映画『7s/セブンス』

7s.jpg昨年、伊坂幸太郎の小説を原作とした『オー! ファーザー』で商業映画監督としてデビューした藤井道人監督による新作映画。
未完成のままお蔵入りしていた映画『7s』に関わった人たちのあれこれを描いた群像劇。

自主映画を撮っていたサワダ(アベラヒデノブ)が大学の同級生だったサナガワ(淵上泰史)と一緒に作った映画が、インディーズ映画祭“東京映画祭”でグランプリを獲得。
賞金100万円を元手に新作を撮ろうと構想していたサワダだったが、普段は居酒屋のバイトに明け暮れていた。

しかし、その居酒屋にやって来た小劇団のメンバーの一人が、サワダの受賞の模様を見ていた。
そこから一気にサワダの、そして周辺の若者たちの運命が動き出す。
飲み会に居合わせた売れないモデルのカブラギ(深水元基)たちは、同じく飲み会に参加していた人気お笑い芸人・ゴギョウ(サンガ)や劇団の看板女優・ナズナ(小林夏子)と共に、サワダの新作映画『7s』に出演することに。

なんとなくモデルを続けていたものの、ブレイクするでもなかったカブラギ。
小劇団の看板女優ではあったが、若い後輩がステップアップしてくるのを感じ取っていたナズナ。
そして、アクション俳優への夢を持ちながらも裏方に甘んじていたセリ(網川凛)。
『7s』出演を決めた面々は、それぞれがこの映画の成功によって自分が“何者か”になれることを夢見ていた。
もちろんサワダも。

そして『7s』の撮影開始。
キャストもスタッフも一丸となって、大盛り上がりで撮影は進行する。
しかし、それも長くは続かなかった。
先輩のカブラギにくっついて、モデルからなんとなく演技の道に入ったイムラ(須賀貴匡)が、大手の事務所に拾われたのを機にブレイクし、あっさりと『7s』を降板。
撮影スケジュールはたちまち崩壊し、スタッフ間の不和は修正し難いモノとなり。
そして、なんと撮影データが消失。
(デジタルって怖いね)
資金も使い果たし、『7s』は完成することなく、制作中断となってしまう。

スタッフもキャストもばらばらになり。
イムラは俳優として、サナガワは映画監督として成功するが、サワダはただの居酒屋バイトに戻り、ゴギョウの人気は凋落して“あの人は今”的な番組で醜態をさらす。
上では敢えてあっさり書いているけど、物語の中で成功から見放されたスタッフとキャストにふりかかる負のスパイラルは、観ていて本当に気が滅入るほどのモノだ。
凄く陰鬱な気分になる。
(それがどんなモノかは、是非実際観て下さい)

しかし、それがポイントなのだった。
挫折があまりにも大きく、失ったモノがあまりにも大きかったが故に、終盤改めて前を向くサワダの表情は、逆に見モノだ。
こっちまで救われたような気分になる。
コレ以上はネタバレになりそうなので、終盤以降のストーリーについては触れないが、葛藤や対立や裏切りや挫折がそれぞれ深い故に、ラストのカタルシスのようなモノがその分だけ大きくなる。
万事が無事に解決するワケじゃなくても、ほろ苦い余韻がまたリアルな味わいになるというもんだ。

『7s』に直接関わってない人たちも含めて、登場人物それぞれの状況が次々と錯綜気味に描かれるので、最初のうちはちょっととっつきづらい。
誰が何の人だかよくわからなかったりして。
それにしてもコレはお勧めの拾い物。
今年は昨年に較べても映画を観てないんだけど、ともあれ現時点では個人的暫定1位。


『7s/セブンス』、11月7日(土)より新宿武蔵野館にてレイトショウ公開。


(C)7s/セブンス製作委員会


追記:
藤井道人監督は、その後『新聞記者』や『ヤクザと家族 The Family』などで名声を確立している、というのは多くの人が知るところだろう。
『7s』で印象的な演技を見せたアベラヒデノブも、多くの主演作があり。
ゴギョウを演じたサンガ(三箇一稔)は、富山県で農業をやりながら芸能活動を続けているという。

(2022.2.2.)


追記2:
藤井道人監督はその後も活躍を続けている。
小林夏子は永(はる)夏子と改名し、カウンセラーとしても活躍。

(2024.8.26.)

映画『アナーキー』

アナーキー.jpgシェイクスピアの戯曲を、現代を舞台にして映画化…という例はこれまでにも幾つかあるが、新たな一作が加わった。
以前にも現代のニューヨークに置き換えた『ハムレット』(2000年)を監督していたマイケル・アルメレイダによる現代版『シンベリン』。
それがこの『アナーキー』だ。
(また思い切った邦題を付けたもんだ。原題はそのまま『CYMBELINE』)

残念ながら原作『シンベリン』を読んだことがないので、原作との比較が出来ないんだけど。
(ついでに言うと映画『ハムレット』も観てない)

