RHEINGOLD/ELECTRIC CITY - DUSSELDORFER SCHULE(2007)

RHEINGOLD.jpgデュッセルドルフでノイエ・ドイッチェ・ヴィレの時代に活躍したエレクトリック・ニュー・ウェイヴ・バンド、23年ぶりの復活作。

1980年初頭、ボド・シュタイガー(ヴォーカル、ギター他)とローター・マントイフェル(作詞他)によって、デュッセルドルフで結成。
しかしボドにはそれ以前にも長いキャリアがあった。

1949年10月27日生まれのボド・シュタイガーは、67年に18歳でHARAKIRI WHOOMというバンドを結成している。
いわゆる”ザワークラウト・ロック”と呼ばれたガレージ/ビート・バンドだったらしい。
その後ジャズ・ロック・バンドSINUSで活動。
(KRAFTWERKに参加するカール・バルトスがドラマーだったという)
続いてBLUES SOCIETYに参加。
(バンド名通りブルーズ・ロック・バンドだったらしい)

その後ボド・シュタイガーはクラウス・ディンガーの旧友ジョー・スティックのバンド・LILAC ENGELSに加入し、2ndアルバム『HARD TO BE FREE』(1978年)でギターを弾いている。
しかし78年と言えばクラウスがLA DUSSELDORFで、そしてカール・バルトスはKRAFTWERKで大成功していた頃。
LILAC ENGELSのシンプルなR&R(しかも売れてもいなかった)に飽き足らなかったボドはバンドを脱退する。
そうしてボドがエレクトリック・ミュージックを見据えて新たに結成したのがRHEINGOLDだった。
バンド名はワーグナーのオペラに由来する。

ヴェルト/エレクトローラと契約を得たRHEINGOLDは1980年5月にシングル「Dreiklangsdimensionen」でデビューし、同年1stアルバム『RHEINGOLD』をリリース。
その後ブリギッテ・クンツ(ヴォーカル、キーボード)を迎えたRHEINGOLDは82年に『R.』、84年に『DISTANZ』と、LILAC ENGELSも手掛けていたコニー・プランクのプロデュースで計3枚のアルバムを出す。
しかし、シングルの英語ヴァージョンが英語圏で売れなかったりで、結局84年に解散となる。
(ライヴはやらない、スタジオ・プロジェクトだったという)
ボドはクラウス・ディンガーのアルバム『NEONDIAN』(85年)に参加した後、元KRAFTWERKのヴォルフガング・フリューアとの活動や、クラブ・ミュージックのプロデューサーの仕事をしていたという。
ローター・マントイフェルは92年にカール・バルトスとELEKTRIC MUSICを結成。

そんなRHEINGOLDがいきなり2007年に復活してリリースしたのが『ELECTRIC CITY - DUSSELDORFER SCHULE』だった。
70~00年代までの”Dusseldorfer Schule”(デュッセルドルフ・スクール)勢のカヴァー、RHEINGOLDの再録と新曲によるトリビュート・アルバム的な(一部セルフ・トリビュート的な)1枚。
ボド・シュタイガー、ローター・マントイフェル、ブリギッテ・クンツの他に、ニナ(ヴォーカル)が参加している。

LA DUSSELDORF「Geld Regiert Die Welt」、ELEKTRIC MUSIC「Crosstalk」、カール・バルトス「Life」、RHEINGOLD「Dreiklangsdimensionen」、ミヒャエル・ローター「Karussell」、KRAFTWERK「Autobahn」、PROPAGANDA「Dr.Mabuse」といったナンバーを、オリジナルよりアッパーでダンサブルなドンツク・ビートで料理。
オプティミスティックで開放的なのはやはりというかクラウス・ディンガーに通じる。
「Dr.Mabuse」とか、オリジナルの重厚感がほとんどないね…。
(一方「Autobahn」は30年以上前のオリジナルに較べてかなり音が厚い)
楽しく聴ける&踊れる1枚です。

RHEINGOLD再編はこの1枚きりで終わり。
ボド・シュタイガーは2019年12月4日に70歳で亡くなっている。

西荻窪あと10日

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厳冬の訃報続く

FUNKADELIC.jpg先月29日に戦闘竜ことヘンリー・アームストロング・ミラーが亡くなったとのこと。
死因は公表されていないが、近年は肺を患っていたという。
56歳。
合衆国本土出身の黒人として初めて幕内力士となった男。
そしてアメリカ合衆国出身最後の力士。
幕内には定着出来なかったものの、格闘家に転向した後も「相撲は強いんだよ!」という名言を残すなど、相撲に対する愛情なり愛着なりは強かったのではと思われる。
格闘家としても勝ち星にはあまり恵まれなかったが、それでも40代まで現役だったのだから大したモノだ。
それが56歳で亡くなってしまうなんて。

