大昔のラジオ・テレビ欄(その7)

加山雄三.jpg相変わらず仕事の合間に「朝日新聞写真館since 1904」のラジオ・テレビ欄を(以下略)

1966年6月1日(水)。
日本テレビでは19時半から『底ぬけ脱線ゲーム』。
おお、俺が子供の頃まだやってたぞ。
そして22時45分から『11PM』!
この頃始まったのかあ。
更に朝7時15分から『おはよう!こどもショー』
うん、コレも観てたなあ。

TBSテレビでは20時から『コンバット』。
おお、こんな時間にやってたんだな。

フジテレビでは18時15分から『遊星少年パピイ』。
声優はその後『一休さん』とかで知られる藤田淑子他。
そして19時から『ジャングル大帝』!
更に…19時半からは、出ました『勝抜きエレキ合戦』!
遂にロックの波がお茶の間にも登場したのがこの頃だったか。

NHK第一では23時5分から「バド・シャンクとチェット・ベイカー他」。
FM東海では23時から「ドリフターズ集」。
文化放送では20時40分から「ギター相談室」。
(どんな番組だったのか…)
ニッポン放送では22時50分から『星に歌おう』。
出演は荒木一郎。


1966年。
寺内タケシが最初のブルージーンズを解散し、バニーズを結成した年であった。
そして”エレキの若大将”加山雄三が1stアルバム『加山雄三のすべて―ザ・ランチャーズとともに』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_245.html)をリリースした年でもある。
今はとりあえず(?)THE VENTURESを聴いて当時をしのんでいる。

INSTANT DRONE FACTORY/LIVE(2007)

INSTANT DRONE FACTORY.jpgINSTANT DRONE FACTORYは、ドイツ南西部のマンハイムで、ドイツ人のフランク・ジンゲレイト(音楽ライターでもあるという)とイタリア人のアンドレア・タバッコを中心に活動したバンド/プロジェクト。
2006年に1stアルバム『CRITICAL MASS』をリリースしている。

で、コレは彼らの2ndアルバムにして、2006年9月2日、FAUST主催の「SCHIPHORST AVANTGARDE FESTIVAL」(3日間の2日目)に出演した際のライヴ盤。
同じくフェスティヴァルに出演していたMARBLE SHEEP…のリズム・セクションを迎えた編成となっている。
フランク・ジンゲレイト(ギター、ギター・シンセサイザー)、アンドレア・タバッコ(ギター、ヴォーカル)、宮崎理絵(ベース)、沢田守秀(ドラム)、トマス・ヒンケル(シンセサイザー、フルート)の5人。
第二次世界大戦中の三国同盟みたいな(?)。
インサートのステージ写真はマニ・ノイマイヤーとの活動で知られるルイージ・アルケッティによる。
この時のフェスティヴァルでは出演した全バンドのステージが録音されたというが、音源としてリリースされたのはINSTANT DRONE FACTORYが最初だったという。

”All tunes composed live on stage by all band members”とクレジットされている。
つまり完全即興。
(ダモ鈴木言うところの”インスタント・コンポージング”というやつだ)
リハーサルなしの演奏をノーカットで収録し、オーヴァーダビングは一切行なっていないとのこと。
2008年にキャプテン・トリップ・レコーズから国内配給された際は、宮崎理絵と沢田守秀がライナーノーツを寄稿。
(沢田はフェスティヴァルの主催者であるFAUSTのジャン=エルヴェ・ペロンからコメントをもらってライナーに盛り込んでいる)
宮崎曰く”音での会話をステージで”という意志の元に行なわれたセッションという。

宮崎理絵の重いベース(ミックスの関係か、やや小さめなのだが)、シンプルなセットからは信じられない沢田守秀の多彩なドラムに乗せて、ギターとシンセとフルートが乱れ飛び。
そしてアンドレア・タバッコがしわがれたというかだみ声というか、そんな声で歌い叫ぶ。
(時々キャプテン・ビーフハートみたいな感じに。そしてMCでは全然声が違う…)
コレで長いと少々キツく感じるのではと思ったりもするものの、4曲で約46分という尺(長い曲は19分半、短い曲は5分弱)なのでけっこう聴きやすい。
何より各メンバーが一期一会のセッションを楽しんでいる様子が伝わる。

