HAWKWIND/THE WEIRD TAPES No.8-LIVE 1966-'73(1983/2006)

HAWKWIND WEIRD TAPES.jpgはい、昨日も今日もHAWKWIND。

1980~83年にかけてカセットテープで8本リリースされていたHAWKWINDのレア音源集”THE WEIRD TAPES”。
その後2000~06年にかけてCD化されている。
このブログではこれまでにNo.5(https://lsdblog.seesaa.net/article/202007article_14.html)とNo.6(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2075.html)を紹介した。
そして、改めて確認してみたら、No.3以外全部持っていた。
(もちろんCDで。あと、流石に何でもかんでも全部買っているワケではなかった)

で、No.8。
ジャケットには”2 COMPLETE ADVENTURES IN THIS ISSUE!”とあるが、正直どういう意味なのかよくわからない。
ともあれ、”THE WEIRD TAPES”シリーズの中でも多分最も古い音源が収録されている1枚。

1曲目「Space Is Deep」は、1972年12月22日リヴァプールでのライヴ。
『SPACE RITUAL』(https://lsdblog.seesaa.net/article/501173582.html)と同一のテイク。
コレはレアでもなんでもない。

2曲目「Down On Her Knees」は、いつ何処でのテイクなのかまったく不明な未発表曲。
レミー期のようにも、デイヴ・アンダーソン期のようにも聴こえる。
(そのどちらかなのは間違いないと思う)

3曲目「Live And Let Live」と4曲目「Etchanatay」は、1973年のアメリカ・ツアーで演奏されたジャム、らしい。
リード・ベース的なベースに導かれ、ノイジーなギターと電子音に語り(サンプリングのようにも聴こえる)が乗る「Live And Let Live」。
ニック・ターナーの侘しいフルートに始まり、これまたベース・リフがリードしつつ、デル・デットマーのシンセサイザーと思われる音が飛び回る「Etchanatay」。

5曲目「Roll 'Em Pete」(ビッグ・ジョー・ターナーのカヴァー)、6曲目「Come On」、7曲目「Dealing With The Devil」(サニーボーイ・ウィリアムソンⅡのカヴァー)、8曲目「Bring It On Home」(ウィリー・ディクソンのカヴァー)は、1966~68年の録音だという。
つまりHAWKWIND以前のデイヴ・ブロック。
「Dealing With The Devil」と「Bring It On Home」は86年の編集盤『THE HAWKWIND COLLECTION』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202206article_3.html)などの編集盤にも収録されている。
この時点では完全にブルーズ・ロック。
(4曲すべてでハープがフィーチュアされている)
「Roll 'Em Pete」と「Come On」はモノラル録音で、『THE HAWKWIND COLLECTION』に「Dealing With The Devil」と「Bring It On Home」が収録されたのは、そのへんも関係あるのでは。

9曲目「Dreaming」は「You Know You're Only Dreaming」のことで、1971年の録音。
10曲目「You Shouldn't Do That」は71年5月19日のBBCセッション、らしい。
この2曲のパーソネルはデイヴ・ブロック(ギター、ヴォーカル)、デイヴ・アンダーソン(ベース)、ニック・ターナー(サックス)、ディック・ミック(オーディオ・ジェネレーター)、テリー・オリス(ドラム)の5人だろう。
どちらもモノラル録音で、「You Shouldn't Do That」はスタジオ録音ともレミー加入後のライヴ・ヴァージョンともけっこうアレンジが違う。
全体にスローな一方で、スネアのロールを多用するテリーのドラミングはサイモン・キングとかなり違ったセンスを感じさせ。

手を変え品を変えリリースされてきたHAWKWINDのレア音源だが。
多分まだまだあるのだろうし、まだまだ出続けるような気がしている。
デイヴ・ブロックは今月20日で84歳になった(!)。
HAWKWIND自体の存続はいつまでかわからないものの、たとえデイヴが亡くなってもHAWKWINDの音源は未来永劫出続けるのではないかと…。

GONG/LIVE IN GERMANY 1974(2020)

GONG.jpgGONG、1974年11月4日、ドイツのブレーメンのPOSTAULAでラジオ放送用に収録されたライヴ音源。
アルバム『YOU』リリース直後。

ライヴの全曲を収録したアルバムではないのだが。
それにしても、コレはなかなか珍しいやつ。
1974年8月に『YOU』をリリースした後、74年9月15日からツアーに出ていたGONG。
この時点のパーソネルはデイヴィッド・アレン(ヴォーカル、ギター)、ディディエ・マレルブ(サックス、フルート)、ティム・ブレイク(キーボード)、スティーヴ・ヒレッジ(ギター)、マイク・ハウレット(ベース)、ミケット・ジローディ(ヴォーカル)、そして『FLYING TEAPOT』(73年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1809.html)録音時のGONGに参加してその後出戻ったローリー・アラン(ドラム:元DELIVERY)という7人。
GONGの聖母ジリ・スマイス(ヴォーカル)がいなくて、代わりにスティーヴのパートナーとして知られるミケットが参加しているのだった。
この編成のライヴ音源、初めて聴いた。

やはりというか、ミケット・ジローディの存在感は控えめ。
スティーヴ・ヒレッジのパートナーとして現在も活躍するミケットといえど、流石にジリ・スマイスの代役は務まらなかった。
そのため全面にデイヴィッド・アレンのヴォーカルがフィーチュアされる一方で、演奏陣のテクニカルなプレイも際立つ。
(とはいえ「Oily Way」とかでの、ミケットのジリとまったく違う歌唱は、それはそれで興味深い)

しかしフランスからドイツに入国する際、ローリー・アランがドラッグ所持で逮捕されていて。
その後ドイツでツアーすること自体は出来たものの、
イギリス人のローリーはフランスへの再入国を禁じられてしまい。
ツアーの続行を危ぶんだバンドは、ビル・ブルーフォード(!)を代役に立ててツアーを完遂したのだった。
(このツアー、ドラマーが交代したりティム・ブレイクが不参加の時があったりジリ・スマイスがいなかったりとか波乱続きながら、1974年8月15日から75年12月21日まで13ヵ月で、イギリスとヨーロッパだけで123公演もやったのだという)