古代ブリテンの王・シンベリンの娘・イノジェンは、王の許しを得ずに身分違いの幼なじみポステュマスと結婚。
イノジェンを、自身が溺愛する後妻…の連れ子・クロートンと添わせようと思っていたシンベリンは激怒し、ポステュマスを追放してしまう。
追放されたポステュマスは謎の男・ヤーキモーと出会う。
妻・イノジェンの美貌と貞淑さを語るポステュマスに、ヤーキモーはイノジェンの貞節を試すために自分がイノジェンのところに出かけて誘惑して見せようと言い放つ。
ヤーキモーの挑発に乗ったポステュマスは、イノジェンの貞節を巡ってヤーキモーと賭けをすることに。
折も折、ブリテンとローマ帝国の関係が悪化し、天下には戦の予兆が満ちて来ていた。

…というのが、シェイクスピアによる原作のあらすじらしい。
マイケル・アルメレイダは、物語の舞台をそっくりそのまま21世紀のペンシルヴァニア州に移している。
ブリテンの王・シンベリンは、ペンシルヴァニアの退廃した街でバイカー・ギャング“ザ・ブリトンズ”を率いる麻薬王・シンベリン(エド・ハリス)に。
ローマ帝国は、“ローマ警察”(!)に。
(ローマというのはペンシルヴァニアに実際にある街なんだそうで)

そんな設定の中、引き離されてしまったポステュマス(ペン・バッジリー)とイノジェン(ダコタ・ジョンソン)の絆を軸に、シンベリンとその後妻にして悪妻・クイーン(ミラ・ジョヴォヴィッチ)、そしてアホで尊大な連れ子・クロートン(アントン・イェルチン)、ポステュマスとイノジェンをなんとか守ろうと奔走するブリトンズのメンバー・ピザーニオ(ジョン・レグイザモ)、かつてシンベリンに追放されて今は山中で隠遁生活を送るベレーリアス(デルロイ・リンド)らがそれぞれに動き、運命が交錯する。
なるほどシェイクスピアらしいどんでん返しの連続。

で、一言で言うと、違和感の大きい映画。
どんな違和感かというと、ミュージカル映画を観ている時の違和感に近い。
俺自身は、キャストが急に歌い出すようなミュージカル映画にはそんなに違和感を感じないんだけど、この映画では、どの登場人物も文語調っぽくてしかも説明的な独白がやたらと多い。
しかしコレは、元々がシェイクスピア劇であることを強調しようとしての、意図的なモノなんだろう。

終盤の急転直下ぶりも、ちょっと「あれれれ」と思ってしまう。
原作がどうなのか知らないんでなんとも言えないんだけど、個人的にはもうちょっと余裕を持ったテンポで進めて欲しかったようにも思う。
しかし、ユニークだ。
ブリテン王国を現代のバイカー・ギャングに置き換えたりするところとか、ナイスな着眼点だと思う。

ストーリーの中核を成す若い二人を演じたペン・バッジリーとダコタ・ジョンソン(細くてかわいい)がとても良かった。
ダコタはシェイクスピア劇の十八番とも言える(?)男装も披露。
あと、老戦士といった佇まいのデルロイ・リンドも渋い。
ちなみにキャスト表ではイーサン・ホークが筆頭になってるけど、彼は主演でも何でもなくて、いわば狂言回し的な役どころ。
得体の知れないキャラクターを好演している。


6月13日(土)より、新宿シネマカリテ他で公開。


(C)2014 CYM Film Holdings, LLC. All Rights Reserved.


追記:
ペン・バッジリーとダコタ・ジョンソンはその後も活躍を続けている。

(2024.8.7.)

映画『ソレダケ/that's it』

ソレダケ.jpg石井岳龍 meets bloodthirsty butchersな映画『ソレダケ/that's it』なるモノが公開される…という話は、先日書いたが。
試写を観た。


主人公・大黒(ダイコク:染谷将太)がうなされて飛び起きる/跳ね起きるシーンから、映画は始まる。
大黒がばね仕掛けのように跳ね起きるシーンはその後も作品中で繰り返される。
それが大きな意味を持つことは(以下略)

薄汚れた作業着姿の大黒はコインロッカーをバールでこじ開け、裏社会の調達屋・恵比寿(エビス:渋川清彦)の財布を盗み出す。
社会の最底辺に生きる大黒は恵比寿の金を奪ったつもりだったのだが、財布の中には大金と一緒にハードディスクが入っていた。
ハードディスクの中身は、名簿。
家出人やホームレスや破産者など、底辺に生きる人々の名前から本籍に至る…戸籍や人身をビジネスにするためのリスト。
恵比寿にとっては金よりも大事なモノ。

大黒には“殺したい相手”がいた。
大黒が戸籍を失い、身の証を立てられないまま社会の最底辺で生きる羽目になった、その原因を作った男が。
そして大黒はハードディスクを交渉の材料として、恵比寿からその男の情報を得ようとする。
しかしあえなく拘束され、ボコボコに。

その場には、裏風俗から逃げ出した阿弥(アミ:水野絵梨奈)も拘束されていた。
二人して逃げ出した大黒と阿弥は、どうやら旧知の仲だった様子。
大黒は恵比寿から奪った金でブローカーから戸籍を買おうとし、阿弥は裏社会の住人・猪神(イノガミ:村上淳)に保護を求めるが、結局再び拘束される。
大黒と阿弥を待っていたのは、恵比寿も猪神も比較にならないような絶対的な悪の権化・千手(センジュ:綾野剛)による、想像を絶する拷問だった。
そして、そこで知らされる衝撃の事実。
大黒は、負のスパイラルを振り払うため、ひとつの決意をする…。