INSTANT DRONE FACTORYは「SCHIPHORST AVANTGARDE FESTIVAL」出演の数日後にスタジオでレコーディング。
その時の音源は2011年に3rdアルバム『HO AVUTO PAURA DEL MARE』としてリリースされた。
それを最後に活動を終了した様子。
今ではHPも消えている。

1969

KING CRIMSON.jpg先日書いた通り、ほとんど毎年のように「今年は19XX年から〇〇年」という話をしているのだが。
来年は「1977年から50年」という話はしねえからな。
(大変なことになる…)

それはそれとして。
俺はディスクガイド本の類が大好き。
けっこうたくさん持っている。
いわゆる書籍だけでなく、CD屋で無料配布されているようなディスクガイド系の小冊子の類も、大切に保管していたり。

で、例によって仕事の合間に本棚をゴソゴソやっていたら、DISK UNIONの「ディスクユニオン[カタログ・ブック]VOL.1」というのが出てきた。
2009年の刊行。
無料の冊子かと思ったら、定価300円だった。
(そりゃそうだ、平綴じで130ページ近くある)

単なる名盤ガイドの冊子ではない。
全体の3分の1近くを、1969年のディスク・ガイドが占めている。
刊行された2009年が、69年から40年だったということで。

1969年かあ。
こりゃまた大変な年だ。
この冊子ではロック&ポップだけでなく、ジャズ、ソウル/R&B、ワールド・ミュージック、クラシック、サウンドトラックと、69年の音楽を広範に紹介している。
ロックだけでもかなりとんでもない。

THE ALLMAN BROTHERS BAND『THE ALLMAN BROTHERS BAND』
THE BAND『THE BAND』
THE BEATLES『ABBEY ROAD』
BLIND FAITH『BLIND FAITH』
CAN『MONSTER MOVIE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202210article_16.html
CAPTAIN BEEFHEART『TROUT MASK REPLICA』
CARPENTERS『TICKET TO RIDE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202005article_6.html
CHICAGO『CHICAGO TRANSIT AUTHORITY』
CREAM『GOODBYE』
CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL『BAYOU COUNTRY』
CROSBY, STILLS & NASH『CROSBY, STILLS & NASH』
DAVID BOWIE『SPACE ODDITY』
FRANK ZAPPA『HOT RATS』
FREE『FREE』
GRATEFUL DEAD『LIVE/DEAD』
HIGH TIDE『SEA SHANTIES』
JEFF BECK『BECK-OLA』
JEFFERSON AIRPLANE『VOLUNTEERS』
KEVIN AYERS『JOY OF A TOY』
KING CRIMSON『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201808article_1.html
THE KINKS『ARTHUR OR THE DECLINE AND FALL OF THE BRITISH EMPIRE』
LED ZEPPELIN『LED ZEPPELIN』
MC5『KICK OUT THE JAMS』
THE MOODY BLUES『TO OUR CHILDREN'S CHILDREN'S CHILDREN』
PINK FLOYD『UMMAGUMMA』
PROCOL HARUM『A SOLTY DOG』
RENAISSANCE『RENAISSANCE』
THE ROLLING STONES『LET IT BLEED』
SOFT MACHINE『VOLUME TWO』
THE STOOGES『THE STOOGES』
TASTE『TASTE』
THIRD EAR BAND『ALCHEMY』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202108article_4.html
THE VELVET UNDERGROUND『THE VELVET UNDERGROUND』(https://lsdblog.seesaa.net/article/517466874.html
THE WHO『TOMMY』
YES『YES』
V.A.『WOODSTOCK』