このCD、ブレーメンでのライヴを完全収録してはいないのだが。
ボーナス・ディスク付きの2枚組となっていて。
ディスク2は、1973年5月29日にロンドンで収録されたBBC音源4曲。
こちらはミケット・ジローディ&ローリー・アランではなく、ジリ・スマイス(ヴォーカル)&ピエール・メルレン(ドラム)という、『YOU』録音時のメンバー。
(ムーランとかモエルランとか表記されることがほとんどながら、正確な表記はメルレンだそうで)
ジリのスペース・ウィスパー全開で、こっちの方が本来のGONGらしいのはもちろんなんだけど、残念ながら27分弱しか入ってない。


ところでスティーヴ・ヒレッジとミケット・ジローディは、2023年に川崎CLUB CITTA'でTHE STEVE HILLAGE BANDで生で観たんだけど。
ミケット幾つか知らないけどすげえキュートだったなあ。

THE FLAMIN' GROOVIES/FLAMINGO(1970)

FLAMIN' GROOVIES.jpgFLAMIN' GROOVIESについては、これまでに何枚か紹介してきたのだが。
実はオリジナル・アルバムは1枚も取り上げていない。
(よくある)
で、コレ。

60年代半ばに結成された、サンフランシスコの高校生バンドが母体。
THE ROLLING STONESやTHEMのカヴァーを演っていたのだという。

『FLAMINGO』は、『SUPERSNAZZ』(1969年)に続く2ndアルバム。
FLAMIN' GROOVIESと言えば『TEENAGE HEAD』(71年)か『SHAKE SOME ACTION』(76年)が取り沙汰されることが多く、このアルバムが音楽雑誌やディスクガイドの類で紹介されているのを見たことがないのだが。
(まあ俺が見たことないだけかも知れないけどさ)
個人的にはFLAMIN' GROOVIESと言えばこのアルバムに尽きる。

お馴染みのバンド・ロゴが使われておらず、しかもこのバンドのリリースでは珍しい、定冠詞付きのTHE FLAMIN' GROOVIES名義。
メンバーはもちろん、ロイ・ロニー(ヴォーカル、ギター、パーカッション)、シリル・ジョーダン(ギター、ヴォーカル)、ティム・リンチ(ギター、ヴォーカル、チェロ、パーカッション)、ジョージ・アレキサンダー(ベース、パーカッション)、ダニー・ミーム(ドラム、パーカッション、ピアノ、オルガン)の5人。
コマンダー・コディ(ピアノ)が3曲でゲスト参加している。
プロデューサーはFLAMIN' GROOVIESを見出だした人物であり、次作『TEENAGE HEAD』以外にも、その後ルー・リード『LOU REED』やデイヴィッド・ジョハンセン『DAVID JOHANSEN』なんかを手掛けるリチャード・ロビンソン。

『SUPERSNAZZ』ではR&B、ブルーズ、それにジャグバンドやフォークなんかの影響を受けた、いなたくも軽妙なR&Rを演っていたバンドだったが。
MC5やTHE STOOGESと対バンしたことで、一気にハード&ヘヴィ化した1枚。
しかし根っこが根っこなので、MC5やSTOOGESと同じようになっているワケではない。
とはいえ、同じ1970年に出たMC5の『BACK IN THE USA』とはかなり共通するテイストを感じる。

1曲目「Gonna Rock Tonite」から、思いっきりチャック・ベリー・スタイルのR&R。
以下、50年代のR&Rのカヴァーじゃないのか…と思うような曲が続くのだが、実はリトル・リチャードの「Keep A Knockin'」(LED ZEPPELIN「Rock & Roll」の元ネタ)以外は全部ロイ・ロニー&シリル・ジョーダンによるオリジナルだという…。
当時のロイ&シリル、R&Rのソングライターとして神がかっていたのでは…。

同時代のCREEDENCE CLEARWATER REVIVAL同様、この頃の西海岸のバンドとは信じられないような剛直な演奏が続く。
1曲だけ…「She's Falling Apart」だけは、謎だ、というか迷いのようなモノを感じないでもない。
かなりサイケデリック。
ロイ・ロニー脱退後のFLAMIN' GROOVIESがTHE BEATLESをよくカヴァーしていたことからしても、その影響がこの頃から出ていたのだろうか、と思わなくもないが。
一方で、このアルバムの前年に出たTHE VELVET UNDERGROUND『THE VELVET UNDERGROUND』(https://lsdblog.seesaa.net/article/517466874.html)あたりの影響があったのでは?…という気も。
(ティム・リンチがチェロを弾いたりと元々の担当楽器以外を取り入れているのは、サイケ期のTHE ROLLING STONESの影響があったらしい。ほら、ブライアン・ジョーンズがいろいろ演ってたじゃん)

しかし、その次の「Road House」で全部ひっくり返る。
FLAMIN' GROOVIESの全レパートリー中でも多分最速ではと思われる極悪R&R。
俺はこの曲をライヴ盤『SLOW DEATH, LIVE!』(1983年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2009.html)での11分に及ぶ爆裂ライヴ・ヴァージョン(音質劣悪)で初めて聴いたのだったが。
このアルバムでスタジオ録音を聴いて、改めてぶっ飛ばされた。
MC5やTHE STOOGESの影響をきっちりレコードに刻み込んだ彼らの姿が、そこにはあった。

『FLAMINGO』、今俺の手元にあるのは、1990年のビッグ・ビート盤CD。
ボーナス・トラック6曲は、76年の未発表音源集『STILL SHAKIN'』から。
(71年1月13日の録音)
その『STILL SHAKIN'』、このブログでいまだ紹介していなかったことに気が付いた。
いつか必ず取り上げます。
俺が生きているうちに。
(一応あと60年生きる予定)

