THE JOLLY GREEN GIANTS/Busy Body(2000)

JOLLY GREEN GIANTS.jpgワシントン州スポケイン出身のガレージ・バンドが1966年にリリースした唯一のシングル…の、ノートン・レコーズからの再発。

ヴァーノン・ジョインソンの『FUZZ, ACID AND FLOWERS』には4行しか説明が載っていない。
そんなバンドでもネットが普及した今ではいろいろなことがわかっていたりするモノだが、このTHE JOLLY GREEN GIANTSはわりとそうでもなかったりする。

バンド名はTHE KINGSMENの曲名から取られている。
このシングルを録音した時のメンバーはチャック・アンダーソン(ヴォーカル)、ボブ・アンダーソン(ギター)、デニス・コール(キーボード)、ハーヴェイ(サックス)、ダニー・ハート(ベース)、デイヴィッド・マドソン(ドラム)の6人だったらしい。
ヴィック(ベース)とゲイリー(ドラム)という別のリズム・セクションがいた時期もあったそうで、活動中には他にもメンバーの入れ替わりがあった様子。

A面「Busy Body」はロイ・リー・ジョンソンによる1962年のシングル曲のカヴァーで、この曲は初期のTHE SONICSもレパートリーにしていた。
THE JOLLY GREEN GIANTSはバンド名からしてもTHE KINGSMENの影響下にあったようだが、この曲での勢いは完全にSONICSと同系統。
ヴォーカルの迫力ではSONICSに及ばないものの、十分にカッコいい。
昔何度かDJで回したことがある。

B面「Caught You Red Handed」はバンドのオリジナル。
バスドラ四つ打ちが印象的なダンサブルな曲で、こちらもなかなかナイス。

バンドは60年代末まで活動していたようだが、このシングル以外にはレコーディングの機会もなく、トップ40のカヴァーを演奏するような活動で終わったらしい。
そういうバンド、レコードを残さなかったようなのも含めて、当時のアメリカにどれほどいたことか。
ちなみにヴィックは2008年に亡くなったという。

IGGY POP/BRICK BY BRICK(1990)

IGGY POP BRICK BY BRICK.jpg俺が初めてCDで買った、リアルタイムで出たイギー・ポップのアルバム。
『BLAH-BLAH-BLAH』(1986年)と『INSTINCT』(88年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_375.html)はLPだった。

1990年7月21日リリース。
俺が札幌から新潟に転勤する直前だった。
新潟に移って少し後には極貧生活に突入し、月に中古盤を1枚買うのもやっとの暮らしに。
ジムニー1台に積めるだけのモノを積んでの引っ越しだったので、札幌から新潟に持って行けたレコード/CDはわずかで。
(MOTORHEADやイギー・ポップの主要なアルバムはかさばらないカセットに落として持って行った)
そんな具合だったから、当時手元にあったこのCDはそれはもう随分聴いたモノであった。

それはさておき。
イギー・ポップ、ソロ・アルバムとしては9枚目。
ヴァージン・レコーズ移籍第1弾。
プロデュースはデトロイトつながりのドン・ウォズ。
(WAS(NOT WAS)には元MC5のウェイン・クレイマーも参加していたことがある)

ゲストが豪華。
GUNS N' ROSESからスラッシュ(ギター)とダフ・マッケイガン(ベース)。
他にもワディ・ワクテル(ギター)、ケニー・アロノフ(ドラム)、チャーリー・ドレイトン(ベース)、デイヴィッド・リンドレー(ヴァイオリン、マンドリン、スライド、ブズーキ、ギター、サックス)、ジョン・ハイアット(ヴォーカル)、スウィートピー・アトキンソン(バッキング・ヴォーカル)とか。
そしてB-52'sからケイト・ピアソン(ヴォーカル)。
すげえ、なんかイギー・ポップのアルバムじゃないみたいな顔ぶれ。
イギー自身がレコーディングでギターを弾いた初のアルバムでもある。

