奇人が去った

PRETTY THINGS.jpgヴィヴ・プリンスが亡くなったという。
正確な日付も死因も不明だが、先週の前半だったとのこと。
84歳。

ヴィヴィアン・マーティン・プリンス。
言わずと知れた(?)、初期THE PRETTY THINGSのドラマー。
そしてキース・ムーン、トゥインクと並ぶ”英国ロック三大奇人”の一人。
(全員ドラマーじゃねえか!)

当時の英国ロック・シーンでもアルコールとドラッグの摂取量は最悪レベルだったはず。
奇行が過ぎてTHE PRETTY THINGSをクビになり。
以降二度とシーンの最前線に戻ることはなかったが。
でも前にも書いたと思うけど、JEFF BECK GROUPの最初のドラマーってヴィヴ・プリンスだったんだぜ…。
扇風機のように腕をぶん回して叩き込まれるキチガイじみたフィル・インは、間違いなくキース・ムーンに多大な影響を与えていた。
(ジミー・ペイジは、キースがPRETTY THINGSのライヴを観に行っていたと証言している)

THE PRETTY THINGSをクビになって以後は、幾つかのバンドで活動する傍ら、ヘルズ・エンジェルズのメンバーでもあったというが。
そのヘルズ・エンジェルズを除名されたというから、ただ者ではない…(?)。

少なくとも80年代までドラマーとして活動を続け、90年代にはシンガーとして復帰を期したとかいうが、果たされることはなく。
(当時50歳前後)
00年代以降はポルトガル在住だったとのこと。

それにしても…フィル・メイが75歳で亡くなったのに、ヴィヴ・プリンスが84歳まで生きたとは。
事実は小説より奇なり(?)。

そしてトゥインクだけが残った…。

初秋の訃報

T.REX.jpg4月28日に露口茂が亡くなっていた…というのは、今月に入って公表された。
老衰だったという。
93歳。
『太陽にほえろ!』の山さんだが。
最後の仕事はジブリアニメ『耳をすませば』のバロン役だったのだという(!)。
当時63歳。
随分早くに引退していたんだなあ。

デトロイトのグラム・パンク・バンドTRASH BRATSのベーシストだったトミー・ロミオも亡くなっていたという。
8月16日に発表されたので、亡くなったのも多分その頃。
癌で長く闘病していたらしい。
年齢は不明。
8月にデトロイトでベネフィット・ライヴが行なわれたばかりだったとのことで。
俺は1998年頃に高円寺GEARで、KEVIN K BANDのメンバーとして彼を見ている。
そしてGEARももうない。

28日にはレイ・メイヒューが亡くなったとのこと。
死因は不明。
60歳。
元SIGUE SIGUE SPUTNIKのドラマー。
レイを含め、SIGUE SIGUE SPUTNIKのメンバーがルックスだけでスカウトされたというのは有名な話で。
それがどこまで事実かは知らないが、レイは自身のバンドMAYHEM DERANGEDではドラムではなくヴォーカルだった。

今月4日にはジョルジオ・アルマーニが亡くなっている。
死因は公表されていないが、体調不良だったとのこと。
91歳。
アルマーニのスーツなんてとても買えない俺だったが、それでも昔はアルマーニの眼鏡をかけていたことがあった。
まあ、バブル経済崩壊以前の話だ。

ジョルジオ・アルマーニと同じ4日に、橋幸夫が。
肺炎とのこと。
82歳。
今年に入ってアルツハイマー型認知症を公表していた。
この6月までステージに立っていたが(!)、その後は寝たきり状態だったという。
「潮来笠」でデビューしたのが高校2年生の時。
演歌の人、と思われがちながら、実際には”リズム歌謡”をはじめとして多彩な歌を歌った人だった。

4日にはブルース・ルースも。
死因は不明だが、2015年には健康を害して音楽活動から引退していたという。
66歳。
FLIPPERのヴォーカリスト/ベーシスト。
ってかFLIPPERまだやってんのか!