そしてロイ・ロニーとダニー・ミームは既に亡い。
FLAMIN' GROOVIESの情報などまるでなく、このアルバムの英文ライナーノーツをわからないなりに必死に読んでいた三十数年前を思い出す。

遠藤賢司/歓喜の歌 遠藤賢司リサイタル(1973)

遠藤賢司.jpg『嘆きのウクレレ』(1972年)と『KENJI』(74年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_876.html)の間。
遠藤賢司初のライヴ・アルバム。
(もっと初期のライヴ音源もその後発掘されているが)

1973年4月30日、神田共立講堂でのライヴ。
(観客2000人とのこと)
参加メンバーの豪華さで知られる1枚。
キャラメル・ママ:鈴木茂(ギター)、細野晴臣(ベース)、松任谷正隆(ピアノ、シンセサイザー)、林立夫(ドラム)に、はちみつぱいから駒沢裕城(スティール・ギター)、武川雅寛(ヴァイオリン)、更に井上陽水(ギター)他と。
(あと寝図美ちゃんも)

まだ「東京ワッショイ」も「不滅の男」もない70年代前半の遠藤賢司。
この時点では多くのリスナーがフォーク歌手という認識で聴いていたはずだし、バンド編成での演奏を聴かせると言ってものちの遠藤賢司バンドのような爆音でもなく。
しかし、それでも既に随所でフォークをはみ出す純音楽家の姿が垣間見られる1枚。
それはむしろバンド編成以上に、一人で弾き語る「カレーライス」での、何処かへさまよい出ていくようなアコースティックの間奏や、タイニー・ティム唱法とか言って曲の前の”発声練習”からロバート・プラントかイアン・ギランを意識したみたいな(?)「歓喜の歌」に顕著だったり。
(その後タイニー・ティム同様に、あるいはそれ以上に異形の存在であるクラウス・ノミが出てきた時にエンケンさんがすぐにピンときたであろうことは想像に難くない)
もちろん女性コーラスやホーンズを従えてはっちゃける「Hello Goodby」とかも素晴らしいんだけど、歌詞を変えたりしてお客を笑わせる一方で随所で鬼気迫るというか冷気のようなモノをまとう弾き語りの緊迫感は、エレキも多用するようになった後年ともまた違う。

武川雅寛のむせび泣くプレイが冴える「ほんとだよ」なんて、ほとんど弾き語り+ヴァイオリンによるプログレじゃねえか。
(ってかコレ本当にギター1本か、とか思ってついクレジットを見直してしまう)
そしてその後『KENJI』ではメロトロンが炸裂し、『東京ワッショイ』(1979年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201710article_26.html)では四人囃子を迎えるのだった。

あと「今日はいい日みたい」で聴かせるピアノも、この頃から上手いので驚く。
(「松任谷正隆じゃないんだよね?」とまたクレジットを見直してしまう)
才人であった。


遠藤賢司のライヴ盤としては、『不滅の男 遠藤賢司バンド大実況録音盤』(1991年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202103article_22.html)の他に、『遠藤賢司デビュー45周年記念リサイタル in 草月ホール』(2015年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1926.html)も紹介したことがある。
70年代、90年代、10年代、どれも素晴らしい。
20年代、70代後半のエンケンさんも聴きたかったと改めて思う。


昨日Seesaaブログの音楽/ポッドキャスト部門で2位だったこのブログ、今日は1位!
(2回目。Seesaaブログ全体でも46位)
うわああ。
Seesaa、音楽系だけでも5万以上もブログあるのに。
皆様ありがとうございますありがとうございます…。

THE DEVIANTS/BARBARIAN PRINCES(1999)

DEVIANTS BARBARIAN PRINCES.jpgTHE DEVIANTS、1999年2月の来日公演を収録したライヴ盤。

1999年2月10日・11日の渋谷ON AIR WEST、13日の大阪CLUB QUATTROの3回のライヴから編集されている。
この時のTHE DEVIANTSは唯一のオリジナル・メンバーであるミック・ファレン(ヴォーカル)、元WARSAW PAKT、PINK FAIRIES他のアンディ・コルホーン(ギター、ヴォーカル)、アンディ・サマーズやウェイン・クレイマーと活動していたダグ・ラン(ベース)、元ATOMIC ROOSTER他…というよりもあのSPINAL TAPのメンバーとして知られたリック・パーネル(ドラム)の4人。

15年前のライヴ盤である『HUMAN GARBAGE』(1984年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201610article_21.html)とはミック・ファレン以外のメンバーが全員違い、レパートリーも1曲も重複しない。
ミックは”往年の名曲”を聴かせるようなライヴにはまったく興味がなかったと思われる。
(敢えて”往年の名曲”を歌いまくった2004年のソロとしての来日は、日本側からの要請があったのだろう)

全10曲中、ミックが歌う9曲は「Aztec Calender」「It's Alright Ma」(ボブ・ディランのカヴァー)そして「God's Worst Nightmare」が当時のTHE DEVIANTSの最新作『THE DEVIANTS HAVE LEFT THE PLANET』(1999年)より、「Eating Jello With A Heated Fork」「Thunder On The Mountain」「Lurid Night」はその前の『EATING JELLO WITH A HEATED FORK』(96年)より、「Disgruntled Employee」はミックとジャック・ランカスター(元BLODWYN PIG、DEVIANTS他)の連名作『THE DEATHRAY TAPES』(95年)より、「Dogpoet」はミックとDEVIANTSの楽曲を収めた編集盤『FRAGMENTS OF BROKEN PROBES』(96年)より、「Leader Hotel」はMICK FARREN'S TIJUANA BIBLE名義のアルバム『GRINGO MADNESS』(93年)より…と、すべて90年代に入ってからのレパートリーとなっている。
「Lennon Song」はアンディ・コルホーンが歌う、彼のソロ曲。
(曲名通りジョン・レノンに捧げられたモノで、THE BEATLESの曲名をつなげたような歌詞になっている)
あと、シークレット・トラックとしてラストに「Dogpoet」の別テイク(の一部)を収録。

