サムライが去った

20191028.jpgサムライサムことフカザワヨシトの訃報に驚く。
昨日のことだったらしい。
心臓血栓による急逝だったという。
先月30日までSNSに投稿していたのに…。

THE WHOのトリビュート・バンドTOWNZEN(画像)のギタリスト。
彼と初めて会ったのは、2009年9月8日に大塚Deepaで開催された「WHO NIGHT VOL.2」でのことだった。
https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_29.html
このブログを始めた翌月のことだ。
次に会ったのは、10年後の19年10月28日、渋谷SHIFTYで開催された「音楽酒場交遊録Vol.3」。
https://lsdblog.seesaa.net/article/201910article_23.html
実際に会ったのはその2回だけなのだが、SNSを通じて交流は続いていた。
ピート・タウンシェンドのプレイを研究し尽くしたその演奏は素晴らしかった。

台風接近のため8月30日のライヴ出演がキャンセルになったところだったが、TOWNZEN他でのライヴ予定はこの先も詰まっていて、健康には特に不安はなかった様子。
いまだに信じ難い。

やり残したことはたくさんあったはず。
それにしても、人間ってのはあっけなく死んでしまうもんだなあ。
俺の体には今のところ深刻な不調はなく(あちこちヤバいんだけど、命に関わるモノではない)、ブログで健康の話とか始めるくらいには健やかに暮らしているが。
しかし、明日のことは誰にもわからない。
今日をしっかり生きなければ。


今夜はサムライサムを偲んで、THE WHOを聴いている。
もう少ししたら献杯しよう。

次々と逝く

GREG KIHN BAND.jpg11日にデイヴィッド・ブラウンが亡くなったとのこと。
死因・年齢とも不明。
同名のミュージシャンが山ほどいて紛らわしいが、『52ND STREET』(1978年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202005article_3.html)以降ビリー・ジョエルのバンドで長く活躍したギタリスト。
他にもSIMON & GARFUNKEL『THE CONCERT IN CENTRAL PARK』(82年)やポール・マッカートニー『FLOWERS IN THE DIRT』(93年)他、参加作多数。
なんと松田聖子とも仕事していた。

13日にはグレッグ・キーンが。
アルツハイマーで闘病していたとのこと。
75歳。
1983年に全米2位を記録した「Jeopardy」が有名だが、83年というと俺が「ベストヒットUSA」を観始めた年。
以降は目立ったヒットがなく。
KCとかLITTLE RIVER BANDとか、俺が洋楽ロックを聴き始めた頃がちょうど最後のヒットを出した時期だった…という人たち、けっこういたな。
しかしグレッグ、最後のギリギリまで現役だった。

そして昨日、ジャック・ラッセルが亡くなったという。
5月にレビー小体型認知症と多系統萎縮症と診断され、先月ツアー活動からの引退を発表したばかりだった。
63歳。
先月の時点で、もうかなり悪かったのだろう。
GREAT WHITE/JACK RUSSELL'S GREAT WHITEのシンガー。
このブログではGREAT WHITEの『HOOKED』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2072.html)を紹介したが、グランジ全盛の1991年に全米18位と、気を吐いていた存在だった。
だった…というか、バンド自体は現在も活動中。
しかしジャックの色気のあるヴォーカルはもう聴けない。
それにしても、まだ63歳だったとは。
78年にGREAT WHITEの前身バンド・DANTE FOXを結成した時点で、17歳とかだったことになる。


本当に次々といなくなる。
御冥福をお祈りします。

真夏とそれ以外の死

VIBRATORS.jpg4月18日に山本圭子が亡くなっていたという。
敗血症とのこと。
83歳。
『サザエさん』の花沢さん(なんと昨年まで続けていたのか!)、『もーれつア太郎』のア太郎、『天才バカボン』のバカボン、『赤胴鈴之助』の鈴之助、『デビルマン』のタレちゃん、『がんばれ!!ロボコン』のロボコン他…錚々たる芸歴であった。
増山江威子に小原乃梨子と、どんどんいなくなるなあ…。

今月22日には坂田信弘が。
死因は不明。
76歳。
プロゴルファーとしての活躍はまったく知らず。
俺にとっては漫画原作者だ。
『風の大地』『ひかりの空』そして『奈緒子』。