…うへえ。
コレだけじゃないんだぜ。
この冊子に載っていないAUDIENCE『AUDIENCE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2182.html)とかバリー・ゴールドバーグ『TWO JEWS BLUES』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2185.html)とかC.A.QUINTET『TRIP THRU HELL』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2188.html)とかHUMAN BEINZ『in JAPAN』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_397.html)とか、まだまだあるんだからな…。
1969年、恐ろしい年であった。
そしてこのブログで紹介していないアルバムがまだまだたくさんあることに気付かされる。

とりあえず今夜はHIGH TIDEに続いてHUMAN BEINZを聴いている。

Go To Heaven…

GRATEFUL DEAD.jpg10日にボブ・ウィアが亡くなったという。
癌の治療をしていたそうだが、直接の死因は持病の肺疾患とのこと。
78歳。

2024年10月にフィル・レッシュが亡くなってから1年ちょっと。
GRATEFUL DEAD結成時には18歳、メンバー中でもとりわけ若くハンサムだったボブ・ウィアも、もう78歳だったか。
(最近の写真を見ると、確かに髪もヒゲも真っ白なおじいちゃんに)
往時のメンバーはとうとうドラマー二人を残すばかりとなった。
(歴代キーボーディストはほとんどが若くして逝ってしまっている)

ジェリー・ガルシアとの、2本のギターの柔らかく不思議な絡み。
本当に不思議な。
いわゆるギター・ヒーローではなかったとはいえ、ちゃんとギターのことがわかる人が奏法を分析したら、きっといろいろ興味深いのではと思う。
俺はギターのことはさっぱりわからんので言語化出来んのだが。
(ちなみにボブ・ウィアはマッコイ・タイナーのピアノ演奏に影響されていたのだそうで)

ギターだけでなく、ソングライティングの才も。
「Sugar Magnolia」や「Playing In The Band」「Let It Grow」「Feel Like A Stranger」「One More Saturday Night」他多数…。

そんなボブ・ウィアも、初期には演奏が未熟だという理由でGRATEFUL DEADをクビになりかかったことがあったというから驚きだ。
1968年の話というので、『ANTHEM OF THE SUN』の頃ということになる。

ともあれビル・クルツマンとミッキー・ハート以外、みんな天国に行ってしまった。

HANS-JOACHIM ROEDELIUS/PINK, BLUE AND AMBER(1996)

ROEDELIUS.jpgCLUSTERのハンス=ヨアヒム・レデリウス(ちなみにこのアルバム…というか彼のソロ作のほとんどではでは単に”ROEDELIUS”とクレジットされ、また本作でのカタカナ表記は”レデリウス”ではなく”ローデリウス”となっているが)、実に29枚目のソロ・アルバム。

1934年10月26日、ベルリン出身。
69年にコンラッド・シュニッツラー、ディーター・メビウスとKLUSTERを結成した時点で既に34歳であった。
CANやGURU GURUなど、いわゆるクラウト・ロックのバンドにはジャズや現代音楽のキャリアを持っていたメンバーが多く、バンド結成時点で30歳前後というのは珍しくなかったが、レデリウスは中でも飛び抜けて歳が行っていた。
ともあれ70年にシュニッツラーが脱退。
71年からレデリウスとメビウスの二人でCLUSTERとして活動。
そして75年からソロ活動開始。
レデリウスは40歳となっていた。

少し前に紹介したCLUSTERの『CLUSTER Ⅱ』(1972年:https://lsdblog.seesaa.net/article/519571813.html)から24年。
キャプテン・トリップ・レコーズからは初のリリース。
しかし、純然たる新作ではなかった。
半分は85年の録音で、残りは91~94年の録音。

レデリウスがピアノや各種キーボードを演奏する一方で、キーボード、ヴィオラ、ギター、ベース、サックス、ダルシマー、ヴァイオリンなど、多くのゲストが迎えられている。
特に1曲目「Poetry」から日本語の歌唱が聴こえてきて驚く。
コレは日本人の松崎裕子によるモノで、彼女は他にもフルートと琴で本作に大きく貢献している。