31日には長谷川和彦。
誤嚥性肺炎による多臓器不全。
80歳。
『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』の2本しか撮っていない、伝説の映画監督。
その2本以外は何をしていたのか全然知らなかったんだけど、『逆噴射家族』のプロデューサーとか、いろいろやっていたのね。
そうは言っても監督作が2本しかないのはやはり惜しまれる。

そして長谷川和彦と同じ31日、ビリー・ベースことウィリアム・ネルソンJr.が。
死因は不明。
75歳。
FUNKADELIC初期のベーシスト。
以前このブログで紹介したFUNKADELICの発掘ライヴ音源『LIVE-MEADOWBROOK, ROCHESTER, MICHIGAN-12th September 1971』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_1102.html)でももちろん弾いていた。
P-FUNK人脈のベーシストと言えばブーツィー・コリンズばかりが取り沙汰されがちだが、コーデル・モッスンと並んで忘れ難い存在であった。
ってか件のライヴ盤の演奏陣、ハロルド・ビーンがどうしてるか知らないけど、エディ・ヘイゼルもバーニー・ウォレルもタイロン・ランプキンももういない…。


今は『MAGGOT BRAIN』を聴いている。

POPOL VUH/HOSIANNA MANTRA(1972)

POPOL VUH.jpgPOPOL VUH。
70年代の諸作は全部持っているのだが、このブログで紹介したことは一度もなかった。
で、俺が最初に買った1枚であり、最も思い入れが深く、またバンドの最高傑作ともされているこのアルバム。

…で、「このジャケット画像は何?」と思う人も多いかも知れない。
コレは80年代のアメリカ盤です。
1989年頃だったか、俺がそれなりの金を出して札幌のU.K.EDISONで買ったのがコレ。
あとからオリジナルのジャケットを知って「ええっ、全然違うやん!」となった。
このブログを御覧の皆様の中にも、このアメリカ盤で初めてPOPOL VUHに接したという人がいるのでは。
(ピルツ・レーベルからの美麗なジャケットのオリジナル盤は、当時激レア中の激レアだった)

1944年2月23日にミュンヘン郊外で生まれ、10代前半からクラシックを学んでいた首魁フローリアン・フリッケは、オーネット・コールマンの『FREE JAZZ』を聴いて世俗的な(?)音楽に開眼したらしい。
アラブやアジア、アフリカを放浪し、音楽や映画の評論を行なう一方で自身も映画を制作していたというフリッケは、69年にPOPOL VUHを結成。
不思議なバンド名はマヤ文明の経典に由来するという。
70年に1stアルバム『AFFENSTUNDE』、71年に2ndアルバム『IN DEN GARTEN PHARAOS』をリリース。
その時点ではシンセサイザーを用いた電子音楽だったが。
しかし3rdアルバム制作に際し、フリッケはシンセを捨て去り、一気にアコースティックなアプローチに舵を切る。
そうして出来たのが『HOSIANNA MANTRA』だった。
(ちなみにフリッケが手放したモーグ・シンセサイザーはクラウス・シュルツェが譲り受けたという)

当時のメンバーはフローリアン・フリッケ(ピアノ、ハープシコード、プロデュース)、朝鮮系のヨン・ユン(ヴォーカル)、コニー・ファイト(ギター:GILA)、アメリカ人ロバート・エリスク(オーボエ:BETWEEN)、クラウス・ヴィーゼ(タンブーラ)。
更にゲストとしてフリッツ・ソンレイトナー(ヴァイオリン)が参加している。
ヨンは北朝鮮出身でドイツで活動していた作曲家イサン・ユンの娘だった。

この上もなく美しく、スピリチュアルなアルバム。
内省と瞑想。
聖書に題を取った宗教的なテーマを持ちつつ、アンビエント/ニュー・エイジの走りとも言える。
まさに天上の音楽。

フローリアン・フリッケはPOPOL VUHの初期2作でシンセサイザーの限界を悟ったとも、宗教的な音楽にアプローチするうえでシンセを使いたくなかったともいうが。
しかしこのアルバム、単にアコースティックなだけではなく。
ピアノとオーボエとタンブーラとヴァイオリンという室内楽的にしてインド音楽的でもあるアンサンブルの中で、コニー・ファイトの歪まないデリケイトなエレキ・ギターが完璧にフィットしている。
ヨン・ユンのヴォーカルも含め、すべてが奇跡的なバランスで成り立っているとしか思えない1枚。
引き算の美学というか。