27日にパット・コリアー。
死因は不明。
72歳。
THE VIBRATORS(画像)のオリジナル・ベーシスト。
しかしプロデューサーとしての実績の方がはるかに大きかった。
THE SOFT BOYS、ロビン・ヒッチコック、ANGELIC UPSTARTS、KATRINA AND THE WAVES(!)、KING KURT、THE SOUP DRAGONS、LITTLE BOB STORY、THE WONDER STUFF、THE HOUSE OF LOVE、NEW MODEL ARMY、MODERN ENGLISH、THE MEN THEY COULDN'T HANG、OCEAN COLOUR SCENE、THE INMATES、SHAMPOO(!)、X-RAY SPEX、UK SUBS、ベリンダ・カーライル(!)、URBAN DOGS他…。
うわあ、ジャンルも国もまたいだ凄い顔ぶれだ。
自分が脱退したあとの古巣VIBRATORSも手掛けていた。
そうか、KATRINA AND THE WAVESの「Walkin' On Sunshine」もパットのプロデュースだったか。
(全英8位、全米9位)
大ヒットはそれぐらいだったかも知れないけど、米英のシーンを支え続けた仕事人だったと言えるだろう。


ノックス(78歳!)もTHE VIBRATORSをやめてお店をやっているという。
しかしVIBRATORSはエディ(ドラム:パット・コリアーもジョン・エリスも72歳なので、エディも多分それぐらい)を中心に今でも活動を続けているのだった。


2021年4月以来、約3年ぶりに1ヵ月休みなくブログを書いた。
それだけ暇ということでもある。
仕事ください。
…と思ったら新しい仕事入った。

80代と90代

MOBY GRAPE.jpg12日に小原乃梨子が亡くなっていたという。
死因は不明だが、しばらく闘病していたとのこと。
88歳。
作品自体の人気を考えれば世間一般にはやはり『ドラえもん』ののび太、となるのだろうが。
でもやっぱり『ヤッターマン』のドロンジョ様だよな…となるのは、俺だけではないはず。
ところが。
『海底少年マリン』のマリンもこの人だったのねえ。
子供時代の俺が初めて小原乃梨子の声に接したのは、マリンだったことになる。
次が『チキチキマシン猛レース』のミルクちゃん。
そして『ドラドラ子猫とチャカチャカ娘』のメロディ。
他にも『ワンサくん』のワンサ。
『アルプスの少女ハイジ』のペーター。
『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』のミーメ(そうだ、そうだった!)。
『未来少年コナン』のコナン。
『うる星やつら』のおユキさん。
『超時空要塞マクロス』のクローディア。
子供の頃、とんでもなくお世話になっていた…。

20日にジェリー・ミラーが。
死因は不明。
81歳。
MOBY GRAPEのリード・ギタリスト。
14日に81歳の誕生パーティーを開催していた。
ネットではそこで演奏する動画を観ることが出来る。
そのパーティーから1週間と経っていない訃報だった。
はっぴいえんどやTELEVISIONに影響を与えながら、活動には紆余曲折があり過ぎ、89年以降はオリジナル・アルバムもリリースしていないMOBY GRAPEだが、2006年の何度目かの再編以降はジェリー、ピーター・ルイス(リズム・ギター)、ボブ・モズレイ(ベース)のオリジナル・メンバーを中心に20年近く続けてきた。
そして結成以来、ソリッドなリード・ギターを聴かせてきたのがジェリーだ。
ともあれピーターとボブによって、バンドはまだ続くのだろう。
最後の一人がいなくなるまで続けてほしいとも思う。

そして22日にジョン・メイオール。
これまた死因は不明。
90歳。
健康を害してツアーに出られないまま逝った…というが、いやいや88歳の2022年まではアルバム出して現役だったんだぜ?
とんでもねえな…。
エリック・クラプトンやピーター・グリーンを世に出した名伯楽として知られながら、自身がミュージシャンとして高く評価されることは絶えてなく。
しかし30歳になってからプロになり、何度も来日するほどキャリアを重ね。
ロック界の偉人だったのは間違いない。
このブログ的には、MOTORHEAD「I'm Your Witch Doctor」のオリジネイターとして、どれだけ称賛してもしきれない。


ちなみに現時点で日本人男性の平均寿命は81.9歳なのだという。
だいたいジェリー・ミラーぐらいだな。
いや俺無理だ、絶対そんなに生きられない…。


今夜はMOBY GRAPEのアルバムを聴いていたのだが。
オリジナル・アルバムを聴いて、以前書いた通り「なんか違う…」となり、今はブート『DARK MAGIC』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201804article_14.html)を聴いている。
MOBY GRAPEのブートは他にもたくさんある。
いずれ紹介しよう。
俺が81歳になるまでに紹介出来るはずだ。

