映画『ドキュメント サニーデイ・サービス』

ドキュメント サニーデイサービス.jpgタイトル通り、サニーデイ・サービスのドキュメンタリー映画。
コレが2時間25分もあって、観る前は「うはあ」と思った。
観たらあっという間だったけどね。

監督はこのブログでも紹介したGEZANのドキュメンタリー映画『Tribe Called Dischord~Documentary of GEZAN』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201904article_14.html)のプロデューサーを務めていたカンパニー松尾。
(AVで有名なあの人)
膨大な映像を編集に編集した結果として、それでも2時間25分になってしまったのだろう…というのは、観ればよくわかる。

オリジナル・ドラマー、丸山晴茂急逝のショックを乗り越え、新たに大工原幹雄(…って、元ボロキチのダイクじゃねえか! ダイクがサニーデイ・サービスに入ってたとか全然知らんかったぞ!…という程度に俺はこのバンドに詳しくない)を迎えて活動再開となったサニーデイ・サービス。
しかし、この時期に制作され公開される映画として、やはりというべきなのか…これまた以前紹介した葛西純のドキュメンタリー映画『狂猿』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202104article_26.html)同様、立ち込めるコロナ禍の暗雲。
そこから映画はバンド結成にまでさかのぼり、解散も再結成も経験する波乱万丈のバンド史を追っていく。

曽我部恵一、田中貴、大工原幹雄の3人に加え、新井仁(RON RON CLOU他。サニーデイ・サービスのライヴのサポートとしても活躍)、やついいちろう、小宮山雄飛&ワタナベイビー(ホフディラン)他の関係者もサニーデイ・サービスを語る。
ナレーターは小泉今日子(!)。
尺の長さから想像出来ると思うが、演奏シーンもたっぷりフィーチュア。
ハイライトは3時間に及んだという丸山晴茂追悼ライヴでの激演&絶唱だろう。

基本的には時系列で進んで行くので、いわゆる”おマンチェ”やフリッパーズギターあたりの影響が強かった初期から、現メンバーでの太いバンド・サウンドへの変遷もよくわかる。
そして、バンドが解散しても、コロナ禍でライヴ予定が全部飛んで自らが経営するカレー屋の店頭に立つことになっても、やりたいことを諦めずに前に進もうとする曽我部恵一。
その彼が、ラジオ出演の際にファンへのメッセージとしてボソッと口にする「やりたいことやったらいいと思いますねえ」という一言には説得力がある。
(あとアレか、このクラスのバンドでもやっぱりハイエースに機材を積んで自分たちで運転してツアーに出るのか)

サニーデイ・サービスのファンだけじゃなく、バンドのドキュメンタリー全般好きな人にも、あとバンドやってる人とかにもお勧めな映画。


『ドキュメント サニーデイ・サービス』
公式HP:https://films.spaceshower.jp/sunnyday/
2023 年 7 月7 日(金)より渋谷シネクイントほかにてロードショー!

©2023 ROSE RECORDS / SPACE SHOWER FILMS

映画『金持を喰いちぎれ』

EAT THE RICH.jpgレミーが出演した最も初期の映画としてタイトルはそれなりに知られているのではと思われつつ、実際に観た人はかなり少なそうなカルト・コメディ、1987年以来実に36年ぶりとなる再公開。


ロンドンじゅうの金持ちが集まる高級レストラン「BASTARDS」(またえらい店名だな…)で働いていたウェイターのアレックス(ラナ・ペレイ)。
攻撃的な性格で、元々接客態度に問題のあったアレックスはかねてよりマネージャーににらまれていたが、遂にクビになってしまう。
一方同じロンドンでは、品性下劣な乱暴者ながら”実行力”(主にフィジカル的な方)を発揮する超タカ派の内務大臣・ノッシャー(ノッシャー・パウエル)が人気を集めていた。
MI5の司令官でありながら実はソ連のスパイだったフォーチュン(ロナルド・アレン)は、右腕である謎の男・スパイダー(レミー)と共にノッシャーの追い落としを企み、ノッシャーに高級コールガールのフィオナ(フィオナ・リッチモンド)を接触させてスキャンダルをこしらえようとするものの、日頃から下品なマッチョキャラが人気となっているノッシャーを失脚させることは出来ず。
任務に失敗した上、一発で妊娠させられたフィオナは、路頭に迷うことになってしまう。
仕事も家も失ったアレックスは、一部の上流階級ばかりが肥え太る現状を許せず、仲良くなったホームレスのロン(ロン・ター)や田舎暮らしの変人・ジミー(ジミー・ファッグ)、そしてフィオナを引き入れて、底辺の人間たちで社会をひっくり返そうとする。
彼らに気づかれないようにバックアップするフォーチュンとスパイダー。
その甲斐あって「BASTARDS」のマネージャーや同僚たちに復讐を果たしたアレックスは、店名を「EAT THE RICH」と改め。
店は新たな”名物”となったひき肉料理とアレックスの横柄な接客で「BASTARDS」時代以上の人気を得るが、一方でアレックスたち(そしてフォーチュンとスパイダー)は、上流階級と資本主義社会に一矢報いようとしていたのだった…。


…というのが、おおまかなあらすじ。
俺はその昔、日本語字幕なしのVHSで観ていて、台詞はほとんど理解出来ていなかったのだが、大体のストーリーだけ把握していた。
今回初めて字幕付きで観て、そのデタラメっぷりに改めてめまいがした。