…というような物語の背景に流れる、というか耳を聾する轟音で鳴り響くのは、すべてbloodthirsty butchersのライヴから拾った音を加工したモノ。
もちろんbloodthirsty butchersの楽曲も使用されているし、演奏シーンもちょっとだけ出てくる。
恵比寿が嬉々として「デストロイヤー」を口ずさむシーンには、思わず笑ってしまった。

しかし…何よりも、石井聰互そのものの映画だコレは。
ってか、この人なんで改名したんだろうか。
コレは、『狂い咲きサンダーロード』の、『爆裂都市 BURST CITY』の…石井聰互による、久々の爆裂ロック映画だ。
物語は、正直言って穴だらけ。
ツッコミどころはいたるところに満載。
だが、力技でねじ伏せる。
いや、力技ではなく力業というべきか。
終盤の展開は、石井岳龍名義で作っているという近作の不条理な世界(観てない…)が入ってるのかなとか思ったが、全編を覆う疾走感と暴力、後半のドンパチ、不屈の闘志がほとんど狂気と化してカタストロフに向かうありさま…コレは石井聰互そのものだ。

ストーリーの穴が気になる人も多いかも知れない。
後半の展開にリアリティの欠如を感じる人も多いかも知れない。
染谷将太と水野絵梨奈の演技というか動き(特に後半)に不満を感じる人も多いかも知れない。
(正直言って、個人的に気になるところは多かったのだが)
それでも、80年代前半の石井聰互の映画を記憶にとどめている人は、観るべきだと思う。
(そうでない人も、もちろん観るべきだと思う)

そして、石井岳龍にこの物語を作らせたbloodthirsty butchersを、改めて想う。
改めて言っておくと、映画のタイトルはbloodthirsty butchers1999年作『未完成』の収録曲にちなむ。


『ソレダケ/that's it』、5月27日から、シネマート新宿で公開。
その日には、TSUTAYA O-EASTでの“爆音上映”もアリ。
(いずれもキャスト・監督による舞台挨拶を予定)
更に5月5日、シネマート新宿で『狂い咲きサンダーロード』『爆裂都市 BURST CITY』そして『kocorono』を一気に上映するというイヴェントもアリ。
(こちらも石井岳龍の舞台挨拶を予定)
俺はどれも行けそうにないが…。


(C)2015 soredake film partners. All Rights Reserved.


蛇足:
作中で大黒が読みふける架空のコミック『デストロイヤー』。
山下ユタカに描かせて欲しかったと思う。
石井岳龍の手元に『ガガガガ』は渡っているはずなのだが、響かなかったのだろうか。


追記:
元E-girlsの水野絵梨奈は、この作品で第30回高崎映画祭の最優秀新人女優賞を獲得している。

(2024.8.2.)

映画『フィルムエイジ:ザ・ストーリー・オブ・ディセンデンツ/オール』

FILMAGE.jpg俺がDESCENDENTSを知った時、バンドはもう解散していた。
栄森陽一氏(snuffy smile…当時はテイチクの社員だった)の文章で知ったんだった。
西新宿でCDを買って来て「こんなバンドがいたのかー」とか思った。
ドラムのビル・スティーヴンソンが、俺が初めて買ったBLACK FLAGのアルバム『MY WAR』に参加していたことに気付いたのは、かなり後だった。

俺がDESCENDENTSを知ってから、もう20年以上。
今頃になって、映画が出来ようとは。
1978年に結成され、マイロ・オーカーマン(ヴォーカル)が87年に脱退し、DESCENDENTSからALLに移行するまで約10年。
その間、大売れするでもなく。
(ALLになってからもやっぱり売れず)
俺のように、解散後に知った人も多かっただろう。
しかし、ようやく時代が追い付いたのか。
ポップ・パンクの元祖として、その重要性は揺るぎない。

実際のところ、時代が追い付いたのかどうかも定かではない。
映画『フィルムエイジ:ザ・ストーリー・オブ・ディセンデンツ/オール』は、二人の監督をはじめとする製作関係者の自己資金だけで作られた低予算映画だという。
レミーやオジー・オズボーンの映画とは違う。
しかし、作中に登場する顔触れはそこらのロック・ドキュメンタリーに負けない豪華さ。
亡くなったフランク・ナヴェッタ(ギター)を除くDESCENDENTS/ALLの歴代メンバーはもちろんのこと、DESCENDENTSに影響を与えたTHE LASTのメンバーや、関わりの深かったキース・モリス(BLACK FLAG、CIRCLE JERKS)、マイク・ワット(MINUTEMEN、THE STOOGES他)。
DESCENDENTSに影響を受けたと語る面々は更に凄くて、『極悪レミー』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_423.html)でも出番の多かったデイヴ・グロール(NIRVANA、FOO FOGHTERS)を筆頭に、ブレット・ガーヴィッツ(BAD RELIGION)、グレッグ・グラフィン(BAD RELIGION)、ファット・マイク(NOFX)etc.
(個人的には、キラ・ロズラーに「おお」と思った。少年のようなBLACK FLAG時代の姿と、かわいいおばあちゃん?になった現在)