88歳と73歳

RUSH HOLD YOUR FIRE.jpg6月20日にドナルド・サザーランドが亡くなったという。
死因は不明だが、長いこと患っていたらしい。
88歳。
『M★A★S★H』『ジョニーは戦場へ行った』『カサノバ』『ケンタッキー・フライド・ムービー』『アニマル・ハウス』『SF/ボディ・スナッチャー』他多数…。
いや…いや待てよ。
ケイト・ブッシュ「Cloudbusting」のPVに出ていたあの博士役…アレがドナルドだった、そうだった。
当時49歳か。
ケイトは直接ドナルドに会って出演を依頼したのだそうで。


そして30日にピーター・コリンズが亡くなったとのこと。
こちらも死因は不明。
73歳。

70年代からプロデューサーとして活動し、ROSETTA STONEやTHE BELLE STARS、トレイシー・ウルマン、ROMAN HOLLIDAY、MATT BIANCO、ジェーン・ウィードリン、AIR SUPPLYなんかのポップ系でも大いに活躍した人だが。
このブログを御覧の皆様には、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル系の仕事の方がなじみ深いのでは。
ってか、俺はそうだ。
TYGERS OF PAN TANG『THE CAGE』(1982年)、RUSH『POWER WINDOWS』(85年)、『HOLD YOUR FIRE』(87年:画像)、『COUNTERPARTS』(93年)、『TEST FOR ECHO』(96年)、ビリー・スクワイア『ENOUGH IS ENOUGH』(86年)、QUEENSRYCHE『OPERATION: MINDCRIME』(88年)、『EMPIRE』(90年)、ゲイリー・ムーア『AFTER THE WAR』(89年)、SALTY DOG『EVERY DOG HAS ITS DAY』(90年)、アリス・クーパー『HEY STOOPID』(91年)、SUICIDAL TENDENCIES『THE ART OF REBELLION』(92年)、BON JOVI『THESE DAYS』(95年)他…。

ってか、なんですかこの無節操なまでの振幅は。
このブログを御覧の皆様でも、ピーター・コリンズが手掛けたアルバムを何枚、あるいは何十枚も持っている…という人は少なくないはずだ。
俺は逆に、何枚も持っているのにこのブログで全然紹介していないことにびっくりした。
強いて挙げれば、THIN LIZZY『「WILD ONE THE VERY BEST OF THIN LIZZY』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202012article_16.html)に収録された「Out In The Fields」、となる。

手掛けたミュージシャンの音楽性があまりにも幅広過ぎて、プロデューサーとしての一貫した個性みたいなモノが思い付かないが。
共通しているのは、比較的クリアで奥行き感のある音質、かも知れない。
ともあれ、『HOLD YOUR FIRE』とか『TEST FOR ECHO』とか、RUSHのアルバム中でも特に俺が好きなやつをプロデュースした人として、敬意を表すると共に冥福を祈りたい。
いずれ改めてピーター・コリンズのプロデュース作を紹介しよう。

チャンスは失われた

NO NEW YORK.jpg18日にジェイムズ・チャンスが亡くなったという。
死因は不明だが、健康に問題があり、コロナ禍で仕事もなく困窮している…というニュースが伝わってきたのは4年前のことだ。
https://lsdblog.seesaa.net/article/202009article_5.html
遂にか、という気はする。
71歳。

以前にも書いたが、俺はジェイムズ・チャンスではなくジェイムズ・ホワイトとして知ったのだった。
最初に買ったのはJAMES WHITE AND THE BLACKSの1979年作『OFF WHITE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1763.html)。
その後に『NO NEW YORK』(78年:画像)を買ったんだけど、「ジェイムズ・チャンス? バンドが違うのはわかるとして、名前まで違うってどういうこと?」と混乱した。

もちろん『NO NEW YORK』は聴きまくったが、ジェイムズ・チャンス/ジェイムズ・ホワイト作品で一番よく聴いたのは『NO NEW YORK』でも『BUY』(1979年)でもなく、結局『OFF WHITE』だった。
そして今は『NO NEW YORK』でも『OFF WHITE』でもなく、JAMES WHITE AND THE BLACKSがメンバーを一新してリリースした『SAX MANIAC』(82年)を聴いている。
1曲目「Town Without Pity」から、およそやる気の感じられない歌。
CONTORTIONSでもBLACKSでも一貫していた、か細くもフリーキーなサックス。