当時の英国で”ポスト・モンティ・パイソン”として注目されたコメディ集団”コミック・ストリップ”の一員だったピーター・リチャードソンが監督した物語は、あれほど毒々しかったモンティ・パイソンを遥かに凌ぐ真っ黒けな社会風刺を展開し。
結果、1987年の公開当時は空前の大コケを記録している。
何故36年も経った今になって再公開?…と思うが、今の日本の方が、当時よりもずっと理解されやすい作品では。
一方で、アレックスたちのように怒りと共に立ち上がるような人は、今も昔も日本にはいないのかもなあという気も。

主演のラナ・ペレイは、当時日本のディスコや有線でもかかりまくっていた「Pistol In My Pockets」で有名なシンガー。
「Pistol In My Pockets」は劇中でも流れ、サントラ盤にも収録されている。
(ラナは近年映画評論もやっているとか)
映画の中では”黒人”とされているが、実際には(見ての通り)インド系。
ともあれ、有色人種のトランスジェンダーという、36年前には今より遥かに生きづらかったであろう彼(彼女)は、この映画の主役にはぴったりだったと思う。

アレックスを支えるロン役のロン・ターは『スターウォーズ』シリーズにも端役で出たことがあるというヴェテランで、当時50歳。
1997年に60歳で亡くなっている。
何とも言えない味わいのジミー役、ジミー・ファッグは、英国の有名コメディアン。
(当時58歳)
ヒロインと言えなくもないフィオナ役のフィオナ・リッチモンドは70年代に英国で人気だったセクシー女優。
(当時42歳だったはずだが、そうは見えない)
ノッシャー役のノッシャー・パウエルはヘビー級のプロボクサーから俳優に転じた人で、2013年に84歳で亡くなった。
フォーチュン役のロナルド・アレンは英国のTVドラマで長く活躍した俳優だったが、91年に60歳で亡くなっている。

どうかするとそれらの俳優以上に存在感を見せつけるのがレミー。
棒読みっぽかった『悪魔の毒々モンスター』シリーズ以前の出演映画ながら、意外と自然な名演技を見せてくれる。
(当時41歳には見えないなあ)
ソ連の手先(?)という役どころもユニーク。
この映画にはワーゼル、フィル・キャンベル、フィル・テイラーも出演していて、演奏シーンまであったりする。
もちろん全編にMOTORHEADの曲が用いられていて、サントラ盤にも収録されている。
(ワーゼルのソロ曲「Bess」も)

そして、カメオ出演で全編を彩る、綺羅星のごときロック・スター(および音楽関係者)の面々。
ポール・マッカートニー、ビル・ワイマン、シェイン・マガウアン、ヒュー・コーンウェル、スパイダー・ステイシー、ジュールス・ホランド、サンディ・ショウ、スティーヴ・ウォルシュ。
更にアンジー・ボウイやマイルズ・コープランドまで。
(映り込むだけではなく、大体みんな台詞がある)

およそデタラメなお話ながら、とにかく毒気の強い、ロックな一作。
デイヴィッド・ボウイやSEX PISTOLSなどの曲名や歌詞が台詞にちりばめられているのも、音楽好きにはたまらないはず。
少なくともこのブログを御覧の皆様なら必見でしょう。


『金持を喰いちぎれ』、シネマート新宿/シネマート心斎橋にて7月14日(金)より公開、ほか全国順次公開
公式サイト:https://bastards-eattherich.jp


© 1987 National Film Trustee Company Ltd. All rights reserved.

映画『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』

アンドレレオンタリー.jpg昨年1月18日に73歳で世を去った、アンドレ・レオン・タリー。
俺はこの映画を観るまで彼のことを知らなかったのだが、アメリカ黒人として初めて「VOGUE」誌のクリエイティヴ・ディレクターとなり、白人が大半を占めていた欧米のファッション業界において、非白人のモデルやデザイナーの進出に多大な貢献を果たした人物なのだという。
そんなレオンを追ったドキュメンタリー映画。

巨大な体躯に貴族や聖職者のようなケープをまとったアンドレ・レオン・タリーのルックスがまずインパクト強い。
そして、人種差別が激しかった時代にアメリカ南部で育ち、やがてニューヨークに出てアンディ・ウォーホルのファクトリーで働いたり(!)、カール・ラガーフェルドと仲良くなったり、VOGUEのスタッフになったり、そして遂には本場フランスのファッション業界でも知らぬ者のない大物となった、その数奇な人生。
(かのディヴァインと一緒に写っている写真も出てくる)

本人の口からはかつての苦労や黒人の置かれた立場をことさらに強調するような言葉はあまり出てこないが、南部出身のゲイの黒人(おお、リトル・リチャードに重なる…)がニューヨークやパリのファッション業界で認められるまでには、それはもう筆舌に尽くしがたい苦労や葛藤があったモノと想像させられる。
ナイトクラビングの日々の中でもセックス&ドラッグとは無縁、長い人生の中で一度も恋愛経験がない(!)というアンドレ・レオン・タリーの語り口からは、南部の田舎でVOGUEのファッション・モデルにときめいた黒人青年が、モデルたちが着ている服を世に出したデザイナーたちの存在を知り、自身もその世界に入っていく、そしてその間ひたすらファッション/スタイルの道にだけ入れ込み続けた彼の一途に過ぎる歩みが透けて見える。
(フランス語も堪能だったという)