ゲスト陣のコメントよりも何よりも、見モノなのはもちろんDESCENDENTS/ALLのメンバー自身の発言と、惜しげもなくぶち込まれた往年のライヴ映像の数々。
釣り好き(笑)でイケてない10代の二人が30代のベーシストを引き入れて結成したトリオに、更に見た目のイケてない眼鏡のヴォーカリストが加わり。
歌われるは失恋やコーヒーや、あるいはいかにもパンクでございといったポーズ抜きに吐露される世界や周囲への違和感。
それをとびきりポップな、それでいてパンク・ロックそのものの楽曲と演奏に乗せた。
DESCENDENTSの曲で俺が最も気に入っているモノのひとつ…“アンタみたいになるってんなら、俺は成長なんてしたくない”と歌われる「I Don't Want To Grow Up」あたりは、その代表格だろう。

それにしても、分厚い眼鏡をバンドで固定して歌うマイロ・オーカーマンのダサカッコよさと来たら。
マイロを失ったバンドは、ALLに移行してからもそれぞれにナイスなヴォーカリストを迎えたり失ったりしたが、誰一人マイロの存在感を超えられず。
(ALLもいいバンドだけどねー)
ALLの音楽に自信を持ちながら、思うような評価を得られないまま前座などで活動を続けたメンバーたちの苦悩や葛藤、その後の様々なトラブルも、率直に語られている。
それら諸々を経てのDESCENDENTS再編ライヴの模様にはグッとキたし、映画のエンディングはそれ以上に感動的。

ゲストのコメントを挟みながら歴史を追うというのは、最近のロック・ドキュメンタリー映画の定番だが。
レミーでもオジー・オズボーンでも、バンド毎、ミュージシャン毎のストーリーがあり。
DESCENDENTSとALL、そしてビル・スティーヴンソンにはやはり彼らのドラマがある。
DESCENDENTSを聴いたことがなくても、ポップなパンクが好きな人にはお勧めな1本。


『フィルムエイジ:ザ・ストーリー・オブ・ディセンデンツ/オール』、12月13日(土)から渋谷HUMAXシネマで、1月10日(土)からシネマート心斎橋で、レイトショー公開。


(C)2013 FILMAGE MOVIE, LLC.


(2024.7.3.改訂)

映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』

Nas.jpg最近のヒップホップは正直全然知らないけど、Nasが出てきた90年代前半…まではまた別で。
俺に限らず、PUBLIC ENEMYやDIGITAL UNDERGROUNDなんかをオルターナティヴ系のロック・バンドとかと並行して聴いていた人も、多かったはず。
(いやまあ、その頃のラップやヒップホップも全然知らないが)

そのNasの1stアルバム『ILLMATIC』(1994年)から20年、というのに合わせて登場した映画。
(げっ、もう20年か…)

ゲットー生まれヒップホップ育ち、ヤクの売人は大体友達…みたいなストリートの物語を軸にしたアルバム制作秘話、的なのを想像していた。
もちろん、基本的にはそんな感じ(?)なんだけど、それだけじゃなかった。

お話は、Nasの父親であるジャズ・トランペッター、オル・ダラの出身地であるミシシッピー州の田舎町からスタートする。
映画の中で、先人たちに対するリスペクトが繰り返し語られ、Nas(そして彼の弟であるジャングル)は、自分たちが”継承者”であることを強調する。
何を継承しているのかと言えば、1980年前後に始まったヒップホップの水脈を継承しているのだ、というのはもちろんなんだけど、それだけじゃなく。
20世紀初頭のミシシッピー・デルタあたりで黒人が浮世の憂さを歌にした、プリミティヴな戦前ブルーズに始まる黒人音楽の大きな川…その中に位置するひとつとしてNasがいて、そしてヒップホップもあるのだ、ということをこの映画は言わんとしている、そんな気がした。

クイーンズブリッジの、黒人ばかりが住む巨大な団地で、貧しくとも楽しく暮らしていたNasと家族。
しかし両親は離婚。
そしてNasは中学校も卒業出来ずにドロップアウト。
クラックの蔓延によるコミュニティの荒廃。
友の死。
そんな環境から、紙とペン、そして1本のマイクだけを頼りに成功を手繰り寄せたNasの語り口は、意外にも(?)謙虚で淡々としている。

もちろん紙とペンとマイクだけではヒップホップは成立せず。
Nasと関わったトラック・メイカーたちの豪華な顔ぶれも楽しめる。
そして、Nasからの影響を口にする多くの人たち。
エリカ・バドゥが声だけの出演なのは惜しかった…お姿が見たかった。
あと、Nasをリスペクトする白人のロック・ミュージシャンとか(いるでしょ、絶対)が一人でも出ていたら、もっと広がりのある作品になった気もする。
まあそれはそれとして。

なかなかに感動的な一作です。
俺は試写会で観たんだが…会場を埋め尽くした(試写会で補助椅子が使われるのを見たのは随分久しぶりだった)顔ぶれはなんだかいつもの試写会と随分違っていて。
上映が終わった時、場内が拍手で包まれたのは、かなり印象的だった。


『Nas/タイム・イズ・イルマティック』、9月13日(土)より渋谷シネクイント他で公開。


(C)COPYRIGHT ILLA FILMS, LLC 2014


(2024.6.14.全面改訂)

映画『SCUM/スカム』

SCUM.jpg先日紹介した『荒野の千鳥足』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1630.html)同様、70年代に制作されながら日本未公開だった映画。
元々は1977年に英国BBCで制作されたTV映画だったのが放送禁止となってしまい、2年後の79年に同じ脚本で劇場映画として新たに製作されたモノ。
劇場公開でも当時は成人指定とされてしまったそうだけど、ともあれ25年経って遂に日本でも公開に。