で、多彩なゲストの資質を活かした、ヘヴィなR&Rありアコースティックなバラードありの、多彩なアルバム。
しかし、ドン・ウォズが多彩なゲストを連れてきて多彩な曲をあてがったとかじゃないのだ。
ジョン・ハイアットが提供してヴォーカルでも参加した「Something Wild」とイギー・ポップとスラッシュの共作である「My Baby Wants To Rock And Roll」以外、この多彩な楽曲をすべてイギー一人で作詞作曲しているというんだから恐れ入る。

ヘヴィなR&Rがあると言っても、当時まだTHE STOOGESの幻影を追い求めていた俺には食い足りないところもあった。
曲調が多彩に過ぎてとっちらかった感もあったり。
しかしどんな曲でも、あのヴォーカルで聴かせてしまうのも確かだ。

しかも楽曲のクォリティはいずれも高い。
で、軽快なR&R「Home」からいきなり曲間なしでアコースティックでメロウな「Main Street Eyes」へ、これまたアコースティックながら力強い「I Won't Crap Out」からケイト・ピアソンをフィーチュアしたどポップな「Candy」へ、かと思ったらスラッシュがギターを弾くヘヴィな「Butt Town」へ…と、曲調だけじゃなく曲順も分裂気味。
このアルバム以降、こういう作風は聴かれなくなる。

ゲスト陣の中で最も目立った活躍は、才人デイヴィッド・リンドレー。
スラッシュとダフ・マッケイガンが参加した「My Baby Wants To Rock And Roll」ではサックスをプレイ。
スラッシュとダフ、もし同じスタジオでデイヴィッドに会っていたら、「な、何者?」とか思ったかしら…。

次のアルバムがイギー・ポップの90年代を代表する超名作『AMERICAN CAESAR』(1993年)なんで、結果としてこの『BRICK BY BRICK』は影が薄くなった気もするけど。
いやいや、改めて聴き直してみると、イギーがいろんなゲストといろんな曲をあのイイ声で楽しく歌っている良いアルバムですよ。
イギーがいわゆるアメリカーナに初めて寄ったアルバムだし、最もアメリカーナ的な部分を聴かせたアルバムとも言える。
デイヴィッド・リンドレーがブズーキを弾く「Moonlight Lady」とか最高だよね。
そして、かつては死と隣り合わせだったイギーが確信に満ちた声で”ひとつひとつ、積み重ねて行こう”と歌うタイトル曲の静かな感動。
アルバムは全米90位、全英50位を記録している。

国内盤には映画『ブラック・レイン』のテーマ曲だった「Livin' On The Edge Of The Night」を収録。
コレはイギー・ポップが書いた曲ではないが、プロデュースがアルバム本編と同じドン・ウォズなので、違和感はない。


新潟に転勤した俺は、朝食用の食パンを買いに、3日に1回ほど近くのローソンに行っていたのだが。
当時ローソンの店内ではこのアルバムの「Home」とセメントミキサーズの「東京ラッシャイ」がよくかかっていたのを、35年経った今でも思い出す。
FM新潟で当時亀田製菓の1社提供で放送されていた番組「ロック・フォルダー」でも同じ頃にイギー・ポップの特集があった。
しかし以前にも書いた通り、現在ネットで「FM新潟 亀田製菓 ロック・フォルダー」で検索しても、何も出てこない。


追記:
いや待てよ、あの頃貧乏過ぎて、朝昼晩と食パンだけ食ってた気がする。
するとローソンには毎日行っていたことに…。

(2025.11.12.)

THE HONG KONG KNIFE/CHERISHED MEMORIES(2000)

HONG KONG KNIFE.jpg先日紹介したGASOLINEの7inchと同じ、2000年のリリース。
(もう25年前か…)
THE HONG KONG KNIFEの4曲入りEP。

JOE ALCOHOL & THE HONG KONG KNIFEとして1993年結成。
96年にメジャー・デビュー。
その後新宿LOFTのレーベルからリリースがあって、再度メジャーへ。
2000年の4thアルバム『BREAK STATE SURVIVOR』からの先行リリースがこのEPだった。
メンバーはJOE ALCOHOL(ヴォーカル、リード・ギター)、LITTLE JOHNNIE(ギター)、EDDIE ALCOHOL(ベース)、NISSHY RIDER(ドラム)という不動の4人。