1曲目から日本語がフィーチュアされていることからも明らかな通り、このアルバムはレデリウスが日本をはじめとする東洋的な感覚に大きくインスパイアされての作品となっている。
レデリウスが日本的な侘び寂びを十全に理解しているのでは、と思われるような。
本作の邦題は”ジャパン(桃、青そして琥珀)”となっていた。
(原題の何処にも”JAPAN”とは書いていないのだが)

メビウスがCLUSTERでもソロでもコラボレーション作でも尖った印象を与えるのに対して、レデリウスは良く言えばわかりやすく、悪く言えば俗っぽい、みたいな感じ。
その俗っぽさを好きになれない人も一定数いるかも知れないが、レデリウス一流のロマンティックでアンビエントなセンスを気持ちよく聴く人も多いはず。

このアルバムがリリースされた30年前、レデリウスは61歳だった。
メビウス亡き今、レデリウス91歳。
いまだ現役である…。

50 Years

LA DUSSELDORF.jpg毎年のように、今年は19XX年から40年とか50年とかいう話を書いているが。
今年は2026年。
1976年から50年であります。


1976年。
ロックの名盤がドカドカ出た72年あたりとか、パンクが爆発した77年あたりに較べると多少地味なような気がするかも知れない。
いやいや、それが案外そうでもないですぜ。



AEROSMITH『ROCKS』
AGITATION FREE『LAST』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_292.html
AMON DUUL Ⅱ『PYRAGONY』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202210article_10.html
ASH RA TEMPEL『NEW AGE OF EARTH』
BLUE OYSTER CULT『AGENTS OF FORTUNE』
CAN『UNLIMITED EDITION』
CLUSTER『ZOWIESOSO』
COLLOSSEUM Ⅱ『STRANGE NEW FLESH』
DAVID BOWIE『STATION TO STATION』
DEEP PURPLE『MADE IN EUROPE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/505921201.html
FRANK ZAPPA『ZOOT ALLURES』
GENESIS『A TRICK OF THE TAIL』
IAN GILLAN BAND『CHILD IN TIME』
IGGY AND THE STOOGES『METALLIC K.O.』
JANE『FIRE, WATER, EARTH AND AIR』
JEFF BECK『WIRED』
JEFFERSON STARSHIP『SPITFIRE』
JUDAS PRIEST『SAD WINGS OF DESTINY』(https://lsdblog.seesaa.net/article/507258333.html
KISS『DESTROYER』『ROCK AND ROLL OVER』(1年に2枚も!)
KLAUS SCHULZE『MOONDAWN』
LA DUSSELDORF(画像:https://lsdblog.seesaa.net/article/201908article_18.html
LED ZEPPELIN『PRESENCE』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201711article_18.html
LOU REED『CONEY ISLAND BABY』
LYNYRD SLYNYRD『ONE MORE FROM THE ROAD』
MERRELL FUNKHAUSER『MAUI』
THE MODERN LOVERS『THE MODERN LOVERS』
NAZARETH『CLOSE ENOUGH FOR ROCK'N'ROLL』『PLAY'N'THE GAME』(1年に2枚も!)
NOVALIS『SOMMERABEND』
QUEEN『A DAY AT THE RACES』(https://lsdblog.seesaa.net/article/505537705.html
OUTLAWS『LADY IN WAITING』
PARIS『PARIS』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2230.html
PATTI SMITH GROUP『RADIO ETHIOPIA』
POPOL VUH『AGUIRRE』
RAINBOW『RISING』
RAMONES『RAMONES』
ROBIN TROWER『LONG MISTY DAYS』(https://lsdblog.seesaa.net/article/498474774.html
ROXY MUSIC『VIVA! ROXY MUSIC』(https://lsdblog.seesaa.net/article/201607article_2102.html
THE RUNAWAYS『THE RUNAWAYS』
RY COODER『CHICKEN SKIN MUSIC』
SANTANA『AMIGOS』『FESTIVAL』(1年に2枚も!)
SFF『SYMPHONIC PICTURES』
STATUS QUO『BLUE FOR YOU』
STRAPPS『STRAPPS』
SWEET『GIVE US A WINK!』
TANGERINE DREAM『STRATOSFEAR』
THIN LIZZY『JAILBREAK』『JOHNNY THE FOX』(1年に2枚も!)
TODD RUNDGREN『FAITHFUL』
T.REX『FUTURISTIC DRAGON』
THE TROGGS『THE TROGG TAPES』
V.A.『MAX'S KANSAS CITY 1976』