俺は当時ON AIR WESTでの2回のライヴを観たのだが、このライヴ盤では曲順がかなり入れ替えられている。
”録って出し”の単なる記録ではない”作品”にしようというミック・ファレンの意図があったはずだ。
もちろん演奏自体はオーヴァーダブも差し替えもない。
「Eating Jello With A Heated Fork」ではミックが豪快に外しまくっている(笑)。

唯一のスピード・ナンバー「Eating Jello With A Heated Fork」、あと「It's Alright Ma」「God's Worst Nightmare」あたりを別とすると、ミック・ファレンの歌唱にはほぼメロディがない。
歌唱というよりもほとんどポエトリー・リーディング。
(実際ミックは譜面台のようなモノで歌詞/詩を見ながらのパフォーマンスだった)
THE DEVIANTSにプロト・パンク的なモノを期待して会場に足を運んだファンは、「?」となったかも知れない。
しかしこの文芸ロック(?)こそが90年代のミック/DEVIANTSのリアルタイムな表現だったワケで。
そして手練れぞろいの演奏はタイトにしてヘヴィ。

このアルバムのライナーノーツは俺が担当した。
26年前か。
ぐわっ、字が小さい!
(歌詞対訳完備は嬉しいが、そっちは更に字が小さい…)

00年代前半までこの編成で活動を続け、その後もアンディ以外のメンバーを入れ替えて活動した(80年代の再編PINK FAIRIESに近いパーソネルになった)THE DEVIANTSだったが。
2013年にミック・ファレンが、17年にダグ・ランが、そして22年にリック・パーネルが亡くなり。
この来日時のメンバーで存命なのはアンディ・コルホーン一人になってしまった…。

BLIND FAITH/LIVE IN LOS ANGELES 1969(2020)

BLIND FAITH.jpg俺がスティーヴ・ウィンウッドの名前を知ったのは、以前にも話題に出したことのある書籍『スーパーロック マルチ・キーボードの全貌』(シンコーミュージック:1976年刊)でだった。
洋楽初心者だった84年頃に、札幌市白石区の菊水図書館で借りて読んだやつ。
その後85年だったか、ラジオでTRAFFICの「Empty Pages」を聴いて、「おお、こりゃカッコいい」となった。
86年6月にスティーヴのソロ・アルバム『BACK IN THE HIGH LIFE』が出て、「Higher Love」がヒット。
同じ頃にラジオでBLIND FAITHの「Well All Right」を聴いて、「おお、こりゃまたカッコいい」となった。

当時エアチェック(死語)したカセットテープは、今も手元にある。
レーベルを見ると、”BLIND FACE”と書いてある(笑)。
BLIND FAITHもけっこう意味不明だけど、BLIND FACEは更に意味不明…。

同じ頃にNHK-FMのピーター・バラカンの番組でスティーヴ・ウィンウッドの特集があり。
「おお、やっぱりTRAFFICはカッコええんじゃのう」となった。
ホント、ピーターさんには足を向けて寝られません。
で、その時にエアチェックしたテープを見ても、やっぱりBLIND FACEと書いてあり(苦笑)。

ともあれBLIND FAITH。
元CREAMのエリック・クラプトン(ギター、ヴォーカル)とジンジャー・ベイカー(ドラム)、元TRAFFICのスティーヴ・ウィンウッド(キーボード、ヴォーカル)、元FAMILYのリック・グレッチ(ベース)というメンバーによる、スーパー・グループ。
(うーん、ぶっちゃけリックだけ1枚落ちるが…)

POWER HOUSEとしてのセッションで旧知だったエリック・クラプトンとスティーヴ・ウィンウッドに、ジンジャー・ベイカーが加わる形で結成。
アルバムのレコーディング中だった1969年6月にリック・グレッチが迎えられ、直後の69年6月7日に初ライヴを行なった後、7月にリリースされたアルバム『BLIND FAITH』は全米・全英共に1位を記録。
リスナーの期待はそれだけ大きかった。
そしてバンドはアルバム完成前からツアーに出ていた。


…前置きが長くなったが、コレはBLIND FAITHのライヴ。
7週間に及んだというツアーの最終日、1969年8月26日、UCLAのPAULEY PAVILIONでの演奏が収録されている。
LAのKSCR-FMの放送用音源をリマスターしたとのこと。
おお、正規盤みたいな(?)カッコいいジャケット。

件の「Well All Right」に始まり、8曲で62分。
ライヴ全編が収録されている。
『BLIND FAITH』から「Sea Of Love」を除く全曲、そして当時アルバムに収録されなかったサム・マイヤーズのブルーズのカヴァー「Sleeping In The Ground」、CREAMのレパートリーだったロバート・ジョンソンの「Crossroads」、更にTRAFFICの「Means To An End」が演奏されている。
つまりバディ・ホリーの「Well All Right」をはじめとしてカヴァー3曲、TRAFFICの曲が1曲で、BLIND FAITHのメンバーによるオリジナル曲は半分しかないのだった。
アルバム1枚しか出てなかったんだから無理もない。
ヘッドライナーとして1時間のライヴをこなすのと、客のウケを取るためにも、CREAMのレパートリーを入れざるを得なかったようだが。
それはエリック・クラプトンの望むところではなかったという。

その「Crossroads」、ネットを見るとアレンジが絶賛されているのだが。
うーん、そんなにイイかなあ。
個人的には、なんか、いわゆるスーパー・グループの限界を露呈しているようにも聴こえる。
この曲に限らず、スティーヴ・ウィンウッドがキャリア中でも屈指のヘヴィな演奏を聴かせているのは興味深いけど。
(エリック・クラプトンとしては、フロントマンの座をスティーヴに譲って一息つきたかったのではと)