タイトル曲「Cherished Memories」に始まり、「(Trailer Of)Break State Survivor」「Selfdestruction Rock」を挟んで、ラストに「Cherished Memories」の”オリジナル・ヴァージョン”が収録されている。
表題となったヴァージョンは性急なオリジナル・ヴァージョンの7掛けぐらいのテンポのミドルになっているのだが。
そのアレンジ変更が、この曲をバンドの代表曲にした。
(この曲は当時アニメ『GTO』のエンディング・テーマとなり、THE HONG KONG KNIFEを知らなかった多くの人がこの曲だけは記憶しているはずだ)
ゲストのピアノも多大な効果を上げている。

いや、オリジナル・ヴァージョンも、こんな速いR&Rなのに特有の切なさに溢れていて素晴らしいんだけどさ。
二つのヴァージョンでは歌詞も少し変更されていて。
俺は”終わらない夜が始まる 決めてやるぜ今夜…”と歌われる表題のヴァージョンよりも”「俺たちに明日はない」ため息が真っ白だ…”と終わるオリジナル・ヴァージョンの歌詞の方が好きだったりする。

THE HONG KONG KNIFEには2回インタヴューした。
ジョニー・サンダース直系のワイルドで粗暴な不良ロックンローラーというイメージに反し、JOE ALCOHOLが愉快にしてとても繊細な人物であることが非常に印象的だった。
(詩人だったよな)

THE HONG KONG KNIFEはその後活動休止。
EDDIE ALCOHOLは2014年5月に食道癌で世を去り。
JOE ALCOHOLに最後に会ったのは、17年5月17日。
そしてJOEも22年1月に心不全で逝った。
それからもう4年近く経つ。

GASOLINE/Step On The Gas(2000)

GASOLINE.jpg四日市の狂牛GASOLINE、わりと初期のシングル。
彼らのシングルとしては多分4枚目だと思う。
ブルー・ヴィニール。
この時点でアルバムは『GASOLINE』(1997年)1枚しか出ていなかったはず。

この7inchを、ライヴの物販で買ったのか、それとも西新宿にあったBARN HOMESで買ったのか、記憶が定かでない。
多分BARN HOMESで買ったのではないかと思う。
とにかくその時点でGASOLINEのライヴを観ていたこと自体は間違いない。

当時のメンバーはGAN(ヴォーカル、ギター)、HIROSHI-HELL(ベース)、SHUHEI-ROCK(ドラム)の3人。
とにかくライヴが強烈だった。
音も強烈だったが、何よりフロント二人のたたずまいが。
汗まみれというより汁まみれといった感じで(?)歌って弾くGAN。
そしてスーツ姿にサングラスで、何処からどう見てもヤクザとしか思えないHIROSHI-HELL。
その二人の後ろに、好青年風(?)のSHUHEI-ROCKが控え。

A面「Step On The Gas」はその後アルバム『FAKE TO FAME』(2001年)に収録されている。
”Step on the gas”というのは”アクセルを踏め”転じて”急げ”みたいな意味の言葉だと思うが。
曲自体は別に急いでなくて、ゴツい感じのミドル。
リフやドラムにはTHE WHOなんかの影響を感じたり。
(下北沢SHELTERでやってた「BACK FROM THE GRAVE」のハロウィン・イヴェントで彼らがWHOのコスプレをしているのを見た記憶がある)

B面「Afro Cow」は、一転してスピーディーにぶっ飛ばす暑苦しいR&R。
しかし”Afro cow”って何だろう…。

GASOLINEのライヴはこの頃何度も観たモノだったが、その後もう20年以上観ていないはず。
メンバーは交代しているものの、バンドは今も元気に活動している。

THE FUZZTONES/One Girl Man(1998)

FUZZTONES.jpgみんな大好き(?)THE FUZZTONES。
コレは彼らがしばらくオリジナル・アルバムをリリースしていなかった時期にサンデイズド・ミュージックから出た7inch3曲入りEP。
3曲とも(多分)アルバム未収録だと思う。