うはあっ、ちょっと思い出しただけでこれだけあるよ…。
(実際にはもっともっとある)
まだこのブログで紹介していないアルバムも多いなあ。
今はLA DUSSELDORFを聴いてます。
この後PARIS行ってみよう。

HAWKWINDの本・その7

HAWKWIND THE ILLUSTRATED COLLECTORS GUIDE.jpgHAWKWIND本『THE ILLUSTRATED COLLECTOR'S GUIDE TO HAWKWIND』。
まずポスターなどのページがあり、目次に続いて”INTRODUCTION”が2ページ。
著者のロバート・ゴドウィンは1971~75年にかけて、毎週ライヴに通っていたのだという。

当時のイギリスの話だから、ロバート・ゴドウィンが目にしたというバンドの顔ぶれはかなり強力だ。
THE SPIDERS FROM MARSを従えたデイヴィッド・ボウイ。
『THE DARK SIDE OF THE MOON』を演奏したPINK FLOYD。
EARL'S COURTのLED ZEPPELIN。
AC/DCのライヴでは、観客の誰もがアンガス・ヤングを本当に子供だと思ったという(笑)。
そしてピーター・ゲイブリエル在籍時のGENESIS。

1972年夏、ロバート・ゴドウィンはHAWKWINDを体験する。
それはロックであり、ジャズであり、フォークであり、レゲエであり、ファンクであったと。
当時のHAWKWINDにレゲエ成分そんなにあったっけ…。
ともあれ、キューブリックやアシモフやトールキンやムアコックを愛していたロバートは、HAWKWINDのパフォーマンスに持っていかれたのだという。
この本は92年に書かれているが、72年から20年経った時点でも、当時の記憶は鮮明だ、とロバートは語っている。
そして”INTRODUCTION”の最後を、ロバートは”I'm looking forword to the next 100 albums.”(!)と締めくくるのだった。

続いて”23 YEARS ON - A BRIEF HISTORY OF HAWKWIND”というページがあるのだが、コレが2ページ(!)。
タイトル通り、この時点で1969年にHAWKWINDが結成されてから23年。
それから更に33年が経過している。
今だったら2ページじゃ収まらないねえ…。

ロバート・ゴドウィンはHAWKWINDの存在をGRATEFUL DEADになぞらえ、デイヴ・ブロックとジェリー・ガルシアをそれぞれバンドの”guiding lights”と位置付けている。
ああ、この頃はまだジェリーが存命なんだった…。
そしてロバート曰く、レミーのプレイを”hard pounding funk”と。
ああ、何となく納得な感じ。

膨大なアルバムを出し続けているHAWKWINDだが、一方でリリース元のレーベルは多岐にわたる。
ユナイテッド・アーティスツからカリズマ、ブロンズ、RCA、フリックナイフ、GWR。
その間、HAWKLORDSになったりHAWKWINDに戻ったりと活動に波があったHAWKWIND…ブロンズ、RCA時代のアルバムは北米ではリリースされていなかったんだそうで。
あっ、そうなのかあ。
レミー在籍時に何度も北米ツアーを行なっていたHAWKWIND、その後1978年から89年までは北米をツアーする機会はなかったという。
なるほど…。

GROBSCHNITT/SOLAR MUSIC-LIVE(1978)