それにしても、ノー・ウェイヴ界隈の人たちもどんどんいなくなる。
CONTORTIONSのジョージ・スコット3世(ベース)が亡くなったのは1980年のこと。
ジョージをはじめ、『NO NEW YORK』参加組だけでも、TEENAGE JESUS AND THE JERKSのリズム・セクション、ゴードン・スティーヴンソン(ベース)もブラッドリー・フィールド(ドラム)も、もういない。
MARSのサムナー・クレイン(ギター、ヴォーカル)とナンシー・アーロン(ドラム)も。
そしてジェイムズ・チャンスも去った。

不二子もママもハニーもパンジーも

IRON BUTTERFLY.jpg先月20日に増山江威子が亡くなっていたという。
肺炎。
88歳。
やはり峰不二子のイメージが強いだろうし、実際俺もそうなのだが。
いや、時系列的にはその前のバカボンママ、更にその前の如月ハニーか、と思い直した。
ところが、俺が幼稚園の時に観ていた海外ドラマ『チンパン探偵ムッシュバラバラ』(出演者は全部猿)で、ムッシュバラバラの相方・パンジーの声をやっていたのが増山江威子だったんだなあ。
他にも『アンデルセン物語』のキャンティとか『一休さん』のナレーターとか『キャプテン・フューチャー』のジョーンとか…『スカイキッドブラック魔王』のポッピーもこの人だったか!
子供時代、本当にお世話になりました。

24日にはダグ・イングルが。
死因は不明。
78歳。
IRON BUTTERFLY(画像)のヴォーカル兼キーボード。
エリック・ブラン(ギター)が2003年に、リー・ドーマン(ベース)が12年に、ロン・ブッシー(ドラム)が21年に亡くなり。
そして遂に、デビュー時のメンバーが全員いなくなってしまった。
しかしIRON BUTTERFLYは、往時のメンバーが一人もいない編成でいまだに活動を続けている。
最古参のエリック・バーネット(ギター、ヴォーカル)は1995年、最も新しいメンバーのバーニー・パーシー(ドラム)は20年の加入という。

今月6日に、”やのっちぇ”こと矢野貴資が亡くなったとのこと。
大動脈解離による急逝だったという。
年齢は知らない。
BLASDEADのドラマーという以上に、配信番組「やのっちぇのトークボンバー!」のホストとして親しんでいた人は多かったはず。
俺は直接会ったことも、BLASDEADのライヴを観たこともなかったが、某SNSでつながっていた。
ショックだ。
親しかった人たちはどれほどショックを受けていることか。


亡くなった皆様の御冥福を祈ります。

訃報やまず

JEFFERSON STARSHIP.jpg8日にジョン・バーベイタが亡くなっていたとのこと。
死因は不明。
79歳。
JEFFERSON AIRPLANE最後のドラマーであり、JEFFERSON STARSHIP最初のドラマー。
CROSBY, STILLS, NASH & YOUNG他でも活躍した名手。
アレックス・スペンス、スペンサー・ドライデン、ジョーイ・コヴィントン、そしてジョンと、JEFFERSON AIRPLANEの歴代ドラマー全員が鬼籍に入ってしまった。

9日にはダディ竹千代が亡くなったという。
心不全。
70歳。
東京おとぼけCATSのリーダー…というか、このブログを御覧の皆様にはカルメン・マキ&OZのマネージャーにして作詞家・加治木剛、というイメージが強いのでは。
まだ70歳だったのか…。

ダディ竹千代と同じ9日に、ロジャー・コーマンが。
死因は不明。
98歳。
カルト映画の帝王。
彼を取り上げたドキュメンタリー映画『コーマン帝国』は10年以上前にこのブログで紹介したのだが(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_778.html)、いまだにアクセスが絶えない。

そして12日にデイヴィッド・サンボーン。
前立腺癌の合併症。
78歳。
正直言ってフュージョンのリーダー作は全然聴いていないのだが。
客演その他での活躍ぶりが凄かった。
何しろ元々がTHE PAUL BUTTERFIELD BLUES BAND。
このブログで紹介したシングル「One More Heartache」(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2157.html)にももちろん参加している。
他にもジェイムズ・コットンにスティーヴィー・ワンダー、THE RASCALSにボビー・チャールズ、B.B.キングにトッド・ラングレン、デイヴィッド・ボウイにTHE MANHATTAN TRANSFER…と、枚挙にいとまがない。


次々去っていく。
御冥福をお祈りします。

MC5's over

MC5★.jpg2日続けての訃報。

8日にデニス・トンプソンが亡くなったとのこと。
心臓発作による合併症。
この4月に心臓発作で倒れ、その後介護施設で過ごしていたという。
75歳。
MC5のパワーハウスが逝ってしまった。