ともあれ、このバンドが生んだ「Can't Find My Way Home」と「Presence Of The Lord」が紛れもない名曲であることは異論の余地がないだろう。
その後長きにわたって、それぞれスティーヴ・ウィンウッドとエリック・クラプトンのレパートリーであり続けた。
あと、20分近い「Do What You Like」で延々とソロを取り続けるジンジャー・ベイカーは単純に楽しそう(笑)。
(FAMILYとは比較にならない大観衆の前でプレイする機会を得たリック・グレッチもハッピーだったのでは)


しかし、このライヴが結局BLIND FAITHにとって最後のライヴになってしまった。
ツアーの前座だったDELANEY & BONNIEの演奏に触れたエリック・クラプトンはよりダウン・トゥ・アースな方向性に惹かれ、BLIND FAITHの活動に対する興味を失い。
バンドはそのまま解散となってしまう。

スティーヴ・ウィンウッド、ジンジャー・ベイカー、リック・グレッチは「えー?」とか思ったのかも知れない。
3人はGINGER BAKER'S AIR FORCEとして活動を続ける。
(それも短い間だったが)
リックはアルコール依存による肝不全で、1990年3月に43歳の若さで死去。
そしてジンジャーも2019年10月に80歳で亡くなっている。


ともあれBLIND FAITHのラスト・ライヴ、こうやって音源残ってて良かったよ。

AC/DC/WHO MADE WHO(1986)

ACDC WHO MADE WHO.jpg(当時の)新曲3曲を含む、AC/DCの編集盤。
編集盤というか、スティーヴン・キング原作の映画『MAXIMUM OVERDRIVE』(邦題は”地獄のデビル・トラック”…!)のサントラとしてリリースされたのだった。
キング氏がAC/DCのファンだったことからこのようなリリースが実現したのだそうで。
(ぶっちゃけ映画は観たことない)

「Who Made Who」「D.T.」「Chase The Ace」が新曲。
「Ride On」が『DIRTY DEEDS DONE DIRT CHEAP』(1976年)から。
(ボン・スコット時代の曲はコレだけ)
「You Shook Me All Night Long」と「Hells Bells」が『BACK IN BLACK』(80年)から。
『FOR THOSE ABOUT TO ROCK(WE SALUTE YOU)』(81年)からはタイトル曲。
そして「Sink The Pink」「Shake Your Foundations」が当時の最新作『FLY ON THE WALL』(85年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_332.html)から。

おお、ちょっとしたベスト盤っぽい内容。
いやまあ、9曲38分しかないけど。

何と言っても新曲「Who Made Who」に尽きる。
曲も素晴らしいが、何より無数のアンガス・ヤングが登場するPVが素晴らしかった。
(CGなんて普及していない1986年、当然エキストラによる人海戦術)

「D.T.」と「Chase The Ace」はインストゥルメンタル。
AC/DCのインストゥルメンタルってのもなかなかレア。
ずっしり重い「D.T.」。
ノリのいいミドル「Chase The Ace」。
しかも新曲3曲、久々にハリー・ヴァンダとジョージ・ヤングのプロデュースだった。

「Ride On」を聴くと、ヘヴィ・メタル扱いされがちなこのバンドが、実のところブルーズに根差したR&Rバンドに他ならなかったことがよくわかる。
いきなりボン・スコットが歌う曲が1曲だけ挿まれるのは、アルバムの流れ的には違和感アリだけど。
この曲、いや他の曲も、実際に映画の中で全部使われたんだろうか。
(使われたらしい)

変則的なアルバムながら、『WHO MADE WHO』は全英16位、全米33位とかなりのヒットを記録。
当時のAC/DCはあまりパッとしなかった印象を持たれがちなものの、1986年夏の全米ツアーは全公演ソールドアウトだったという。
次のオリジナル・アルバム『BLOW UP YOUR VIDEO』(88年:https://lsdblog.seesaa.net/article/501452554.html)までは2年、『FLY ON THE WALL』体と3年のブランクが空くことになるが、『BLOW UP YOUR VIDEO』ではこのサントラでの新曲3曲に続いてハリー・ヴァンダ&ジョージ・ヤングがプロデュースを担当するのだった。

ところで近年の演奏をネットで見ると、アンガス・ヤングは「Thunderstruck」の細かいリフを全然弾けてない。
すると今では「Who Made Who」のリフも…。

V.A./THE ROOM OF LOUD SOUND(2008)

ROOM OF LOUD SOUND.jpg”HEAVY PSYCH FROM THE USA 1968-1972”というサブタイトルを見るまでもなく、タイトルとジャケットから中身が想像出来る編集盤。
”WHITE LACE & STRANGE”というシリーズの第2弾だそうだが、俺はコレしか持っていない。

コンパイルはBEVIS FRONDことニック・サロマン。
それだけでも期待出来そうな。
ニックによると思われる(クレジットはなし)ライナーノーツには、アンプを11以上にしていた連中(笑)みたいなことが書いている。
ただし約62分20曲で、1曲あたり平均3分ちょっとなので、引きずりまくるような重厚長大な曲が入っているワケではない。

HOT SOUPはニューヨークのバンド。
1969年の唯一のアルバム『OPENERS』より。
オルガンとドタバタしたドラムをフィーチュアしたヘヴィ・サイケ。
BUMPはデトロイトで69~71年にかけて活動したバンドで、アリス・クーパーの前座を務めたりもしていたという。
70年の唯一のアルバム『BUMP』より。
ヴォーカルもコーラスもわりとキャッチーで、あんまりデトロイトっぽくはないかな。
(2ndアルバムはお蔵入りしたらしい)

イリノイ州ロックフォードのFUSEは、このブログを御覧の皆様の多くが御存知かもしれない。
言わずと知れた、CHEAP TRICKの前身にあたるバンド。
トム・ピーターソン(ベース)とリック・ニールセン(ギター、オルガン)が在籍。
1970年の唯一のアルバム『FUSE』より。
えっ、こんな重いの演ってたんだ、となるよね。
バンドはその後THE SICK MAN OF EUROPEと改名したそうだが、なんだそれ(笑)。

