
LUCIFER'S FRIENDの恐るべきポテンシャルを明らかにした4thアルバム。
ハンブルクで活動していたASTERIXを前身として、1970年結成。
THE YARDBIRDS、ジミ・ヘンドリックス、CREAM、VANILLA FUDGEといった60年代のヘヴィ・ロックを聴いて活動を始めていたメンバーたちは、その後LED ZEPPELIN、DEEP PURPLE、BLACK SABBATHなどの英国ハード・ロック勢の影響を受け、LUCIFER'S FRIEND結成時には英国風のハード・ロックにフォーカスしていた。
しかし71年の1stアルバム『LUCIFER'S FRIEND』収録の代表曲「Ride The Sky」から、ハード・ロックなのにヘンな(?)フレンチ・ホルンが入るという一筋縄で行かなさを感じさせるバンドだった。
『BANQUET』でのバンドはイギリス人のジョン・ロートン(ヴォーカル)、ペーター・ヘスライン(ギター、パーカッション)、ディーター・ホーンズ(ベース)、ペーター・ヘヒト(ピアノ、オルガン、シンセサイザー)に、前作『I'M JUST A ROCK'N'ROLL SINGER』(1973年)にゲスト参加し、本作から正式メンバーとなったヘルベルト・ボーンホルト(ドラム:元THE RATTLES)。
で、サックス、トロンボーン、フルート、フレンチ・ホルン、バスーン、オーボエ、トランペットという管楽器隊と、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンのストリングス・セクション、更にコーラスと、30人以上のゲスト・ミュージシャンが参加した人海戦術の大編成。
(ホーンズとストリングスのアレンジはクラシックを学んでいたヘヒトが担当している)
1曲目「Spanish Galleon」、エレクトリック・ピアノとドラムから始まる、まるで同時期のSANTANAみたいなイントロから、ブラス・ロック的なホーンズ、そして流麗なストリングスに乗せてジョン・ロートンが静かに歌い始めるまでに2分半。
(今の若い人には聴いてもらえないやつ…?)
勇壮なホーンズとめくるめくストリングスの上でジョンが叫ぶサビ…ってかコレ全然ハード・ロックじゃないやん。
ところがそれが恐ろしくカッコいい。
そしてこの曲12分近くある。
以下、一番短い曲が3分40秒で、10分超の曲がもう1曲。
ラテン・ジャズとブラス・ロックをフュージョンさせたような楽曲がアルバム1枚続く。
いや、コレ全然ハード・ロックじゃないやん。
ところがそれが恐ろしくカッコいい。
(2回言ってみた)
バンドは『I'M JUST A ROCK'N'ROLL SINGER』からブラス・ロック的なアプローチを試みていたとはいえ、ここでの振り切れっぷりは恐ろしい。
もちろんハード・ロックそのものなハイトーン・ヴォーカルや速弾きギターも存分にフィーチュアされている。
そしてかつて”ザワー・クラウト・ロック”と呼ばれたビート・バンド出身のヘルベルト・ボーンホルトがかなりの名手。
(「Spanish Galleon」では彼のドラム・ソロもある)
いやあ、この全部乗せみたいな特異なハード・ロックの素晴らしさよ。
(しかもほとんどの曲が1テイクだったとか)
編成を含む大胆なアプローチは、LUCIFER'S FRIENDが2ndアルバム『WHERE THE GROUPIES KILLED THE BLUES』(1972年)以降ライヴをやらない、スタジオ・ユニット的な活動となっていたことが影響していたのでは。
(『WHERE THE GROUPIES KILLED THE BLUES』の時点でも、既にゲスト陣をフィーチュアした現代音楽的なアレンジを聴かせていた)
後期のTHE BEATLES同様、彼らはアルバムの内容をステージで再現することをまったく意識しないで活動していたのではと思われる。
(メンバーは当時多くのセッション仕事をやっていて、LUCIFER'S FRIENDとしてツアーする方が儲からない…どころかむしろプロモーターに搾取されて借金が増えるという状態だったのだそうで)
ともあれ実にユニークなアルバム。
実際メンバーはジャズ・ロックやラテン・ロックやブラス・ロックも好んでいたらしいので、本当にこの頃やりたかったことを全部突っ込んだ意欲作だったのだろう。
ジョン・ロートンはこの『BANQUET』をLUCIFER'S FRIENDの最高傑作としていたという。
その後1976年に5thアルバム『MIND EXPLOSION』をリリースしたLUCIFER'S FRIENDだったが、同年にジョン・ロートンが脱退し、URIAH HEEPへ。
(彼はそこでも素晴らしいヴォーカルを聴かせる)
バンドが新たに迎えたヴォーカリスト、マイク・スターズ(元SPINNING WHEEL、COLOSSEUM Ⅱ他)が英国人だったことは、ジョンの後任として英語でロックするにはドイツ人シンガーではありえないということだったのか。
マイクをフィーチュアしてライヴ活動を再開しつつ2枚のアルバムを出したLUCIFER'S FRIENDは、ジョンを復帰させて81年にメタリックな8thアルバム『MEAN MACHINE』をリリースするも、82年に解散となる。
しかしジョン・ロートンとペーター・ヘスラインは90年代にLUCIFER'S FRIEND Ⅱとして活動。
その後2014年には本格的にLUCIFER'S FRIEND再編を果たす。
そして16年にまさかの来日。
ただし再編後の活動も長くは続かず、ディーター・ホーンズが20年12月に74歳で、ジョンが21年6月にやはり74歳で亡くなっている。
ペーター・ヘスラインはその後ソロ活動中。
LUCIFER'S FRIEND再編に加わらなかったペーター・ヘヒトはスウェーデンで画家として暮らしているという。