覚悟はしていたが、遂にか…。
コレでMC5のメンバーは全員があっちに行ってしまった。
2月にウェイン・クレイマーが亡くなり、最早デニス・トンプソンが一人でMC5の看板を背負うこともないだろうとは予想していたものの。
まるでウェインを追うように、こんなに早く…。

人呼んでデニス”マシン・ガン”トンプソン。
フレッド”ソニック”スミスとウェイン・クレイマーだけが残った状態で活動していた末期MC5のブートレグを除けば、MC5のドラムセットの後ろにはいつも必ずデニス・トンプソンがいた。
そしてロン・アシュトンとのTHE NEW ORDER。

…実を言うと、MC5時代のデニス・トンプソンのプレイを聴いて、それほど凄いドラマーと思ったことがなかった。
いや、「Skunk(Sonicly Speaking)」とか充分素晴らしいドラミングだったんだけど。
(すまん、デニス)
俺が改めてデニスのプレイに瞠目したのは、彼が昔馴染みのロン・アシュトンと、オーストラリアでRADIO BIRDMANのメンバーと結成したNEW RACEの、『THE FIRST AND THE LAST』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202108article_8.html)をはじめとするライヴ盤で、だった。
特に「Looking At You」。
パワーと疾走感とグルーヴを全て兼ね備えたようなプレイに、「こんな凄いドラマーだったか」と改めて感じ入ったのでした。

ともあれMC5も遂に歴史の彼方へと去った。
ウェイン・クレイマーがデニス・トンプソンと共に制作し、2022年にリリースされるといわれていた”MC5”としてのアルバムは、いまだ世に出ていない(はず)。
今後どうなるだろうか。


今夜は『KICK OUT THE JAMS』『BACK IN THE USA』と来て、今は『HIGH TIME』を聴いている。
デニス・トンプソンの冥福を祈りつつ。

偉人が去った

BIG BLACK.jpg今朝のニュースに言葉を失った。
7日にスティーヴ・アルビニが亡くなったと。
心臓発作という。
61歳。

61歳!
そんなに若かったのか…。

BIG BLACK『ATOMIZER』(1986年:画像)はリアルタイムで接した。
ぶっ飛ばされた。
当時からおっさんにしか見えなかったスティーヴ・アルビニ、この時点でまだ24歳だったということになる。

結局スティーヴ・アルビニ自身がやっていたバンドでは、BIG BLACKが一番好きだった。
RAPEMANはBIG BLACKほど面白いと思えなかったし、SHELLACはRAPEMANほど以下同文。

そこでスティーヴ・アルビニ自身のバンドをあまり聴かなくなった一方で、プロデューサー/エンジニアとしての活躍ぶりには圧倒され続けた。
TAD「Wood Goblins」(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1781.html)、WRECK『SOUL TRAIN』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_955.html)、THE JON SPENCER BLUES EXPLOSION『CRYPT-STYLE!』『ACME』、UNION CARBIDE PRODUCTIONS『SWING』、NIRVANA『IN UTERO』、トニー・コンラッド『SLAPPING PYTHAGORAS』、SILVER APPLES『BEACON』、PEGBOY「Fore」(コレはベーシストとして参加していた。何より一番素晴らしいのは裏ジャケット)、BURNING WITCH『CRIPPLED LUCIFER』、NEUROSIS『THE EYE OF EVERY STORM』、HIGH ON FIRE『BLESSED BLACK WINGS』、THE STOOGES『THE WEIRDNESS』、OM『PILGRIMAGE』『ADVAITIC SONGS』、SUNN O)))『LIFE METAL』『PYROCLASTS』、CODE ORANGE『THE ABOVE』…これだけ列挙しても、アルビニが関わった音源のごく一部でしかない。

それにしても、『IN UTERO』(1993年)の時点でまだ31歳、『THE WEIRDNESS』(2007年)の時点でも45歳という若さだったとは…。
バンドの演奏にもアレンジにも口を出さず、ただ録ったままの音を生々しく提示し続けた、オルターナティヴ以降のロック史上における、紛れもない偉人であった。
(結局録ったままの音ではリリースされなかった『IN UTERO』の仕上がりにはがっかりしたらしい)
彼の書く文章も好きだった。


今夜は『IN UTERO』「Fore」と来て、今は『BEACON』を聴いている。
この後多分『SLAPPING PYTHAGORAS』を聴くだろう。