CARLOというのは、なんと元DION & THE BELMONTSのメンバー、カーロ・マストランジェロのこと。
1970年のシングル曲。
ギターの歪みはさほどでもないものの、シャウト気味のヴォーカルはかなりハード・ロックっぽい。
このへんの人も、この頃にはこういう方向だったのねえ。
カーロは当時32歳だったが、その後もニューヨークでPULSEというヘヴィ・ロック・バンドで活動したのだそうで。
彼は2016年4月に77歳で亡くなっている。

FIVE BY FIVEはテキサスのバンド。
(アーカンソーという説も)
1969年にアルバム『NEXT EXIT』をリリースしている。
(レア盤として知られるらしい)
ここに収録されたのはその後70年に出たシングル。
オルガンを前面に出したヘヴィ・サイケ/ハード・ロック。
ちなみにこのバンドは68年にジミ・ヘンドリックスの「Fire」をカヴァーして、全米52位を記録したという。

PLANT & SEEはノースキャロライナ州ファイエットヴィルのバンド。
1969年の唯一のアルバム『PLANT AND SEE』より。
ドラムが忙しい、ヘヴィ・サイケというよりはほぼハード・ロック。
MORNING SUNはテキサスのバンド。
70年のシングルB面曲を収録。
コーラスと、あとウッドブロックらしき音がやたら目立つ。

TODAY'S SPECIALはニューヨークのバンド。
1968年のシングル曲。
ギターのジョン・ショールはその後セッションマンとして、ブルーグラスを中心に、ジャズ、ロック、カントリー、フォークと幅広く活動したという。
彼は2018年5月に68歳で亡くなっている。

FANTASYというありがちな名前のバンドはマイアミで1967年に結成。
初代ヴォーカリストのビリー・ロビンスが若くして亡くなり、ここで歌っているのは2代目のリディア・ジェイネン・ミラー。
(ジェイネンじゃなくてジャニーンかも知れない)
70年の唯一のアルバム『FANTASY』より。
ジャニス・ジョプリンあたりの影響が強そうな、リディアのパワフルなヴォーカル(当時16歳!)が印象的。
彼女は2008年9月にアルコールが原因で亡くなったという。

MISTER BEELERはカナダのレーベルからリリースしていたが、ニューヨーク州ロチェスターのバンドだったらしい。
1970年の唯一のシングル曲。
この編集盤にはオルガンをフィーチュアしたバンドが多いが、この人たちもそういうタイプ。
PEACE & QUIETはマイアミのバンドで、VANILLA FUDGEの影響下にあったという。
71年の唯一のアルバム『PEACE & QUIET』より。
アルバムにはその後THE MAHAVISHNU ORCHESTRAに加入するジェリー・グッドマン(ヴァイオリン)がゲスト参加していたとのこと。

SIX PACKはシングル2枚だけリリースしたらしい、イーストLAのラティーノたちによるバンド。
1969年の1stシングルより、CREEDENCE CLEARWATER REVIVALのカヴァー。
このバンドもオルガン入りだが、むしろ暑苦しいヴォーカルとファズ・ギターが前面に出ている。
選曲からも明らかな通りというか、ルーツ・ミュージック志向をサイケ/ブルーズ・ロックと融合しようとしていたらしい。

SALEM WITCHCRAFTはデトロイトで1969年に結成されたバンド。
ここに収録されたのは72年の(多分)2ndシングルのB面曲で、この編集盤に収録された中では一番時期が遅い楽曲。
そのせいか、DEEP PURPLEとTHE DOOBIE BROTHERSが合体したような(?)ノリの良いハード・ロックを聴かせる。
この編集盤の収録バンドには珍しく、80年までにアルバムを5枚も出した、らしい。
(しかしDiscogsとかにはアルバムは載ってないな…)
ヴォーカリスト、アーレン・ヴィーチェリはその後00年代にソロ・アルバムをリリースし、10年代にカブ・コーダ抜きで(!)再結成したBROWNSVILLE STATIONのアルバムにゲスト参加している。

THE VAGRANTSは説明不要だろう。
レスリー・ウエストがMOUNTAINの前にやっていたロングアイランドのバンド。
1967年のシングルB面曲を収録。

HAMMERはニューヨークで結成され、サンフランシスコで活動したバンド。
1970年の唯一のアルバム『HAMMER』より。
ヴォーカリストのサビのハイトーン…というか裏声が印象的。
間奏ではいきなりジャズっぽいビートになり、ギターがかなりの速弾きを聴かせる。
このバンドもオルガンがDEEP PURPLEっぽい。
影響はあったのでは。
当時正規のドラマーがいなかったらしく、アルバムで叩いているのはフランク・ザッパやジョニ・ミッチェルと活動したジョン・ゲリンで、その後のツアーにはアンディ・ニューマークが参加していたという。

ニュージャージーのBLOWTORCHは、1971年の唯一のシングルB面曲を収録。
このバンド、実は元THE ROYAL TONES~THE KNICKERBOCKERSのヴォーカル兼サックス奏者、バディ・ランデルことビル・グランドールのバンドなのだった。
ハード・ロック演ってたんか…。

LOCOMOTIVEというこれまたありがちな名前のバンドは、ワシントン州マーサー・アイランドで結成され、シアトルで活動していたのだという。
1969年の唯一のアルバム『LOCOMOTIVE』より。
コーラスとオルガンを前面に出したスタイルは、やはりVANILLA FUDGEの影響か。
ギタリストで全曲を書いていたジョン・アッセリーはテキサス出身で、その後ブルーズ系のセッションマンとして活躍し、テキサスで長く活動を続けたという。