その後POPOL VUHはドラムを導入したり、ヨン・ユンに代わってAMON DUUL Ⅱのレナーテ・クナウプを迎えたり。
アルバム毎に方向性の違いはあるものの、少なくとも70年代のアルバムに駄作は1枚もない。
しかしフローリアン・フリッケは2001年12月29日に57歳の若さで逝去。
POPOL VUHは終わってしまった。

DOOM STONER HEAVY ROCK DISC GUIDE 2008

ELECTRIC WIZARD.jpg先日話題に挙げた『THE PUNK BEST』の隣から出てきた、これまたDISK UNIONの小冊子。
タイトル通りの内容で、コレもタイトル通り2008年に発行されたモノ。
中綴じだが『THE PUNK BEST』よりも厚くて、36ページもある。
えらい気合入ってんなあ。

『THE PUNK BEST』が前置きなしでいきなりレヴューから始まっていたのに対し、こちらはまずドゥーム・メタル概論みたいなのが1ページあり。
続いてCANDLEMASSで1ページ。
更にCATHEDRAL、ELECTRIC WIZARD、KYUSS、PENTAGRAMと、ドゥーム・メタル/ストーナー・ロックの主要なバンドを各1ページずつ紹介。

その後SAINT VITUSとTHE OBSESSEDで1ページ、SLEEP/HIGH ON FIRE/OMで1ページ。
TROUBLEで1ページ。
うむ。

そして当時界隈で気を吐いていたリーフハウンド・レコーズ小林氏のインタヴュー。
リーフハウンドのアルバムはこのブログでもELECTRIC WIZARD『WITCHCULT TODAY』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/202002article_26.html)他、何枚か紹介している。
レーベルがその後活動を休止してしまったのは本当に残念だ。

続いて、冒頭で紹介した主要バンド以外の”DOOM/STONER/HEAVY ROCK”7ページ。
ACID KING3枚、ACRIMONY2枚、BLOOD FARMERS2枚、CHURCH OF MISERY3枚。
これらもリーフハウンドだ。
(CHURCH OF MISERYは他のレーベルからのも)
ETERNAL ELYSIUM、FU MANCHU、GREENMACHiNE。
GARADAMA『GARADAMA』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202104article_1.html)、IRON MAN『THE PASSAGE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201705article_10.html)。
MASTERS OF REALITYは4枚。
MONSTER MAGNET。
REVELATION3枚。
(コレもリーフハウンド)
そしてSPACESHIP LANDING、SPIRITUAL BEGGARS、UNEARTHLY TRANCE、YOB他。
このブログでドゥーム・メタル/ストーナー・ロックを取り上げることはそれほど多くないんだが、いやあ、随分聴いてたなあ。


それにしてもリーフハウンド、本当に素晴らしいレーベルでしたねえ。

西荻窪あと2週間

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ORGANISATION/TONE FROAT(1970)

ORGANISATION.jpgKRAFTWERKの前身として知られるバンド、唯一作。
”オーガニゼーション”ではなく”オルガニザツィオーン”らしいが、アルバム・タイトルも曲名も全部英語なので、ひょっとしたらフツーにオーガニゼーションかも知れない、とも思う。

原盤はメジャーのRCAからのリリースだが、これまで正規CD化は一度もない。
俺の手元にあるのは1996年のクラウン・レコーズというレーベルからのブート再発CDで、画像を御覧の通り惨いことになっている。
”KRAFTWERK~ORGANISATION”と大書されている時点で、売らんかなの姿勢が丸出し。
しかも曲名も2曲が誤記。
ボーナス・トラックとしてKRAFTWERKが71年に「BEAT CLUB」に出演した時のライヴ音源が収録されているものの(フローリアン・シュナイダー=エスレーベンとクラウス・ディンガーとミヒャエル・ローターのトリオだった時)、それも曲名はデタラメだし、”Beat Clup”なんて書いてあるし…。
レーベルがKRAFTWERK/ORGANISATIONに対する愛情などかけらほども持ち合わせていなかったであろうことがよくわかる。
(いやまあそれをまんまと買ったんだけどね。だって正規再発ないんだもの…)