当時のメンバーはルディ・プロトルディ(ヴォーカル、ギター、ハープ)、ジョーダン・ターロウ(ギター)、ジョン・カールッチ(ベース)、ジェイソン・サヴォール(オルガン)、”マッド”マイク・チカイ(ドラム、ヴォーカル)の5人。
ルディはVOXファントム・ギター、ジョーダンはリッケンバッカーとペイズリーのフェンダー・テレキャスター、ジョンはリッケンバッカー・ベース、ジェイソンはVOXオルガンと、細かくクレジットされている。

3曲ともカヴァー。
A面「One Girl Man」は、シカゴのガレージ・バンドTHE LOST AGENCY、1967年の唯一のシングル曲。
全然知らん…。
あの『FUZZ, ACID AND FLOWERS』には3行だけ載っているバンド。
ルディ・プロトルディはこういうレコードを大量に持っているんだろうなあ。

一方B面は問答無用な選曲。
1曲目はLOLLIPOP SHOPPE/THE WEEDSの「You Must Be A Witch」。
2曲目はTHE SHADOWS OF KNIGHTで有名な「I'm Gonna Make You Mine」。
説明不要でしょうな。
出来ももちろん悪かろうはずがない。

実のところTHE FUZZTONESの作品、中身のサウンドそのものはいちいち説明する余地がないよね。
いつだってバンド名通りのファズ・トーンをビリビリ響かせる純正ガレージ・パンクを聴かせてくれる。
1982年の結成から既に43年経つが、昨年には初来日も果たし(行けんかった…)、ルディ・プロトルディは今も元気に活動を続けている。

THE EMPTY SET/THIN, SLIM & NONE w/Flunkie(1996)

EMPTY SET.jpg10年以上前にこのブログで1992年の7inch「Down On The Street」(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_170.html)を紹介したデトロイトの4人組、1stアルバム。

メンバーはロン・デヴォア(ヴォーカル、ベース)、ビリー・フランク(ドラム、ヴォーカル)、ジョン・トーマン(ギター:元RAIN PARADE)、クレイグ・チョレット(ギター)の4人。
で、7inch同様にロン・アシュトン(ギター:元THE STOOGES他)、ラリー・ミラー(ギター、ヴォーカル:元DESTROY ALL MONSTERS)、ベン・ミラー(サックス:元DESTROY ALL MONSTERS)がゲスト参加している。
更にPUBLIC IMAGE LIMITEDのツアー・メンバーだったマーク・シュルツも。
これまた7inch同様、プロデュースはロン・アシュトン。
7inchの2曲も収録されている。

アルバム『THIN, SLIM & NONE』本編に、ライヴEP「Flunkie」が追加収録されていて、74分18曲も入っている。
『THIN, SLIM & NONE』の12曲のうち、3曲がロン・デヴォア、3曲がビリー・フランクの作曲で、他の曲はTHE STOOGESのカヴァーとかロン・アシュトンとTHE EMPTY SETメンバーの共作とか、ベン・ミラーやマイケル・デイヴィス(元MC5他)の提供曲とか。
ビリーはDESTROY ALL MONSTERSのソングライティングにも関わっていた人で、かなり関係が深かった様子。

7inchを紹介した時にも書いたが、ロン・デヴォアとビリー・フランクのオリジナルを聴くと、THE STOOGESよりかはむしろHANOI ROCKSあたりを思わせる。
(ロンの声もちょっとマイケル・モンローっぽい)
しかしSTOOGESカヴァー「Down On The Street」をはじめとして、アルバム本編のうち3分の1の4曲にロン・アシュトンの名前がクレジットされ。
基本的にはSTOOGES直系バンドと言えるかも知れない。

1992年2月1日のライヴを収録した「Flunkie」はもっと凄い。
6曲中でメンバーの純然たるオリジナル曲は2曲しかなくて。
DESTROY ALL MONSTERSのカヴァー「You're Gonna Die」他、4曲にロン・アシュトンの名前がある。
そしてTHE STOOGES「TV Eye」で始まり、「I Wanna Be Your Dog」で終わるという…。
ほとんどRON ASHETON & HIS BAND的な様相。
…と思ったら、このライヴは実際にRON ASHETON & EMPTY SET名義だったらしい。
つまりこのバンド、STOOGES直系どころか、ほとんどSTOOGES/DESTROY ALL MONSTERS派生バンド的なポジションだったワケだ。
(更にライヴでは「KIck Out The Jams」も演っていたとか)