それにしてもアンドレ・レオン・タリー本人はもちろんのこと、画面に登場してアンドレについて語る友人たち(マーク・ジェイコブス、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、ウーピー・ゴールドバーグ、イザベラ・ロッセリーニなど多数)の、誰もかれもがおしゃれなこと。
更に、資料映像として登場する、日曜日に黒人教会に集まる人々を映した50~60年代と思われる映像、そこで見ることの出来る黒人たちがまた、老若男女を問わずスタイリッシュなのには、思わず目を見張る。
(日曜日以外の日々を制服や仕事着で過ごしたそれらの人々は、日曜日になると精いっぱいのおしゃれをして神のもとに集ったのだという)
実に、目に楽しい映画。
(音楽の使い方もセンスが良い)

何よりアンドレ・レオン・タリー自身のスタイリッシュでエレガントなたたずまい。
(彼の独特な口調をよく再現した日本語字幕も素晴らしい)
派手なルックスに情熱的な態度、一方でスタイルの徒として自身の美学に何処までも真摯かつ一途に向き合い続けたその生きざま。
(民主党を熱烈に支持し、ドナルド・トランプの当選に大きく落胆しながら、大統領就任式に出席したメラニア・トランプのファッションをアンドレがどう評したかは、ひとつの見モノだ)
アンドレを知らなくてもファッションに興味がなくても、彼のパーソナリティに魅了される人は多いはず。
今週末公開です。


『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』、2023年3月17日(金)、 Bunkamura ル・シネマ にて公開。
https://andremovie.com/


©︎Rossvack Productions LLC, 2017. All Rights Reserved. 

映画『ICE ふたりのプログラム』

ICE.jpg2018年にロシアで公開され、当地では2週連続1位、そして年間興行収益4位を記録した映画。
『惑星ソラリス』や『不思議惑星キン・ザ・ザ』など、旧ソ連の映画は幾つか観たことがあるものの、ロシアの映画は初めて。
この時期にロシア映画とは、配給元も随分思い切ったな、と思いながら観たが。


ロシア。
厳寒の地・シベリアのイルクーツク。
スケーターを夢見る7歳の少女、ナージャ・ラプシナ。
シングルマザーの母を失い、コーチのイリーナにも才能がないと突き放される。
しかし諦めないナージャは、ど根性(?)で突き進み。
やがて美しく成長したナージャ(アグラヤ・タラーソヴァ)は、モスクワに出てトップスケーターへの道を歩み始める。
ところがその矢先、大怪我を負ってしまい。
絶望に打ちひしがれたナージャのもとに、イリーナがリハビリ担当として連れてきたのは、粗暴で無鉄砲なアイスホッケーの問題児、サーシャ・ゴーリン(アレクサンドル・ペドロフ)だった…。

…というのが、前半の超ざっくりなあらすじ。
で…泣きました。
ボロボロ泣きました。
スポ根あり、恋愛あり、挫折と絶望と再生あり、そしてコメディ要素もたんまりあり。
(何度も声をあげて笑った)
最後にはきっちり泣かせに来る。
(まあつまり王道というかある種コテコテな作りなんだが)
しかも、ミュージカル要素まであり…と、詰め込めるだけ詰め込んである。
(ラップまで登場!)
それで107分が全然長くなく、あっという間。
なるほどコレは人気が出たワケだ。

主演の二人がとても魅力的。
(特に後半のアイス・ショーの場面のナージャがかわいい)
ナージャ役のアグラヤ・タラーソヴァは、ロシアを代表する名女優クセニア・ラパポルトの娘なのだそうで。
サーシャの『スター・ウォーズ』マニアぶりも楽しい。
で、存在感のなかったナージャの伯父が、いきなり終盤を一人でかっさらったりも。

で、俺がボロボロ泣いたのは、ストーリーが感動的だったせいももちろんあるんだけど。
ウクライナに侵攻して世界中から悪の国家扱いされているロシアに、当然ながら人々の日々の暮らしがあり、スポーツを頑張っている人や愛し合う恋人たちがいて。
そんなことをつらつら考えつつスティングの名曲「Russians」の歌詞を思い出しながら観ていたら、なんかいろいろやり切れなくなったというのもある。
世界に平和を。


この時期にこの映画の公開を決意した配給元に拍手を贈りたい。
『ICE ふたりのプログラム』、2023年2月17日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。


🄫2017 VODOROD PICTURES LTD., ART PICTURES STUDIO LTD., FSUE VGTRK, All Rights Reserved

映画『デッド・ドント・ダイ』

DEAD DON'T DIE.jpg6月5日から各所で公開されているので、このブログを御覧の皆様で「もう観たよ」という方はかなり多いのではなかろうか。
(関東圏では既に上映を終えたところも多い)
ジム・ジャームッシュの最新作。
なんとゾンビ映画!

警察官が3人しかおらず、ダイナーもガソリンスタンドもモーテルも1軒ずつしかないのどかな田舎町・センターヴィル。
警察署長クリフ・ロバートソン(ビル・マーレイ)と巡査ロニー・ピーターソン(アダム・ドライヴァー)は、夜になってもなかなか日が沈まないことを不審に思いつつ、サマータイムに慣れないせいだなどと言い合いながら、日々の業務をのんびりと続けていた。
しかし不審なことは他にもあった。
時計やスマホがやたらと壊れたり、ペットや家畜がいなくなったり。
TVでは、エネルギー企業による北極での水圧破砕工事が地球の自転に悪影響を与えているのではと盛んに報じられている。
そのせいなのかどうなのか…センターヴィルの墓地から蘇った死体が人々を襲い始め。
「ロニー、ゾンビの殺し方は?」
「頭を狙うんです。何が何でも頭を殺る」
銃を持ったクリフと大ナタを手にしたロニーは、街で唯一の婦人警官ミンディ・モリソン(クロエ・セヴィニー)を伴ってゾンビ退治に乗り出すのだったが…。

