自体は相変わらずの貧窮だが、心持ちは昨年までと随分変わった。
不思議なことに、昨年までに較べて自己肯定感が随分高くなったし。
貧乏なりに、今年はけっこう楽しんで生きていた気がする。
ずっと止まっていた時計が再び動き出したような気分で過ごしている。

それも周囲の助けあってこそと、改めて思わずにいられない。
そしてそれは今年に限らず、振り返れば人生いつもそうだったんだが。

4年ほど前からやるようになった音楽以外の原稿仕事を今年もたくさんやって、仕事の幅も随分広がった。
音楽の方でも、KING CRIMSONやU.K.なんかのまとまった記事を書くような機会があったり。
一方でEL ZINEで書く記事がVOL.24(画像)のAMEBIX特集以降は一気にハードコア方面に向かったり。
夏にはGUITAR WOLFセイジさんとトークやったりとか。
YOUNG GUITARで仕事したりとか。
来年はどうなるかねえ…。

1年を通じて体重70kg以上をキープしたというのも、ここ数年なかったことだ。
5年ほど前に80kg台から50kg台へという極端な変化があった。
それ以前は何年もずっと80kg台。
昨年春まではしばらく60kg台。
なので、通年で70kgちょっとが続いたというのはもういつ以来か思い出せない。
ともあれ、体調はそう悪くない。

DJもぼちぼちやったな。
来年もぼちぼちの予定。
年が明けたら次のイヴェントを告知します。


30日にこんなこと書いてしまったので、大晦日はもちろん通常運転(の予定)。
パーッと出かけたいところだけど、多分明日も三が日も仕事してるだろうな。
ああ、掃除全然やってない…。


追記:
この頃から、貧乏なりに楽しく暮らしている。
(それまでは数年間かなり荒んでいた)
体重は再び70kgを切ったままが続いている。
DJは減ったな。

(2025.3.14.)

国境またいでも感覚は一緒

画像まあ北朝鮮にはホント困りますね。
ちっちゃい半島の、そのまた半分の、ちっちゃいちっちゃい国が、ほとんど世界を敵に回すような勢い。

ところが、実際には意外とそうでもないみたいで。
アフリカ諸国なんかとは銅像(…)とかの輸出で良好な関係があるみたいな。
昔の日本もちっちゃい国なのにやっぱり欧米諸国を相手にドンパチやったりしていたが、その時その時でイギリスと組んだりドイツとイタリアと組んだりしてたワケで。
まあしかし北朝鮮とアフリカのあちこちの国が友好関係とか言っても、日独伊三国同盟みたいなもんになるはずはないだろう。
それ考えると随分無茶してるよなあ。

とりあえず軍事を最優先する国家運営。
核実験だのミサイル発射だのやりたい放題の一方で、庶民は相当ワリを喰ってると聞く。
国を牛耳るロケットマンはでっぷり太ってるけど、一般庶民は太る以前にまともに食えてなさそう。
在日朝鮮人の帰国事業が盛んだった頃は“計画経済が上手く行って今やこの世の天国”みたいに喧伝されていたようだが、一瞬でも上手く回っていた時期があったとは到底思えない。
まあ社会主義(何処の国でも何故か共産主義本来の理念とはまるっきり縁のない独裁国家になってしまったのは不思議)の計画経済が本当に上手く行くんだったら、今頃ソ連だってまだあったでしょ。


…と、前置きが長くなったが。
その北朝鮮、地方での覚醒剤汚染が深刻な問題になっているらしく。
(コレも漏れ聞こえてくる話だよねえ。公にはそんなことは一切ないことになってるワケで)
ろくに食えない状況での過酷な労働による疲労とか、諸々の社会状況から来る不安とか。
そんなモノを吹き飛ばしてくれるみたいですね。
(それにしても、食い物を買うにも事欠くような状態で、覚醒剤は買えるのか。末端価格がかなり安いとか?)

…で、びっくりしたのは、その北朝鮮で覚醒剤が“氷”とか呼ばれているらしいこと。
へーっ、やっぱりそういう風なんだ、と。
日本でも覚醒剤はよく“冷たいの”なんて呼ばれていたりするし。
欧米でも“Ice”なんて言われてたりして。
“冷たいの”ってのはスッキリする感覚から来てるんだろうし、“Ice”ってのは結晶が氷みたいだからということなんだろうけど。
北朝鮮で言う“氷”というのは、“冷たいの”という感覚にも“Ice”の視覚にも、両方に通じるじゃないですか。
(ってか“Ice”=“氷”で直訳ともいう)