5日にはマーク・ヴォルマンが亡くなっている。
レビー小体型認知症だったという。
78歳。
元THE TURTLES。
それ以上に、FLO & EDDIEとしてT.REX(画像)やフランク・ザッパのバンドでの活躍が評価されるところだろう。
(ブルース・スプリングスティーンやDURAN DURANとも活動していた)
一方TURTLESの前身バンドTHE CROSSFIRESはサーフ/インストゥルメンタル・バンドであり、ギタリストとしての実力もあった人だった。
相方のハワード・ケイランはやはり78歳で存命とのことだが、彼も表舞台に出てくることはもうないだろう。


合掌。

星のマークを追いかけて

MASTODON.jpg小口健一の訃報には驚いてしまった。
亡くなった正確な日付は不明だが、19日に発表されている。
死因、年齢も不明ながら、本当に急なことだった様子。
KENSOのキーボーディスト。
(ギターも)
清水義央(ギター)に次ぐ古参メンバー。
1983年にKENSOに加入した時点で大学生だったそうなので、60代前半とかだったはず。
KENSOでの活動42年。
難波弘之のようなスターではなかったものの、間違いなく日本のプログレ界のトップに立つキーボーディストの一人だった。
『夢の丘』(91年)の頃にはラジオでもKENSOかかってたもんだったなあ。

小口健一の死が発表された19日には、田宮督夫(まさお)も亡くなっている。
死因は不明。
87歳。
田宮模型(現・タミヤ)の元デザイン部顧問。
創業者・田宮義雄の息子にして、現会長・田宮俊作の弟。
田宮のあの有名な星のマークをデザインした人物。
(当時まだ大学生だったという)
俺も子供の頃は毎月タミヤニュース買ってたんだ…。
(プラモデルを作らなくなってもタミヤニュースは買っていた)

20日にブレント・ハインズが亡くなったのにも驚いた。
交通事故。
51歳。
元MASTODONのギタリスト。
元MASTODON…というか、3月のバンド脱退(解雇)からまだ半年も経っていない。
(モメたらしい)
バンドは既に新しいギタリストを迎えて活動を継続しているが、ブレントはこれまでの全アルバムに参加していた。
メンバーの心中いかばかりか…。


一時期危険な状態と伝えられたデイヴ・エドマンズは回復に向かっているだろうか。

真夏の死、更に続く。

MORE.jpg7月27日に東本昌平が亡くなっていたというのにはショックを受けた。
かねてより病気療養中、ということだったが、不定期とはいえヤングキングで連載続いていたじゃないか。
(脳腫瘍だったそうで)
年齢は公表されていないが、郷田ほづみと同級生ということなので、67歳ぐらいだったはず。
バイクとは無縁な暮らしの俺だが、『キリン』はどのシリーズも面白かったよなあ。
そしてバイクの描写は山下ユタカあたりにも影響したはず。

29日にはポール・マリオ・デイが亡くなったとのこと。
癌だったという。
69歳。
IRON MAIDENの初代ヴォーカリスト。
俺が初めて彼の声を聴いたのはMOREの1stアルバム『WARHEAD』(画像)だった。
その時点で、ポールがIRON MAIDENにいたということは知っていた。
期待して聴いたが、正直「う~ん」となった。
しかしMORE以降もTHE SWEETなどをはじめとして、近年まで歌い続けていたのだそうで。
69歳というと、IRON MAIDEN結成の時点でまだ19歳だったのだなあ。

今月4日にはテリー・リードが。
彼も癌だったそうだ。
75歳。
人呼んで”凄い肺”。
LED ZEPPELINやDEEP PURPLEに誘われた男として伝説的に語られながらも、知る人ぞ知る存在で終わった感のある人だが。
知ってる人はみんなその凄さを知っていたシンガーでもあった。
まだ現役で、9月からツアー予定だったとは。

そしてさっき入ったニュース。
NoBこと山田信夫が9日に亡くなっていたと。
腎臓癌だったという。
8年闘病していたんだそうで。
61歳。
『聖闘士星矢』は世代じゃなかったが、「ペガサス幻想」も「永遠ブルー」ももちろん知っている。
元MAKE-UPとかアニソン関連の人というよりも、俺にとってはなんと言ってもDAIDA LAIDAのヴォーカル。
ってか先月DAIDA LAIDAでEP出したばっかりじゃねえか…。
まだまだこれからの人だったはず。