GROBSCHNITT.jpgGROBSCHNITTは1966年にドイツのハーゲンで結成された学生バンド・THE CREWを直接の母体とし、そこに幾つかのバンドのメンバーが合流する形で70年に結成されたという。
72年にアルバム『GROBSCHNITT』でデビュー。
74年の2ndアルバム『BALLERMANN』はいきなりLP2枚組の意欲作。
75年に『JUMBO』を、そして77年にはあのコニー・プランクのプロデュースで、一般に代表作とされることの多い『ROCKPOMMEL'S LAND』をリリース。
サイケデリック、プログレ、ハード・ロックからの影響を独自に混ぜ合わせたサウンドと、平和や反原発を訴えるメッセージ性、その一方にあるファンタジックさ、そして寸劇や花火をフィーチュアした秘教的かつシアトリカルで楽しいライヴで、バンドは人気を高めて行った。

『BALLERMANN』のC・D面を占めていた大曲「Solar Music」はTHE CREW時代の1968年から演奏されていた「Sun Trip」(『GROBSCHNITT』に収録されている)の拡張ヴァージョンで、「Sun Trip」あるいは「Solar Music」は、GROBSCHNITTとしての初ライヴから89年の解散まで、すべてのライヴで必ず演奏されてきた曲なのだという。
(時期によって30分だったり1時間だったり)
で、『ROCKPOMMEL'S LAND』に伴うツアーから、78年4月17日ルール地方のミュルハイムでのライヴの後半に演奏された「Solar Music」の更なる拡張ヴァージョンをアルバム1枚に収録したライヴ盤が『SOLAR MUSIC-LIVE』。
CDでは続くアンコールもボーナス・トラックとして収録され、約66分となっている。
当時のメンバーはヴィルトシュヴァインことステファン・ダニエラク(ギター、ヴォーカル)、ルポことゲルト=オットー・キューン(リード・ギター)、ミストことヴォルカー・カーズ(キーボード)、ポポことヴォルフガング・イェガー(ベース)、エロックことヨアヒム・ハインツ・エーリッヒ(ドラム、エレクトロニクス、プロデュース、エンジニアリング)の5人。

『BALLERMANN』では2部構成だった「Solar Music」に第3部を付け加え、三つの「Solar Music」の間を即興主体と思われる楽曲/演奏でつないだ、アルバム1枚を丸ごと費やす組曲。
ライヴで演奏されたままではなく、エロックが電子音などをオーヴァーダビングしているという。
(そしてインプロヴィゼーションが肝であり、この曲が同じアレンジで演奏されたことはないとのこと)
ユーモラスで牧歌的な感のあるリフとメロディ、馬鹿テクとは言えないまでも確かな演奏力、シアトリカルにして猥雑な雰囲気。
シンセサイザー、オルガン、メロトロン、ピアノも存分にもフィーチュアされ、シンフォニックでもあり、スペース・ロック的でもあり。
1時間以上をあっという間に聴き通させる。
ステージ上で派手に火を使っていたことは、ジャケットからも明らか。

それにしても、アルバム1枚通した組曲…既にプログレが冬の時代に入っていた1978年にコレか、という気もするのだが。
78年のドイツの音楽雑誌の読者投票では、ニナ・ハーゲンやSCORPIONSを向こうに回してGROBSCHNITTが1位を獲得したのだという。
続く79年のアルバム『MERRY-GO-ROUND』に伴うツアーでは、10万人以上の観客を集めることもあったのだそうで。

バンドは80年代も活動を続ける。
70年代に較べるとポップにはなったものの、1980年から87年までに6枚のアルバムをリリース。
エロックは83年に脱退し、ソロ活動以上にプロデューサーとして有名になる。
そしてGROBSCHNITTは89年12月6日のライヴを最後に解散。
90年にはライヴ盤『LAST PARTY LIVE』がリリースされている。
(アルバム以上にライヴこそが彼らの売りであり、解散までに1356回のライヴが行なわれたという)
更に90年代以降も、ライヴや未発表曲の編集盤が多数リリースされた。

その後2006年から12年にかけて単発の再結成が繰り返され。
その間、06年7月にミストが55歳で、07年5月にポポが54歳で亡くなっているが。
11年にはドイツの音楽雑誌の読者投票で10年のベスト・バンドとベスト・ライヴに選出されたというから、根強い人気ぶりであった。