…というのがもの凄くざっくりしたあらすじ。
それにしても…ちゃんとゾンビ映画なのに、ちゃんとジム・ジャームッシュの映画になっている。
(あたりまえだけど)
ジャームッシュを語る際によく言われる”オフビート”そのものなゾンビ映画。
間抜けとしか思えない会話。
意味があるのかないのかわからない、執拗に繰り返されるカット。
ほとんど投げっぱなしな展開。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)から40年近く変わらない、いかにもジャームッシュらしい作風。

前半のクリフ・ロバートソンとロニー・ピーターソンの会話を聴いていて、「ひょっとして…?」と思った予感は当たった。
公開から1ヵ月以上とはいえ、まだ観ていない人もいるだろうから、とりあえずネタバレを回避すべく詳細は伏せるが、”メタ映画”になっている。
アダム・ドライヴァーがいわゆる”スター・ウォーズ俳優”であることをネタにするあたり、思わず笑ってしまった。
日本刀を振り回す妖しい葬儀屋ゼルダ・ウィンストン(ティルダ・スウィントン:名前からしても完全に彼女をキャスティングすることを想定した当て書きだろう。それにしても撮影当時60歳近かったとは信じられない)は、ジム・ジャームッシュ曰く『大菩薩峠』(1966年)の影響とのことだが、いや…コレ『キル・ビル』(2003年)のパロディじゃないの?
(あと、彼女の妙に几帳面な言い回しに00年の『悪魔の毒々モンスター 新世紀絶叫バトル』を思い出したのは多分俺だけだろう)
とにかく途中から「く、くっだらねー!」と思いながら観ていた。

一方、先述した通りちゃんとゾンビ映画になっている。
(コメディではあるが)
特にジョージ・A・ロメロ作品へのリスペクトに満ちた引用に溢れる。
『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968年)や『ゾンビ』(78年)に顕著だった文明批評の視点を、この『デッド・ドント・ダイ』はしっかり受け継ぎ、発展させていると言ってイイ。
もっとも、それとてもここでいきなり出てきたモノではなく。
スピリチュアルな異形の西部劇とも言うべき『デッドマン』(95年:俺の大好きな1本)あたりから一貫した思想を感じずにいられない。

そして豪華な配役。
『ゴーストバスターズ』(1984年)や『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)などで有名なビル・マーレイ。
先述の通りスター・ウォーズ俳優(カイロ・レン役)として人気のアダム・ドライヴァー。
デレク・ジャーマンの諸作で頭角を現したティルダ・スウィントン。
(90年の『ザ・ガーデン』の時点でもう30歳だったのか。ちなみに『デッド・ドント・ダイ』では彼女の存在が斜め上過ぎてほとんど全部持って行く)
『レザボア・ドッグス』(91年)や『パルプ・フィクション』(94年)といったクエンティン・タランティーノ作品でも知られるスティーヴ・ブシェミ。
(以上は全員ジム・ジャームッシュ作品の常連。オールスター・システムというやつか)
『スリー・ビルボード』(17年)で名を上げたケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。
ゾンビに惨殺されるダイナーの経営者ファーンを演じたのが『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のヒロインだったエスター・バリントというのにはびっくり。
(映画を観た後にパンフレットを読んで初めて知った。全く気付かなかった)
あと、ジム・ジャームッシュの映画では御馴染みのミュージシャンたち(+新顔1名)。
最初に登場するゾンビを(多分ノリノリで)演じたイギー・ポップ(画像)、物語の狂言回し的存在である”世捨て人のボブ”ことトム・ウェイツ、運送屋ディーン役のRZA(WU-TANG CLAN)、それにセレーナ・ゴメス(かわいい)。

映画を観終わった後にまず思ったのは「くだらなかったー!」ということだったが(笑)、それでいて後味はけっこう重い。
これまでに観たどんなゾンビ映画よりも、ゾンビというのが物質文明に浸かり切った現代人そのもののメタファーだというのが嫌というほどわかる映画だから。
でも基本的にはくだらなくて楽しいコメディ、しかもしっかりジム・ジャームッシュ印。
まだ観てない方にはお勧めです。


(2026.1.2.改訂)


(C)2019 Image Eleven Productions,Inc. All Rights Reserved.

映画『うたのはじまり』

うたのはじまり.jpg聾(ろう)の写真家・齋藤陽道(陽道は“はるみち”と読む)を2年に渡って追いかけたドキュメンタリー映画。
…と言っても、ハンディにめげず頑張る障害者、などというありきたりな“感動ポルノ”の類ではない。

試写会での挨拶で監督の河合宏樹が語っていた通り、まず齋藤陽道という人物そのものが非常に魅力的。
朴訥にして繊細な雰囲気をまとったハンサムな青年。
手話や筆談での会話、また本人には相手の声が聞こえないながら、自身は発話出来る…それらの手段によって外とのコミュニケーションは可能ながら、それらの言語コミュニケーションのどれもが「しっくりこない」として、20歳の時に補聴器を外してカメラを手に取り、「聞く」ことよりも「見る」ことを選んで生きてきた人。
一方、障害者プロレス団体「ドッグレッグス」でレスラーとしても活動していたという。
彼が対戦相手と掴み合い殴り合うことも、非言語コミュニケーションのひとつに他ならない。