主演のレイ・ウィンストンは同年の『さらば青春の光』のケヴィン役で知られ、更に『さらば青春の光』に主演したフィル・ダニエルズも出ている。
それもあって『SCUM/スカム』は『さらば青春の光』の裏ヴァージョン(?)的に見られることもあったようで、実際当時の英国ではこの2本が同時上映されたこともあったとか。

しかし、『さらば青春の光』が青春映画の傑作のひとつに数えられる一方で…『SCUM/スカム』が成人指定とされたのは、暴力をはじめとする数々の胸くそ悪い描写による。
実際、実に胸くそ悪い映画だ。
舞台は少年院。
非行少年の更生のため厳格に管理された集団生活の場…と思いきや、管理側も収容者(訓練生)も腐敗し切っていて、理不尽な強権的支配と理不尽な暴力の巣窟となり果てている。

別の少年院で看守を殴って転院してきたカーリン(レイ・ウィンストン)は、早速目を付けられる。
教官からはいきなり殴られ。
“ダディ”(いわゆる牢名主みたいな存在)のバンクス(ジョン・ブランデル)と相部屋にさせられ、いきなりボコボコに。
(ベッドの上で、マウントから顔面に頭突き…うわあ、えげつない)
ちなみにバンクスの腰巾着・リチャーズを演じているのがフィル・ダニエルズ。
スネ夫みたいな(?)コスい野郎を好演。

青タンだらけの顔を教官にとがめられて、懲罰寮送りとなるカーリン。
懲罰寮を出たカーリンは、逆襲を開始する…。

…という物語に、スリルはあるんだけど、カタルシスはまるでない。
ちょっと、山下ユタカの初期作品を読んでるような気分。
(素手の相手に対して、カーリンが隠し持った鉄パイプで襲いかかるシーンなんかは、山下ユタカ「南進」で主人公・イヌコがレンガで殴られるシーンを思い出した)
管理サイドの理不尽さは、あちこちヘイコラ頭を下げては日々の糧を得る俺のような下層民から見るとイライラしっぱなし。
(このブログを見てる人はみんな身分が低そうだから、きっと俺と同じように思うだろう←おいおい)

一応カーリンが主人公なんだけど、他の訓練生のエピソードが(一見)脈絡なく挿入されていく。
途中までは、それでお話の流れがとっちらかったモノになっているような印象があるんだが、それら各々のエピソードがやがて集束して、終盤のカタストロフへとなだれ込むところは、かなり見事だ。

それでも、カタルシスは得られない。
そして、ある意味“衝撃的”なラストが待っている。
近年観た映画の中では『ライク・サムワン・イン・ラブ』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1072.html)を超える(?)衝撃的なラストだったかもしれない。
ネタバレになるのでもちろん言わないけど、壮絶なまでの投げっぱなし感。

映画を観に行って、わざわざ後味の悪い思いなんてしたくない、という人には全くお勧めしません。
ボビー・フラー/THE CLASHの「I Fought The Law」を聴いて、ただ盛り上がるだけじゃなくて思わず歌詞を気にしてしまうような人には、手放しでお勧めです。
あと、山下ユタカのファンにも。
(ってか、山下ファンの人はこの映画観て感想聞かせてほしいです)
ちなみに字幕を監修しているのはthe原爆オナニーズのTAYLOW氏。


『SCUM/スカム』、10月11日(土)より新宿シネマカリテにてレイトショー。


(C)Kendon Films Ltd. MCMLXXIX All Rights Reserved.


(2024.6.12.改訂)

映画『荒野の千鳥足』

荒野の千鳥足.jpgコレは、いわゆる“カルト映画”ということになるかと思ったんだけど。
実は1971年のカンヌ国際映画祭に正式出品された作品で。
しかし、当時日本では紹介されず、海外でもその後完全に忘れ去られ。
それが21世紀に入ってから行方不明のネガフィルムが発見されて、遂に日本でも公開、と。

監督はのちに『ランボー』で有名になるテッド・コッチェフ。
知名度の関係か、キャストの筆頭にはドク・タイドンを演じたドナルド・プレザンスの名前があるけど、実際の主役はジョン・グラント役のゲイリー・ボンド。

かなり…いろいろひどいです(←褒めてます)。
まあ、邦題からして、相当のバカ映画(←褒めてます)ということはわかるだろう。

ストーリーといえるようなストーリーは、ない。
オーストラリアの田舎町の小学校教師ジョン・グラントは、クリスマス休みをシドニーの恋人と過ごすべく出発し、途中でブンダンヤバという街に一泊することに。
しかしブンダンヤバの男たちはよそ者に対して無駄に親切で、まずは警察官・ジョック(チップス・ラファティ)がジョンにビールをおごりまくる。
酔って気が大きくなったジョンは、結局コイン賭博ですっからかんに。