75歳のテリー・リードがツアーを前にしていたぐらいで。
60代の人たちもまだまだやりたいことがあっただろう。
合掌。

真夏の死、続く。

GOLDEN EARRING.jpgポリ・パーマーが亡くなったという。
死因も正確な日付も明らかになっていないが、オジー・オズボーンと同じ22日だった様子。
82歳。
FAMILYのキーボード、ヴィブラフォン、フルート奏者として知られ。
ドラムやパーカッションも巧みなマルチ・プレイヤーだった。
STREETWALKERSやロジャー・チャップマンのソロ作などでも活躍。
もう82歳だったのか。
1972年にFAMILYを脱退した時点で既に30歳近かったことになる。

22日にはジョージ・クーイマンスも亡くなっている。
ALS。
77歳。
GOLDEN EARRINGのギタリストにしてメインのソングライター。
「Rader Love」も「Twilight Zone」もジョージの作曲だ。
THE SHOCKING BLUEやFOCUSに続くオランダ発のバンドとして、GOLDEN EARRINGを世界に雄飛させた原動力だった。
ジョージがALSの進行で2023年に引退したことで、GOLDEN EARRINGも解散していたのだという。

23日には皆川おさむが。
慢性腎不全。
62歳。
「黒ネコのタンゴ」は7inchを持っていて、DJで何度か回したこともあった。
40年ほど前に窃盗事件で逮捕されたというニュースがあった後、近年何をしていたのかまったく知らなかったのだが、ひばり児童合唱団の代表だったのか。
なるほど、ひばり児童合唱団創設者の甥だったんだそうで。

そして24日にハルク・ホーガン。
死因は公表されていないが、頚椎の手術の予後が良くなかったのだという。
71歳。
俺が熱心にプロレスを観ていた80年代前半こそ、彼のレスラーとしてのピークであった。
(もちろんその後も長く人気を保ってはいたものの)
人種差別発言に共和党/ドナルド・トランプ支持と、晩節を汚した感もありつつ、プロレスラーとして超一級であったことは疑う余地がない。
バンドをやっていたということでレコードも出してたけど、そもそもシンガーじゃなくてベーシストだったんで、歌は下手だったね…。


今は「Rader Love」が収録された『MOONTAN』(1973年:画像)を聴いている。

Goodbye To

BLACK SABBATH VOL.4.jpg22日、オジー・オズボーン死す。
死因は公表されていないが、パーキンソン病を患っていたことは誰もが知るところ。
76歳。

オジー・オズボーンのファンだった同級生がいたために、洋楽ロックを聴き始める前からオジーの名前や顔だけ知っていた俺は、以前にも書いた通り学校の先輩から借りたベスト盤『WE SOLD OUR SOUL FOR ROCK'N'ROLL』で初めてBLACK SABBATHに接した。
オジーのソロ作『BARK AT THE MOON』が出たのとほぼ同時期だった。
『BLIZZARD OF OZZ』をはじめとするソロ作も、全部先輩から借りた。
初めて自分で買ったのはBLACK SABBATH『SABBATH BLOODY SABBATH』だ。

生でオジー・オズボーンを観たのは1回だけ。
2013年、「OZZFEST JAPAN 2013」でのBLACK SABBATH。
ドラムはビル・ワードではなくトミー・クルフェトスだったが、得難い体験だった。

声域が広いワケでもなく、そもそも歌が上手いワケでもなく。
しかし唯一無二の個性と存在感とカリスマ性。
(何よりどんな曲を歌っても行間ににじみ出る独特の哀感)
ドラッグやアルコールで生死の境をさまよいながら、76歳まで生き切った。

しかも最後のライヴが今月5日で。
約270億円の収益を全額慈善団体に寄付。
そして座ったままで歌っていたライヴからたった17日後に逝くとは。
あまりにも見事過ぎる人生の幕引き。
こんなミュージシャンは今後そう現れないのでは、と思う。