そういうのって、国が違ってもやっぱり同じようになるんだなあ、と。
たまたま(?)覚醒剤が例に上がったけど、そうじゃなくても同じように思うことはけっこう多いね。


画像は某バンドのヴォーカリストからもらったやつ。
元のソースが何処から来たモノなのかは知らない。
ヒロポンは錠剤で出回ってたのね。
そりゃお手軽だわ。


(2025.3.12.改訂)

2016年雑感

画像年末だからとか正月だからとかで特にそれらしいこと書かない方が多いこのブログなんだけど。
まあ今年はちょっと振り返ってみたりしようかね。

振り返ればとにかく訃報ばかりが目立つ1年だったような気がする。
デイヴィッド・ボウイ、デイル・グリフィン、グレン・フライ、オーティス・クレイ、モンゴリアン・ストンパー、ジミー・ベイン、ポール・カントナー、モーリス・ホワイト。
小山田いく、望月三起也。
キース・エマーソン、トニー・コンラッド、プリンス、ピーター・トルソン、パパ・ウェンバ、ニック・メンザ、冨田勲。
モハメド・アリ、デイヴ・スウォーブリック、バーニー・ウォレル、ジプシー・ジョー。
アッバス・キアロスタミ、ロブ・ワッサーマン、スコッティ・ムーア。
サンディ・パールマン、ジリ・スマイス、レオナード・ヘイズ、バックウィート・ザディコ、レナード・コーエン、ビリー・ミラー、レオン・ラッセル。
グレッグ・レイク、デイヴ・ブルーベック、リック・パーフィット、ジョージ・マイケル、キャリー・フィッシャー…。
まだまだ他にも。
俺は生き残ってしまった。

個人的には、いろいろなことが大きく変わった1年だった。
生活は相変わらず困窮。
相変わらずというか、どうかするとここ数年以上にひどかった。
まったく、こうして年を越せるのが奇跡のようだ。
とはいえ、ここ数年ではこれまでになく楽しいことが多かった1年だったような気もする。
そして、多くの人に助けられた1年だった。
(もうずーっと助けられっぱなしで生かされてる気がするけど)
皆様お世話になりました。

そして2016年も、随分あれこれ音楽を聴き。
多くはないけど、ライヴも観た。
(恒例“年間ベスト”は1月中に)
来年も生きているようなら、引き続きあれこれ聴くんだろう。

このブログを引っ越したのも、自分的には一大事だった。
ま、来年もこの調子で続く予定なんで、皆様引き続きよろしくお願いします。
どうか良いお年をお迎えくださいますよう。


画像は2016年とまったく関係ない!(笑)


追記:
本当にいろいろ変わった、新しい人生が始まったとも言えるのが2016年だった。
幸いなことに、その後も貧しいながら楽しく生きている。

(2024.12.20.)

ナショナル→パナソニック(そして100均との蜜月)

画像かなり長いこと調子が悪かった我が家のドライヤーだが、しばらく前から遂に冷風しか出なくなってしまった。
で、やむを得ず世代交代。
(今日の話じゃなくてちょっと前の話なんだけど、クリスマスのタイミングでコレをアップすることになったと…おや、新しいドライヤーをもたらしたのは早めのサンタクロースだったということに…)

イカレてしまった旧ドライヤー(画像)は、よく見たらナショナルの製品。
そして新しいドライヤーは、パナソニックの製品。
おお…。
時代は変わる。

更によく見たら、旧ドライヤー、“96年製”と刻印してあった。
うわあ、20年前か。
そりゃ壊れるよな。
そして新しいドライヤーはもちろん2016年製。
20年の間にナショナルはパナソニックとなり。
それ以外にもいろいろなことが変わってしまった。
それはまあ、仕方のないこと。


ドライヤーの隣に写っているのは、御覧の通り計量カップ。
コレもしばらく前からヒビが入っていて、漏っていた。
(何度か落としたりしたからなー)
ドライヤーの新旧交代とほぼ同じタイミングで、こちらも交代。
新しい計量カップは、100均ショップで買ってきた。
風呂場のポンプボトルも100均。
髪をまとめるゴムも100均。
DJの時に使ってるスケッチブックも100均。
いろいろな用途で使ってるクリップボードも100均。
最近100均に頼りきりだなー。
愛と平和も100均にあれば最高なんだけどな。


ともあれクリスマスだそうで。
俺には1日前のレミーの誕生日の方が重要だが。
(そしてあと3日でレミーの命日)
それはさておき、皆様の今日この日が愛と平和に満ちたモノでありますよう。
アーメンよりもラーメンを。


追記:
100均、我が家の近所にはダイソーとセリアがあったのだが。
その後ダイソーが閉店して、その店舗跡に入ったのがセリア。
セリア2軒あってもしょうがねえんだけどな…。

(2024.12.20.)