1969年結成。
メンバーはフローリアン・シュナイダー(フルート、トライアングル、タンバリン、ヴァイオリン他)、ラルフ・ヒュッター(オルガン)、ブッチ・ハウフ(ベース、パーカッション他)、バジル・ハモウディ(グロッケンシュピール、コンガ、ボンゴ、ヴォイス他)、アルフレート”フレート”メーニクス(ドラム、ボンゴ、マラカス、カウベル、タンバリン)の5人。
プロデュースはコニー・プランク。
フローリアンとラルフは68年に音楽学校で知り合ったということで、他のメンバーも学生仲間だったらしい。

21分近いタイトル曲がA面全部を占めている。
B面に4曲。
当然ながら(?)70年代半ば以降のKRAFTWERKに聴かれる電子音楽の要素はほぼない。
編成からある程度想像出来る通り、フローリアン・シュナイダーのフルートやラルフ・ヒュッターのオルガンよりも、各種パーカッション類の方が前面に出ている感がある。
特にB面の「Rhythm Salad」(このCDでは「Ryythm Salad」と誤記)は、ラテン/アフリカ的なパーカッションとドラムのみで構成されている。

全体的には現代音楽とフリー・ジャズを融合したような”フリー・ロック”とでもいうか。
同時期のPINK FLOYDやTANGERINE DREAMなんかを思わせる部分もあるが、多分影響などはなかったのではと思う。
フローリアン・シュナイダーのフルートが浮遊するB面1曲目「Milk Rock」は、KRAFTWERKの1stアルバムでの音楽性に通じないでもない。
しかしベースやパーカッションが入り乱れる似非エスニックなムードは、むしろ70年代半ばのCANを思わせたりも。

フローリアン・シュナイダーのフルートをはじめ、アラビックなメロディがあちこちに聴かれる。
かなりサイケデリック。
コレはコレで面白いけど、売れなかっただろうなあ(苦笑)。

アルバムはイギリスでのみのリリースだったというが、実際まったく売れなかったらしい。
バンドはRCAから契約を切られ。
フローリアン・シュナイダーとラルフ・ヒュッターはバンドを脱退してKRAFTWERKを結成。
フローリアンとラルフを失ったORGANISATIONはそのまま解散したらしい。

バジル・ハモウディはその後IBLISSを結成したが、結局フローリアン・シュナイダーとラルフ・ヒュッター以外のメンバーがシーンに長く残ることはなく。
ともあれ正規再発が望まれる1枚ではある、と思う。
多分ラルフは封印したままにしておきたいんだろうけど。

HOME(WITH HORNS)

IGGY POP BRICK BY BRICK.jpg昨年4月、久々に来日したイギー・ポップを観た時、ホーンズ入りのこの編成だったら「Home」とか演ってほしかったなあ…と思ったことは、このブログで書いた。

で、数日前。
1990年の「FARM AID」の音源(NHK-FMからエアチェックしたやつ)を聴いていた。
「FARM AID」は85年から開催されている、アメリカの小規模農家を支援するためのチャリティ・イヴェント。
90年はイギー・ポップが出演して、「Home」を歌っていた。
(他に「I Wanna Be Your Dog」も歌ったという)

昨年「Home」をホーンズ入りで聴きたかった、と思った理由を思い出した。
この「FARM AID」での「Home」にホーンズが入っていたのだ。

ところで。
「Home」が収録されている1990年のアルバム『BRICK BY BRICK』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/518890330.html)では、デイヴィッド・リンドレーがサックスを吹いているものの、”ホーンズ”ではない。
当時のイギー・ポップのツアー・バンドにも、もちろんホーンズはいなかったはずだ。
そもそも何故「FARM AID」での「Home」には厚いホーンズが入っていたのか?

すぐにピンときた。
イギー・ポップの後に出演したのは、WAS(NOT WAS)。
ひょっとして、この時のイギーって、WAS(NOT WAS)に客演みたいな形だったのでは?
『BRICK BY BRICK』、ドン・ウォズのプロデュースだったし。

早速YouTubeで検索。
ありました。

https://www.youtube.com/watch?v=hzf0khzNiFA

やっぱり、バックはWAS(NOT WAS)だ。
3管のホーンズがいる。
いやあ、そういうことだったのか。
謎が解けた。
しかしYouTubeってホントに何でもあるなあ。
(この時の「I Wanna Be Your Dog」や、WAS(NOT WAS)の「Papa Was A Rollin' Stone」もある)

「FARM AID」でのイギー・ポップは、自らギターを弾きながら歌っている。
35年前、43歳のイギー。
若々しくてカッコいいねえ。
(最後までTシャツを脱がない)
そしてノリノリで楽しそうなWAS(NOT WAS)の皆さん。