翌日、意気消沈のジョン・グラントに今度はティム(アル・トーマス)という男がビールをおごる。
そう、飲み屋以外に娯楽のない田舎の街・ブンダンヤバで、他人に親切にすると言ったら、とりあえずビールをおごる、それだけなのだった。
あとはもう、とにかくビールを飲み続けて馬鹿騒ぎするシーンばかりが延々と続く。
それも、ありとあらゆる馬鹿騒ぎ&ハメの外し方で。
車の運転(おいおい)も何もかも、すべては度を越した泥酔状態で行なわれるのであります。
そして気が付くと翌日になっていて、ジョンはいつまで経ってもシドニーに向かえない、という…。

ドラマティックな展開もなく、もちろん感動のストーリーなんぞであるはずもなく、ヴァイオレンスに多少なりとも付随するはずのカタルシスもなく。
人によっては、かなり不快な映画かも知れない。
(何とも言えない後味の悪さは、一連のディヴァイン主演作に通じるモノがあると思った)
しかし、辺境のポンコツ・ハードコアを思わせるような(?)ロウでプリミティヴなパワーだけはみなぎっている。
出演者全員が全盛期のボン・スコット、みたいな。

知的なのか野獣なのかさっぱりわからないアルコール依存の闇医者ドク・タイドン…を演じたドナルド・プレザンスの存在感は、大きい。
一般には『ハロウィン』シリーズで有名な人だけど、個人的には『007は二度死ぬ』のスペクター首領・ブロフェルドや、『悪魔の植物人間』のノルター教授なんかが印象的だった怪優。
この映画でも、半裸で大騒ぎしているシーンとスーツ姿のシーンのギャップはもの凄い。

そして何よりも、広漠としたオーストラリアの田舎の風景。
ジョン・グラントが赴任している田舎町・ティブンダなんて、線路の周囲にあるのはジョンが勤務する小学校(教室がひとつしかないような規模)と、ジョンが住んでいる宿屋兼バー以外は360度が荒野。
(子供たちはどこから通ってくるのか?)
しかも南半球のオーストラリアでは、この灼熱の光景がクリスマス前後のモノだというんだから…。

『イージーライダー』のラリってるシーンが大好きだとか、『悪魔のいけにえ』や『悪魔の追跡』なんかの田舎故の狂気みたいなモノがグッとクるとか、そういう性癖(?)の人にはかなりお勧め出来る1本。
どんどん壊れていくジョン・グラントの行く末は…スクリーンでお確かめ下さい。


『荒野の千鳥足』、9月27日(土)より新宿シネマカリテでレイトショー。
上映中ビール飲み放題とかにしたら、より楽しめそうな…(いやいやいや)。


(C)2012 Wake In Fright Trust. All Rights Reserved.


(2024.6.10.改訂)

映画『ザ・ベイ』

THE BAY.jpg『レインマン』で有名なバリー・レヴィンソン監督・原案・製作の、おっかない映画。

製作は他に『パラノーマル・アクティヴィティ』シリーズや『愛を読むひと』やロブ・ゾンビ監督作品『ロード・オブ・セイラム』で知られるジェイソン・ブラムと、同じく『パラノーマル・アクティヴィティ』のオーレン・ペリ。
VFXは『ファンタスティック・フォー』『アバター』『インクレディブル・ハルク』なんかで有名なHYDRAULX。

中身の方は、『レインマン』の監督云々というイメージを覆すモノで。
監督自身の故郷であるメリーランド州チェサピーク湾を舞台にしたパニック・ホラー。

人口6200人、チェサピーク湾に面した小さな町・クラリッジ。
チェサピーク湾内の水質がとんでもなく汚染されている…という海洋生物学者の警告を、悪評を恐れた市長は握りつぶす。
学者二人は間もなく無残に食い荒らされた死体となって発見され。
そして迎えた7月4日・独立記念日のお祭り。
水質汚染の影響で突然変異を起こした寄生虫の大量発生によって、町は阿鼻叫喚の地獄絵図に…。

…と、ここまで書いたらわかると思いますが、寄生虫とかダメな人は絶対観られない映画です(笑)。
ただこの映画、単なるグログロなショック・ホラーではない。

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』以降、手持ちカメラを使ったフェイク・ドキュメンタリー風のホラーというのは続々と製作されて、今では珍しくも何ともないんだけど、この映画はちょっとひねってあって。
ローカルTV局の取材映像やプライヴェートな記録映像(手持ちカメラのヴィデオ)、そしてパトカーの車載カメラ、街頭や病院や店内などの防犯カメラや監視カメラの映像(完全な固定)、そしてスカイプ…といった様々の映像を組み合わせて、かつ報道番組風に編集してあるという。
非公表のままになっていたクラリッジの惨劇が、告発によって明るみに出ることになった、その模様…みたいな作りになっている。
観客は、2009年7月4日に実際に起きた事件の記録映像を編集した、2012年(この映画が製作された年)の特別報道番組を観ているような気分にもなってくる。
もちろんその番組はショック映像が山盛りなんですが。
年度・日時が曖昧だったりとかありがちな近未来とかじゃなくて、物語に具体的な過去の日付を与えているところも、妙な生々しさと重みを感じる要因だろう。

水質汚染の原因はクラリッジの産業(何の産業なのかは劇場で確認してみてください)にアリ…みたいな、いかにも社会派の報道番組みたいな体裁もとっていたりして。
突然変異した寄生虫のとんでもない成長ぶりとか、お話的にかなり“盛ってる”部分もあるにはあるんだけど、単純にグロい寄生虫がたくさん出てくるショッキングなホラーではなくて、現実にあり得なくもない環境破壊の恐ろしさ…に対しての警鐘、というシリアスな視座を持った映画でもあります。
(『ゴジラ』の第1作にも通じるモノがあると思った)

ともあれ俺は…上映中、思わず「うおっ!」とか声出したことが2回くらいあった(苦笑)。


『ザ・ベイ』、新宿シネマカリテにて“カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2014”の一環として、5月31日(土)より公開。


(C)2012 ALLIANCE FILMS (UK) LIMITED


追記:
この映画、当時”シネフィル”を自称しているような映画マニアの間であまり評価されていなかったのが気になった。
シネフィルの皆さん、ぶっちゃけ映画観過ぎて逆に鈍くなってないか、とか思った。

(2024.5.6.)