そして2019年、GROBSCHNITTはヴィルトシュヴァイン、ルポ、ヌキ(ヴィルトシュヴァインの息子)のアコースティック・トリオとして活動再開。
現在も活動中らしい。

color TV

JANIS JOPLIN★.jpg車を運転しながらラジオを聴いていて。
PET SHOP BOYSの「Suburbia」がかかった。
その瞬間、昔のことを思い出したのだった。


20年以上前。
当時の彼女と、酒を飲みながらジャニス・ジョプリンの『PEARL』(画像)を聴いていた。
「Mercedes Benz」まで来たところで、彼女が言う。
コレは昔の曲のカヴァーなのか、と。
いや、「Mercedes Benz」はジャニスの自作曲だ。
彼女は言う、”Oh Lord won't you buy me a color TV”と歌っているが、この頃のアメリカでは既にカラーTVが普通だったのではないか。
何故わざわざ”color TV”と歌うのだろう、と。
なるほどそう言われてみればそうかもな、と思ったものの、その場はそれだけで、その話題は終わったと記憶する。


しかし、1971年の「Mercedes Benz」だけでは済まなかった。
今日カーラジオから流れてきたのは86年の「Suburbia」…ニール・テナントは”To blame the colour TV?”と歌っているではないか。
(ニールはイギリス人なので”color”ではなく”colour”)

すぐに思い出した。
DIRE STRAITSの大ヒット曲「Money For Nothing」(85年)でも”We got to move these color TVs”と歌われていたぞ。
(マーク・ノップラーはイギリス人だが、”colour”ではなく”color”となっている)

流石に80年代だと、もう白黒TVの方が珍しかっただろう。
何故律義に(?)”color”が付くんでしょうね。
詩作上のリズムに合うように、というのもあるのかも知れないが。
(上記いずれの曲でも”color/colour”を抜いたら、何か補わないと変な感じになっちゃうよね)
ひょっとしたら単に”TV”と言うのではなく”color TV”とするのが、慣用的な何かになっているのかも、とも思う。

英語圏の文化に詳しい人なら、答えを知っているのかも知れない。
残念ながら俺は全然詳しくないので、今後も謎だ。

秘された訃報

HIGH RISE.jpgHIGH RISEのギタリスト・成田宗弘が亡くなっていたという。
それも、2022年7月3日に。
3年半以上前に亡くなっていたのか…。
癌による短い闘病の末だった、とのこと。
1959年11月生まれだそうなので、62歳だったはず。
遅れてきた訃報としては、裸のラリーズ・水谷孝以来のショックだ。

以前にも書いたが、俺が初めて成田宗弘の演奏を聴いたのは、HIGH RISEの1stアルバム『PSYCHEDELIC SPEED FREAKS』(1984年)だった。
それは知人から送られてきた、複数回のダビングを経たと思われるカセットテープで。
アルバムのリリースから10年後ぐらいだったはず。
とんでもない衝撃だった。
ぶっ飛んだ。

HIGH RISE以外にも、兇悪のインテンションやGREEN FLAMES、そしてソロなど。
強烈に歪みまくった成田宗弘のギターは、まさに”Psychedelic Speed Freaks”としか言いようのない爆音と加速感で。
素面でも強制的にトリップさせられる、極悪極まりない演奏。
飲んで聴けばなおさら。
(今夜も酒を飲みながらHIGH RISEを聴き続けている)

本人は、爆音ギタリストだけで片付けられる(?)つもりはなかったのかも知れない。
HIGH RISE以外での、自ら歌ったりヴォーカロイドをフィーチュアしたりといった試みに、それが顕れていたような気がする。

ともあれ軽々しく唯一無二などというのも憚られるような存在だったと思う。
HIGH RISEが最後にオリジナル・アルバムをリリースしてから既に30年近く、ライヴ盤『PSYCHOBOMB-U.S.TOUR 2000-』(https://lsdblog.seesaa.net/article/202107article_14.html)からも25年以上が経過…解散したという話は聞いたことがないものの。
成田宗弘の死を以て、HIGH RISEは終わったと考えるしかないのだろう。