カメラやプロレスその他を通して、音声によらない根源的なコミュニケーションのあり方を模索する齋藤陽道。
音が聞こえないのだから、当然音楽も聴けない。
幼少時よりコミュニケーションに困難を感じ続けてきた齋藤だったが、音楽の授業は困難どころではなく。
本人曰く、音楽教師には「見放された」とのことで、彼はすっかり「うた」を嫌いになってしまった。

齋藤陽道の妻である写真家・盛山麻奈美もやはり聾者。
しかし、音のない世界を生きてきた二人が授かった息子は、耳が聞こえる“聴者”だった。
息子と風呂に入る齋藤、息子を寝かしつける齋藤…の口から発される、独特の音程を伴った言葉。
それは生まれてこの方「うた」を聴いたことのない彼の口から、彼の心から無意識に零れ落ちたオリジナルの"子守歌”。

嫌いだった「うた」が、他でもない自分の中から顕われて、改めてそれと出会った齋藤陽道。
まるで、太古の人類が初めて「うた」と出会った瞬間を再現するかのような。
そして映画は、「うた」は何処からやって来るのか、そもそも「うた」とは何なのかと問いかける。

息子が生まれ、育っていく過程を映し出しながら、その合間に齋藤陽道が参加したイヴェントの映像などが挿入される。
齋藤が参加した飴屋法水の公演で、耳の聞こえない齋藤に向かって歌い続ける聖歌隊CANTUS。
齋藤がリングの上で行なう肉体のコミュニケーションを自ら追体験すべく(?)取っ組み合う飴屋。
齋藤の被写体として、無音の中で舞うダンサー北原倫子。
(他に七尾旅人らが出演)
それら印象的な場面(最も印象的というか強烈なのは盛山麻奈美の出産シーンだろう)の中で時系列は錯綜し、場面毎に齋藤の髪が長くなったり短くなったり、眼鏡が変わっていたり。
(夫婦共にイチヤマの眼鏡が好きなんだな…と言ってもわかる人は少ないだろうが)
そうして場面を行き来しながら、音楽の根源どころか、そもそも聞こえるとは、聞こえないとはどういうことなのか…などとも考えさせられる。
それは自分が今生きる世界をどのように捉えるかということでもあるように思う。
“一輪の植物”など、言葉の使われ方に首をかしげる部分も幾つかあったものの(“一輪”は花に用いられる言葉だろう)、大きな瑕疵ではない。
鑑賞後、なんとも不思議な後味を感じる一本。


22日(土)より、シアター・イメージフォーラム他で公開。


(C)2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS


(2025.11.26.改訂)

映画『フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて』

FISHERMANS FRIEND.jpg俺の大好きな『ブラス!』(1996年)なんかの系譜に連なる、音楽映画の傑作。
しかもコレが実話をベースにしているというのだから。

ロンドンの音楽マネージメント会社で働くダニー(ダニエル・メイズ)は、同僚の結婚前最後のお楽しみ旅行に付き合って、会社のメンバー4人でコーンウォール州の港町ポート・アイザックにやって来た。
羽目を外して大いに楽しむ一行だったが、地元の漁師たちは我が物顔に振る舞う都会者を冷ややかに見つめていた。
街で安宿を営むシングルマザーのオーウェン(タベンス・ミドルトン)も、運転中に路上でダニーたちとトラブルになり、敵意をむき出しにする。

漁師たちはFISHERMAN'S FRIENDSという10人編成のバンド/コーラス・グループを組んでいて、シー・シャンティ(船乗りの歌)や民謡を歌うストリート・ライヴならぬ“浜辺ライヴ”をやっていた。
(余談だが、ここでHIGH TIDEの1stアルバム『SEA SHANTIES』を思い出した人は仲間)
そこに偶然通りかかったダニーたち。
上司から無理矢理「彼らと契約を交わせ」と命じられたダニーは、あろうことかポート・アイザックに一人置き去りにされてしまう。
それはダニーに仕掛けられたタチの悪い冗談だった。

趣味で好きな歌を歌っていたFISHERMAN'S FRIENDSのメンバーたちは、当然ながら得体の知れないよそ者からのマネージメントの誘いを一笑に付す。
ダニーは渋るオーウェンの宿に転がり込み、漁船に同乗するなどして漁師たちを口説きにかかるのだった。
そしてダニーの熱意に翻意した漁師たちは、オーウェンのアイディアで教会をスタジオ代わりにレコーディングを行なう。
冗談から発したマネージメント契約を上司命令と信じ込み、仕方なくFISHERMAN'S FRIENDSにアプローチしていたダニーだったが、頑固で武骨な海の男たちによる素朴にして美しいハーモニーに徐々に心を奪われて行き。
並行して、ダニーを嫌っていたオーウェンとの距離も縮まって行くことに。

上司から契約話は冗談だったと言われても、ダニーはもう止まらない。
会社を辞めた(!)ダニーはFISHERMAN'S FRIENDSを引き連れてロンドンに乗り込み、レーベルに売り込みを図る。
レコード契約は不首尾に終わったものの、エリザベス女王の誕生日を祝うTVの特番で英国国歌を歌わせてもらえることに。
思わぬ大チャンスに意気込んだダニーだったが、生中継でFISHERMAN'S FRIENDSが歌い出したのは英国国歌ではなく地元コーンウォールを讃える歌で…。


…と、ちょっと長いけど以上が中盤までのあらすじ。
(ここまでは映画の公式HPにも載っている。ちなみにこの映画、112分と実際かなり長い)