映画『GET ACTION!!』

GET ACTIONポスター.jpgTEENGENERATEの映画が公開になるんですよ、とかこのブログでも何回か書いて来て、上映期間も残り1週間切ったところでようやく観ることが出来ましたよ。
1993~95年、3年に満たない活動期間で東京のみならず世界のガレージ/パンク界を駆け抜けたバンドのあれこれを、残された貴重映像とメンバー及び関係者へのインタヴューで余すところなく捉えたドキュメンタリー。

前にも書いたけど、俺が都内のライヴハウスに足繁く通い始めたのは1998年頃からだったんで、TEENGENERATEをナマで観ることはかなわなかった。
(再結成除く)
映像はこれまでにも小出しに出ていたものの、前身バンド・AMERICAN SOUL SPIDERS時代からのライヴ映像をこれだけまとまって観ることが出来たのは初めてだったんで、そりゃもう興奮しました。
Fink(ヴォーカル、ギター)が“インスタントなR&Rを演りたかった”みたいな発言をしているが、彼らから出てきたR&Rはインスタントなんてもんじゃない。
初期衝動とマニアックなR&R愛/レコード愛をどちらも表現に直結させつつ、ソリッドなリフとキャッチーなメロディがちゃんとあって、しかもそれを猛スピードでぶっ飛ばす、という…実に完成度の高いガレージでありパンクであり何よりR&Rだった。
そして、一昔前の“海外進出”みたいな大上段なモノじゃなく、日本のバンドが国内のライヴハウスでライヴやるのと同じ線上で海外でフツーにライヴやる、みたいな存在の先駆けのひとつ、でもあった。
本当に稀有なバンドだったと思う。

AMERICAN SOUL SPIDERSからTEENGENERATE解散に至るメンバーの意識の変化と音楽性の変遷(それに伴い変化していく杉山兄弟の髪形)、そして食い違っていく兄弟の志向…といったモノもわかりやすく語られている。
メンバー自身だけでなく、周りのバンドやレーベル関係者など、実に豪華な顔ぶれがTEENGENERATEを語ってます。
GUITAR WOLFセイジ、JET BOYSオノチン、JACKIE & THE CEDRICSのエノッキーとジェリービーン、THE GIMMIESソラ、AU GO-GOのブルース・ミルンやクリプト・レコーズのティム・ワレン、元THE DEVIL DOGSのアンディ・GにTHE POSIESのケン・ストリングフェローetc…。
(意外なところではTHE STRUMMERSイワタとか)

ガレージ大臣・関口弘氏が“日本人離れしていた。外人ではなかったけど”みたいな発言をしたところで、画面は杉山兄弟が故郷・静岡を歩くシーンに切り替わったり。
静岡のレコード屋で、Fifi(ギター)が弟(Fink)からお金を借りてPINK FAIRIESのLPを買う場面に「おおっ」とか思ったり(笑)。
お父さんお母さんも出てきたり。
とにかく出せるだけの旧マテリアルを出して、メンバーにもこれでもかとばかり取材しまくった形跡がありあり。
メンバーが大体「もう勘弁して下さいよ」みたいな感じになってきてるのもありあり(笑)。
それにしても、一番ルックスが変わってないのはSammy(ベース)だなー。

TEENGENERATEのR&Rの凄まじい勢いは残された音源でも十分に感じることが出来るけど、やっぱり映像を伴うとより伝わるモノがある。
都内(新宿シネマカリテ)での上映は今週末までなんで、未見の人は是非。
TEENGENERATE知らない人でも、パンク、あるいはシンプルでスピーディーなR&Rが好きな全ての人にお勧めします。
(このブログ読んでる人はそういう人多いでしょう)
そして映画館に行けない地方の人のためにも、早期DVD化を希望します。


映画の内容とは全然関係ないけど、帰りの時間を気にしなければならないレイトショーは、やっぱり性に合わないなー。
俺が田舎に住んでるのが悪いのか…。
ともあれ、今夜はまだ寝るワケにはいかん。


(C) 2014 NIPPAN、KING RECORDS. All Rights Reserved.