ボストンのEAGLEは、ずっと以前にこのブログで紹介したTHE BEACON STREET UNION(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_301.html)の後身バンドなのだという。
1970年の唯一のアルバム『COME UNDER THE NANCY'S TENT』より。
この編集盤の中でただ1曲、ボ・ディドリー・ビートの曲で、やはりというかBEACON STREET UNIONよりもずっとハード。
彼らのアルバムはアメリカだけでなくイギリスでもリリースされたが売れず、バンドは間もなく解散したとのこと。

THE MYSTIC NUMBER NATIONAL BANKはカンサス・シティのバンド。
1969年の唯一のアルバム『MYSTIC NUMBER NATIONAL BANK』より。
ソウルフルというよりかはかなり暑苦しいヴォーカルを前面に、ホーンズもフィーチュア。
ヘヴィ・サイケとかハード・ロックとかいうより、黒人音楽の影響を追及して行ったら自然にハードになったタイプではと。
ドラマー兼ヴォーカリストのグレン・ウォルターズとギタリストのデイヴ・ロレンツはその後THE HOODOO RHYTHM DEVILSで活動。
グレンはサンフランシスコに移り、TVCMやサントラなどで歌い続けたという。

そして最後に収録されたのはクリーヴランドのSILK。
1969年の唯一のアルバム『SMOOTH AS RAW SILK』より。
後にEAGLESのプロデューサーとして有名になるビル・シムジクがプロデュースしていて、ビルは作曲にも関わっている。
このバンドもオルガンをかなり前面に出しているが、VANILLA FUDGEあたりよりかはむしろTHE DOORSの影響かも知れない。
ツイン・ギター(あるいは多重録音)のギター・ソロがイイ味を出している。
マイケル・スタンリー・ジー(ギター)はその後MICHAEL STANLEY BANDで活躍し、81年の「He Can't Love You」は全米33位を記録した。
彼は2021年3月に72歳で亡くなっている。


1枚だけでもアルバムを出しているようなバンドが多いし、それなりに知られたバンドもある一方で、この手の編集盤によくあるアセテート盤しか存在しない謎のバンドみたいなのはないんだけど。
それにしてもよくまあこれだけ集めたもんだと思わずにいられない。

THE VELVET UNDERGROUND(1969)

VELVET UNDERGROUND 3rd.jpgTHE VELVET UNDERGROUNDについては、ブートをはじめとするライヴ音源ばかり紹介してきた。
今回初めてオリジナル・アルバムを取り上げる。

日本では一般に『THE VELVET UNDERGROUND Ⅲ』と表記されるが、実際にはシンプルなセルフ・タイトル。
もっとも、ニコを含む1stアルバム『THE VELVET UNDERGROUND & NICO』(1967年)もセルフ・タイトルだったので、別に満を持してのセルフ・タイトル、というワケじゃない。
しかも内容は、およそ満を持してのセルフ・タイトル、みたいなモノではない。

振り切れてノイジーな音を聴かせた2ndアルバム『WHITE LIGHT/WHITE HEAT』(1968年)から一転、燃え尽きかかったようなTHE VELVET UNDERGROUNDがここで聴ける。
個人的には、AMON DUULの同じく3rdアルバム『PARADIESWARTS DUUL』(71年)に通じるところもあると思う。
しかしVELVET UNDERGROUNDは、AMON DUULのように3rdアルバムで完全に燃え尽きてしまったワケではなかった。
VELVET UNDERGROUND/ルー・リードがいったん完全に燃え尽きたのは、『LIVE AT MAX'S KANSAS CITY』(72年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202109article_8.html)の時点だったと言えるだろう。
(ではルー脱退後のVELVET UNDERGROUNDは燃えカスだったのか…)

ともあれジョン・ケイルが脱退し、ここでのTHE VELVET UNDERGROUNDはルー・リード(ギター、ピアノ、ヴォーカル)、ダグ・ユール(ベース、オルガン、ヴォーカル:元THE GRASS MENAGERIE)、スターリング・モリソン(ギター、ヴォーカル)、モーリン・タッカー(パーカッション、ヴォーカル)の4人。
GRASS MENAGERIEでウィリー”ロコ”アレキサンダーと活動していたダグは、VELVET UNDERGROUNDのファンだったのだという。
ルーが歌わない1曲目「Candy Says」での、かなりルーに寄せた(?)ダグのヴォーカルを聴けば、それは充分に了解出来る。
(ルーが歌わない曲を含め、全曲をルーが作詞・作曲している)

その「Candy Says」をはじめとして、基本的には嵐の後の凪のような世界を聴くことが出来る。
一言で言えば、聴きやすい。
前2作に較べるとあまりにも凪いでいて。
かえって不気味に思われる。
神に救いを求める「Jesus」にしても、ついつい裏を読んでしまいそうになるのは、俺の心が汚れているからだろう。

スターリング・モリソン曰く、それまで使っていた機材を盗まれたからこうなった、とか。
いや…それだけじゃないと思うよ?
(それも俺の心が汚れているからかも知れない)

R&Rっぽく(?)盛り上がるのは「What Goes On」「Beginning To See The Light」の2曲。
この2曲にしても、その後のライヴ盤で聴けるヴァージョンには遠く及ばない。
ちょっとアヴァンギャルドな「The Murder Mystery」にしても、前2作に較べればはるかにスカスカな音。
(『WHITE LIGHT/WHITE HEAT』の「The Gift」と同じような構成をもっと複雑にやっているはずなのに)
「Some Kinda Love」なんかはほとんどブルーズ。

ちなみに「Beginning To See The Light」はジョン・ケイル在籍時からあった曲。
そして「Pale Blue Eyes」は更に古い曲だという。
”俺たちが昨日やったことは良かった/もう一度やろうじゃないか/君が結婚したってのは事実/それこそ君が俺の親友だっていう証明なのさ”と歌われる「Pale Blue Eyes」は不倫の歌だというが、基本的に青を意味する”Pale”と”Blue”をわざわざ重ねた「Pale Blue Eyes」は、PROCOL HARUMの「Whiter Shade Of Pale」と並んで(!)、日本語に較べてニュアンスに乏しいとされることもある英語のニュアンスというモノについて俺が考えるきっかけとなった1曲だ。