木端みたいな小さな漁船で海に乗り出していく漁師たちのキャラがとても良い。
FISHERMAN'S FRIENDSのリーダー格であり、ひねくれ者ではありつつも娘であるオーウェンを心底愛しているジム(ジェイムズ・ピュアフォイ)。
そのジムの父親であり、毒舌ながら歴史や古謡に対する深い知識を持つ老漁師ジェイゴ(デイヴィッド・ヘイマン)。
メンバー中最年少で、美しいリード・ヴォーカルを聴かせる一方でメンバーたちのたまり場であり心のよりどころでもあるパブTHE GOLDEN LIONを経営するローワン(サム・スウェインズバリー)。
あと、主演作『わたしは、ダニエル・ブレイク』が話題となったデイヴ・ジョーンズがジェイゴの親友リードヴィル役で出演しているのも注目。
(台詞はそれほど多くないものの)

主人公であるダニーも、敏腕業界人という設定なんだけど、見た目は全然そんな風じゃなくて、なんともさえないルックスの中年男。
ヒロインのオーウェンも、とっても美人ではあるがいかにも田舎町で奮闘するシングルマザーという感じの(?)、わりとずどーんとした体型で。
それが逆に実話ベースの物語にふさわしいというか、キャストの誰もが市井の人っぽい感じを醸し出しているのがイイ。
(ジムがちょっとハンサム過ぎに見えるぐらい)

ユーモアのセンスが黒かったり口が悪かったりする登場人物がけっこう多いせいで、上映中はくすくす笑いがかなり頻出。
コメディ要素はかなり強い。
一方後半になると一気に泣かせるシーンが多くなり。
ダニーは漁師やオーウェンにはねつけられたり仲良くなったり、仲良くなったが故にトラブルが起こると徹底的にこじれたり。
それを観ているこっちの気分も盛り上がったりはらはらしたり。
長めの映画だが、まったく退屈することも眠くなることもなく、笑ったり泣いたりしながら観ていた。
凄く良かった。

田舎町の男たちが音楽に向かうという点では、冒頭に名前を出した『ブラス!』によく似ている。
『ブラス!』ほど男泣き要素は強くないとはいえ…『ブラス!』の浪花節っぷりはウェールズだからなのか、と思ったり。
しかし、イングランドの南西の端に突き出したコーンウォール(ロンドンからポート・アイザックまで車で6時間以上かかるという)も、ウェールズ同様にグレート・ブリテン島の西側に位置し、ケルト語圏に属する。
ウェールズにはウェールズ語があるが、コーンウォールにもウェールズ語同様にケルト語の一種であるコーンウォール語があり、コーンウォール語の単語や言い回しは『フィッシャーマンズ・ソング』にも登場する。
その点、イングランドとはいえロンドンとかの都市部とは文化や風俗、そして精神性なんかもかなり違っていそうな気がする。
『ブラス!』を観た時、「なんだこの浪花節! イギリスじゃなくて日本みてえ!」とか思ったけど、この『フィッシャーマンズ・ソング』もやっぱり日本人の琴線に触れる部分がかなりあるような。

作中で流れる音楽はシー・シャンティや民謡だけじゃなく。
TOM ROBINSON BAND「2-4-6-8 Motorway」がナイスなタイミングで使われているのにニヤリとする人もいるのでは。

ちなみにFISHERMAN'S FRIENDSは1995年にチャリティのために結成されたグループで、ダニーのモデルであるイアン・ブラウンのマネージメントを得て2010年にメジャー・デビューし、現在も活動中とのこと。
映画の原題はそのまんま『FISHERMAN'S FRIENDS』。
(実話をベースにしているとはいえ、登場人物が実名ではなかったりするところからして、ダニーの恋バナとかは当然ながらかなり脚色されていると思う)

ともあれ『ブラス!』や『スティル・クレイジー』といった英国製の音楽映画が好きな人には超お勧めです。
個人的には、早くも2020年のベストの有力候補が出た感が。


新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国各所で公開中。
俺は有楽町で観たけど、ヒューマントラストシネマでの公開は13日(木)までとのことで、一方新宿(いつまでの公開か知らない)は上映時間が朝早いので、これから観ようという方は御注意を。


(C)FISHERMAN FILMS LIMITED 2019


(2025.11.24.改訂)

映画『冬時間のパリ』

冬時間のパリ.jpgフランス映画なんて何十年ぶりに観たなあ…。

原題は『Doubles Vies』(直訳すると“二重の生活”)。
“冬時間のパリ”という、原題とまったく関係ない邦題になっているのは、本作の監督であるオリヴィエ・アサイヤスが監督した『夏時間の庭』にひっかけたのだろう。
映画の内容はまさに原題通りと言える。

老舗出版社で働く敏腕編集者のアラン(ギョーム・カネ)は、旧友であり担当する作家でもあるレオナール(ヴァンサン・マケーニュ)の訪問を受ける。
自身の爛れた(?)女性関係しか書かない私小説作家であるレオナール(彼自身は“私小説”ではないとはぐらかし続けている)は新作に自信を持っているが、レオナールと友人関係でありながら彼の赤裸々な作風を内心で嫌悪しているアランは、レオナールの新作の出版を断ってしまう。
ところがアランの妻であり、そこそこの知名度を得ているヴェテラン女優セレナ(ジュリエット・ビノシュ)はレオナールの新作をプッシュする。
実はセレナはレオナールと6年に渡って関係を持っていたのであった。
一方レオナールの妻であるヴァレリー(ノラ・ハムザウィ)はレオナールの新作よりも自身が秘書を務める新進政治家・ダヴィッドの行く末に腐心し。
そしてセレナに浮気されているアランも会社のデジタル部門を担当する、若く美しいロール(クリスタ・テレ)と不倫していて…。
みんなが原題通り“二重の生活”を送っているのだ。