(2024.4.17.改訂)

映画『プリンス/サイン・オブ・ザ・タイムズ』

PRINCE.jpg『PURPLE RAIN』(1984年)、『UNDER THE CHERRY MOON』(86年)に続いて、プリンスが87年に制作した、3本目の劇場映画。
新たにマスタリングされているそうです。

以前このブログでZAPPの『V』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1162.html)を紹介した時に書いたけど、80年代はプリンスを聴いてた。
一番好きなアルバムはサイケデリックな『AROUND THE WORLD IN A DAY』(1985年)。
『LOVESEXY』(88年)までは追ってたものの、90年代に入っていったん改名したあたりでついて行けなくなり、そのまま現在に至る。
この映画は同名のアルバム『SIGN“☮”THE TIMES』(87年:全米6位)とリンクしたモノだから、俺が大好きだった頃のプリンスが全開になってる。
(日本で初公開されたのは89年だそうだが、当時は観てない)

プリンスのことだから(?)想像付くと思うけど、単なるライヴの映画じゃなくて。
1987年5月から行われた“SIGN“☮”THE TIMES TOUR”のうちの、6月26~28日のオランダ・ロッテルダム公演と、29日ベルギー・アントワープ公演の模様に、ミネアポリスのペイズリー・パーク・スタジオで撮影された追加シーン(小芝居)を追加。
ライヴの流れに、ちょっとだけストーリー性も加えたような作りになっている。

最初に寸劇のシーンがあって、ライヴがスタート。
プリンスのギター&ヴォーカルとキーボードとダンサーだけで進行する「Sign“☮”The Times」の演奏中、シーラ・Eを先頭にメンバーたちが太鼓を叩きながら行進してくる、コレだけでもう「おおお」となります。

そう、この時のプリンスのバンドは、ドラマーがシーラ・E。
かなりフィーチュアされてます。
タイトなドラミングもさることながら、なにしろ絵になる姐さん。
中盤にプリンス抜きで演奏される「Now's The Time」(チャーリー・パーカーを思いっきりポップにカヴァー)があるんだけど、各メンバーのソロ回しの後、シーラの強烈なドラム・ソロで全部持っていく。
(スラッシュ・メタルばりのツーバスドカドカもあり)
終盤の「Beautiful Night」ではプリンスとドラムを交代して(!)、ステージ前方でラップを披露したりも。
しかしラップよりも、透け乳首に目が釘付けに!(笑)

もちろん他のメンバーも芸達者ぞろい。
ミコ・ウィーバー(ギター)とレヴィ・シーサーJr.(ベース)が、演奏しながら踊る踊る!
故ボニー・ボイヤー(キーボード)もソウルフルに喉を震わせるし、ダンサーのキャットも踊るだけじゃなくてコーラスに寸劇にと八面六臂の活躍。
(エロい!)
Dr.フィンク(キーボード)やエリック・リーズ(サックス)やアトランタ・ブリス(トランペット)もパーカッションを担当するし…このバンドでは、担当楽器以外の何役をも求められるのであります。
スーツでビシッとキメたアトランタと、「スターウォーズ」のオビワン・ケノービみたいな格好のエリックの対比も面白い。

それにしても、やはりプリンス。
圧倒的な存在感。
歌うわ踊るわギタリストとしても超一流だわで、はっきり言って音楽的な才能はマイケル・ジャクソンを遙かに上回ると思うんだが。
(ギター・ソロはもっとやってくれてイイ)
しかしマイケルと違うのは、ポップ・スターとしてはあまりにもアクが強過ぎるんだよね。
まあ、そもそもマイケルと較べたりするべきじゃないんだろうけど。
(しかし、奇しくも同い年。二人とも1958年生まれ)
ともあれ、例えばマイケルがディズニーランドだとしたら、プリンスは…ディズニーランド並みの規模の“秘宝館”、みたいな(笑)。
違うか…いや、この映画でのステージ中の演出にも、プリンスとキャットの絡みがほとんど“セックスショー”みたいなところあるぞ。
逆に、というか…あれだけのアクの強さをきちんとエンターテインメントに昇華してポップ・スターやってるんだから、やはりただ者ではありません、プリンス。

何回か衣裳のチェンジがあるんだけど、最後に出て来た時のプリンスは、もうほとんど『ジョジョの奇妙な冒険』の登場人物みたいな…あっ、こっちが先か。
荒木飛呂彦の方が影響受けてるんだろうな。
…と思ったら、荒木氏が推薦コメント寄せてます、この映画。
(やっぱり!)

映画の尺は84分なんだけど、実際のショーは当然もっと長かったワケで。
プリンスのピアノ弾き語りでワンコーラスだけ歌われる「Little Red Corvette」を除いて、『SIGN“☮”OF THE TIMES』以外のアルバムからの曲は、ライヴで演奏されながらも映画ではカットされている。
(「Let's Go Crazy」は観たかったかもしれない。一方、プリンスにとって初の全米トップ10入りとなった「Little Red Corvette」はやっぱり外せなかったんだろう)
そして、シーナ・イーストンが客演した「You Got The Look」のPVが、ライヴの流れを妨げない形で上手い具合に挿入されていたり。

プリンス、この時点で29歳の誕生日を迎えて間もない頃。
とにかく強力なライヴだ。
実に脂の乗り切った天才の姿が堪能出来る一作。

この試写会に行く前も偶然FUNKADELIC聴いてたりしたんだけど、この映画見た後は興奮もそのままに、改めて黒人音楽のレコード/CD引っ張り出してみようか、という気分になってる今日この頃。


『プリンス/サイン・オブ・ザ・タイムズ』、2014年1月25日(土)より渋谷HUMAXシネマ他で全国公開。


(C)1987 PURPLE FILMS COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED


(2024.2.9.改訂)