記事タイトルのHOME(WITH HORNS)ってのはもちろんアレです、WAS(NOT WAS)にひっかけたんです。

厳冬の訃報

SCORPIONS WORLD WIDE LIVE.jpg寒い日々が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
俺は腰がちょっとヤバい。
(腰以外もいろいろヤバい)


それはさておき。
22日にフランシス・ブッフホルツが亡くなったという。
癌だったそうで。
71歳。
まだ71歳だったか…。

言わずと知れた、SCORPIONS全盛期を支えたベーシスト。
SCORPIONSには何人かのベーシストが出入りし、年数で言えば現ベーシストのパヴェル・マチヴォダが最も長く在籍しているのだが。
SCORPIONSのベーシストと言えばフランシス・ブッフホルツ、という人は少なくないはずだ。
何しろ1973年にSCORPIONSに加入し(当時19歳!)、『FLY TO THE RAINBOW』(74年)から『CRAZY WORLD』(90年)に至る幾多の名盤で安定感のあるベースを弾き続けていたのだから。
このブログでは『LOVEDRIVE』(79年:https://lsdblog.seesaa.net/article/202004article_9.html)しか紹介していないものの、『VIRGIN KILLER』(76年)をはじめとして、フランシスが参加した大好きなアルバムはもちろんたくさんある。

その後はウリ・ジョン・ロートやマイケル・シェンカーと活動。
SCORPIONS人脈の中で大きな足跡を残した存在だった。


そして26日にスライ・ダンバーが。
死因は不明。
73歳。

ロビー・シェイクスピアとのSLY AND ROBBIEとして、レゲエにとどまらない幅広い分野で活躍したドラマー。
ジミー・クリフにピーター・トッシュ、ジャクソン・ブラウン、ジョー・コッカー、ブーツィー・コリンズ、イアン・デュリー、ノナ・ヘンドリックス、ミック・ジャガー/THE ROLLING STONES、ガーランド・ジェフリーズ、グレイス・ジョーンズ、ジギー・マーリー、ヨーコ・オノ、シネイド・オコナー、カーリー・サイモン、SIMPLY RED、更にはセルジュ・ゲンスブールにボブ・ディラン。

個人的には、TEARDROPSのシングル「谷間のうた」(1989年)が印象深い。
そしてそのシングルでプレイしていた山口冨士夫も青木真一も、忌野清志郎ももういない。


うーん、腰はヤバいが。
でも俺はもうちょっと生きるよ。

NUUK/NACHTS IN SCHWARZER SEILBAHN NACH WALDPOTSDAM(1998)

NUUK.jpg1981年から活動して膨大なリリースがあるミュージシャン兼作家マックス・ゴルトことマティアス・エルンストと、現代音楽とテクノを股にかけるミュージシャン/作曲家ステファン・ヴィンクラーのユニットによる唯一のアルバム。
NUUKという奇妙なユニット名はグリーンランド(最近話題の…)の先住民の言語であるカラーリット語で核兵器のことを指すらしい。
アートワークがグリーン主体なのはそのせい?
(ひょっとしたら全然関係ないかも知れないけど)
ちなみに同名のバンドがあと二つぐらいある。

90年代にキャプテン・トリップ・レコーズがマックス・ゴルトのソロやFOYER DES ARTS名義のアルバムを多数国内配給していて。
コレはそれらの中のひとつだった。

タイトルを直訳すると”ヴァルトポツダム行きの黒いケーブルカーでの夜”となる。
邦題は”ヌ~クな世界”。
作曲はすべてステファン・ヴィンクラーによる。
作詞とリード・ヴォーカルがマックス・ゴルト。
チェロやヴィオラやヴァイオリンや女性コーラスなどのゲストが参加しているが、音作りは基本的にサンプリング・シンセと打ち込み中心。
で、シャンソン(ドイツ語だけど)あるいは戦前のジャズ・ヴォーカル+エレクトロニカみたいな、ポップでユルく、何処か奇妙な楽曲と歌が続く。
時々ダンサブル。

ソロ作やFOYER DES ARTSでも聴かれるマックス・ゴルトのソフトかつ朗々とした歌声が実にイイ湯加減。
声を張らない時のファルコに通じるような感じというか。
ファルコはラップ中心で時々歌うというスタイルだったが、マックスもこの頃のソロ・アルバムでは歌わずに朗読中心だったので、やはり通じるモノがないでもない。
(音楽自体の方向性は全然違うけど)

NUUKとしての活動はこの1枚きりだったが。
マックス・ゴルトもステファン・ヴィンクラーも、現在もそれぞれに活動を続けているはず。