ブックレットにはスコット・リチャードソン(元SRC!)によるメンバーへのインタヴューや、マイケル・デイヴィスとスタン・リッジウェイ(!)によるライナーノーツが掲載されていて。
このバンドが当時の界隈で相当目をかけられていたことが窺われる。
(元MC5のウェイン・クレイマーからマイケルとTHE EMPTY SETメンバーに宛てられたFAXらしきモノも載っている)
インタヴューによると、ビリー・フランクとロン・デヴォアはジョン・ライドンの弟、マーティン・ライドンと活動していたのだそうで。

バンドは1997年に2ndアルバム『DEALS, DOUGH & DAMES』をリリース。
ここでもロン・アシュトンがプロデュースしてギターを弾き、マイケル・デイヴィスとマーティン・ライドンがヴォーカルでゲスト参加している。
そして99年には3rdアルバム『OCEAN'S 11』をリリース。
こちらではRAIN PARADEにいたジョン・トーマンのツテだったのか、スティーヴ・ウィン(元DREAM SYNDICATE)らがゲスト参加。
(一方で「TV Eye」が収録され、マイケルも参加している)

しかしTHE EMPTY SET、それ自体は結局B級だったということになるだろう。
バンドはその後解散した模様。
ロン・デヴォアはHORSE CAVE TRIOというバンドで活動し、ジョン・トーマンはRAIN PARADEに復帰している。

DEVIL DOLLS/All Dolled Up(2004)

DEVIL DOLLS.jpg00年代前半に活動していたメルボルンのガレージ/パンク・バンド、7inch2枚組4曲入りEP。

非常に情報の少ないバンドで、結成年も解散の時期も不明。
2001年にミニアルバム『DEVIL DOLLS』を、02年にアルバム『WE ARE THE DEVIL DOLLS』をリリースしている。
それらに続く作品がこの2枚組7inchだった。

短い活動期間の間にメンバーは入れ替わっていて.
『DEVIL DOLLS』ではケンドール・ドール(ヴォーカル)、ミレラ・ドール(ヴォーカル)、ジェイ・ゲヴァラ(ギター)、トゥールボックス・テイラー(ギター)、リック・ハドゥン(ベース)、ジェフ・ダンバー(ドラム:元SHUTDOWN 66』というツイン・ヴォーカルの6人組だった。
『WE ARE THE DEVIL DOLLS』ではミレラとジェイ以外が入れ替わり、ロッキー・ショウズ(リード・ギター)とスティーヴ・エイガー(ベース、ヴォーカル:元SHINDIGGERS)、ヴィクター・ジョージ(ドラム)が加入。
そして「All Dolled Up」では、リード・ギターがキティ・ミラーことジェイムズ・ティラー(元THE REDRESSER)に、ドラムがスコット・ヴァンダーレイに交代している。
(スコットは他のメンバーよりかなり年上に見える)

しっかりした作りのダブル・ジャケット。
ミレラ・ドールをフィーチュアしたデザインもナイスですね。

ギター2本の5人編成といい、『WE ARE THE DEVIL DOLLS』のジャケットといい、NEW YORK DOLLSの影響は大きかったのではと思われる。
他にもDEAD BOYSからCHEAP TRICKあたりまで、幅広い影響を感じさせる楽曲とサウンド。

専任の女性ヴォーカルがいながら、ジェイ・ゲヴァラの単独作であるB面「Still Life(Slow Down)」では多分ジェイが歌っていて。
C面「Reeperbahn」とD面「The Only One」はスティーヴ・エイガーの単独作で、「Reeperbahn」のリード・ヴォーカルも多分スティーヴ。
(この曲、ヴォーカルが引っ込み気味でよく聴こえない。ひょっとしたらスティーヴとミレラ・ドールのツイン・ヴォーカルかも知れない)
個人的には、誰が書いた曲でもミレラが一人で歌うようにした方が、バンドとしての統一感が出たのでは、という気がする。
男性陣のヴォーカルも悪くないんだけどさ。