今頃はあっちで、愛してやまなかったランディ・ローズや盟友レミーとの再会を果たしているはず。
素晴らしきマッドマンよ、永遠なれ。

遠ざかるNWOBHM

TANK.jpg4日にピーター・ブラブスが亡くなったとのこと。
死因は不明。
68歳。

TANKのオリジナル・ギタリスト。
近年どうしていたのかはよく知らないし、TANKと言えばアルジー・ワードというイメージが強かったものの。
しかし『FILTH HOUNDS OF HADES』(1982年:画像)をはじめとする初期TANKでのリフ・メイカーぶりは特筆に値した。
”激烈リフ軍団”とか”メタル・パンクの祖”という一般的な(?)イメージにとどまらない存在だったと思う。

今はライヴ盤『WAR OF ATTRITION-LIVE '81』(2001年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202004article_13.html)を聴いている。
そしてアルジー・ワードも既に亡く。


7日にはケヴィン・リドルズが。
癌だったという。
ピーター・ブラブスと同じ68歳。

ANGEL WITCH~TYTANのオリジナル・ベーシスト。
癌だったとは。
昨年6月にTYTANで来日したばかりじゃないか。
日本のファンの歓迎ぶりに感激し、MCの度にマジ泣きしていた姿を思い出す。

一時期TYTANに参加していたレス・ビンクスも世を去り。
かつてTYTANの声だったカル・スワンもBAD MOON RISING解散後に音楽活動をやめたという。


TANKはミック・タッカーとクリフ・エヴァンスという『HONOUR & BLOOD』(1984年:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_293.html)当時のギタリスト二人を中心に活動を続けているという。
ケヴィン・リドルズを失ったTYTANはどうなるだろうか。
NWOBHMの隆盛も既に40年以上前のことである。
(まあ俺は死ぬまでそのへん聴き続けるだろうけど)

All The Old Dudes

MICK RALPHS.jpg12日に小林じんこが亡くなったとのこと。
死因は公表されていないが、約6年間闘病していたとのこと。
年齢も非公表。
デビュー時期からして、60代前半とかだったのでは。
80年代に『風呂上がりの夜空に』を読んでいたのは俺と同世代だろう。
最後の連載となった『JUNKIN' GAP CLASH』も読んでいたけど、「IKKI」がなくなって未完のままだったね。
ポップな絵柄の中に何処か不穏でしかもエロティックな感覚をにじませた人だった。

18日にルー・クリスティ。
癌だったとのこと。
82歳。
「Lightnin' Straikes」で全米1位を獲得した人だが、個人的にはその曲をクラウス・ノミがカヴァーしたこと、そして「I'm Gonna Make You Mine」をTHE SHADOWS OF KNIGHTやTHE DEVIL DOGSがカヴァーしたことで強く印象に残っている。


そして23日にミック・ラルフスが。
2016年10月、BAD COMPANYのライヴから数日後に脳卒中で倒れ、その後10年近く寝たきりのままだったという。
81歳。
言わずと知れたMOTT THE HOOPLEとBAD CONPANYのオリジナル・ギタリスト。

ってか81歳…。
60年代のポップ・スターであるルー・クリスティと1歳しか違わなかったのか。
BAD COMPANY結成の時点でもう30歳近かったことになる。
『TAKE THIS!』(1984年:画像)でソロ・デビューした時には40歳。

正直言って上手いギタリストなどではまったくなかったが、印象的なリフ一発で名曲の数々を残した。
俺はMOTT THE HOOPLEよりもBAD COMPANYを聴いたのが先で。
(このブログを御覧の皆様にもそういう人は多いと思う)
遡ってMOTT THE HOOPLEを聴き、「Ready For Love」が元々MOTT THE HOOPLEのレパートリーだったり、「One Of The Boys」のイントロ・リフがまるっきり「Can't Get Enough」だったりしたことに驚いたのだった。
(これまた同じような人は多かったのでは)
『TAKE THIS!』とかも、名盤じゃなかったけど味があったよね。