…と、ややこしい関係がただただ会話劇で進行していく。
とにかく会話が続く。
日本人の会話劇とまったく違う。
大半は議論だ。
政治について、文化について、文学について。
どうしてこんなに考え方や意見が違う人たちが結婚してたり付き合ってたり友人関係だったりするのだろう…と、日本人なら疑問に思ってしまうぐらいの議論が展開する。
電子書籍の時代に順応しようと努めるアランも、デジタルの申し子的なロールとはまるっきり考え方が違うのに、一方で付き合ってたりとか。
正直よくわからん。
しかしお互いが思うことを主張しつつお互いを尊重するのがヨーロッパの彼らの流儀なのだろう、多分。

若いクリスタ・テレだけでなく、撮影の時点で54歳だったはずのジュリエット・ビノシュも、惜しげもなく裸身をさらす。
それが実に美しい。
色恋沙汰とか性愛とかが20代や30代だけのモノじゃないということを、名優たちが“身体を張って”というのではないさりげないレベルで示してくれている。
(ジュリエット凄くキュート!)

あまりフィーチュアされない音楽の使われ方がまた心憎い。
スマホを使いまくる現代のお話なのに、室内で流れているBGMがハインツ・バート「Just Like Eddie」(ギターはリッチー・ブラックモア)だったり、テーマ曲(?)での聴き覚えのある間の抜けた歌声がジョナサン・リッチマンだったり。
そしてお話はなんとなくイイ感じに着地する。
(それもけっこう謎に思う人が多いかも知れないが)

いかにもフランス映画らしいフランス映画とも言える一方、ウディ・アレンっぽいテイストを感じる人も多いかと。
残念ながらBunkamura(←これまた何十年ぶりに出かけた)ル・シネマでの公開は30日まで。
気になる方は是非。


(C)CG CINEMA/ARTE FRANCE CINEMA/VORTEX SUTRA/PLAYTIME


(2025.11.24.改訂)

映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』

HEAVY TRIP.jpg音楽映画の系譜に新たな傑作が登場。
北欧フィンランドから。
お題は当然、メタルだ。

25歳のトゥロはフィンランド北部ド田舎の何もない寒村に暮らしている。
(野良トナカイがそのへんをうろうろしているような土地)
仲間とバンドをやっているが、結成から12年間、ライヴをやったこともなく、1曲のオリジナル曲もない。
(おまけにバンド名すらない)
トゥロ(ヴォーカル)は周囲から長髪を馬鹿にされながら村の介護施設で働き、速弾きの名手ロットヴォネン(ギター)は実家のトナカイ解体業を手伝い、メタルに関する該博な知識を持つバンドの頭脳・パシ(ベース)は図書館勤務。
ある日ひょんなことからロットヴォネンが唯一無二の独創的なリフを思い付き、バンドは一気に超絶なオリジナル曲を書き上げる。
そのオリジナル曲を収録したデモテープは、偶然彼らの元を訪れたノルウェイの巨大メタル・フェスの主催者フランクの手に渡る。
メタル・フェス出演という光明を見出したトゥロたちはバンド名をIMPALED REKTUM(直腸陥没)と決め、“終末シンフォニック・トナカイ粉砕・反キリスト・戦争推進メタル”(なんじゃそりゃ)を標榜して本格的な活動へと乗り出す。
しかしとりあえず村のライヴハウスで臨んだ初ライヴで、トゥロは緊張のあまりステージで大嘔吐、ライヴはぶち壊しに。
フェスティヴァル出演もかなわないことが明らかとなり、バンドはあえなく解散となってしまう。
希望も何もない日常に戻っていったトゥロだったが、そんな折、バンド活動に一番熱心で前向きだったおデブの好漢・ユンキ(ドラム)が運転中にトナカイを避けて事故死。
愛すべき親友ユンキを失ったトゥロはここに至って自分が本当に望んでいたこと、今やるべきことを確信。
トゥロ、ロットヴォネン、パシの3人は盗んだバンに墓地から掘り起こしたユンキの棺をくくりつけ、トゥロが勤務する施設で隔離収容されていた精神障害者オウラを拉致して新しいドラマーの座に据え、ノルウェイを目指すのだった…。

…というのがあらすじで、ここまで書くとネタバレに見えるかも知れないが、ここまではフライヤーとかにも書いてある。
基本的にはどんでん返しのストーリーで観る者を驚かせるのではなく、ある意味この手のバンド映画のお約束とも言えるようなベタな展開の中に笑いと涙をまぶしていくという作りになっているので、あらすじが後半まである程度明かされているのは無問題ということなのだろう。

バンドが主役の音楽映画が好きで、なおかつメタルが好きという人であれば、この映画は相当楽しめると思う。
(フライヤー画像を一目見ただけで「なんで一人だけコープス・ペイントなんだよ!」というツッコミは、メタル・ファンなら誰でもしてしまうだろう)
一方、特に黒人音楽が好きでなくても多くの人が『ブルース・ブラザース』を楽しんだように、メタルのファンでなくてもかなりアピールするはず。
特にその手の映画を多く観た人なら、様々な映画との共通点や、明白なオマージュなどに膝を打つはず。
メタル・バンドを主人公に据えたドタバタという点では『スパイナル・タップ』。
(ドラマーが死ぬ、というのも共通)
バンドに迷惑をかけられた連中が束になって追ってきて、警察や軍隊まで登場するカーチェイスは『ブルース・ブラザース』。
バンの屋根に死んだメンバーの棺を載せるのは『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』。
一度は希望に燃えたメンバーたちがあえなくどん底に舞い戻った後に再起を目指すというストーリーは『スティル・クレイジー』。
音楽映画だけでなく、「ああ、このシーンってアレの…」と思うところが幾つも。