果たしてバンドはこのEPを最後に解散したらしい。
B級ながらなかなか悪くないバンドだったのだが。
そして各メンバーのその後の消息は、残念ながら一切聞かない。

THE CYRIL LORDS/MOTHERLAND(2005)

CYRIL LORDS.jpg以前シングル「No More Good Times」(https://lsdblog.seesaa.net/article/202201article_19.html)を紹介したデトロイトのトリオ、唯一のアルバム。

マザーことマーティ・モリス(ヴォーカル、ギター)と日本人のマユコ(ドラム)の二人で、オハイオでTHE BLOODY HOLLY'Sとして結成。
その後デトロイトに拠点を移し、ショーン・エルウッド(ベース、ヴォーカル)を迎えてTHE CYRIL LORDSに改名。
改名の理由は、バッファローのTHE BLOODY HOLLIESと紛らわし過ぎるから、ということだったらしい。
男性のマーティが何故マザーというステージネームだったのかは不明。

「No More Good Times」はミックスとマスタリングをジム・ダイアモンドが手掛けていたが。
アルバムはTHE DETROIT COBRASやTHE HENTCHMENやキッド・ロックやGRETA VAN FLEETとの仕事で知られるアル・サットンがプロデュースしている。
HENTCHMENのギタリスト、ティム・プリアーがギターで、同じくベーシストのジョン・ジマンスキがオルガンで、ドラマーのマイク・ラテュリッペがバッキング・ヴォーカルで参加。
(ちなみにジョンとマイクはTHE PAYBACKSのリズム・セクションでもあった)

ファズ全開で疾走したシングルに較べると、当然ながら音楽性の幅は広い。
ガレージだけでなくパワー・ポップ色も、そして60年代ポップ色もある。
適宜アコースティック・ギターもフィーチュアされ、爆裂ガレージ一辺倒ではない。

2曲目「1771」が”Motherland”について歌われているので、実質的にコレがタイトル曲か。
”4年のうちに、祖国に反旗を翻す革命が起こる。それは1771年だった”というサビの歌詞からして、アメリカ独立戦争を歌ったモノではないかと思われる。
(アメリカ独立戦争が始まったのは1771年から4年後の1775年)
ブックレットには全曲の歌詞が印刷されていて、それだけ言いたいことがはっきりしていたバンドだったと言える。

しかしバンドはアルバム1枚で解散。
ショーン・エルウッドはOUTRAGEOUS CHERRYを経てドン・ボールズ(元GERMS)のバンド、FANCY SPACE PEOPLEに”ション”名義で参加しているが、マザーとマユコのその後は不明。
メンバーが当時20代半ばだったとして、20年後の今は40代半ばということになるので、今もまだデトロイトのクラブなんかで活動しているとしても不思議ではない。
(ショーンがドンのバンドに入ったということは、彼は西海岸に移っているのかも)

BEE GEES/Stayin' Alive(1978)

BEE GEES.jpgDJで使おうと思って、渋谷のRECOfanあたりで安く買った1枚。
実際、何度か回したと思う。

言わずと知れた、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラから。
海外では1977年にリリースされているが、国内発売は78年になってから。
全米1位(4週連続)、全英4位、オリコン15位。
(日本ではそんなにバカ売れしたワケじゃなかったのか)

バリー、ロビン、モーリスのギブ3兄弟。
画像左から、ロビン、モーリス、バリー。
(どれが誰かとか、長いこと知らなかったけど)
オーストラリア人かと思っていたら、3人ともイギリスのマン島生まれですって。
(AC/DCのヤング兄弟もイギリス生まれだったな)
で、1963年にオーストラリアでデビュー。

俺はこの曲で初めて彼らを知ったんだけど、後になって「Massachusetts」(1967年:全英1位、全米11位)とか「Melody Fair」(71年:オリコン3位)とかを聴いて、「えっ、全然違うやん」となった。
いわゆるソフト・ロックを演っていたのが、73年にアメリカに拠点を移し、70年代後半からディスコにアプローチ。
この7inchのスリーヴには”きらめく愛のメロディ……ソフト&メロウのスーパースター”とある。
日本のポリドールも、昔のソフト・ロックのイメージに引きずられていたのかも知れない。
スリーヴノーツを読むと、日本でコレが出た時点ではまだ『サタデー・ナイト・フィーバー』が国内で公開されていなかったそうなので、仕方なかった気も。
(ちなみに俺が持ってるやつは何故かスリーヴが2枚入っている)