そしてアルバムはモーリン・タッカーがかわいらしい声で歌う「After Hours」で終わる。
リード・ヴォーカルを嫌がるモーリンを、ルー・リードが無理矢理説き伏せて歌わせたのだという。
ルーの意地悪なニヤニヤ笑いが目に浮かぶ。

当時カルトな支持にとどまっていたTHE VELVET UNDERGROUNDは、このアルバムをリリースしたことで一部のファナティックなファンを失ったとも言われる。
全米171位だった『THE VELVET UNDERGROUND & NICO』、199位だった『WHITE LIGHT/WHITE HEAT』に対して、『THE VELVET UNDERGROUND』はチャート入りを逃す。
フォーク・ロック的な聴きやすさを考えれば、例えばプロモーション次第ではもっと売れても良かったような気がしてならないのだが。

ともあれTHE VELVET UNDERGROUNDはAMON DUULのように3rdアルバムで完全に燃え尽きてしまうことはなく、更なる名作『LOADED』へと向かう。

13th FLOOR ELEVATORS/GRACKLE DEBACLE(2002)

13th FLOOR ELEVATORS GRACKLE DEBACLE.jpgフランスのスパラックス・ミュージックというと、90年代にPOPOL VUHやASHRAなんかのドイツ勢をCD化していたレーベルという印象も強いのだが、THE 13th FLOOR ELEVATORSも出していた。
(このCDでは定冠詞なしの13th FLOOR ELEVATORS)

しかしまあ、寄せ集め的なイメージが強い1枚。
クレジットも怪しい。

前半7曲(実際には8曲)は1966年9月、サンフランシスコのAVALON BALLROOMでの演奏、ということになっている。
クレジットはないが、ロッキー・エリクソン(ヴォーカル、ギター)、ステイシー・サザーランド(ギター)、トミー・ホール(エレクトリック・ジャグ)、ベニー・サーマン(ベース)、ジョン・アイク・ウォルトン(ドラム)の5人のはず。
音質はあまり良くない。
そして、AVALON BALLROOMでの演奏かどうか疑問。
ひょっとして、一部(あるいは全部)は『FIRE IN MY BONES』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201610article_2.html)に入ってる66年春のダラスでの演奏ではないか、とも思う。
(ちゃんと聴き較べてないからわからんけど)
ともあれ演奏は強力。
特にTHE KINKSのカヴァー「You Really Got Me」。
ってかコレやっぱり『FIRE IN MY BONES』のヴァージョンの音質劣化版じゃねえのか?
(断言は出来ないが)
ともあれこの人たち、テキサスのローカル・バンドというイメージもありつつ、早くから西海岸でもライヴ活動をやっていて、「You're Gonna Miss Me」は全米56位を記録しているのだった。
(保守的なテキサスでは警察に目を付けられていて、活動はやりづらかったらしい)

で、中盤の3曲は何故かTHE 13th FLOOR ELEVATORSではなくロッキー・エリクソンのソロ。
(こういう編集盤は珍しくない)
1976年カリフォルニア州フェアファックスのSLEEPING LADY CAFEでのライヴ、ということになっている。
「The Lonesome Death Of Hattie Carroll」「When The Ships Comes In」「Baby Let Me Follow You Down」と、ボブ・ディラン3連発。
(「Baby Let Me Follow You Down」はディランの自作ではないが)
うーん、コレは、90年代にコレクタブルズから出ていた3枚組『THE 1966-1967 UNRELEASED MASTERS COLLECTION』に入っていた88年の演奏ではないだろうか。
(コレもちゃんと聴き較べてないからわからんけど)
ともあれディランになり切った感じの(?)ギターとハープと歌唱が興味深い。

終盤の4曲はTHE 13th FLOOR ELEVATORS1966年、テキサス州ヒューストンのLA MAISONでのライヴ、ということになっている。
いや…コレ、3曲は明らかにスタジオ録音じゃねえか。
「I Don't Want To Ever Come Down」は2ndアルバム『EASTER EVERYWHERE』のCDにも収録された未発表曲。
(何故かトミー・ホールのジャグが入っていないが、凄くカッコイイ曲)
ラストの「I'm Down」だけがライヴ。
(音質は悪い)

そしてこのCD、「You're Gonna Miss Me」も「Roller Coaster」も「Splash 1」も入ってないんだよね。
寄せ集めの上に妙なバランス…。

それにしても、「The Word」「I'm Down」とTHE BEATLESのカヴァーが2曲もあって。
ボブ・ディランにTHE KINKSにチャック・ベリー。
「Everybody Needs Somebody To Love」はやっぱりTHE ROLLING STONESから入ったに違いない。
それでどうしてこんな毒電波R&Rになるんだろう…。
テキサス恐るべしと言うべきなのか。

CDのインサートにはTHE 13th FLOOR ELEVATORSのライヴのフライヤーかポスターの画像が掲載されている。
60年代のかと思ったら、”THE ORIGINAL 13th FLOOR ELEVATORS ONE TIME ONLY”とある。
1977年頃に往時のメンバーが再結集した時のモノらしい。
ロッキー・エリクソン、ステイシー・サザーランド、トミー・ホール、ロニー・レザーマン(ベース)、ジョン・アイク・ウォルトンに、ダニー・トーマス(ドラム)、ベニー・サーマンの名前がある。
しかし78年にステイシーが、そして2019年にロッキーがこの世を去り。
ところがロニーとジョン・アイクは91年にロッキーもステイシーもいない13th FLOOR ELEVATORSでライヴをやっているので、バンドが今後復活しないとも限らないのだった。
メンバー中でロッキー以上にLSDをやりまくっていたトミーも、80代の今も健在らしい。
(ただしトミーはとっくの昔に音楽への興味を失ったという)