北欧の映画全般、特にフィンランドの映画が好きな映画ファンにもお勧め。
ユッカ・ヴィドグレン、ユーソ・ラーティオという二人の監督(共にこの作品が長編デビューとなる)のコメントには“含みのあるインテリなネタにほくそ笑むのではなく”“腹がよじれるほど大爆笑したい人に見てほしい作品”とある。
いや…でもコレ、やっぱりフィンランドの映画だ。
トゥロがステージからお客の顔面にゲロをぶちまけるとか露骨な下ネタとか、制作サイドは含みのないシンプルなギャグを届けようとしたのかも知れない。
しかしトゥロたちの上手く行かない日々の湿っぽさというかしょっぱさや、随所でほろりと泣かせる展開…コレはやはり北欧、特にフィンランドあたりのセンスに他ならないのでは、と思えてならない。

一方でもちろん、くすぐりから爆笑まで多種多様な笑いがちりばめられている。
特にメタルが好きな人には「そう来たか!」と頬が緩んでしまう場面があちこちに。
ネタバレギリギリで個人的に一番ツボだったところをちらっと書いておくと、トナカイ解体業を営むロットヴォネンの父親の片手が解体用の丸鋸の事故でひどいことになっているのが、終盤の不謹慎な笑いの伏線になっている。
俺はそこで一番笑ってしまった。
(俺だけか?)

あと、演奏面でも活動面でもバンドを土台からプッシュし続けるドラマー、ユンキのキャラクターがとても良い。
彼がもの凄くナイスな奴だからこそ、トゥロの絶望も再起の決意も説得力を持つというモノだ。

音楽はSTRATOVARIUSのベーシストとして知られるラウリ・ポラーが担当。
IMPALED REKTUMの“終末シンフォニック・トナカイ粉砕・反キリスト・戦争推進メタル”がどんなサウンドなのかは、映画を観て確認していただきたい。

『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』、12月27日(金)よりシネマート新宿&心斎橋他にて公開。


(C)Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mutant Koala Pictures 2018


(2025.11.1.改訂)

映画『IDOL‐あゝ無情‐』

IDOL-あゝ無情-.jpgBiSH、BiS、GANG PARADE、EMPiRE、WAggというアイドルグループが所属する音楽事務所WACKが制作したドキュメンタリー映画。

WACKが今年の3月に開催した、九州の離島・壱岐島での“アイドルを目指す少女たちによるオーディションサバイバル合宿”の模様と、その裏で起きた第2期BiS解散とその後に密着。
俺はまったく知らなかったが、その“オーディションサバイバル合宿”はニコ生で24時間配信され続け、約230万人という前代未聞の来場者数を記録したという。
なのでこのオーディション/合宿についてはリアルタイムでニコ生を観ていたという人も少なくないかも知れない。
(このブログを読んでいる人でそういう人がどれくらいいたかはわからんとはいえ)
ともあれこの映画では、その生配信では見ることが出来なかった(はずの)部分も赤裸々に描かれている。

その“オーディションサバイバル合宿”の模様が、実にエグい。
合宿に入る前の事前選考の時点でとんでもない数の参加者が押し寄せ、その大半が面接でハネられる。
30人に満たない少女たちが候補生として選出されるものの、合宿開始前に過呼吸でぶっ倒れて脱落する者あり、直前に辞退して帰ってしまう者あり。

無事(?)合宿に参加した候補生たちにも、過酷な試練が待ち受けている。
それは歌やダンスだけではない。
運も含めたすべてを選考基準とするオーディション/合宿の中で、毎日脱落者が発表され、候補生はどんどん絞り込まれていく。
そこにBiSで“戦力外通告”を受けたメンバーも参加し、少女たちの日々は苛烈を極めていく。
戦力外通告を受けたBiSメンバーは、このオーディションで這い上がれなければBiS脱退が決められている。

その試練は、理不尽と言えばあまりに理不尽。
「何故マラソン?」
「何故メロンパン?」
「何故腹筋?」
「なんだこの禅問答みたいな“圧迫面接”は…?」
「第2期BiSの解散…コレは本当にメンバー全員の総意と言えるモノなのか?」
映画を観ている間、頭の中に「?」が幾つも浮かんでしまった。

一方で、85分の上映中、まったく目を離すことが出来なかった。
「メンバーも運営も、ここまでやらねばならんのか…」
運営を束ねるWACK社長、渡辺淳之介は、ここでは極悪な大悪役にさえ見える。
しかしこの映画のプロデューサーは他でもないその渡辺。
全部を受け止めたうえでのこの映画、ということか。

そしてメンバーを一新した第3期BiSがスタートする一方で、解散した第2期のメンバーにはWACKに残る者あり、去る者あり。
残ったメンバーにも去ったメンバーにも、いかなる未来が待ち受けているのか。

「映画野郎」でいう“絶望映画”の系譜に含めてもイイような気がする作品。
一方でそこにあるのはむき出しのRAWなエナジー。
俺にはあまり気の利いたことは言えそうにない。
ともあれ気になった人は観た方がイイ。


『IDOL-あゝ無情-』、11月1日(金)より、テアトル新宿他にて全国順次公開。
予告編はこちら↓
https://youtu.be/C3hQC38NuFk


(C)WACK INC.


(2025.10.27.改訂)