中身はもちろんバスドラ四つ打ちの完全なディスコ・ビート。
コレ、生演奏じゃなくて、テープ・ループなんだってねえ。
いわゆるドラム・ループとしては世界初の試みだったのかも知れない。
結果として打ち込みのようなジャストなビートになっている。
そこに乗るファルセット。
完璧な白人ディスコ・ポップ。

そしてこの前後のBEE GEESは、怒濤の快進撃だった。
1977年、「How Deep Is Your Love」と「Stayin' Alive」。
78年、「Night Fever」。
79年、「Too Much Heaven」「Tragedy」「Love You Inside Out」。
コレ全部全米1位!
(「Night Fever」と「Tragedy」は全英チャートでも1位)
凄いねえ。
(そして「Night Fever」までの3曲が件のサントラから)
スリーヴノーツには”再びナンバー・ワンを獲得することは間違いないでしょう”と書いてあるが、その通りになった。

モーリス・ギブは2003年1月12日に53歳で、ロビン・ギブは12年5月20日に63歳で亡くなり。
長兄バリー・ギブは79歳で存命。
ロビンが亡くなって以降はもうバリーも活動していないようだが。

ANTiSEEN/SCREAMIN' BLOODY LIVE(2002)

ANTiSEEN.jpg俺が初めて買ったANTiSEENのCD。
意外と遅い。
90年代はシングルだけしか買っていなかった。
別ユニットのJUDAS BULLETHEAD(https://lsdblog.seesaa.net/article/202001article_3.html)とかも買っていたのに、ANTiSEENのアルバムはずっと買わなかったって、今考えると不思議だが。
この時点で、1983年のANTiSEEN結成から20年近く経っていた。

いやー、タイトル通りのアルバムです。
前半17曲は2001年6月1日、オレゴン州ポートランドのASH STREET PUBでのライヴ。
後半7曲は01年6月3日、サンフランシスコのCOVERED WAGON SALOONでのライヴ。
メンバーはジェフ・クレイトン(ヴォーカル)、ジョー・ヤング(ギター)、ダグ・カナイプ(ベース)、サー・バリー・ハンニバル(ドラム)の4人。

いやー、タイトル通りのアルバムです。
(もう1回言ってみた)
インサートには血まみれになったジェフ・クレイトンの雄姿。
裏ジャケットには血まみれになり、破壊されたウォッシュボード。
(血糊じゃなくてホンモノだからね)
彼らはエンターテインメントについて、他のミュージシャンではなくプロレスから学んだのだという…。

全24曲、「Wifebeater」「Hammerhead」「Funk U」「Cactus Jack」「Sabu」「Fuck All Y'All」「Stormtrooper」といった代表曲が押さえられていて、以前紹介した日本編集盤ベスト『THE GREAT POGO HITS』(https://lsdblog.seesaa.net/article/503012255.html)と並んで、入門編としても最適だと思う。
で、カヴァーが渋いんだ。
「Commando」「Today Your Love…」と、RAMONESが2曲。
他にもGEORGE THOROGOOD & THE DESTROYERSのヴァージョンも有名なデイヴ・ダドリー「Six Days On The Road」とか、ロッキー・エリクソンの「Two Headed Dog」とか。

それらのナイスな楽曲を、ジェフ・クレイトンのドスの利いたヴォーカルと、ジョー・ヤングの異様なまでに歪んだパワー・コードでぶっ放す。
歪んだというか、むしろ濁ったという感じの、ファズ踏みっぱなしな「ぎょわ~」というギターが凄い。
残念ながらジョーは2014年に亡くなってしまったが、その後加入したラス・ウォードも、19年の来日時にはまるっきりジョーと同じ音を出していた。
(現ギタリストであるウォルト・ウィートも同じ)

で、そんな血まみれ濁音ライヴをやりながら、ジェフ・クレイトンって実は元々ファンジンとかやってた人なんだよなあ。
そしてジェフは来月18日で61歳になる。