すべての若き野郎どもも、もう70代とか80代とかだ。
今月86歳(!)になったイアン・ハンターには長生きしてほしいと思う。

God Only Knows

BEACH BOYS.jpg皆様こんばんは。
いよいよ仕事がアレで、ブログ2日休みました。
今でもアレなんだけど、とりあえすその間の訃報について書いたり。

9日にフレデリック・フォーサイスが逝った。
死因は不明。
86歳。
『ジャッカルの日』『オデッサ・ファイル』『戦争の犬たち』他。
いや待てよ、俺原作小説読んでねえわ。
全部映画で観たんだなあ。


そして11日にブライアン・ウィルソンが。
死因は公表されていないが、認知症が進行していたという。
82歳。

俺がブライアン・ウィルソンの名を知ったのは、彼がほとんど表舞台にいなかった80年代前半。
当時40代の初めだったブライアンはシド・バレットあたりと同様に伝説の中の人物で。
数年後にソロ活動を開始すると予測したファンはほとんどいなかったのでは。
(1988年に『BRIAN WILSON』を聴いて「うぐぉっ」と思った)

ぶっちゃけ、俺などが今更言えるようなことはそんなにない。
何しろ、ポップスを超越したポップ・センスの塊。
後にソロとして『SMILE』を完成させたが…『SMILE』が60年代の時点で『PET SOUNDS』(1966年:画像)に続くTHE BEACH BOYSのアルバムとしてリリースされていたら、ロック/ポップ史はどのようになっていただろうか、と思う。
いやまあ、そんなに変わらなかった気もするけどね。
ひょっとしたら『SMILE』は同時代的にはそんなに売れず、『PET SOUNDS』(当時全米10位)同様に(?)後世に改めて評価されたのではと思ったり。
ブライアン・ウィルソンのセンスはあまりに早過ぎた。

一方で、THE BEACH BOYS=ブライアン・ウィルソン、ではない。
ブライアンが関わっていない「Kokomo」(1988年)が全米1位となったことは、もっと評価されるべきと思っている。

今夜はTHE BEACH BOYS『PET SOUNDS』から、得体の知れない(?)ベストCDEP「BEST COLLECTION」(https://lsdblog.seesaa.net/article/505791595.html)。


多分明日以降また休みます。
ごきげんよう。


追記:
ブライアン・ウィルソンの死因は呼吸停止とのこと。
敗血症他、いろいろ相当悪かったという。

(2025.6.27.)

SLY逝く

SLY AND THE FAMILY STONE.jpg2日にコリン・ジャーウッドが亡くなったという。
死因は公表されていないが、短い闘病生活の末だったとのこと。
63歳。
CONFLICTのヴォーカリスト。
CONFLICT/コリンと言えば、昔のDOLLの表紙を思い出す…という人は、俺と同世代かもっと上だろう。
アナーコ・パンクの伝説が去った。


そして9日、スライ・ストーンが。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)だったとのこと。
(元BLUE OYSTER CULTのアレン・ラニアと同じだ)
82歳。
早くからドラッグ絡みのトラブルが伝えられていたことを考えれば、随分長生きしたモノだ、と思わないでもない。

言わずと知れたSLY AND THE FAMILY STONEのヴォーカリストにしてソングライター。
70年代以降はほとんど鳴かず飛ばずの状態で、晩年はかなり悲惨な生活だったらしいが、しかし70年前後の彼がその天才を存分に発揮していたことは、今更言うまでもない。
度々共演していたブーツィー・コリンズは、ほとんど表舞台に出なかった80年代前半のスライも、素晴らしい才能を持っていたと語っている。

SLY AND THE FAMILY STONEを聴き始めたばかりの洋楽初心者だった80年代…個人的には、周囲の人たちの話を聞く限り、ロックが好きでも黒人音楽が好きでも、スライ・ストーンを嫌いな人はいない、という印象だった。
それほどに、ファンクでありながらロックだった。
「Dance To The Music」は、DJでもけっこう回したな。


60代に80代。
みんなどんどん去っていく。
今はSLY AND THE FAMILY STONEのベスト盤『ANTHOLOGY』(画像)を聴いている。